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第二話「領主のまなざし」

【久下家】

久下宗高         主人公 幼名:鹿丸

久下正光      宗高の父

久下志乃        宗高の母

久下弦之助        正光の弟。

雪林         光岳寺の住職

「父上、あれは?」


「脱穀だ。稲の穂先からもみを落としておる。あのように“こき箸”を使うのだ。」


「なるほど……。」


最近は、父・久下正光と共に領内を見回る機会が増えた。雪林や叔父上の提案もあり、領主としての見聞を早くから積ませようという話になったらしい。

近隣の村や町にも連れて行ってもらえるようになり、母上に至っては「良き気晴らしになりますね」と一緒に出掛けるのが嬉しそうだった。

俺からすれば学問や武芸の稽古が休める事が有難い。


「……かなり骨の折れる作業のように見えます。」


「うむ、米はこうして多くの手間をかけて作るものだ。我らがこうして食っていけるのも、あの者たちのおかげよ。」


父はいつになく真剣な顔で、黙々と脱穀を続ける農民たちを見つめていた。

俺もその作業を見てるが、やっぱ非効率だよなあ。脱穀機を工夫できればもっと効率良く作業出来るし、手間が減れば余剰も生まれて年貢の取り方にも余裕が出るかもしれないのに…。


時間があったら模型でも作ってみるか。

千歯扱きか、足踏み脱穀機かな。完成すれば大分楽になるはずだし、この村の発明品として良い商品となるだろう。


その後、屋敷へ戻ると父はすぐに帳面に目を通し始めた。領内の年貢や収支、備蓄や人足の数を確認する作業のようだった。

俺もその横に座って静かに帳面を覗き込んでいたが、分からないことの方が多い。

そんな俺でも税を上げすぎてる事は分かった。

これでは領内の不満は募るばかりで、経済も回らないだろう…。

この時代の標準的な年貢率は「五公五民」だ。領地によって幅があるらしいが、この村は六公四民と標準より高い。


「…父上。」


「なんだ?」


「この辺りでは、近年水害があったと聞きました。もし同じようなことが起これば、年貢の収入が難儀するのではないでしょうか?」


父は筆を止めた。

しばし沈黙ののち、顔を上げる。


「……ふむ。鹿丸、お前は情け深いな。無論そのような水害の場合は一時的に考慮はしておる。

だがな、鹿丸よ。民にばかり情けをかければ、いずれ家が立ちゆかぬ。兵も雇えず、堤や橋も直せぬのだぞ。」


「……はい。承知しております。」


やはりダメだったか。

まだ俺は近くに置いてるだけで、政に携わらせる気はないようだ。そりゃそうだよな、だって7歳の子供だもの。何よりこの時代は上下関係が絶対だ。俺が父に進言するにはもっと力が必要だろう。



翌年、俺は八歳になった。

相変わらず学問と武芸は続いているが、空いた時間には“脱穀機”の構想を練っていた。脱穀作業をもっと効率よくするための道具――“千歯扱き”だ。


もちろん俺が作るのは不可能なので、図面と模型を作成して職人に作ってもらう。何度も図を描き、竹と木で何度も模型を試作し、作り直してを繰り返した。

そして今日、ようやく村の鍛冶屋と木工職人の元へ試作品の図面と簡易模型を持ち込んだ。


「今日は突然すまない。まずはこれを見てほしい。」


俺は手に持っていた木製の模型と図面を、鍛冶屋と木工職人の前にそっと置いた。


「……鹿丸様、これは……?」


鍛冶屋が不思議そうに眉をひそめ、模型を手に取る。


「俺が考えた新しい脱穀の道具だ。以前から皆の作業を見ていて、何とか楽にならないものかと試行錯誤してみた。」


そう言って鹿丸は、模型の仕組みや使用方法、それによってどれほど効率が上がるかを手振りを交えて丁寧に説明していった。話を聞き終えた鍛冶屋と木工職人は、互いに顔を見合わせた。どうやら理解はしてくれたようだが、そこまで作業が楽になるのかという疑念があるらしい。だが潔く承諾してくれた。


