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9.こんな素敵な時間は生まれて初めてだった

 ザイードが教えてくれたカフェはいかにも隠れ家的な佇まいだった。


(あ、よかった。貴族の方でも入れそう)


 五組しか入れない小さな店内は清潔で、内装の趣味も良かった。しかし残念ながら今は満席で、少し待たなければ案内できないと言われてしまった。

 

「今日は諦めるか」

「そうですね」


 レオニスがメルクリールと手を繋いでから効果は抜群で、明らかに話しかけられなくなった。それも関係しているのか、レオニスの顔色はすっかりよくなっていたから、カフェで休まなくても大丈夫に違いない。


「メルクリール、香ばしい肉の匂いがしないか?」


 カフェの外に出たレオニスが鼻をひくつかせた。


「しますね」


 獣人たちほど鼻の効かないメルクリールでも気づくくらいのあからさまな匂いだった。


「あ、あそこだな」


 どうやら屋台で串刺しの肉を売っているらしい。レオニスの尻尾がぶんぶんと左右に大きく振られているのを見て、メルクリールは思わず笑ってしまう。


(ふふ……、かわいい)


「行きましょう?」

「いいのか? ああ、行こう!」


 レオニスに引っ張られて屋台の前に立つと串刺しの肉だけでなく、ソーセージや骨付きのロースト肉、肉団子まで売られていた。


「うわ、おいしそうだな。だが手が汚れるか。これから本屋に行くしな……。お! メルクリール、隣の屋台を見ろ!」

 

 レオニスの声が弾む。

 見れば隣の屋台には、チーズ入りクレープや、揚げパンや香草パンなどが並べられていた。蜂蜜ケーキやアップルパイなど各種パイ、蜜がけりんごまで売っている。


「食べよう。どれがいい?」


 どれがいい?


 好物がないメルクリールにはその質問に答えるのは難しかった。だから思わずレオニスを見上げてしまうと、彼は穏やかな表情で彼女を見下ろしている。


「なんでもいい。今の気分に合うものを選んでくれ」


 今の気分に合うもの。

 そう言い換えられると、答えられそうだった。メルクリールは屋台に視線を送り、それからレオニスに視線を戻した。


「じゃあ、ミートパイを」


 そう言えば、レオニスが笑顔になる。


「肉の匂いにメルクリールも翻弄されたんだな!?」

「かもしれません」

「いや、分かる。そしてそれが最良の選択だ。私もミートパイにする」


 レオニスが買ってきてくれた一口サイズのミートパイは、パイ生地がさくさくで中の牛肉もほろほろ、今まで食べたパイの中で間違いなく、一番おいしかった。


(やば……っ!)


「めちゃくちゃ美味しいですね!」


 メルクリールが一口食べる間に、レオニスは大きな一口でパイを半分平らげてしまっていた。でも気持ちは分かる。これは絶品だ。


「本当に美味しいな」

「はい……!」


 あっという間に食べ終えたレオニスが、にこにこしながらメルクリールが食べ終わるのを待ってくれた。


 それから本屋に行き、レオニスの本を選ぶのを手伝った。ここでは養護院で文字を学んだことが役立ち、レオニスの手伝いをすることが出来たのが誇らしかった。

 欲しい本があれば買ってやると言われ、特にないと答えかけ――レオニスの顔を見て、苦笑する。


「特にないという答えは私は好きではないな」


 すっかりばれていた。


「ごめんなさい」


 怒っている表情だが全然怒っていない。その証拠に彼の尻尾は左右に揺れていたので、怖くはなかった。


「ではお言葉に甘えてこの本を――あ、でもこれシリーズものみたいですね」


 店で山積みになっていた恋愛小説を手にとってみたが、スピンオフが出ているようだ。一冊で終わらないのならと戻しかけたその本を、レオニスが奪う。


「とりあえず今日はこの本を買おう。面白かったら、また次に来た時に買ったらいい」


 また次に。

 

(本当に来れるかどうかはわからないけれど――その気持ちが嬉しい)


 メルクリールはふわっと笑った。


「ありがとうございます」


 本屋を出ると、夕暮れが迫ってきていた。

 二人で歩いてローゼンハイム家に戻る。買った本は自分が持つとレオニスはきかない。側仕えの意味とは、と思いながらもメルクリールは彼の好きなようにさせることにした。 彼の尻尾が機嫌よく振られている方がいいなと思ったからだ。

 相変わらず荷物を抱えていない方のレオニスの手とは繋がれたままだったが、人よけの効果を知ってしまったため、文句などない。

 

「ああ、夕暮れの空が綺麗だな」


 レオニスがそう呟いて空を見上げる。

 西の空がゆっくりと茜色に染まり、小さな星がいくつか輝き始めていた。


「こんなにのんびりした時間は、久しぶりだった」


 ふう、と彼が深呼吸をする。


「ありがとう、メルクリール。付き合ってくれて」


 メルクリールは二、三瞬き、それから首を横に振った。


「私こそ、とても楽しかったです――ありがとうございます」


(こんな素敵な時間は――生まれて初めてだった)


 そう、胸の中で付け加えた。

 二人でしばらく茜色から群青色に変わっていく空を眺めてから、帰宅したのだった。

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