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9/19

第九話 私は見た夢が思い出せずにモヤモヤしてしまう。

 「主宮君、我が家が所有する山を一つ、貰ってくれないか?」


 先程の、「超能力」に対する質問よりも突飛な内容に、私は目が回ってしまいそうになる。


 「ちょっと、パパ、どういう事なの?」


 涼子ちゃんに負けないくらいの困惑が頭と胸の両方に満ちてしまっている私も、良綱さんから、今の質問の意図を説明して貰いたかった。

 だけれども、そんな私の顔をジッと見つめていた良綱さんは、ふと、息を漏らす。


 「いや、今日はここまでにしよう。

 さすがに、主宮君も限界だろう」


 どうやら、私は思っていた以上に、顔色が悪くなっていたようだ。

 いや、今、私は顔のほとんどを隠すように包帯を巻かれているから、良綱さんは呼吸音や雰囲気から、私の限界を察したのかもしれない。

 先程は、体の制止を振り切って、良綱さんの話を聞く事を選択できたが、その無茶が、いよいよ効いて来てしまったのか、私は意識を保っているのも辛くなってきていた。

 良綱さんからの指摘で、たった一瞬でも、自分が限界だ、と自覚してしまった事で、なおさらに、抗えなくなっているようだ。


 (こりゃ、いよいよ、ヤバいか)


 ここで無理をして、くたばったりしたら、確実に、涼子ちゃんを泣かせてしまう。

 死ぬ事よりも、涼子ちゃんに悲しみの涙を流させる方が怖い自分に胸の内で苦笑しながら、私は小さく頷いた。

 そうして、私は心配そうにしている涼子ちゃんの手に、メッセージを書く。


 「またこんど・・・うん、絶対に、明日も来るからね」


 (いや、だから、そう頻繁に、俺の所へ来ちゃダメだって。

 涼子ちゃん、君は現役の学生でしょ)


 しかし、そこを言ったところで、涼子ちゃんは、明日も、学校をサボり、良綱さんたちの制止を振り切るか、監視を撒いて、この病室へ、私を見舞いに来てしまうだろうし、何より、それを言うだけの体力と気力が、今の私には残っていない。

 それこそ、HPを示すバーがレッドゾーンに入っているどころか、0スレスレだった、今の私は。

 良綱さんと涼子ちゃんが今、ここにいるからこそ、二人を心配させまい、と虫の息ギリギリを、尽きかけの気合で保っている状態に過ぎなかった。


 「今日は騒がしくして、すまなかったね、主宮君」


 涼子ちゃんの手を借り、ベッドに体を横たわらせた私には、もう、首を横に振る事すら出来なかった。

 しかし、私が何の反応もしない事に対して、良綱さんは気を悪くした風はなく、逆に、何も出来ないほど、私を疲弊させてしまった自分を責めているような表情になった。

 そんな父親の顔を見て、涼子ちゃんも自省したようで、顔を翳らせている。


 「ゆっくりと休んでね、真宵お兄ちゃん」


 「しっかり養生してくれ、主宮君」


 病室を出る際、手を小さく振ってくれた涼子ちゃんとわずかに頭を下げた良綱さんへ、胸の内だけで「ありがとうございます」と告げた私。

 今しばらく起きていて、今の現状を整理し、なおかつ、これからの事を考えたかったが、やはり、脳味噌も、もう、今日は労働したくないらしい。

 

 (こりゃ、どうにもなんねぇわ)


 人間、潔さも大事なので、私は大人しく眠る事にする。

 今の私に出来るのは、さっさと寝て、怪我を治すだけの体力を回復させる事だけだ。

 

 (まぁ、正直なとこ、このまま眠ったら、明日、起きれないかもって不安はあるけどな)


 人間誰しも、一度は心の中に浮かんだはずだ、この疑問が。

 人間は死んでしまったら、どうなってしまうのか。

 私も考えた事がある、幾度も。

 あの大災害で、家族を喪ってから、しばらく、一年くらいは毎晩、寝る前に、ずっと熟考していた気がする。

 私自身ではなく、死んだ家族の魂、それがどうなっているのか、気になってしまったのだ。

 ぶっちゃけ、今でも、答えは出ていない。

 もはや、おぼろげな記憶しか残っていないが、両親は平凡な人だった。

 悪人ではないにしろ、清く正しく生きている善人でもなかった、と思う。

 あえて言うなら、やや損をしても懲りないタイプのお人好しだった、父も母も。

 だから、地獄には堕ちていないだろうが、天国に行けているだろう、とも確信は持てなかった。

 

