プロローグ
ここは獣人が治める国、ヴァルグレア。
国の歴史は、数百年前に、獣人王が人間の王を倒し頂点に立ったことから始まる。それまで獣人たちは、人間たちの家来とされていた常識が覆され、今につながっている。
獣人が治める国ではあるが、とりわけ人間が虐げられているというわけではない。だが獣人たちの独自のルールが優先され、それに従える人間のみが暮らしている。獣人たちに従うことを望まない人々は隣国に移り住んだ。獣人たちのルールは、人間とは全く異なる。発情期もあるし、婚姻制度もまったく違う。また獣人たちの間にははっきりとしたヒエラルキーが存在し、初代獣人王が獅子だったこともあり、ヒエラルキーのトップは獅子である。
そんな獣人の国で暮らすメルクリールは『人間』だった。
生まれてすぐに、両親――まったく記憶にないが――に捨てられたらしい。気づいた時にはヴァルグレアの王都の片隅にある獣人たちばかりの養護院で暮らしていた。獣人のシスターたちによれば身元を知らせるものは、手に掴んでいた指輪のみだったという。
といっても、宝石もない、飾り気もない指輪だった。いわゆる印章指輪のようなものだが、表面には何も刻まれておらず、よって身寄りを示す証拠にはならなかった。
けれどシスターたちは失うことがないように紐を通し、彼女の首にかけてくれた。そして『メルクリール』という名を与え、育ててくれた。
メルクリールが獣人ではなく、人間であることは最初から匂いで分かったという。獣人は鼻が利き、相手の情報を匂いやフェロモンで判断することに長けている。ほとんどの獣人は人間と同じような容姿で、その動物の耳と尻尾が生えているが、とはいえ、ごく稀に動物の耳と尻尾がない獣人もいるから、最終的に匂いで判断されたとのことだ。
人間であっても獣人であっても構うことなく、シスターたちは慈しんでくれ、メルクリールは養護院唯一の人間としてすくすくと育ったのだった。




