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06

 



「んん……」

 私は柔らかな枕に顔を押し付けてから寝返りをうつ。

 ……あれ?私先生の部屋の前で気眠っちゃったんじゃ……?


 自身の枕と違う香りにもしかして。と目を開いてすぐに身体を起こした。すぐに視線を横に逸らすとベッドに座って読書をしている先生がそこにいた。

 先生は飛び起きた私に眉を下げて笑いながら外はまだ暗いというのにおはようございますと挨拶をした。


 先生が、私を見てる。いつも通りだ。よかった、やっぱり疲れてただけだったんだ。


「先生……」

「廊下で眠るなんてダメじゃないですか」

「ごめんなさい、寝不足だったから眠たくなっちゃって」

「それに、先生に何か、あったんじゃないかって思って」


「……すみません、ちょっと疲れてしまって」

「あまり見せられるものじゃなかったので一日引きこもらせてもらいました」


「あ……」


 ──いつも通り、そう、先生は今日もいつもどおり隠し事をした。

 先生はよく嘘を冗談として使ってくる。ほとんどが意味の無い嘘だ。私をからかうため、コミュニケーションの一端。

 だけどそうじゃないものがある。所謂、意味が存在する嘘だ。


 生き血を飲まない本当の理由はきっと中っただけが理由じゃない。

 招集に応じなかったのも面倒だけが理由じゃない。


 記憶を無くしてからも先生との付き合いは長くなった私は先生のほんの僅かな違和感に気づくことができるようになってしまった。


 ──もう捨てられたくない。


 ──居場所がほしい。


 なんで、こんなに先生の隠し事が気になるのか、ずっと答えが出せなかった。先生は立場のある人なのだから私に言えない事なんていくらでもあるのはわかっていたのに。

 なのにどうして、そんなに気になるのか。


 先生はなんでもできて、どこにでも行ける。だから、先生に隠し事を教えてもらえるほどの仲になれたら私を置きざりになんか、捨てたりなんかしないって。

 ……なんて、なんて浅ましいのだろう。何がいい子にだ馬鹿馬鹿しい。


「……ノラさん?」


 私は気が付けば涙を流していた。ボロボロと涙がこぼれて先生の布団を濡らしていく。



 先生、先生は私の事嫌になっちゃいましたか?やっぱり役立たずで浅ましい人間なんか嫌になった?先生は優しいから言い出せずに困ってる?



 ああ、先生が驚いてる。あの夢をみてしまったせいなのか、心の中で留めておこうと思っていたのに目からも口からもボロボロと出てくる。泣くつもりなんて無かったのに。止めたくても止まらない。



 そんな私を見た先生は困ったように視線を顔ごと上に向けてあー……と声に出す。一拍置いてから何かを決心したように私と距離をつめた。


「……少し隠し事をしてしまいました、バレちゃいましたか?」


 そう少しおどけて話す先生の手を握りしめる。先生の顔をしっと見つめると先生は逃げませんよと私の頭を撫でた。




「簡潔にいうとですね……吸血衝動がでてしまいまして……」

 その言葉にきょとんとした私を置いて先生はもの凄く言いづらそうに、言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。

 戦争事態は何の問題もなかったがどうも事故、のようなもので吸血衝動が抑えられなくなってしまいすぐに収まるだろうと帰ってきたはいいものの、私が近くにいたら噛みついてしまいそうだったから部屋に閉じこもっていただけ、時間が立って今は少し落ち着いたというものだった。


「けしてあなたが嫌になったわけではないです」


 そう言っていつも通り優しく撫でてくれる先生に私は心底安心した。

 ああ、なんだ、そんな事か。いや、先生は生き血を飲むのが嫌だから耐えるしかないって状況なんだから。


 でもこれって確かめるチャンスなんじゃないか、少し落ち着いたという事はまだ吸血衝動は続いているって事で。

 血を少しでも口に入れたら吐いてしまうほどに血を嫌悪しているのか、血自体は好きだけど吸わないだけなのか。


 私は先生に隠し事を話してもらえた事で気が大きくなっていた。握りしめていた先生の手を離して先生の目の前まで持ってくる。そしてゆっくりと先生に人差し指を差し出してお願いした。


「か、噛んでください」


 先生の目が大きく開いて固まった。あ、この後何て言うか想像できる。


「コラ、私が前に言ったことちゃんと覚えてますか?」

「はい、凄く痛い事、家畜のように食べるために育てたわけじゃないからちゃんと自分を大事にしろって」


 予想していた通りの事を言った先生に言葉を返しその上で私は指を引こうとはしなかった。

 先生、私もちゃんと考えてみたんです。例えば他の吸血鬼が吸血衝動に襲われていたとして、はいどうぞって私は血をあげたりはしないと思う。先生が忠告してくれた通り、痛い事は私も嫌だから。