 (・・・・・・せめて、珊瑚だけは天国に行ってるか、幸せな家庭の子に生まれ変わっててほしいもんだな)


 そんな事を思いながら、私は改めて、自分に差し迫っている「死」が発生させている恐怖と向き合う。

 これまた、お約束の一つだろうが、子供は大体、寝る時、このまま死んでしまったらどうしよう、と強烈な不安に駆られるものだ。

 確かに、人間、何才だろうと、何人であろうと、寝ている時に突然死してしまう可能性、もしくは、確率は、誰だって、さほど変わるまい。

 その恐怖との向き合い方、または、自分の中で出す答えは、人それぞれだろうが、私の場合は、悩んでも仕方ない、と一回、割り切ったら、すんなりと眠る事が出来るようになった。

 周りからすると、メンタルが強い、と感心してくれるかもしれないが、私が自己分析するに、ただ、無駄に時間を消費するのが嫌いな、ただの可愛げのない子供だっただけだ。

 しかし、今は、ちょっと事情、状況が違う。

 何せ、今の私は重傷者だ。

 痛々しい状態になっているであろう見た目や、病室に運び込まれ、私の体にチューブなどで繋がっている機械の数から考えれば、重篤者と表現しても差し支えないかもしれない。

 それだけに、このまま寝たら死んでしまうんじゃ、って不安にリアルが宿っていた、今の私には。


 (けど、眠らない事には、どうにもならん。

 死なないように気を付けながら、ぐっすり寝よう)


 頭が冷静に働いていたのなら、「何、言ってんだ、俺」とセルフツッコミを入れていたであろう事を考えたのを最後に、私は思考のスイッチをオフにし、肉体の制御を手離した。


 (よし、ちゃんと起きれた)


 体はまだ起こせないが、目を開く事が出来た私は、胸中で安堵する。

 投与されている薬の効果なのか、全身の痛みは随分と鎮まっており、辛くはなかった。

 これで、涼子ちゃんを泣かさずに済むな、と思いながら、私は、ついさっきまで見ていた夢を思い出そうとしていた。

 しかし、どんな夢を見ていたのか、それがハッキリ思い出せなかった。


 (誰か、多分、女と夢の中で会っていた。

 いや、女は一人じゃなかったよな。

 二人いて、片方は俺に土下座で謝ってて、もう片方は謝り倒している女の近くに立っていた・・・気がする)


 私は、その女性たちの顔を思い出そうとしたが、やはり、思い出せない。

 いや、正確に言うと、顔に靄がかかっていて、思い出そうとするほど、その靄は濃さを増し、顔を隠し、思い出すのを邪魔してくるのだ。


 (うーん、思い出せないと、妙にモヤモヤするな)


 仕事柄、会った人の名前と顔はしっかりと一致させる癖を付けているので、夢の中とは言え、会った相手の顔を鮮明に思い出せないのは、私的に苦々しい気分になる。

 怪我の影響だろうか、と思う一方で、違う、と断言してくる自分もいた。


 (まるで、俺に記憶されるのを拒んでいるみたいだな・・・

 いや、どちらかと言えば、俺の魂が、相手に危険を感じ取って、覚えないようにしたのか)


 確信は持てないが、もしも、夢の中で会った者の顔を思い出してしまっていたら、私の脳味噌は大量の情報が流れ込んだ事による衝撃で、深刻なダメージを負った可能性がある。

 肉体はともかく、脳は無事だったのだから、そんな事にはなりたくなかった。


 (まぁ、思い出せないのは、どうにもならん)


 夢の事で真剣になるのもバカらしい、ではなく、今、この状態で見た夢だからこそ重要視すべきであるし、顔が見えないのは、そのタイミングじゃないからだろう、と私は考えを改めていた。


 (多分、また、あの夢は見るだろう)


