12.「言いたいことはそれだけですか?」
夕食の折に、メルクリールは顔をあげて、使用人のためのダイニングルームに入った。相変わらずメルクリールと同じテーブルには誰も座らない。
じゃがいものポタージュにパンを浸しながら食べていると、くすくすと忍び笑いが聞こえた。
『いい気味ね。人間くさいテーブル、誰も一緒に座りたくないわよね』
『それで今日は水牛くさいわ〜〜、嫌になるわね』
『そりゃそうよ、レオニス様があんな人間、相手にするはずないわ』
『だから水牛に慰めてもらったって? おえ、ご飯が美味しくなくなるわ』
メルクリールは黙々と食事を進める。ザイードまで悪しざまに言われて申し訳ない気がしたが、彼なら気にしないと言い切るだろう。戦うと決めたメルクリールの心は、今は鋼のようだ。
(私、悪いこと何もしていないもの。言いたいこと、言えばいいわ)
食べ終わったタイミングで席をたち、陰口を叩いていた洗濯係のメイドたちをじろっと見る。すると彼女たちは一斉に口をつぐみ、慌てて食事を続けた。
受けて立つとは決めたが、それは何もこちらから仕掛けるという意味ではない。踵を返したメルクリールの耳に、一人のメイドの声が届く。
「自分から辞めなさいよ」
メルクリールが振り返ると、彼女はスプーンを持ったまま、わずかに顎を上げている。
「だってそうでしょう? 人間がレオニス様の側仕えなんて、前代未聞なんだから。レオニス様に迷惑をかける前に、自分から辞めるべきよ」
周りのメイドたちは顔を伏せたまま、ちらちらと二人を見比べている。
「言いたいことはそれだけですか?」
メイドが口元を歪めた。
「みんなが思っていることを代弁しただけよ」
「そうですか」
メルクリールはにこっと微笑んだ。
「私、プロフェッショナルメイドになるつもりなんです」
「は? なんですって?」
「メイドとして最上級になるまで腕を磨くつもりです。だから業務中に人の陰口を叩いたり、人の作業を邪魔したりする暇なんてありません――すべて、レオニス様のためです」
そう言えば、あてこすられたと気づいたらしいメイドたちの顔が真っ赤に染まっていく。
「レオニス様に辞めるように言われたら従います。でも幸いまだ言われていません。だから辞めるつもりはありません」
「はっ……?」
「私がここで働いているのはレオニス様の意志です。貴女はレオニス様の決断に異を唱えるつもりですか?」
「な……っ」
メルクリールは口元の笑みをひっこめ、じっとメイドを見つめた。
「辞めさせたいのはよく分かりました。でも私に嫌がらせをするのは違うのでは?」
ついに、直接ずばっと言い切る。
「い、嫌がらせ、ですって!? 人聞き悪いわね!」
メイドが目に見えて、おたおたし始めた。
「しているじゃないですか。仕事の邪魔をするわ、私の部屋を荒らすわ。そろそろ我慢ならないので、バーナードさんに相談しようと思っていました」
「はああ!?」
最初に難癖をつけてきたメイドの隣のメイドが大声を出した。
「な、なんで、バーナードさんに相談するわけ!? 『人間』如きが!」
「『人間』ですけど、私もこの家の使用人ですから、言わせていただく権利はありますよね?」
メルクリールは肩をすくめた。
「それにしてもおかしいですね。どうしてそんなに騒ぐんです? まさか貴女たちが私の部屋を荒らした犯人ですか?」
「は、はぁ!? なんでよ?」
「違うなら、堂々としていればいいじゃないですか」
「……っ」
「まぁバーナードさんに相談させてもらえば、きっとすぐに犯人を捕まえてくださると思います。きっと残った匂いで犯人が誰かすぐお分かりになるでしょうから」
ぐうっとメイドが言葉を飲み込み、獣人の耳をぱたぱたと動かす。
(自白してるじゃない、もう……)
取るに足らない。
そもそもメルクリールには匂いが分からない。だがバーナードやメイド長なら、部屋に残った匂いだけで犯人などすぐに見抜けるだろう。最初のうちは告げ口を警戒して、そこまで露骨なことはしなかったのだろうが、メルクリールが黙っていたから、調子に乗り始めたのか。
「私に言いたいことがあれば直接言って下さい――いつでも受けて立ちますから」
それまでさざめいていた食堂の空気が、ぴんと張り詰める。メイドたちは顔を真赤にした後、青くなり、それからお互いを見つめてから、同時に俯いた。
メルクリールは数秒だけ彼女たちを見つめてから、くるりと踵を返した。
(言い過ぎちゃった)
廊下に出たメルクリールは、大きなため息をついた。
(私、めちゃくちゃ怒っていたみたいだ……)
怒りのあまり、感情に任せて、他の使用人たちの前だというのに、攻撃的な言動をしてしまった。結局レオニスの迷惑になるかもしれない。
(一旦冷静に、冷静にならなきゃ……)
頭を冷やしたいと自分の部屋に戻ることにした。レオニスは今夜は在宅しているので、後でお茶を淹れようと思いつつ。
♚ ♚ ♚
「聞いたか、バーナード?」
廊下の奥から押し殺した声が響いた。
「確かに聞きました」
「すぐに調べろ。必要なら全員配置換えしろ――種族によっての差別は我が屋敷では許さない」
「はい、かしこまりました」
バーナードが頷くと、レオニスが肩を怒らせて歩き始めた。獅子の耳と尻尾が忙しなく動く。レオニスは自分の執務室に戻ると、行儀悪くソファに音を立てて座った。
「私はもう夜会に行かない」
腕組みをして、高らかに宣言する。
「ああそうですか……って、はぁ!?」
バーナードの眼鏡が半分ずり落ちた。
「夜会に行っている間に、メルクリールが水牛獣人と会っていた。なんだあの匂いは! せっかく私の匂いがついてきたところだったのに、元の木阿弥だ」
「ア、ハイ、ソウデスネ――ワタシ、イイマシタヨネ?」
昨夜、夜会から帰る馬車の中で「知っていることは全部吐け」とレオニスに詰めよられていたバーナードは、今更なんだと、うんざりしながら答えた。
「聞いてるか、バーナード!?」
「キイテマスキイテマス」
「二度言うと真剣味が薄れるぞ」
「キイテマス」
「バーナード!?」
「キイテマス」
業を煮やしたレオニスが自身の尻尾でぴしゃっとソファを叩いた。




