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15.貴方の運命の人は私ではありません

 レオニスの部屋で、衝撃的な事実が分かってから。

 彼の調べを待っている間、メルクリールは強いて自分の両親について考えないようにしていた。レオニスも普段通りに接してくれたし、仕事中は頭から追い払うことが出来た。 


 一度ザイードから「会おう」と連絡が来たが、どうしても応じることができなかった。今、幼馴染に会ってしまったら、洗いざらい不安をぶちまけてしまうだろう。みっともなく、騒ぎ立ててしまうかも知れない。もしくは、心を閉ざしてしまい、まともに笑えないかも。

 どちらにせよ顔を合わせれば幼馴染にはすぐに異変がばれてしまうだろう。だからこそ、余計に会えなかった。


(正直、自分でも、よく分からない)


 ただ一つだけ言えるのは。


(もし、両親が一度も私に会いに来なかったことがはっきりしたら――……)


 養護院での生活に不満があったわけではない。

 シスターたちは親切だったし、ザイードのように得難い友人を持てたことには感謝しているくらいだ。

 けれど、しかし。

 

(私は本当に知りたいのだろうか)


 指輪を取り出して、しげしげと眺めてみる。

 レオニスはどうしてからくりがあると気づいたのだろう。メルクリールの瞳には、何の変哲もない指輪で、どこを触れば刻印がでてくるかも、未だに分かりやしない。


「ふう」


 ため息をつく。

 レオニスに頼めば、両親について聞かなくてもいいかもしれない。

 そもそも、見つからないかも。

 でも、見つかったら?

 

 どれだけ考えても、堂々巡りで、答えは出そうになかった。


  ♔ ♔ ♔


「調べがついたよ」


 レオニスがそう言ったのは、彼が指輪のからくりを見つけた翌週の、とある夜だった。執務中の彼にハーブティーを給仕したところだったメルクリールは、空のお盆をぐっと胸に抱いた。


「先程、バーナードから調査書をもらった。確かめてみたが、間違いはないのではないかと思う」


 それからレオニスが、少しだけ眼差しを和らげる。


「知りたくない?」

「え?」


 どきんとして、メルクリールは無意識に身を固くした。


「もし君が知りたくないのなら、この調査書は破棄するよ」


 条件反射のように、ぱっとメルクリールはレオニスの手元に視線を落とした。思っていたよりも分厚い書類の束を見つめ、ごくんと唾を飲み込んだ。


「もしかして、また……顔に、出てました?」

「うん」


 レオニスの口調はどこまでも穏やかだった。

 まるでメルクリールの心を慰めるかのように。


「……、知りたく、ないわけではないんです……、ただ、迷っていて」

「うん」

「知ってしまったら、もう、知らなかった頃に戻れないから」

「そうだな」


 レオニスが、そっと書類を伏せて置く。


「君の意志を尊重するよ」


 彼の金褐色の瞳を見ると、いつもと変わらず真摯な輝きが宿っている。


「私はね、メルクリール。この前言ったように、君がどんな出自であれ、君のことが気に入っている。だから君が知りたくないなら、知らないままでいいと思ってる――何も関係がないからね」

「何も、関係がない……?」

「ああ。君が人間だろうが、獣人だろうが、もし獣人だったとしても何の獣人でも、構わない。あ」


 そこでレオニスが大仰に顔をしかめた。


「水牛の獣人だけは勘弁してほしいな」


(水牛……? ザイードみたいな……?)


「まぁそれはともかく、君が『人間』であっても、私の『番』じゃなかったとしても、構わない。だって私は君が指輪を外す前から、君に惹かれて、君がいいなと思ったんだからね――『番』を探したいと思っているにも関わらず、だよ? だから本当に君が君でいてくれたら、それでいい」


 滔々と語られる言葉は――まるで。


(きゅ、求愛されているみたい……!!)


 ぼぼっと頬に熱が集まるのを感じたメルクリールは、あわてふためき、視線をうろうろさせた。


「そ、その……っ。わたしは、その……っ、レオニス様の運命の人は、私、私ではありません……っ」


 あっていいはずがない、自分が彼の運命の人だなんて。

 おこがましすぎて、考えることすら許されないレベルだ。ハーレムの末端なら、なんとか受け入れられるかも知れないが、そもそもレオニスはハーレムを持っていないのだから、入れない。


「ああ、いいね」

「……?」

「とても良い匂いがする。酔ってしまいそうなくらい。ふふ、だからいくら言葉で否定されても、傷つかないよ私は」


 茶目っ気たっぷりに、ウィンクをされた。


(ひ、ひえ……っ、そうだ、匂いが、匂いがするんだ……っ)


