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2.不思議な出会い

「ねえ、メルお姉ちゃん、髪やってぇ」


 五歳の犬獣人のアイシャがリボンを手にやってきた。


「今日は『観覧日』だもんね、任せて!」

「ありがとー」


 ふわふわとした栗毛を、手早くひとつにまとめてやる。


 今日は年に一度の『観覧日』。皆、いつもより小綺麗な洋服を着せられ、念入りに身だしなみを整えている。慈善活動の一環として設けられたこの日は、有力貴族の執事たちが養護院を視察に訪れる日でもあった。目に留まった子供がいれば、使用人として雇われることがある。


 時には、跡継ぎに悩む貴族本人が姿を見せることもあり、その場合は養子として迎えられることもあった。もっとも養子として選ばれるのは、たいていが幼い子供たちだ。だからこそ、アイシャくらいの年齢の子供たちは、こうして念入りに身だしなみを整える必要がある。

 すでに成人に近く『人間』であるメルクリールには何の関係もない話だ。獣人たちがわざわざ『人間』の使用人を求めることはほとんどない。


 貴族たちの視察が入るとはいえ、特別なことは何もせず、普段通りに過ごす。

 メルクリールやネイアくらいの年齢になると、下の子の世話や雑務の補助に回ることが多い。いずれ大半は、どこかの貴族に仕えて働く身になるのだから、下働きの良い練習となる。

 メルクリールは普段通りに、子供たちの世話を手伝ったり、必要があればシスターの行動を先回りをしたりして過ごした。

 

 今は大広間で、シスターが本を読み聞かせ、それを子供たちが取り囲んでいる。

 メルクリールは壁際に立ち、ふっと息をついた。ようやく、一息つける。するとメルクリールの隣にザイードが並んだ。ちらりと見上げると、彼もまたこちらを見下ろしていた。

 その瞳に浮かぶ感情を読み取り、どうやら考えていることは同じらしい、と知った。


 その時、アイシャがすっと立ち上がり、とてとてとメルクリールのもとへ駆け寄ってくる。


(あ、これは――……)


 メルクリールがひざまずくと、アイシャが耳元に口を寄せた。


『トイレ』


 今日は可愛らしいワンピース姿だ。養護院のトイレは大人用しかなく、ひとりでは難しいかもと心配なのだろう。メルクリールはアイシャを抱き上げ、ザイードに視線で席を外すと告げると、そのまま大広間を後にした。


「間に合ってよかったね、アイシャ」

「うん。ありがと、メルお姉ちゃん」

「いいのいいの。さ、戻ろっか」


 トイレを手伝ってやって、アイシャと手を繋いで廊下に出る。

 すると、廊下の向こうから黒ずくめの、とてつもない大柄な男性が歩いてきていることに気づいて、慌てて壁際に立った。


 かつかつと革靴の音を立てながら歩いている男性には、揺るぎない自信がにじみでていた。見るからに仕立ての良い黒のジャケットに、白いシャツ、黒のタイに、黒のパンツ。そして目深にかぶっているのは、つばのある中折れ帽。瞳は見えないけれど、すっと通った鼻筋と、きりっと引き締まった口元は意志が強そうだ。


 こんなに強烈な個性のある人を、今まで見たことがなかった。もちろん、先程まで大広間にいた記憶はない。


(きっとものすごく、上位貴族の方でいらっしゃるんだわ……! 身分がばれるのを恐れて、裏からご覧になっていらしたのかも……!)


 シスターから、素性を隠したい貴族たちはそうして視察するもあると聞いたことがある。


『アイシャ、視線を落としてね』

『うん!』


 メルクリールも目を伏せ、失礼のないように心がける。カツカツと歩いてきていた男性が、メルクリールとアイシャを通り過ぎる時に足を止めた。


「失礼」


 さらっと告げられたのは、低く艶のある声。メルクリールはさらに深く頭をさげ、目をぎゅっと瞑った。彼が去った後には、薔薇のようなかぐわしい優雅な香りが漂っていた。

 

 しばらくしてようやくメルクリールは姿勢を戻して、ふうっと息をつく。


「さ、戻ろっか」

「ん。今の人、ライオンさんだったね」

「そうだった?」


 もしかして尻尾でもでていたのだろうか。目を瞑っていたメルクリールにはわからなかったが。


(ああ、でも獅子獣人だったら、やっぱりこっそり視察されていたのかも。間違いなく高位貴族の方でしょうから)


「うん。それにメルお姉ちゃんのこと気にしていたね」

「ええ、そうかなぁ?」

「そうだよぉ」


 (そうかなぁ……?)


 メルクリールは首を傾げながら、大広間に戻っていった。


 ♚ ♚ ♚ 


 馬車に乗り込むなり、男性は黒の中折れ帽を外した。現れたのは、濃いめの金色の髪と――獅子の耳だ。


「もうよろしいので? まぁ、慈善事業ですから少しでも顔を出せばいいでしょうが」


 同じく馬車に乗り込んだ狐獣人の執事が、男性の向かいの座席に腰かけながらそう言った。同時に、馬車が出発する。男性は中折れ帽を執事に渡しながら、にかっと笑った。


「バーナード」

「はい。いかがされました?」

「決めたぞ」

「はぁ……って何をですか?」

「何をって……、あの娘を引き取ることをだよ」

「ああ、なるほど、引き取る……」

「すごいぞ、彼女。なんでもっと前から視察に来なかったんだろう。悔やまれる」

「それは他の慈善事業を優先していたからで、援助はもともとしていたじゃ……」


 バーナードがぴたりと黙り込む。

 数秒後。


「はあああああ、引き取る、ですってええ!?」


 執事の叫び声が馬車に響き渡った。


新連載始めました!

もともと短編予定だったので、さくさく投稿します

朝7時、12時、夜7時予定です。


全17話、勢いしかないですが

よかったら読んでやってください


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