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09




 吸血衝動とはこれほど自身を短絡的にするものだったろうか、あれからニュイの“時間を置けば戻る”という言葉を素直に聞いてさっさと屋敷に帰ってきたキーランは後悔した。


 キーランが帰ってきたことを喜ぶノラをそっけなく扱い部屋に戻って魔法で扉を開けられないようにした。

 一晩もすれば、眠りさえすれば戻ると安易に考えていたが夜が明けても衝動による興奮が収まることがない。

 念のために血液錠剤を馬鹿みたいに口にしたが収まる気配はない。


 ニュイが最後にすんなり引いた理由を考えるべきだったのだ。

 いつもなら深く詮索してなんでどうしてとノラの事を聞いてきただろうに“時間を置けば”などと助言して帰っていったのだ。


 おそらくニュイは理解していたのだろう。キーランが長く家を空けておきたくないことを。

 すぐに収まらないから生き血を飲んだ方がいいよとでも忠告されたらキーランはノラ以外の誰かから血を貰うか冷凍血液で衝動を抑えただろうと。


 だからできる限り生き血を口にしたくないキーランに時間を置けば、などと言ったのだ。

 締め切ったカーテンから日の光が一切入ってきていない事実に夜になったと気が付く。部屋の時計を見て家に帰ってきてから既に一日が経過しようとしていた。

 だからなのかほんの少し落ち着いたような気がした。


 しかし元の状態に戻る期限も聞かずに耐えるなんてあまりにも馬鹿だったと自分を叱責した。

 この時間ならノラも眠っている事だろうし今のうちに家からでて試しに人工血液か、血液錠剤では収まらなかった事やニュイの口ぶりからすれば生き血じゃなければ駄目かもしれない。

 最悪は知り合いから冷凍血液をわけてもらおうと部屋から出るために扉を開くと倒れる様にしてノラが廊下で眠っていた。


 返事もせずに引きこもっていたから心配させてしまったのだろう。それにしてもこんな所で眠ってしまうなんて。キーランは自分がいない一か月をどう過ごしていたのかを容易に想像できてしょうがない子だなと思った。


 この様子だとずっと眠っていなかったのだろう目の下に隈ができていた。目の前で静かに眠るノラはキーランがこのまま通り過ぎて家から出ようが起きないだろう。

 シャツの隙間から無防備に覗く白い首に目がいってしまってどうしようかと悩む。

 ノラを廊下に放置したままにしておきたくはないが状況が状況だ。今はノラに触れたくはない・


──食べてあげなよ、それが私たちの愛情表現だろ?


 ふとニュイの言葉が頭に浮かんで怒りが込み上がる。彼の思う壺な事に苛立ちを覚えながらもノラをこのままにはしておけずキーランはさっさとノラを抱き上げると自身のベッドまで連れていった。

 多少雑に扱ってしまっても一切起きる様子の無い事に安心して早く済ませてこようと傍から離れようとすると物凄い力で手を握られる。


 流石のキーランも起こしてしまったかと驚いてノラを見たがノラは眠ったままでキーランの手を握りしめていた。

 何か夢を見ているのか酷く魘されている様子に手を外そうとする手を止める。起こさずに手を外すのは無理そうだ。

 以前のノラならここまでの強い力は出なかったはずだ。やはりラルフとの再会で吸血鬼化が進んだのか、身体が中途半端な状態を嫌がって変化を起こしているのか。


 苦しそうに「先生……」とこぼして手を離さないノラにキーランは参ったと天井を見上げて覚悟する。


 忍耐。今まで好きに生きてきたツケをはらう時でもきたのだろうか。

 本でも読めば気を紛らわせられるか……?とノラに背を向けて魔法で呼び寄せた本を呼んでノラが起きるのを待った。


 だというのに、そこまで我慢したのにも拘らず目が覚めたノラがキーランのついた嘘に気が付いて泣いて仕方なく本当の事を話したら血を差し出してくるとは思っていなかった。

 ノラが言外に捨てないでと言っている事に気が付いたときには馬鹿な事をしてしまったと猛省した。色々と先回しにする癖がついていたせいでここまでノラを追い詰めていたとは考えていなかった。いや、無自覚に逃げていたのかもしれない。


 いや、今は目の前の問題だ。少し落ち着いたかと思ったがキーランの中でニュイの言葉が延々と頭の中で反芻する。


──本能に従えば……

──私たちは冷血で獰猛な……

──食べてあげなよ、それが私たちの愛情表現だろ?


 これでは本当に彼の思う壺だと苛立ちと戸惑いを覚える。ノラの白い指が目の前に差し出されてしまえば今のキーランでは冷静に判断などできるはずもなかった。


 ノラができる限り痛みを感じないように、キーランに恐怖を抱かないようにゆっくりと歯を当てた。

 一瞬とても甘い血が舌の上に薄く乗った事にようやく理性が戻って口を閉めた。

 ……噛んでしまった。


 これではあの時と何も変わらない。結局本能に負けて噛んでしまった。自分はノラとラルフが記憶が戻るまで待って、見送るために、保護者として……。



 どうやら混乱しているキーランの姿がノラには面白い光景だったようだ。さっきまでの涙はなんだったのか普段でもあまり見ないほどの笑いようである。

 それに抗議するがノラは調子に乗り始めた。

 こちらがどんな思いでいるのかも分かりもせずにこの小娘……。


 もはやキーランは自棄になっていた。

 もうノラが笑っているなら何でもいいんじゃないか。


 だから今まで一度もした事がないペットにも生徒にも娘にもしない扱いをしてやれば一瞬で顔を赤くしてベッドから転げ落ちながら距離を取られた。


 先ほどまで恐怖を抱かせないように、関係が変わらないように必死だったというのにノラの反応に気をよくしたキーランはお返しだと言わんばかりに散々ノラを揶揄って部屋から逃げていくノラを見送ってからやっとベッドに倒れ込んだ。


 起きたら後悔するかもしれない。ノラも落ち着いたら怯えて距離を取ってくるかもしれない。

 しかしキーランは頭が晴れたように爽快な気持ちでそのまま眠りについた。




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