第四話「鉄砲伝来」
登場人物
【久下家】
久下宗高 主人公 幼名:鹿丸
久下正光 宗高の父、久下家当主
久下弦之助 正光の弟。
雪林 光岳寺の住職
【別所家】
別所家当主・別所高治
家老・間嶋清兼
奉行役の元興景忠
天文十五年(1545年) 播磨国久下領 鹿丸
「鹿丸、お主の望みは何だ?申してみよ。学びたいこと、欲しいもの、やってみたいことがあれば、遠慮なく申せ」
父・正光にそう問われた俺は、少しの間、言葉を選んだあと、まっすぐ答えた。
「されば……鉄砲を手に入れとうございます」
その場にいた父と叔父、そして雪林殿がわずかに眉を動かす。
「願わくば2、3丁ほど…。鍛冶屋にも1丁渡し、構造を解析してもらい増産開発に向け研究してもらおうかと思います。いずれは我らの手で製造できるようになれば、大きな力となりましょう」
「……ふむ」
叔父の弦之助が腕を組み、渋い顔で唸った。
「聞くところによれば、鉄砲など戦ではあまり役に立たぬらしいが?弾は逸れ、雨が降れば使えぬし、火薬も高い。増産するほどでもないと思うが…。」
「心得ております、叔父上。しかし、防衛戦では必ず役に立つかと思います。数を揃えれば野戦でも使えそうです。」
3人とも難しい顔をしている。
俺は鉄砲の威力を知ってるからな。長篠の戦いで鉄砲の活躍は広まったが、この世界ではまだどれほど戦に使えるか判明していない。
「まぁ、良かろう。此度はお主の活躍あればこそだからな。南蛮とやり取りがある商人に聞いておいてやる。」
父上の言葉に俺は頭を下げた。
2、3丁なので、子供の道楽だとでも思われたのかもしれない。あっさりと父上は認めてくれた。
――それからおよそ一月後のこと。
「直光様、例の品をお届けに参りました。」
呼び寄せた商人が、布でぐるぐる巻きにされた木箱を抱えて屋敷へ現れた。
父上、叔父上、雪林、そして俺。皆で囲むように座し、慎重に布が解かれていくのを見つめる。
「これが……鉄砲か」
木箱から現れたのは、見慣れぬ鉄の筒――南蛮より伝わったという、火薬にて弾を撃ち出す武器。三丁揃っている。
「見よ、この火皿……これで火縄を用いるのだな」
叔父上がじろじろと構造を眺め、雪林和尚までもが目を丸くしている。
「まるで火を吐く龍じゃ……」
「うむ、では……一発、試しに撃ってくれるか?」
父上が静かに口にすると商人が頷いた。
「畏まりました。ではどこか、広く的がある場所へ参りましょう。」
そう言って、皆で裏山の小高い場所へと移動することになった。村を一望できるこの場所は、的を据えるにはちょうどよい広さがある。
いつの間にか話を聞きつけた村の者たちも、遠巻きに集まってきていた。商人は、用意していた荷から鉄砲を一丁取り出し、恭しく父上へと見せた。
「では、撃つ前に仕掛けをご覧いただきまする」
商人は鉄砲を構え直し、手元の袋から玉や火薬を取り出しながら話し始めた。
「まずこの丸き鉛玉を銃口から……続いて火薬を同じく詰め込みます。そして、こうして棒で奥までしっかりと押し込みまする。押しが甘ければ、威力が落ち、暴発の恐れもございます」
父上も、叔父上も、雪林和尚も真剣な顔でそれを見つめている。
「続いて、火皿と申すこの部分に少量の火薬を乗せます。火縄はここに掛けて、引き金で打ち込む仕組み……」
「うむ、よし。撃って見せてくれ」
父上の一言に、商人は深く頭を下げ、正面に据えられた木杭へ銃口を向けた。
「それでは、参ります」
火縄に火を点け、静かに構え――
――パンッ!!!