 指輪をつけているからか、メルクリールが感じられるのはレオニスの薔薇の香りだけ。それもそこまで濃いものではない。


「ごめんなさい……」


 しょぼんとしてメルクリールは謝った。


「ごめんなさい? どうして謝罪を?」


 レオニスが目を丸くして、彼女の言葉を繰り返す。


「香りを出したつもりではないんです」

「……そうだろうね、そりゃ。だが勝手にでるものだよ、フェロモンみたいなものは」


 レオニスが苦笑する。


「出さないように気をつけます――どう気をつけたら良いのかわからないですけど」

「だから、出してもらっていいんだよ。私は嬉しいからね」

「あ! 私の香りってレオニス様以外の、他の獣人の方にも分かるんでしょうか?」


 ふと思いついて尋ねる。

 するとレオニスはまだ仮定の段階だが、と前置きをしてから答えてくれた。


「指輪を身に着けていなければ、おそらく。バーナードやメイド長も君が獣人とは思ってもみなかったと言っていた。だが指輪を外したら、皆にも分かるかも知れないね」 


(そっか……そうだよね、養護院でも、みんなに言われたことなかったものね。でもレオニス様は私が指輪を身に着けていても、香りを感じたってことは、やっぱり『番』――? って待って、今さっき、運命の人じゃないって言ったところだったのにっ)


 そこでレオニスがふっと笑みをこぼした。


「香りが濃くなったな」

「わわ、ごめんなさいっ! ああ、でも――……」


 レオニスとの会話で少し気が楽になり、またメルクリールは真実が知りたいとも思った。


(私が獣人かどうかくらいは、知りたい)


 レオニスのお陰で、勇気が出た。

 メルクリールはきゅっと唇を引き結んでから、レオニスをまっすぐに見つめた。


「教えてください、レオニス様。私の出自のことを」


 レオニスと視線が混じり、彼が小さく頷いた。


「これを」


 調査書を差し出され、メルクリールは震える手で受け取った。


「……隣の国の、伯爵家、ですか……?」

「ああ。フリード家というらしい。領地はなしだそうだ」


(……、隣国の、伯爵、家……)


 メルクリールは書類に目を落としたまま、ぼんやりとそう考えた。


「そこまで詳しいことはわからなかったが、どうやらフリード家の現在の当主の次女が病に臥せっている時期と、君が生まれたであろう時期がかぶっている。次女の恋人は――ユキヒョウ獣人だと噂があったそうだ」


 ヒュッ、と鋭い音が喉から漏れた。


(ユキヒョウ、獣人……、ということは、私、本当に、獣人の血が……?)


 紙を持つ手に、じっとりと汗をかいてしまう。そんなメルクリールを心配そうに見つめ、レオニスがためらいがちに口を開く。


「ここからは私の推測なんだが、隣国には魔法を使える人間がいるらしくてね。きっとあの指輪は、君の素性を隠すために使われていたんじゃないかと思う。そうじゃないと考えられないからね」


 たったそれだけの事実でも、分かることと言えば。


「素性を隠すため……。やはり……私、捨てられた、ということですね……」


 獣人の血を引いているが故に、獣人の国の養護院に捨てられたのだ。

 そして家族はメルクリールの居場所を知っていたが、会いにくるのはもちろん、一度も手紙すら送ってこなかった。そして何より、名前すらつけていなかった。


 メルクリールはぐっと目を瞑る。

 今までも家族から捨てられたと思ってはいたが、やはりそれが真実だとつきつけられると、胸がえぐられるような痛みがあった。俯いて痛みに耐えているメルクリールの前に、レオニスが立った。彼はそのまま跪いて、彼女を見上げる。


「メルクリール、手を握らせてもらっても?」

「……はい」


 彼の大きな手が彼女のそれを掴む。


(あったかい……)


 それだけでほっとするような安堵感がある。

 

「会いに行ってみるか?」

「え?」

「きっとご事情があったんじゃないかと思う。君のお父上は、しばらく隣国に滞在した後、去ったみたいだ。君のお母上は長い間病床にあって、誰とも婚姻も結ばれていないようだが、今もご存命だ」


 その情報は、いくらかメルクリールの心をなだめてくれた。

 父親はメルクリールの存在を知らなかったかも知れないし、母親は来たくても、来れなかったのかも。


 レオニスはメルクリールを見上げて、それから頷いた。


「今はまだ、だよな。いつか行こう――君の気持ちが整ったらね。それに、その指輪は大切にしないとな。君の宝物だ」


 私の宝物?


 メルクリールの視界が歪み、やがてぽたぽたと涙がこぼれてしまう。慌てて泣き止もうとするが、涙は次から次にあふれてくる。


「な、な、泣いちゃって、ごめんなさい」


 顔を拭こうと両手をレオニスから引き抜こうとすると、彼の手に力がこもる。


「いくらでも泣いたらいい」


 そうしてレオニスは手を離してくれ、綺麗なハンカチを渡してくれた。


「……、はい、あり、がとう、ございます……レオニス、さま」


 ごしごしと顔を拭くと、レオニスが笑う。


「礼を言うことはないさ」


 それからレオニスは、ぽんと彼女の手を叩いて、励ましてくれた。


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