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11.夜会に出かけている間に……

 レオニスの姿は、今夜の夜会にもあった。

 ぱりっとした正装に身を包んだ彼はひときわ見目麗しく、たとえ獅子の香りが漂っていなかったとしても、人々の視線を引き寄せただろう。そして彼は、王国随一と謳われる公爵でもある。


 彼が夜会に姿を現すやいなや、次から次へと令嬢や令息が挨拶に訪れ、ひっきりなしに声をかけられる。


「レオニス様……! こちらの夜会にいらっしゃったのですね、お目にかかれて光栄です」

「ああ、久しいな」


 レオニスが頷くだけで、令嬢はぽっと頬を染める。年若い令嬢は挨拶をするだけで満足そうだったが、もう少し世慣れた令嬢や未亡人となると話は違う。彼女たちはレオニスと懇意になりたいと、虎視眈々と隙を狙っている。レオニスもそれを分かっているので油断はせずに、ベルナールをまとわりつかせることにしている。


『あの狐が今夜も邪魔だわね』

『本当に!! なんなの、一体!!』

『レオニス様と話すと、あの狐の匂いがして、気持ち悪くなっちゃう』

『そうよね。あの狐がもし相手だったら……まで考えちゃうわ』


 ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら、扇で口元を隠しながら令嬢たちが噂話をしている。


『レオニス様、番を探していらっしゃるというのは本当なのかしらね? それにしては全然積極的じゃないけれど』

『もうずっとよね。でも、特にここ最近は心ここにあらずじゃない……?』

『前はごくたまにワルツをされることもあったけどそれもないし、すぐに帰られてしまうものね』

『あーん、レオニス様、ハーレム作ってくださらないかしら、入りたーい』

『貴女、えげつないわね。でも私も入りたいわ、ハーレムに』

『ハーレム作ったことないわよね、レオニス様。発情期はどうされているのかしら。抑える薬は飲まれていると思うけれど』

『えぇぇ、恋人の噂も聞いたことがないし……ってもしかして、あの狐相手に!?』

『狐め、許せない。でも、恋人を作られるくらいなら、狐のがマシかもね!!』


 きゃっきゃと話しながら彼女たちが去っていくと、げんなりとした顔のバーナードが呻いた。


「レオニス様のせいで、狐狐言われて迷惑です。そして発情期の相手を私がしているなどと濡れ衣を……いくら私が美狐といっても困惑しちゃいます〜〜」


 ちょうど周りから人波が途絶えたところで、レオニスも応じる。


「美しいかどうかは知らんが、狐じゃないか、お前は」

「ですけど、私の繊細な心は、傷ついて張り裂けんばかりです〜〜」

「どこが繊細なんだ、学生時代からふてぶてしいじゃないか」


 実はレオニスとバーナードは学生時代からの友人である。バーナードはとある侯爵の落とし胤であり、愛情はうけなかったものの金銭的にはまったく問題ない家庭で育った。

 そして二人は、有力貴族子息が通う学校で、十代を共に過ごした仲である。

 孤高の獅子、そして傷を抱えた狐。

 どうしてかお互い気が合って、紆余曲折ののち、こうしてバーナードはレオニスの下で働くことになったのだ。バーナードの執事の手腕にはまったく文句はないが、やはりもともとが友人だったため、遠慮のない物言いが目立つ。とはいえレオニスはだからこそバーナードを信用しているのだが。


「もうそろそろ私を盾にするのはやめて、いい加減お相手を選んで下さい〜〜」

「だから言っているだろう、番を探していると」


 レオニスは飄々とした顔で答えた。

 と、そこで眉間に皺を寄せる。


「お相手を、選んで、ください? だから番が見つかっていないだろうが」

「番ではないかもですが、もう見つけていらっしゃるではありませんか。今までだって、そもそも番を本当に探す気、あったんですか? 私はそれも疑っています」

「……、だが……、彼女はその気ではないから……」


 途端に怯むレオニスが、自分の提案を否定しないことに気づいたバーナードはにやりと笑った。


「あんなにガッチリ側に囲っておいて、何を言っているんですか? まぁローゼンハイム家を黙らせる必要はありますけど、レオニス様ならそれも可能でしょう?」

「まぁな。それにローゼンハイム家についてなら、お前だって手は貸してくれるだろうが」


 ごほん、とベルナールが咳払いをする。


「で、答えが出ているのに、こんな夜会に出ているのは時間の無駄かと思いますけどね」


 バーナードが眼鏡をくいっとあげた。


「夜会に出ている間に、あの子は養護院時代の友人と夕食を食べに行ったみたいですよ? メイド長に許可をもらっていました。あ、相手は彼女が持っている小袋の主みたいですけどね」

「は?」


 みるみるうちにレオニスの周囲の温度が下がる。 

 しかも間の悪い事に、知り合いの令息が挨拶をしにきた。


「ローゼンハイム、久しぶりだな!」

「あ、ああ、久しぶり、だな―――バーナード、後でその話を詳しく聞かせろ」

「気が向けば」

「お、おいっ、バーナードッ」


 レオニスが血相を変えたのを見て、バーナードは溜飲を下げた。


 ♚ ♚ ♚ 


 翌日、メルクリールはすっきりと目覚めた。久しぶりの清々しい目覚めで、ザイードのお陰だと思う。


(よし、がんばるぞ!)


 気合をいれてレオニスの部屋を訪れると、彼はどうしてかとてつもなく不機嫌だった。

 獅子の耳はぴくぴく動くし、尻尾はずっと上下に振られている。こんなことは非常に珍しい。


(どうしたんだろ……? 夜会で嫌なことがあったのかな)


「メルクリール、昨日、私がいない間、一体何をしていた?」

「え、昨夜ですか? 養護院時代の友人と食事をしていました」


 友人と食事、と言うと、彼の尻尾が一際大きく揺れる。


「水牛獣人か?」


 そう言われて、メルクリールははっとする。


(そっか、麻袋を替えたから気づかれたのね……!)


「そうです」


 途端、レオニスの喉からぐるっと唸り声が出る。彼がぱっと口元を抑えて、押し殺した声で呟いた。


「……喉の調子が悪いみたいだ。珈琲はやめて、紅茶をもらえるか?」

「え、大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ。紅茶を飲めば、良くなると思う」

「かしこまりました。すぐにお持ちしますね……!!」


 体調が悪かったのか。

 メルクリールは、慌てて紅茶を取りに厨房へと向かった。

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