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03

 



 うじうじと考えるのを止めてから特段私たちの関係が何か変わる事もなく一つの季節が過ぎていった。

 あれから不安を覚えて夜を過ごす事もほとんど無くなった。先生の時間を潰す事にならないのならあの日先生と話してよかったと思う。


 今日も庭から玄関まで植物の手入れを行うために外に出る。雲一つない空に太陽の光が植物に降り注いでいるのを見て植物は喜んでるけど先生は嫌がるだろうなと思った。吸血鬼は太陽光で焼けることは無いが嫌いではあるらしい。


 ここにいるとあまりに時間間隔が狂いそうになるので花の管理をすることで季節を認識している。元々記憶を失う前の私も植物の世話をすることが好きだった事もあるんだろうけど。

 庭の植物の手入れを終えて玄関までやってくると手入れのついでに蛹の確認をする。 


 結局一つ季節が過ぎても蛹は羽化しなかった。

 一か月過ぎた頃に死んでしまっているかもしれないと間近で確認したが太陽の光で蛹が透けて見えた中身は時々動いているように見えた。今日も太陽の光で透かして確認するが未だに蛹の中身は虫の形をしていない。しかし初めて確認したときよりは変わっている、気がする。

 羽化する所は見ることができないだろうがどんな成虫になるのかは見たい。綺麗な柄の蝶だといいな。




 この屋敷には私の記憶にある限りでは客が来たことは一切無い。しかし今日その初めては来た。

 開いてるところを見たことが無い錆びた門扉が金属の軋む音を立てながら重そうにゆっくりと開いた。

 門扉を開いた客を見て私はまるで時間が止まったように感じた。

 眩しいほど輝く金色の髪に海のような澄んだそれでいて深い青い瞳が太陽の光に照らされてキラキラと輝いていた。


 ……なんて美しい人なんだろう、まるでお伽話の王子様みたいだ。


 しかしここまで美しい生き物に既視感を感じる。彼はおそらく人間ではなく吸血鬼だろう。目の前の彼はどことなく私とは違って先生と同じ雰囲気を漂わせていた。

 呆けて固まっていた私と同じように私を見て固まっていた彼は私よりも先に我に返ったようだ。


「なぜここに人間が?」


 そう聞く彼に私もハッとして返答を考える。何故?私が一番聞きたいけれど、あれ?初対面の人との会話ってこれでいいの?先生は挨拶からって言ってた。先生が間違ってる?それともこの人が?始めて出会う先生以外の人に戸惑いつつも「いい子に」という先生が脳内に浮かんで質問に答えずに「こ、こんにちわ?」と挨拶をした。


 彼はとっくに冷静を取り戻し質問ではなく挨拶を返された事が気に障ったのか眉間に皺を寄せてもう一度「何故ここに人間が?」と問うた。

 もはや目線すら合わせてくれない。

 ど、どうすればいいんだろう。先生を呼んでくる?と屋敷の方を振り返ると既に玄関に先生が立っていた。


 目線合わせてくれないと思っていたが私の後ろに立っていた先生に質問を投げかけていたようだ。


「あなたが来ちゃいましたか」


「……先生」


「お久しぶりですねえラルフ君」

「それにしても困りますよちゃんと挨拶を返してあげてください私が嘘を教えたみたいになっちゃうじゃないですか」


 先生はどのタイミングから見ていたのだろう。音も出さずに後ろに立つのは心臓に悪いからやめてほしいってあれだけ言っているのに、それにしても先生と呼ぶという事は彼は先生の元教え子になるんだろうか。

 ラルフと呼ばれた彼は不機嫌を隠す事なく先生の言葉を無視して話し始めた。


「先生、今外がどういう状況か理解しているのですか? 人間などを傍に置いておくなんて」

「コレが先生が連盟からの招集に応じない理由ですか?」


 コレとは私の事だろう。まるで人間と吸血鬼が一緒にいてはいけないような言い方をする。それに連盟からの招集?理解できない事が多く混乱しながら二人の会話を眺める。今下手に私が会話に入る事は許されないだろう。


「……ペットのようなものです」

「は、……ペット?」


 ラルフさんは拍子抜けしたかのように私と先生を交互に見比べるとそれを見た先生は何かを思い出したかのように笑って「ええ、ペットですよ」と言ってから踵を返し玄関の扉を開けた。


「話は中で聞きましょう、お上がりなさい」


 そう言って屋敷の中に入っていく先生を追いかけるようにしてラルフさんも屋敷に向かう。

 彼は美しく光る瞳をこちらに向けた。なんだろう?戸惑い?やっぱり人間をペットにするというのは吸血鬼の中でも特殊だったという事だろうか。

 しかしすぐに切り替えたのだろうかさっさと前を向いて歩いて行ってしまう彼を私はジョウロを持ったまま立って眺めていた。



 ******



 あの後きちんと植物の世話をやり終えて私は屋敷に戻った。どうやら一切使われていなかった両階段の近くにある客間を使っているらしい。音を立てて邪魔しないよう静かに階段を上がって二階の自室に戻ろうとしたが階段をあがったところで足を止める。そのまま下からは見えないように壁を背にして膝を抱えて座り込んだ。