 次の夢は、内容をしっかりと記憶できるか、は解らないが、幾度も見る、それは断言できた、何故か。

 あんな不条理に、家族と永遠の別れを経験したからなのか、私は、超常的な現象に対し、否定感を持ってはおらず、どちらかと言えば、世の中、不思議な事が起きても不思議じゃない、そんなスタンスで生きている。

 夢について考えるのを止めた私は、ふと、気付いた。


 (体の痛みが和らいでる・・・)


 最初は、鎮痛剤が効いているのと、一晩、しっかりと休んだからだろう、と思っていたのだが、それだけじゃない気がする。

 さすがに、体を動かして確認できるほどではないが、動かなくても、あれほど辛かった痛みが、昨日と比べれば、半分ほどになっていた。

 そもそも、こうやって、頭がしっかりと働いているのは、痛みに邪魔されていないからだろう。

 どうしてだろうか、と考えた私は、頭の中に一つの推論が浮かぶ。


 (あの夢か?)


 夢の事を考えるのを止めようとしていたのに、また、思考の焦点が夢に合い始めたので、私はあえて、思考を中断する。

 今は、自分の身体が痛まない理由を明らかにする必要はない。

 大事なのは、痛みで「考える」事が鈍らない、そこだけだ。

 頭が働けば、恐らく、いや、絶対に、今日、来るであろう、良綱さんの話をちゃんと聞く事が出来る。


 (問題は、涼子ちゃんが来るかどうか、だな)


 涼子ちゃんは、自分がこうする、と決めたら、行動する事を躊躇わないタイプではあるが、話し合いを疎かにはしない。

 だから、昨日、家に帰った涼子ちゃんは、しっかりと、これからの事を、良綱さん達と話し合ったはずだ。


 (話し合いには応じただろうけど、俺の所に来るのを、涼子ちゃんが我慢するかっつーと、微妙だよなぁ)


 涼子ちゃんが懐いてくれるのは嬉しいが、私なんぞに構い過ぎて、涼子ちゃんの大切な時間を奪ってしまうのは、彼女にも、良綱さんにも申し訳ない。


 (ぶっちゃけ、良綱さんが、あの涼子ちゃんを説得できるとは思えないんだよなぁ)


 頼みの綱は真由子さんではあるが、何だかんだで、涼子ちゃんに甘い、と言うか、やたら背中を押すところがあるので、不安は拭えない。

 さすがに、もう来ないで、と強く拒むのも胸が痛む私も、大概、甘い。


 (けど、どうして、涼子ちゃんは、俺にこうも懐いてるんだろ?)


 雪乃の悪口を真に受けるのも癪で仕方ないが、私はイケメンでもない。

 頭のテッペンから足の先まで、全身の到る所に大中小様々な怪我を負った今は、更にイケメンからは遠ざかった。

 このグルグル巻きの包帯を取れば、控えめに言っても、「バケモノ」と表現すべき顔になっている、と自分では理解わかってしまう。

 健康的で溌溂とした、運動神経が抜群、そして、スタイルの良い美少女な涼子ちゃんが、およそ好むような見た目ではないはずだ。

 世の中、若干、崩れた見た目の異性を好む人もいるにしろ、少なくとも、涼子ちゃんは、そういうタイプでなかった気がする。

 まぁ、私も涼子ちゃんが推しているアイドルグループのメンバー全員の顔を、ロクに覚えていないので、涼子ちゃんが面食いである、と断言は出来ない。


 (けど、少なくとも、俺の見た目に、涼子ちゃんが惹かれてるとは思えないよなぁ)


 怪我を負う前は、いくらかマシだったかもしれないが、それでも、涼子ちゃんと釣り合える見た目ではない、と情けないが、断言できてしまう私。

 かと言って、涼子ちゃんが、私の外見じゃなく、中身、性格や性質などに好意を抱いてくれている、と思えるほど私も傲慢ではない。

 それこそ、私の中身など、モブ中のモブ、ド平凡のど真ん中だ。

 この世全てを憎んでもいないが、全ての人を愛せるほど懐はデカくない。

 好ましく思う者もいれば、本能的に受け付けない相手もいる。

 どこにでもいる、普通の青年だ。


 (まぁ、今、俺の見た目は「普通」から程遠いが・・・)


 自虐を思考の隙間に挟みこみつつ、私は手持無沙汰な状況に対する空虚感を紛らわせるべく、涼子ちゃんが自分に異様に懐いている原因の探究を続ける。


 (アレか、実兄がいないってのもあるのか。

 そうなると、涼子ちゃんが、俺にやたら、ベタベタしてくるのは、年齢的に条件が合っているのと、兄と妹の距離感を勘違いしているからか?)