乾いた爆音が空気を裂き、山の静けさを吹き飛ばした。杭は真っ二つに折れ、土煙とともに地に崩れ落ちる。
「おおっ……!」
「これでは……槍でも太刀でも、太刀打ちできぬな……」
「まさか、ここまでとは……」
叔父上も和尚も、目を丸くして声を漏らす。
父上も口には出さぬものの、その目に驚きの色を浮かべていた。
その翌日、俺は鉄砲を二丁、村の鍛冶屋へと運び込んだ。
「な、なんですかいこりゃあ……! 鉄の……筒?」
「毎度すまないな。これは火薬を詰めて弾を撃つ武器だ。可能であれば3年以内に、ここでも作れる様にしたい…。出来るか?」
鍛冶屋はしばらく絶句した後、「鹿丸様の頼みです。出来るか分かりませぬが、とりあえずやってみます」と深く頭を下げた。研究用に新しい物が必要ならいつでも言ってくれと付け加えた。俺が稼いだ金なのだ。もう数丁は父上も許してくれるだろう。
二丁を鍛冶屋へ渡し、残る一丁はうちで使う。
この一丁を使って、俺をはじめとする専任の兵が交代で扱いを学ぶこととなった。
もっとも、火薬も弾も容易に手に入る代物ではない為、実射は限られた。整備や構え方、手順の反復練習が暫く続いた。
天文十四年 播磨国 志方城 別所家本城
重々しい空気が張り詰める中、志方城の一角――別所家の重臣たちが集う広間では、静かに一巻の書状が広げられていた。書状には、奇妙な形状の農具「千歯扱き」の絵図と、その評判について記された書付が添えられている。
「……久下の村が、近頃やけに賑やかだそうだな」
低く唸るような声を発したのは、別所家当主・別所高治。年の頃は五十手前、老獪さと猜疑心を滲ませた眼差しで絵図を眺めている。
「は。噂によれば、あの村の童――鹿丸とか申しましたか、わずか八つ九つにして、稲の脱穀に革新をもたらしたと。村は豊かになり、商人も集まり始めておるとか……」
答えたのは家老・間嶋清兼。冷静な語調の奥には、焦燥の色が見え隠れしていた。
「馬鹿げた話だ! たかが童に、こんな物が作れる訳がなかろう!」
嘲るように声を上げたのは、高治の嫡男・別所元興。
だが高治は、眉ひとつ動かさずに呟いた。
「……旅人も商人も皆、同じことを申しておる。昔から神童と囁かれたらしい。信じ難い話だが、どうやら真実のようだな」
その言葉に、元興は歯噛みしながら黙り込んだ。自分より年若い者の名が広まるのが、面白くないのだ。
間嶋が、低い声で続ける。
「……しかし、面白うありませぬな。
久下家は、元は我ら別所の傍流にござった。今でこそ独立し、静かに領地を治めておりますが――」
「余計な力を持てば、いつ牙を剥くか分からぬ」
高治は目を細め、冷ややかに呟いた。
「……では、力づくにて?」
身を乗り出す元興。
「いや、軍を動かすほどの事でもあるまい。たかが小領の一家――“当主”を消せば済むことよ。村など、いとも容易く瓦解する」
「されど、弟の弦之助もおりまする。加えて、例の童、鹿丸も……」
「童に何ができよう? 確かに才はあろうが、所詮は戦の器にあらず。
弟が継ぐにしても……兄が討たれたとなれば、怖じ気づいて矛を引こう」
間嶋がゆるりと頷いた。
「……潰すなら、今にございましょうな」
「よし、忍びを雇い命をだせ。それと我らがやったと勘繰られては面倒だ。慎重にな。」
「はっ――」
障子の向こう、かすかに吹いた風が、張り詰めた空気をかき乱した。
播磨の嵐は、いま静かに動き出した――。