第一話 この夏はいつまで続くのでしょうか(2)
「絶対に嘘でしょ」一反さんの目は鋭かった。
「え?」
嘘が一瞬で看破されたことに頭が真っ白になって、えとへと中間みたいな音を僕は出した。とても、片思い中の人を相手に見せる表情でも音でもなかったと思う。
「さっきまでの話、聞こえてたもん」
「あー。あちゃー」
どうやら僕がポーカーに対して偏見を持っていると言うことがバレていたらしい。好きな人の部活に対して文句を言うとは、どれほど好感度が下がることだろう。恋路に岩が雪崩れてきたようで、行き場のない感情をどうにかしようと、とりあえず秋人の方に視線をやった。
やっちまったなあ、と言いたげな表情をしていた。他人事で、他人の不幸を楽しんでいそうな表情だ。殴りたくなった。
「うちの部活、嫌?」
「いやいやいや、そんなことないよ!」一反さんの問いに僕は間髪入れずに答えた。
もう、これ以上誤解を与えるわけにはいかない。ポーカーへの批判を、ポーカーを嗜むマフィアに聞かれたのなら良かった。まだ死ぬだけだ。でも一反さんに聞かれてしまったのはこれはまずい。生きるのが辛くなる。
「ちょっとはポーカーに暗いイメージもあるけどさ。でもちょっと面白そうだなーって思ってたのも本当なんだ」
リアクション芸人というのは嘘をつくのではなく、小さな感情を大袈裟に表現するらしい。僕はそれを実践した。
「ブラフっていうの? そういうのを使った頭脳戦とかさ。それが面白そうだなーって」
「ふーん」一反さんは目を細めて訝し気な表情をしていた。
それでも、一反さんはパッと表情を変えて「入る?」と笑顔を見せながら聞いてきた。その笑みで、自分が可愛いことを理解しているであろうことは、目から察せられた。僕の返事はもう分かっていると言わんばかりに落ち着きを持っていたからだ。僕の恋心すら見透かされているようだった。
うん、と返事をしようとすると、横から秋人が「とりあえずさ」と割って入ってきた。
「部室見にくる? やってから決めればいいんじゃない?」
秋人は僕に、というよりも一反さんにそれを言っているようだった。一反さんもそう受け取ったようで、秋人を見ながら頷いた。
「そうしよっか。明日部活あるから、とりあえず来てみて。それでいいでしょ? 豆富田くん」
「うん」
明日部室に行くことを約束して一反さんが教室から出ていくのを見て、「良かったじゃん」と秋人が言ってきた。
「なにが?」
「好きな人から誘ってもらえて」
「お前なー」
嬉しい言い方をしやがって。
「うんうん。お前をカードゲーム部に誘うには最初っから一反で釣れば良かったんだな。セールスマンはこういうところが大事なんだろうな」
「一反さんで僕を釣ろうとするなよ。ってか、一反さんを釣り道具みたいにするんじゃねえ」
「はいはい」
秋人が楽しそうにしているのが納得いかないが、しかしこれは幸運なことだ。好きな人と同じ部活に入れるなんて、そんな青春はなかなか手に入るものじゃないだろう。それに、向こうからも誘ってくれているのだ。
「もしかして豆富田、脈アリなんじゃね?」
「秋人もそう思う?」
「いや、冗談」
「おい。揶揄うのも大概にしろよ」
「大概にします」
返事として正しいのかは知らないが、とにかくこの一反さんに関する話題は終わった。
「で、よ。豆富田」
「なに?」
「明日のテストいけそう?」
この高校では始業式の次の日に課題テストがある。これがまた頭を悩ませるのだ。課題テストは基本的に、夏休みの課題から出題されるので規範的な生活を送っている生徒にとっては手堅い点数を取れるものになるのだが、僕や秋人のような答えを丸写しすることで夏休みを乗り切った人間は木っ端微塵にされてしまうのだ。
「死、あるのみ」
「だよな。古典とかワーク回収されたせいで、もう対策できねえし」
「あってもしないだろ」
「まあね。お前、帰ったら何すんの?」
「とりあえず、ポーカーのルール覚えてくるわ」
「一反のことばっかり考えてるじゃねえか。テスト勉強やれ、テスト勉強」
「逆に訊くけど、テスト勉強と恋愛。高校生が優先するべきなのはどっちだと思う?」
「まあ、頑張れよ」質問には答えず、笑みを浮かべながら秋人が僕の背中を叩いた。
ただ、友達の恋愛を応援するというのには少し表情が暗く、それが気になった。
「なにかあんの?」
「部活に来たら分かるよ」
「なにが?」
「強敵の存在に」
「どういうことだよ」
「まあまあ。明日テストなんだし、とりあえず帰ろうぜ」
気になることを言ってきたが、続きは聞けそうにないのでもう教室を出ることにした。敵、という言葉が引っかかってどう解釈すればいいのかわからないが、腑に落ちる答えを見つけだせそうにもないので、とりあえず忘れることにした。
秋人と共に校舎を出ると、強い日差しに一瞬だけ目が眩んだが、風がどこか気持ちよくて九月を楽しめそうだと思った。
「まだまだ暑いな」センターパートを綺麗に掻き分けながら秋人が言った。
「いつぐらいから秋だっけ」
「九月中はまだずっと暑かった気がするけど」
「そうだったかな」
確かにまだまだ暑かったが、どこかに秋の気配を感じてもうすぐ夏が終わるような気がした。
「いや、そんなこともないか。去年とか、十月ぐらいまで暑かった気もするわ」
「だろ?」
「うん」
でも、もう近くに新しい季節が姿を潜めている気がするのだ。
「こういうのなんて言うんだろうなー」
駐輪場から自転車を取って、二人で漕ぎ出した。するとまた気持ちの良い風が吹いて、でも居心地が良いような悪いようなそんな感じがした。
「急にどうした?」秋人が何を思ってか顔を覗いてきた。
「ちょ、危ないって」
向かうが距離を詰めてきたものだから、自転車が追突しそうになった。
「ん? あー」そう言いながら、秋人が離れていった。
「いや、なんか豆富田が急に浮かない表情しだしたから」
そんなことを言っている秋人の表情は険しい。僕の表情も険しい。
「単純に太陽が眩しいんだよ」
うん。もう少しだけ、夏は続きそうだ。