 その可能性はあるな、と私は自分の中に浮かんだ可能性を支持したくなった。

 涼子ちゃんには、二人、姉がいる。

 苺さんと雪乃だ。

 雪乃は論外すぎるが、苺さんは良いお姉さんだ。

 しかし、もしかすると、涼子ちゃんは「お兄ちゃん」が欲しかったんじゃないだろうか。

 涼子ちゃんの中で、兄に対する憧れが妙に大きくなっていくのと同時に、妹は兄に対して、こういう態度を取ったり、言動をする、と言った想像が変な方向に向いた可能性は大いにあった。


 (・・・・・・もし、あの日、何も起きていなかったら、俺も「お兄さん」になってんだろうな)


 あの大災害で命を落とした母は、私の妹を身の内に宿していたらしい。

 その事実を、私は私を引き取ってくれた、母の友人から聞かされた。

 サプライズ好きなところがあったから、母は私を驚かせるつもりだったのかもしれない。

 会う事が出来なかった妹を思い浮かべ、やや、おセンチな気持ちになりかけた私は、どうにか、意識を切り替える。


 (正直、涼子ちゃんに、「お兄ちゃん」呼びされて、悪い気分はしてないんだよな)


 そこは、素直に認めるしかない。

 嬉しいものは嬉しいのだから。

 時々、胸の奥底に、チクッ、とした痛みを感じはするけれど、嬉しいのは本当だ。

 しかしながら、涼子ちゃんに、これから、恋人が出来たら、血も繋がってないどころか、赤の他人である私を、親し気に「お兄ちゃん」呼びして、その上、やたらとボディタッチが激しかったら、良い気分にはならないはずだ。

 涼子ちゃんの恋人になる、それは、暮林家の新たな一員として迎え入れられる事を意味する。

 大前提として、涼子ちゃんの気持ちが何よりも最優先されるだろうが、いずれにしろ、私のような、どこの馬の骨とも知れぬ一般人は、涼子ちゃんとお付き合いする事に、周りは良い顔をしない可能性が高かった。

 そうなると、ますます、私と涼子ちゃんが仲良さげにしていたら、余計なトラブルが勃発しかねない。

 涼子ちゃんに、今、「お兄ちゃん」と慕われているからこそ、ここは、やはり、私が心を鬼にして、彼女と親しくしないのが一番だろう。

 涼子ちゃんは、雪乃と違い、良い子だ。

 涼子ちゃんには、幸せになる権利がある。

 涼子ちゃんの幸せが、どのようなものか、それは涼子ちゃん自身が決めるべきものではあるにしろ、少なくとも、こんな私と関わっていたら、涼子ちゃんは、暮林家の一人として相応しい幸福を掴めなくなってしまう。

 これほどまでに慕ってくれいるのだから、私が目の前から去れば、涼子ちゃんの機嫌が荒れるのは目に見えていた。

 しかし、所詮、私に対する好意など、一過性のモノに過ぎないだろうから、時が経てば、すぐに、私の事なんて忘れてくれるだろう。

 

 (いっそ、今日、涼子ちゃんが来ても会わないようにした方がいいか)


 下手に、涼子ちゃんの顔を見たら、いや、今はまだ、包帯が目に巻かれているから、涼子ちゃんの可愛い顔を見る事は叶わないんだが、つい、甘さを出してしまう可能性があった、私は。

 なまじ、雪乃にあれだけ迷惑をかけられ、疎ましさを覚えていた事もあってか、善性である涼子ちゃんには、どうにも、ついつい甘くなってしまう節がある、と私も自覚はしていた。

 さりとて、わざと口汚く罵倒して、いや、口元にも包帯が巻かれていて、悪口以前に何も言えない状態だが、今の私は、涼子ちゃんに嫌われるほどの度胸もなかった。

 そうなると、思い切って、私が退院するまで、「面会謝絶」にして貰った方が良いかも知れない。

 

