表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/18

14.メルクリールの出自

 メルクリールは混乱の中、必死で頭を振った。


「あ、ありえません。私、人間ですもの……」


 けれどレオニスは真剣そのものだった。


「だがこの匂いは――間違うわけがない。獣人は番にだけ、特別な匂いを感じるものだ。今、発情を抑える特攻薬を飲んだ。君も、少し楽になったのでは?」

「え……?」

「何か匂いがしなかったか?」

「それは、薔薇の香りがしました。で、でも、レオニス様の香水ですよね? いつもしていますもの!」


 するとレオニスの表情がすっと落ちた。

 それからゆっくりと彼が微笑む。


「私は香水をつけていないよ」

「……え?」

「もちろん獣人だったら私の匂いを感じられるだろう。だが君は『人間』だ。それなのに匂いが分かると言ったら――」


 レオニスが、床に座り込んだままのメルクリールの前に片膝をつく。

 彼の手には、メルクリールの指輪があった。


「この指輪は君のだよね?」

「あ、はい、ありがとうございます―――…」


 指輪をレオニスから渡された途端、薔薇の香りが霧散する。まったくなくなったわけではないが、いつもくらいには落ち着く。


(え、どういうこと……?)


 だがどうやらそれはメルクリールだけでなく、レオニスも同じだったらしい。彼の獅子の耳はぴんと立ち、尻尾は上下左右に揺れている。


「君の匂いがしなくなった」

「レオニス様も?」

「君も?」


 呆然としながら二人で見つめ合う。レオニスの視線がすっとメルクリールの手の中にある指輪に落ちる。


「その指輪を見せてもらっても?」

「はい」


 手のひらに載せて差し出すと、レオニスが指輪をためつすがめつ眺める。


(あ、薔薇の香りがする……)


 指輪を彼に渡した瞬間から、香りが濃くなる。この香りをずっとかいでいたいと思わせるような、酔わせるような香り。


(つ、番、ですって、私とレオニス様が……? そんな、わけ、そんなわけあるわけないでしょう!?)


 しかし理性は否定し続ける。


「仕掛けがあるな」

「え?」

「もし開くなら、開けてもいいか?」

「は、はい、もちろん……!」


 レオニスは指輪を手にしたまま執務机へ向かった。引き出しを開け、見慣れない器具を取り出す。その器具を指輪の表面に当てて操作している。


「開いたぞ」

「え?」


 彼がやってきて、手のひらの上に置いた指輪を差し出してくれた。どういうわけが指輪の表面が開いていた。


「これは、家紋、だろうか?」

「家紋……!?」


 ぱっと見下ろすと、指輪の表面の裏側に見たこともない紋が刻まれていた。確かに、レオニスの言う通り家紋のようにも見える。


(ど……どういう、こと……どういうことなの……?)


 もう既に、理解の範囲をゆうに越えている。メルクリールの思考は、崩壊寸前だった。


「この家紋はこの国の貴族のものではないな」


 じっと見つめていたレオニスが断言する。


「君が生まれた時にこの指輪を持っていた、だったね?」

「はい……」


 呆然しながら、肯定する。


「先ほどの器具は公爵家に伝わるもので、内密なやり取りをする際に使うものだ。金属にほんのわずかな歪みがあれば、それをきっかけに開けられる仕組みになっている。要するに、この国でも貴族だけが使う手段ということだ」


 メルクリールは力なく頷いた。

 きっとそうなのだろう、養護院のシスターたちですら、この指輪にからくりがあるだなんて知らなかったから。レオニスだから見抜けたのに違いない。


「この指輪を持つと、君の匂いが隠される。こんな不思議なことが偶然で済ませていいわけがない――少し、調べさせてもらってもいいだろうか?」


 青ざめたメルクリールは、呆然としたまま答えることが出来なかった。するとレオニスが恭しい手つきで、彼女をもう一度ソファに座らせてくれた。


「ごめん、驚かせたな」


 いつものように優しいレオニスの言葉に、動揺のあまりじわっと涙が浮かぶ。


「レオニス様のせいではありません」

「そう言ってくれてありがとう。君にハーブティーを淹れよう。少しは落ち着くんじゃないかな」


 レオニスが空いているカップにハーブティーを淹れてくれた。それを差し出しながら、彼が口を開く。


「指輪は君を守ってくれているのだから、持っておきたまえ。鎖が切れてしまったようだから、新しいのを用意するよ」

「……はい、ありがとう、ございます……」


 メルクリールは渡されたカップをぐっと握りしめる。

 

「できたら、この刻印の出どころを調べさせてもらいたいのだが、構わない?」

「――ッ」


 探るように尋ねられ、彼女は息を呑む。


 親切な申し出だと思った。

 けれど、即答は出来なかった。


(……側仕えの素性を調べたいと思われるのは当然よね……)


 もともと誰も彼女の出自は知らなかった。だからこそ、メルクリール本人の適性を考えて、レオニスの側仕えに取り立ててくれた。それが、メルクリールの両親がもしかしたら、それこそ犯罪者かもしれないとなったら――。ローゼンハイム家に迷惑をかけるようなことがあってはならない。

 

「ご迷惑、ではないのなら――…」


 やがてそう答えると、じっと彼女を見つめていたレオニスが頷く。


「では刻印を軽くスケッチさせてもらってもいいかな?」

「はい、お願い致します」


 それからレオニスが渡してくれた鎖を使って、指輪をいつものようにネックレスとして身につけると、馴染んだそれはしっくりとくる。


(でも、ただの指輪じゃなかった……みたい)


 レオニスが指輪を握りしめたメルクリールの手を、ぽんと叩いた。


(……、励ましてくださっている……、ありがたい)


 彼は余計なことを言わず、そっと寄り添ってくれている。メルクリールはおずおずと口元に笑みを浮かべた。


「狼狽してしまってごめんなさい。ちゃんとお仕事に戻ります」

「君は普段十分やってくれている――少しソファに腰かけたらどうだい」


 対面のソファに腰かけたレオニスに勧められた。彼の気遣いが、メルクリールの混乱した心を宥めてくれた。しばらくすると、ようやく息が楽になってきた。


「よかった、さっきよりずっと顔色がいい」


 安心したようにレオニスが呟いた。


「これだけは忘れないでくれるか。私は、君が欲しいってこと。どんな君であってもね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