「……確かに仕組みは分かりました。うまくいけば、かなりの手間が省けますな。」


「こりゃ面白い。試しに作ってみましょうぞ。村の者の手が少しでも空けば、それだけ次の作業も捗りますきに。」


「そうか…、そうって貰えると助かる。

頼んだぞ。」

俺は小さく頷き、二人の職人へ礼を述べた。


それから二週間後、鍛冶屋と木工職人のもとから「試作品ができた」との報せが届いた。

俺は胸を高鳴らせながら、鍛冶屋の裏手にある作業場へと足を運んだ。

そこには、見慣れない木製の装置が組み上げられていた。試作の千歯扱き――まだ刃の部分は鉄ではなく木製だったが、全体の構造は想像以上にしっかりしていた。


「では、鹿丸様。早速、試してみましょうか」


木工職人が、干してあった稲束をそっと差し出してくる。俺はその穂先を、歯のように並んだ板へと引っかけてみた。軽く引くだけで、籾がパラパラとこぼれ落ちていく。


……成功だ。


「うおおおっ!? これは、これは……!」


「やりましたな、鹿丸様! これはとんでもない発明ですぞ!」


鍛冶屋と木工職人は互いに顔を見合わせ、次の瞬間には俺を抱きかかえて歓喜の声を上げていた。


「こりゃあ、今までの苦労がまるで嘘のようじゃ! ワハハハハッ!」


嬉しかった。純粋に、俺の中の”現代人としての記憶”が、役に立ったことが。

けれど同時に、不安もあった。この発明が広まれば、きっと村のためにはなる。だが、それがどこまで波紋を呼ぶのか――まだ俺には想像がつかない。


その日の夕方、完成した試作品を父に見せた。

実際に目の前で脱穀する様子を見せると、父は目を見開き、しばらく言葉を失っていた。


「……鹿丸。お主がこれを考えたというのか?」


「はい。皆が大変そうに作業していたのを見て、少しでも楽になればと思いまして。」


「……そ、そうか。それにしても何と、このよう物が出来るとは…。」

父はしばし考え込んだ後、試作品をじっくりと観察していた。



同日夜 久下弦之助


兄上に呼ばれ、俺と雪林殿が屋敷へと集められた。どうやら例の千歯扱きについて、意見を交わしたいとのことだった。村内では既にこの話で持ちきりで、知らぬ者はいない。

だが驚いたのは今回、鹿丸まで同席していたことだ。

この場に嫡男とはいえ、まだ八つの子供を呼ぶなど他家では考えられぬ。それほどまでに鹿丸の才を兄上が重く見ているということか……。あるいは、この神童に将来を託す覚悟を決めつつあるのかもしれぬ。

兄上は手元の模型を静かに撫でながら口を開いた。


「……皆、よく集まってくれた。今宵は他でもない、鹿丸が開発した“千歯扱き”の件についてだ。鹿丸、お主から話すがよい。好きに申してみよ」


まさかの展開に、俺は内心驚きを隠せなかった。己の元服前の息子が“話がある”という理由で、当主が家臣を呼びつけるなど、聞いたこともない。だが今の鹿丸には、それだけの価値があると誰もが認めているのだ。実際、既に村人の間では「神童」とまで囁かれている。