 (あー、でも、良綱さんとは、ちゃんと話し合った方が良いか)


 雪乃との婚約が破棄された以上、もう、私は暮林家にとっては他人だ。

 この大怪我を負った状態では、「くればやし」の仕事に復帰するのも難しいだろう。

 となれば、更に、距離は大きく広がるのは目に見えていた。

 だからこそ、お世話になった良綱さんには、これまでの事をちゃんと感謝し、改めて、今後の身の振り方を話し合わねばならない。

 驕るつもりはないが、良綱さんは、私を雪乃の婚約者に決定した時点で、様々な根回しをしてくれていたようだ。

 今回の一件で、そんな良綱さんの苦労を無碍にしてしまった以上、雪乃を更生させる事が出来なかった部分も含め、謝罪もせねばならない。

 実の家族と過ごした時間の半分ほどしか、良綱さん達とは関わっていないが、却って、私は良綱さんに父性を、真由子さんに母性を、苺さんは姉のように感じ、そして、涼子ちゃんを妹のようだ、と実感していた。

 私のような、一般家庭に生まれ、施設で育ち、卒業した大学の格もそこそこでしかない私を、新たな家族の一員に温かく迎えてくれたのだから、せめて、暮林家にとっての汚点でしかない雪乃を、少しでも真人間に矯正しよう、と努力もしたが、結局、泡沫の如く弾けてしまった。

 

 (ただ、俺の実力不足を棚上げする気はないが、あのバカを普通にするなんて、どこの誰にも不可能だったよなァ・・・

 神様でも、ありゃ、匙を投げるぞ)


 バカは死んでも治らない、この「格言」は雪乃にピッタリだ、と思うほどで、今ごろ、あの世の裁判で大騒ぎをして、迷惑をかけているんじゃないか、と気分が重くなってしまう私。

 やってきた事、やらかしてきた事があまりにもクズすぎるので、地獄直行コースなのは確定だろうが、地獄で、表現しがたいほどの仕置きや責め苦を味わっても、あの歪んだ性格が、どうにかなるとも思えなかった。


 (とどのつまり、俺は雪乃を助けるのを諦めた事で、あの世にも迷惑をかけちまった訳だ)


 そうなると、私も地獄行きが濃厚になりそうだ。

 自分が真っ当な善人だ、とは思っていないにしろ、地獄に落とされるのも、それはそれで嫌だな、と心から思う。

 雪乃が起因となれば、尚更に、憂慮の念が強まってしまう。


 (こんな体に成っちまった以上、もう無理だろうが・・・)


 実は、私、のどかな山村でスローライフを送るのが、人生の目標だったりした。

 今の年齢で、そんな枯れた夢を持っているのか、と呆れられそうだが、元々、人の輪の中で生きるのが得意な方ではない、私は。

 生来のものなのか、家族を喪って施設で他人と一緒に暮らしていたからなのか、そこはもう、自分でも定かではないが、人と関わるのが苦手、と自覚は出来ていた。

 人と向き合っただけで吐いてしまうほど、ひどい苦痛ではないのだが、毎日、気疲れが蓄積していた。

 そのストレスを発散できる趣味を見つけていられたら良かったのだろうが、生憎、その趣味を見つけるのも、私は下手だった。

 人付き合いに必要な部分を含めた性格が不器用な方ではある私だが、知能と運動能力は、まぁ、人よりは割と良い方なのである。

 もちろん、良綱さんや苺さんには頭の良さで敵わないし、涼子ちゃんとスポーツをしても全敗は必至だ。

 まぁ、さすがに、ボクシングやプロレスなどで、涼子ちゃんに挑むのは男らしくないからやらないが。

 負けたくはないが、涼子ちゃんの顔に、少しでも傷を付けてしまうのは避けたい。

 大抵の事は、そつなくこなせる、まぁ、器用貧乏、と言い換えても良いからなのか、どうにも、本気で熱中できる「何か」に出逢えていない。

 やってみれば面白い、と思う訳だが、そこそこ出来るようになってくると、どうにも、自分には合わないなぁ、と感じてしまい、それから距離を置いてしまう性質だった。

 だからと言う訳でもないが、街の喧騒から離れ、山間の村などでスローライフを送ったら、一つは、自分の心が奮い立つモノを手に入れられる事が出来るんじゃないか、と私は期待していた。