 ここからなら彼が帰るときに部屋から出ても私の姿は見えないし、会話の内容は聞こえなくても様子は伺える。両者ともに怒鳴るような事はないだろうが先生が怒られるのは嫌だし……。

 何もないといい。初めて出会った外から来た人は美しいけど少し怖い、早く終わらないかな……。


 話し合いはまだまだ長く続くようだ。廊下のカーテンから漏れる日差しにうとうととして眠ってしまいそうになる。頭がボーっとする。


 身体が、熱い。焼けるというよりもドロドロ溶けて……。


 ───喉が渇いた。




 目を閉じると白い世界にいた。否、空は暗い。満月が出ているというのに光を通さないように塗りつぶしたような黒だった。

 白い雪が世界を全て覆うかのように降り続けている。黒い空と、白い世界だけの何もない世界。


 雪なんて初めて見た。屋敷では冬になっても雪なんて降らないから。

 ……サムい。さっきまで熱かったのが嘘のように今度は寒い。初めて見たのに私はこの白い世界が嫌いだ。いや初めてじゃない、どこかで見たことがある。

 どんどん降る雪の量が増えて風も強くなってくる。

 風の音に紛れて何か声が聞こえる。これはいいものでは無い。怒鳴り声、無関心、嘲笑……声を聞いていると何かを思い出しそうになる。


 ……いや思い出す事など何もない、だってこの世界には何もない、きっと私の記憶は全てこんな風に雪が埋めてしまったのだから。


 身体は芯まで凍ったように動かなくなって私は雪の上に倒れ込んだ。雪と風はどんどん強くなり吹雪となって私を覆い隠していく。



「さむい……、せんせい……」



 もしも、雪が溶けたとして出てくるものはなんなのだろう。先生との記憶はそこにあるのだろうか、それとも、バラバラになって修復不可の記憶の残骸か。


 目すら開いているのが億劫になった私の目に最後に移ったのはこの白い世界にひらひらと空を舞っている血の様に鮮やかな赤で発光する蝶だった。





「それでは先生、僕は失礼します」

 その声に一気に意識が覚醒して目を開く。確認するように指先からゆっくりと動かして止めていた呼吸を吐き出す事で再開させる。


 ……夢?

 詳しくは覚えていないが身体が溶けて、真っ白い世界で……。


 ──思い出せない。とんだ悪夢だったような気がするが、思い出せない事なんてよくある事だ。きっと気にする必要なんてない。


 階段下から聞こえてくる声に気が付いて壁から少し顔を出してそろりと見下ろす。どれくらい眠っていたのかはわからないが先生とラルフさんの話し合いは無事に終わったのだろう。

 先生が玄関まで送っているようだった。そのまま帰るかと思ったが、何かを探すように辺りを見渡していたラルフさんと目が合う。

 しかしお望みのものと違ったのか分かりやすく不機嫌を顔に出した彼にびっくりして素早く身を隠してそのままやり過ごそうとする。


「……先ほどは挨拶もせずに失礼な真似をしたので帰りくらいは、と思ったのですが嫌われてしまったようなのでこのまま帰ります」


 その発言に更に驚く。どの口がそんな事を言うんだろう。嫌そうにしたから不快にならないようにって引っ込んだのに!私の事が嫌なのはそっちなのに!!


「おやおや」


 私たちを見てそんな声をあげた先生はノラさん、と私を呼ぶ。これは……先生はきっと「いい子だから挨拶できますよね?」って言いたいんだろう。

 先生を無視するわけにもいかずモタモタしながら立ち上がって階段を降りた。


「……」


 沈黙が酷く痛い。挨拶をしてくれるのではなかったか。もしかして私がするのを待ってるなんて事ないよね?と顔をあげると相変わらずラルフさんは偉そうに仁王立ちしているし先生は私を優しく見つめていた。


 先生が“先生”の顔をしてる。優しそうな顔をしているが私ができるまでじっと待ってる時の顔だ。


「…………さようなら」


 とても小さな声で呟くように言った言葉がこの屋敷では妙に響いて大きく聞こえる事を私は今日初めて知った。

 私のいかにも自信がありませんというような声が妙に反響して返ってきたように聞こえてとても恥ずかしくなった。こうなるならもっと大きな声で言えばよかった……。


 再度隠れるわけにもいかず二人の顔を見ないように自分の靴を眺めてやり過ごそうとしているとラルフさんは鼻を鳴らして笑うと先生の方を向く。


「それではごきげんよう、先生」


 そう言って私の方を一向に見ないまま玄関から出ていった。

 ……今、鼻で笑った?しかも結局挨拶し返してくれなかった……。


「彼は随分と悪い子ですねえ」

 私が呆然としている事に気が付いた先生が近づいてくる。

 ……そうですよね?私は悪くないですよね?あの人が悪い人ですよね?と私も先生に駆け寄ると先生は私の頬に手のひらを寄せて「何もありませんでしたか?」と聞いてくる。

 ……何か?何かとはなんだろう。今日はいつも通り植物の世話をして居眠り中に悪夢を見たくらいだと思うのだが。ラルフさん以上の何かなんてあるだろうか。


「いえ、何も……先生?」


 何かを探るように私を見る先生に戸惑っていると先生はすぐに「やっぱり何でもないです」と手を離した。

 隠し事をするならわからないようやって欲しいんだけどな……。




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