……我が兄ながら、先見の明があるというべきか。


鹿丸は姿勢を正すと、ゆっくりと口を開いた。

鹿丸の話を要約するとこうだ。

一、今年は村の中で数台の千歯扱きを作成・配布し、その効果を体感してもらう。費用は久下家が全額負担とする。

一、翌年からは近隣の村々に向けて売り込みを始め、収益化を図る。

一、模倣品が出回るのは避けられぬゆえ、三年ほどの短期でできる限りの利益と名声を得る。


「ううむ………。」

内容にも驚かされたが、何よりこれを“八歳の子供”が考えたということが信じがたい。

兄上も終始眉間に皺を寄せ、時折目を見開いていた。

そんな中、ただ一人落ち着いていたのが雪林殿だった。長く我が家に仕える住職であり、鹿丸の学問を見てきた男だ。彼は静かに頷くと、目元を押さえながら口を開いた。


「……なるほど、よく考えられておりますな。

短期集中型の販売方法、しかも模倣を見越して三年という期限まで……。この僅かな時間でここまで構想を練るとは…雪林、感服いたしました」

そう言って深々と頭を下げた。

その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

……俺も泣きたいんだが。。


だが鹿丸の話はまだ終わらなかった。

「千歯扱きの評判が広まれば、周辺の者たちが“千歯扱きを見物・買いに来る”ようになるでしょう。その流れを受け村に茶屋や宿を整備し、滞在しやすくすれば更なる収益が望めます。加えて、川の流れを活かし、小舟を通すことで人や物の往来も活発になります。将来的には、楽市楽座のような仕組みを設けることも視野に入れております。」


その時、場に一瞬の静寂が落ちた。


「……楽市楽座、と?」


雪林が驚きを押し殺すように呟いた。

時折、京や近江で流通の自由を求める声が囁かれているのは耳にしていたが、未だそれを制度として実施した者はいない。その名を、八つの子の口から聞くことになろうとは――。


「……税を取らねば、逆に損ではないか?」


俺は口を挟んだ。それは至極当然の疑問だった。商人たちからの座銭を免除すれば、家の収入は減る。それで領主家が立ち行くのかと。

鹿丸は静かに首を振った。


「叔父上、確かに座銭を免じれば当座の収入は減ります。ですが、それは“入口の話”です。税を減らせば商人たちは集まり、物と金がこの村に流れ込みます。物が溢れれば交易が盛んになり、他国からも人が来る。人が来れば茶屋も宿も潤い、宿場としての価値も高まる。

結果的に村全体の活気が増し、最終的に従来の税収以上の“富”が得られると考えています」


一拍置いてから、鹿丸は兄上と俺、そして雪林に目を向けた。


「……うむ、理屈は通っておるが。正直ワシには、少し早すぎる話に思えるな。」


兄上がそう答えると俺も同意した。


「人や銭が流れ込むという道理は分かる。だが、座銭を免じるとなれば、それこそ家計に穴があく。村の財も底をつきかねん。簡単には首を縦に振れぬぞ」


重々しい空気が広がる中、ただ一人、雪林が静かに口を開いた。


「……されど、拙僧は鹿丸様の言う通りかと存じます」


「ほう?」


兄上がわずかに眉を上げる。


「京や堺では既に、自由商いの風が吹き始めております。今は微かな兆しに過ぎませぬが、いずれそれが“当たり前”になるやもしれませぬ。

鹿丸様の案は、時代の半歩先を行っている。無下に否定すべきものではないかと、拙僧は考える次第にございます」


静寂の中に、薪の爆ぜる音だけが響いた。


だが――


「……雪林。お主の言うことも分かるが、今はまだ早い。まずは千歯扱きの件を軌道に乗せることが先よ。話が大きくなりすぎては、足元を見失いかねぬ」


兄上が静かに告げた。

雪林もまた、深く一礼してそれに従った。


「承知仕りました。焦らず、一歩ずつにございますな。」


空気がやや和らいだところで、兄上がゆっくりと鹿丸に向き直る。


「そんな訳だ、鹿丸。千歯扱きの開発、此度の進言――どれも見事であった。今後三年は、お主の申したとおりに進めてみよう。千歯扱きの普及、村の整備、川の活用……良かろう。

楽市楽座までは認められぬが、それ以外の要望は概ね叶えてやる。」


「…はっ!かたじけのうございまする!」


鹿丸が深く頭を下げると、俺と雪林もそれに倣った。

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