 もちろん、そのような場所での、スローライフが簡単ではないし、楽しいだけじゃないのは百も承知だった。

 どんな場所で暮らしていたって、その場所ならではの大変さはあるに違いない。

 漫画やアニメ、ライトノベルの主人公のようなスローライフなど送れないだろう。

 だけど、妙なもので、スローライフの憧れは、そこを理解していても、私の心から妙に消え去らなかった。

 もしかすると、傲慢や雪乃の我儘や、仕事上のライバルである布袋からのやっかみでストレスが溜まっていて、それがスローライフへの憧れを、より強めていたんだろうか。

 時おり、テレビのバラエティなどで、山の中に一軒しかない家へインタビューをしたり、田舎で自給自足の暮らしに身を置いている大家族などのモノだ、スローライフを見る度に、私は「いいなぁ」と思っていた。

 だから、私は、いつか、その憧れを実現させようと、仕事を黙々と頑張り、貯金額を増やしていたのである。

 憧れ、ただ、それがあるだけでも、仕事にはしっかりと熱が入るものらしく、こんな私でも、会社から評価される結果を出せていた。

 幸い、と言って良いか、そこは微妙であるにしろ、雪乃は、良綱さんからお小遣いを貰っていたから、私の所持金を勝手に使い込む、なんて事はしなかった。

 まぁ、さすがの雪乃も、自分と違い、私が汗水を垂らして真面目に働いて得た金銭を使い込んだら、良綱さんがぶちギレ、本当に、家から追い出され、絶縁される、と解っていたんだろう。

 それならそれで、ある程度は自重していたら、家族関係も、もうちょっと改善されていただろうが、くたばってしまった以上、今更な話である。

 労働で得た金銭は使ってこそ経済を回す、と私も承知しているから、ある程度の金額が溜まったら、気になったキャンプ道具やサバイバルキットなどを購入していた。

 ソロキャンプ、若干、流行りに乗り遅れている気もするが、これもやってみたかったのである。

 

 (そう考えると、昨日はビックリしちまったが、良綱さんの話は渡りに船かもしれない)


 私に山を譲る、その真意は定かではないが、今、自分の目の前に好機チャンスがある、これは確かだ。

 当然だが、いくら、全幅の信頼を置ける良綱さんが相手だからと言って、私も、この話には簡単に飛びついたりはしたくない。

 良綱さんが、会社の社長として、だけではなく、一人の人間として尊敬が出来る、男として惚れている漢だからこそ、浮かれた気分ではいられないのだ。


 (まず、貰う、ってのがダメだよな)


 さっきも言ったが、私はそれなりに貯蓄している。

 時々、欲しい、かつ、必要だ、と吟味した物品を購入はしていたが、憧れを実現させるために必要な分は、別途で貯金していたからだ。

 また、良綱さんの好意で、暮林邸に部屋を貰え、食事も提供されていたから、その部分に必要な金銭も将来の為に貯める事が出来ていた。

 原因は何であれ、こんな体になってしまった以上、これまでと同じ仕事を続行するのは厳しい、いや、不可能だろう。

 リハビリをすれば、体も動かせるようになるだろうが、以前と同じように、とはいかない。

 そんな私が職場に復帰しても、同僚や後輩に迷惑をかけてしまうだけだ。

 それならば、これを機に、「くればやし」を退職すべきだろう。

 あまり、アテにするのも見苦しい気はするが、私の現状を考えれば、退職金も問題なく、支払われてくれるはずだ。

 自分自身の貯蓄全てと退職金があれば、良綱さんから山を購入する資金の半分くらいにはなるんじゃないか。

 この体で就ける仕事も限られるだろうが、幸い、あれだけの事故だったにも関わらず、五感も四肢も失わずに済んだ。

 なら、まだ、働ける。

 再び、真面目に労働して、良綱さんに分割で、山の購入代金を支払って行こう、と私が憧れを実現させる覚悟を新たにしたタイミングだった、病室に近付いて来る、聞き覚えのある靴音が耳に飛び込んできたのは。


 (おっ、やっぱり、良綱さん、来たな)

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