 でも先生にあげるって考えたら何も怖くない。別に痛くたって構わないと思う。先生はきっと過剰に痛みを感じることなんてしてこないだろうけど。


 先生は私の覚悟が決まってますよ、という顔に気が付いてどんどん顔が固まっていく。


「本当に痛いですよ?チクっとしますよ?吸血鬼の牙は特殊なので指先でも血がドバドバ出ますよ?」


「チクっとならいいじゃないですか私が痛すぎて駄目だったらちゃんと言いますそれに、先生を信頼してます」


 この様子だと先生は絶対に生き血を飲めないわけでは無いようで安心する。以前は返上しろなんていったけど先生はきちんと吸血鬼だったようだ。


「先生が私の血だけ生理的に無理だとでも言わない限り引きませんよ」


 ごめんなさい、先生が困ってるってわかってたのに、私はいい子になれないです。先生はそんな事絶対に言わないってわかってて言いました。


 先生の薄い唇に人差し指をくっつける。先生は戸惑ったように瞳を揺らした。

 先生は今衝動を理性で押さえつけようとしているのだろう。しかし、ゆっくりと口を開いてそのまま止まる。


 それは恐ろしく長い時間をかけていたように思えた。あんなに気が強くなっていた私自身が酷く緊張していて先生の口から目を離す事ができなくなっていた。


 私はその中に先生の尖った犬歯を見つけるとそっと触れた。


 すると先生は僅かにピクリと動いて、それから、ゆっくりと指の先に歯を軽く突き立てた。


 一瞬の痛みとともに指先がじわじわと熱く痺れてくる。耐えきれないほどの痛みではない。先生は大丈夫だろうかと私はやっと先生の口から目を離して先生を見た。


 先生は噛んだにも拘わらずその血を舐めようともせずにおどおどと視線をうろつかせながら私の様子を伺っていた。


 あの、先生が。


 私は目をぱちぱちと瞬かせて驚いた後思い切り噴き出して笑った。


「な、なんで笑うんですか」

「だって、先生があまりにも、だった、から」


 そう笑いながら言うと先生はむっと口角を下げて拗ねたような反応をする。それに私はまた笑ってしまった。


 ごめんね、先生。おかしかったのもそうだけど、嬉しいの。まるで初めて先生の内面に触れられた気がして、とても。


 私は笑いで少し下げていた手を再度先生の前に差し出した。先生の言った通り想像以上に指から出た血は手のひらまで垂れていた。


「先生、ちゃんと飲んでください」

 そういってずっと調子に乗っていたのが悪かったのだろうか、先生は気づけばいつも通りに戻っていて。さっきまでおどおどとしていた人には見えないほど冷静でそれでいてギラギラとした目で私を見ていた。


 ……あ、あれ?もしかしてまずい状況だろうか。調子にのってやりすぎたかもしれない。


 先生は自主的に私の手を取ると私をじっくりと見つめた。


 そのまま既に腕にまで垂れてきていた血を先生の、舌が。


「せ、先生」


 先生は何も言わず私からめを離さずにゆっくりと舌を腕から手のひらへ、血を一滴も逃さないようにしながら這わせた。少し恍惚としているのは気のせいだろうか。

 その様子に当てられたのかなんだか見てはいけないものを見ているようで私の心臓が変な音を立ててる。


 先生はそのまま指まで舌を移動させて先の傷口まで舌を伸ばす。そして指先にキスを落とすと徐に口から指を離した。


 あまりの光景に呆然と指を見ていると先生は魔法で魔法で傷を塞いでくれたようで傷は跡形もなくなっていた。

 痛かったのなんて最初だけで私は、今、何を、あれ私……脳の処理が追いつかず戸惑いながら先生を見上げる。


「……痛くなかった?」


 先生はいつものように頭を優しく撫でた後にそのまま手を降ろして頬にまで手を滑らせた。

 先生の優しい瞳がいつもと違って怪しく輝いてるのを見て私は、爆発した。


「う、うわあああああああああああ」

「おやおや」



 なにこれ凄く恥ずかしい!!なんで?先生に血をあげただけなのに!!私は先生のベッドから落ちる様にして抜け出すとバタバタとドアに向かって駆け出す。


「寂しかったので久しぶりに一緒に寝てほしい、と言いにきたと思ったのですが」


「今日は一緒に眠らなくていいんですか?」


 先生は楽しそうに笑ってる。なんで、さっきまでの先生はどこに行ってしまったの!?


「結構です!!!」


 私はそう言い放って先生の部屋の扉を些か乱暴に閉めると中から「いい子にしてちゃんとベッドで眠るんですよ」と声が聞こえてくる。

 それに返事をせずに私は自室まで足音をわざとお立てながら歩いていった。

 もう、私は悪い子だったので。


 その日は眠れるわけがなかった.




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