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8.街歩きっていうかデートっていうかいやデートの訳ないですよね

 レオニスの望んだ『外出』とは、街歩きだった。


 というわけでメルクリールは、早速翌日の午後には王都の町中でレオニスに付き従っていた。


「まずは本屋に向かう」

「はい、承知しました」


 ぱりっとした外出着に身を包んだレオニスはこれまた惚れ惚れするほどの色男ぶりを発揮していて、道を歩けばすれ違う獣人たちが男女問わず振り返る。


 レオニスだと気づく人もいてこそこそと噂話をしたり、また喜色満面で話しかけてくる者も多かった。


「レオニス様ではないですか!」

「アンジェリーナ嬢。久しいな」


 礼儀正しく答えるレオニスの顔には表情らしい表情がなかった。獣の耳も尻尾もぴくりとも動かない。だが相手の耳も尻尾もせわしなく動き、喜びを隠そうともしていなかった。


「町中にいらっしゃるなんて、なんて珍しい!」


 露出の多い真紅のミニドレスに身を包んだ豹の女獣人が、レオニスの腕を取ろうとした。だが彼は自然な仕草で腕を引き上げ、その手をかわす。 


「失礼、ちょっと腕を痛めていてね」

「まあ、それは申し訳ないことを致しました」


 アンジェリーナは腕に絡みつくのは諦め、すりすりとレオニスに身を寄せていく。レオニスはさすがにそれは拒まなかったが、尻尾の先端がぴくっと震えている。


(お嫌、なんだろう、な……)


 メルクリールは、主人を待つ間、側仕えとして礼儀正しく地面へ視線を落とした。


(……確かにこれは、きついかも……)


 アンジェリーナがどうこうではなく、街に出ればこうして周囲の人々の視線を浴び、一挙手一投足注目されてしまう。それに人間であるメルクリールにはわからないが、レオニスは発情の匂いにも気づいているはず。街に出てからというもの彼の尻尾は上下にしか揺れていなかった。

 いくら煩わしいといっても、相手を無碍に断るわけにもいかないだろう。


(大変だ、これは)


 メルクリールはレオニスに同情してしまった。

 ローゼンハイム家に来る前にレオニスについて調べた時は、稀代の色男、獅子獣人なのだから望めばハーレムだって作れるし、それだけの人物だから恋人がたえないのも当然で、人生を謳歌しているのだろうと単純に考えていた。


 しかしこれは――……。


 『番を見つける』まで誰とも深い仲にならない、と宣言した、というのもあながち嘘ではないのかもしれない。


(だって恋人がいらっしゃる気配がないもの……まぁ夜会にはいらっしゃってるから、そこでお会いしているのかもしれないけど)


 家にいれば朝から晩まで仕事に励み、使用人たちからも秋波を送られ側仕えも置けない。街にでればこうして注目の的だ。むしろ恋人が居てくれたほうがいい、とメルクリールは思った。


(その方との時間が癒やしになってくださっていたらいいけれど)


 そんなことを考えている間に、レオニスはアンジェリーナを追い払っていた。


「待たせたな」

 

 先程まで無表情だったレオニスの顔に明らかに『疲れた』と書いてある。


「本屋までまだあるんだが――足止めばかりされてしまって、すまない」


 メルクリールは慌てて両手を横に振る。


「いえ、私のことはお気遣いなく!」

「だが……、はぁ……先にお茶でも飲むか。しかし私はあまり街歩きをしたことがないから、どの店がいいのか知らない」


 これだけ注目されるなら、街歩きはしないのも頷ける。そこでメルクリールはぱぱっと周囲を見渡した。


(ここなら……あの店が近くにあるかも!)


 幸い、このエリアはザイードと来たことがある。シスター長に言い付かり、特別な薬を処方するという薬局に来たことがあったからだ。時折クライン家に戻ることがあるザイードは王都にも詳しく、良いカフェがあるからお茶をしていかないか、と誘ってくれたのだ。


「友人に聞いたことがあるカフェがこの辺りにあるかも知れません。それこそ紅茶で有名らしくて」

「ゆうじん」

「はい……! 一度行ったことがあるので、迷わないと思います」

「いちどいったことがある」

「入ったことはありませんが」


 それまでメルクリールの言葉をおうむ返ししていたレオニスが、そこで獅子の耳をぴくっと立てた。


「じゃあ行く」


(じゃあ?)


 不思議に思ったが、レオニスを休ませるほうが先だ。ザイードの教えてくれたカフェは、表通りから少し奥まったところにあり、人目から逃れるのにうってつけだと思う。


 「ここを真っすぐ行ってから、郵便局を左に曲がって……、……ッ」


 右手の人差し指で道を示していたメルクリールは、息を呑む。


「……!?」


 メルクリールの左手を、レオニスが何気ない仕草で取ったからだ。大きな、ごつごつした手でぎゅっと握られて、メルクリールの心臓がどくんと跳ねた。


(え……!?!?)


 あわあわしているメルクリールの耳元でレオニスが囁いた。


「悪いがこうしてくれないか。さっきから周りの人達の匂いがすごすぎて、頭が痛くなってきた。君の手を握っていれば、彼らも話しかけてくるのを少しは遠慮するだろう」


(あ、わ、そ、そういうこと、ね……!?)


 納得したメルクリールはぎくしゃくと頷く。だが自分はいかにも使用人の風体だが大丈夫だろうか。


「構わないかな?」


 けれど畳み掛けるように尋ねられると、是としかいいようがない。


「わかりました……」

「ありがとう!」


 するとレオニスが満面の笑みを浮かべた。


(喜んでいらっしゃるから――これでよかったんだわ。もしかしたら私が『人間』なのもいいかも――うん、お役に立てるならそれでいいか)



『えっ……、レオニス様が笑っていらっしゃる……?』

『どうして?』

『あの人間、レオニス様とどんな関係なの!?』


 笑顔のレオニスを見た周囲の人たちが愕然としていることに気づく間もなく、メルクリールはカフェに足を向けたのだった。


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