04
「それよりも話さなければいけない事があります」
と話を続ける先生に返事をして、居間まで向かう。
先生は私をソファに座らせると斜め向かいの椅子に座った。魔法で運び込まれてきた温かい紅茶を先生はそのまま口にしようとしてから止めて、話を始めた。
この前の手紙を読んでいたときのようなあまり見ない先生の行動に私は戸惑いを感じながら自身を落ち着けるために紅茶を口にした。
「少し、家を空けなくてはいけなくなりました」
思っても無かった発言に少し固まる。家を空ける?少しってどれくらい……。
「さっきの話合いの内容ですか?」と聞くと先生は肯定を返す。そしてその前に、と置いてから先生は再度話し始めた。
「彼はラルフ君といって昔私が教職に就いていた時の生徒です気付いているでしょうが彼も吸血鬼です」
やっぱり吸血鬼だったのか、吸血鬼とは皆わかりやすく雰囲気が違う人達ばかりなのだろうか。
あまり老けて見えなかったけど彼も吸血鬼というのならかなり私よりも年上なのだろう。……やっている事はかなり子供っぽかったけど。
「話を戻します、ラルフ君が話にきた内容はこの前の手紙の内容と同じでした」
「些末事、と言っていたものですよね」
「ええ、簡潔に言うと戦争の招集です」
「あなたも知っている通り私は極めて優秀な魔法使いであるためずっと要請が届いていました」
先生が優秀だっていうのは耳にタコができるほど聞いた。それにしても戦争?何と、何が?あまりピンとこない。どういう反応を、言葉を返すべきだろう。わかるのは全然些末事などではなかった事くらいだ。それなのに先生は、どうして……
「先生はどうしてその招集に答えなかったんですか?」
これは聞いていい事かはわからなかったが抑えられず聞いた。先生が戦争に行かない理由が“戦いたくない”なら私が口を出す事では無かっただろう。
しかし“私を一人家に置いておきたくなくて”ならば話は別だ。
先生は週に一度の買い出しすら数時間で帰ってくる。私が外に出ないようにしている理由はともかくあまり私から目を離さないようにしている事は事実だ。けして先生に戦争なんて危ない場所に行ってほしいだなんて思ってはいなかったが私が足を引っ張っているなら話は別だ。
私はラルフさんが家にやってきた時の冷たい態度に合点がいく。吸血鬼や魔法使いがどういった形態になっているかわからないが戦争なんて大きな事態を無視するなんて先生の立場が悪くなるに決まっているのに。
ぐるぐると考え事をしている私に「そんなの決まってるじゃあないですか」と先生は続けた。
「戦争なんて面倒臭いからに決まってますよ」
「そもそも私がこの屋敷に引きこもっているのは俗世の交流から離れたかったからです」
「何も今回が初めてというわけではないんですよ千年以上汚泥から浚う事を繰り返して……そういったいざこざが馬鹿らし、いえちょっと嫌になっちゃったから誰も来れないここに居たというのに……」
馬鹿らしいって先生、何も誤魔化せてないよ。
立場が悪くなる事を恐れていないというのはわかった。まだ疑問は残っているが先生は行く決断をしているのだし別の理由があるのなら、私が足を引っ張っているわけじゃないのならよかった。
「先生、じゃあ何で応じたんですか?」
「だって、今まで手紙や電話、魔法での通信だったのにとうとう人を寄越してきたんですよ?しかもラルフ君です」
「落ち着いてお茶もできないですよ」と言いながらやっと先生は紅茶を口にして一息つくと私を見つめて眉を下げた。
「こんな事のために屋敷の場所を教えたわけじゃないっていうのにねえ」
「……せんせ?」
「……いいえ、なんでもないですよ」
そう言いながら明らかに何かある先生を見つめる。しかし同じように先生の赤い瞳が私を見つめ返すと何も悪い事などしていないというのに私は先生から目を逸らして、何を隠したのかを聞くことはできなかった。
「そんなわけで家を少し空けます、大人しくお留守番できますか?」
「も、もちろんです、けど」
「けど?」
「戦争だなんて、先生は大丈夫なんですか?」
それに先生はきょとんとして。
「ええ、何度も言いますがとても優秀な魔法使いなので」
不安はある。しかし、今回が初めてではないというしさっきの言い様ならば戦争で無茶などしないだろう。
戦争の事ははよくわからない。これを先生の前で言ったりはできないけれど私の本心は先生が無事ならそれでいい。
「それなら、いい子にして待ってます」
先生はそれに少し安心したように笑いつつ「不安ですねぇ」と足を組み替えた。不安、不安。そうだ。先生は大丈夫だとしても問題は私の留守番の方だろう。
さっきの挨拶のやり取りを思い出して顔を青くする。明らかにラルフさんが悪かったとはいえ私もアレは無い。
「先生……」
「ハイ?」
「私、あの、ラルフさんが来るまでなんで先生は私を外に出さないんだろうって思ってました」
「私、人付き合いが凄く苦手みたいです……まだ先生に飼われてないとダメみたい……」
「……」
「深刻そうに何を言うのかと思えば」
すぐに先生が珍しく口を開けて笑った。もう働ける歳にもなって何を言っているのだと自覚はしているがあまりにも自分が不甲斐なく感じた。
挨拶一つも碌にできないなんて、と。
「あれはラルフ君が悪いですよ、大丈夫もう少ししたら別の人で練習しましょう」
「もちろん、次は意地悪してこない人にね」
先生は立ち上がって私の前にしゃがんで目線を合わせてから優しく私の頭を撫でた。
先生はいつも優しい。しかし疑問が浮かぶ。
次があるの?もう少しって何だろう。先生は私をこの屋敷から出す気があるの?
招集に応じなかった理由もそう、最近同じ違和感を覚えた。先生にどうして“生き血を吸わないの”という質問をして、返された答えに覚えたものと同じ違和感だ。
先生は嘘をついていない。だけど先生は何かを隠した。はぐらかした。
ラルフさんは人間と吸血鬼が一緒にいることはいけないとでも言うような口ぶりだった。結局何と何が戦争をするんだろう?
今まで他と交流させようとなんてしなかったのに、させる必要がでてきたという事?……もう少し?疑問や違和感は尽きない。
────先生は何を待っているの?




