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02




 ノラを拾ってから十年ほど経った。

 キーランの腰までしかなかった身長は随分と伸びて、誰の真似をしているんだか敬語まじりで話すようになったノラに人間の成長は早いと感心した。


 人間の年齢なら学校に通わせたりどこかに働きに出してもいい頃だろうが少々時期が悪い。

 人間で魔法を使えないノラを雇う所など無いだろうしむしろ雇う所など胡散臭いだけだ。

 人間の学校にキーランの名を使って入れてやるのは容易だったがここ数年はとにかく時期が悪い。


 ある程度教養を身に着けて成長したノラは自分が何もせずにこの家に住んで養ってもらっている事に不安を覚えているらしい。


 キーランとしては別に金など余っているし短い人間の生涯、浪費しているわけでもないのだから気にしなくてもいいと考えていたがノラはそうでも無かったようなので植物の世話を頼んだ。

 魔力の影響を受けやすいものも多かったため魔力をほとんど持たないノラが手作業で世話をするのは都合がよかったのもあった。


 ノラは与えられた仕事に喜んで毎日丁寧に世話をしていた。

 中々器用にこなす為今の量では少し物足りないかもしれないと観賞用の花の種を与えると楽しそうに育てていた。

 体調を崩した時ですら世話しようと起き上がってきたときは流石に止めたが。ノラは拾った時から自尊心が低い、自分の優先度があまりにも低かった。


 ノラにとってあの家から受けた扱いは根底にまで染みいってしまったようだった。それを治し癒してやれる気がキーランにはしなかった。




 ******




 長い時間を生きてきたが初めて人が恋に落ちる瞬間というものを目撃した。


 ノラは相変わらず外で朝から植物の世話をしていた。

 知った魔力が家の前にいるなと気づいて玄関を開ければそこにはキーランが教員をしていた頃に受け持っていた生徒であるラルフが訪ねてきていた。


 しかしラルフの家は人間嫌いで有名な家だったはず、ラルフは比較柔軟な考えを持っていたた大丈夫だと思うがノラに何もされていないかと確認のためにノラの顔を覗き込むとノラは放心したようにラルフを見つめていた。

 やはり何か言われたか?と思ったがノラの瞳がキラキラと輝いて頬が赤くなっているのを見てキーランは察する。


 ノラもこんな顔をするようになったんだなと思いつつもずっと放置していたラルフに声をかけた。


「いらっしゃいラルフ君、久しいですねえ三十年ほどになりますか」


「……お久しぶりです、キーラン先生」


 ノラを見て何か言いたげにしているのを見てすぐに屋敷の中に入れる。ノラもラルフの態度に気が付いたのだろうすぐに表情を隠すように俯いてしまう。


 なぜよりにもよって数いる吸血鬼の中からラルフを好きになってしまったんだか。

 どこまでも不運な子というか……。


 どの道人間が吸血鬼を好きになるなんて幸せになどならないだろうに。




「先生、今人間と吸血鬼が対立しそうになっている事は理解しているんですか!?」

「だというのに人間などと一緒に暮らしているなんて……」

「件の原因の一つは先生だと聞きましたが何を呑気にしていらっしゃるのですか」


 お茶を入れるので待ってくださいと言ったのに部屋の扉を閉めたとたんにラルフの口は止まらない。

 疑問をすぐに聞いてくる質はラルフの美点でもあったが面倒だと思う事も多い。わずか三十年ではその癖は直らなかったようだ。もう数百年もすれば落ち着いてくれるだろうか。


「そうですねぇ……ペットのようなものですよ」


「……ペット?」

「ええ、捨てられていたのを拾ったんですよ」


 それを聞いてラルフは信じられないものを見る目でキーランを見つめた。


「先生は、その、奇特な方だとは思っていましたが、まさか人間をペットにしているとは……」

「酷いですねえ」


 人間を飼っているのは珍しい事ではないし愛人の位置に置いてる吸血鬼なんてかなりの数いるがラルフは知らないようだった。

 少なくとも人間嫌いのシュバルツ家では周りの吸血鬼もそういった事をしないのだろう。


「納得しましたか? さあ要件を聞きましょう」



******



 ラルフの要件は学生時代から進めていた研究の話だった。適当に連絡でも入れてくれればわざわざ会いにこなくても答えたのにと言ったらその連絡がつかなかったと言われて思い出す。


 そういえば例の後処理をぶん投げた結果連盟がうるさかったから色々と連絡先を変えたんだった。


 その後、ある程度キーランの見解を聞かせてやればラルフは満足したように帰っていった。




「ノラさんもそんなお年頃ですか」

「えっ」


 ノラは顔を赤くしてなんの話ですか!?と誤魔化して逃げていった。

 所謂一目惚れというやつなのだろうか。確かにラルフは学生時代からよく好意を持たれていた気がする。

 しかし待てよ、とキーランはふと嫌な予感を覚えた。


 金髪に青い瞳?何か既視感がある。くだらないものだったためキーランの頭の中から消し去ろうとしていた、しかしノラはお気に入りの本を思い出す。


 例のお伽話だ。キーランは居間の本棚からその本を魔法で引き寄せると中を斜め読みして王子の容姿の確認し本を閉じて机の上に置いた。


 やっぱり悪影響だったかもしれない。

 ノラが王子に憧れる思想があったとは思っていなかったが本当になぜ、よりのもよってラルフだったのか。

 万が一があったとてラルフの家は面倒どころの話ではない。

 キーランは本の表紙を軽く撫でた。この本も十年前にかったものになる。


「ノラさんを拾ってから十年か……」


 先ほどはラルフにノラはペットだといったが自分の中でどういう位置にノラがいるのかキーランは量りかねていた。

 ペットというには愛着を持ちすぎている気がする。キーランは使い魔を飼っているが当然扱いは全く別だ。

 生徒、も違うだろう。キーランの中では一筋縄ではいかない悪童のイメージが強くノラには結びつかない。


 ならば、娘だろうか。しかしどうにもしっくり来ない。

 確かだったのはキーランはただノラに幸せになって欲しいという事だ。当時はペット感覚で拾ったものの今はあの時のノラを思い出すだけで腹からこみ上げてくるものがある。

 

 そうなるとノラの自立のさせ方を悩んではいたがこの様子だと早めた方がいいかもしれない。キーランにとってはたかが十年だったがノラはすでに自立してもいい歳だ。

 ラルフへの恋は成就しないだろうがもう十年もすれば伴侶を得て家族を作っていてもおかしくはないと考えて人間の一生の短いと再認識した。





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