第八話 私は店にやってきた子供のお客様にフレンチトーストを振る舞う。
「マヨちゃん」
勢いも良く、店に入ってきた浅黒の少年に、そう呼ばれた時、私は自分の事とは思わなかったので、一瞬、反応が遅れてしまった。
「マヨちゃんってば!!」
「ア、もしかして、僕の事かな?」
「そうだよ、他に誰がいんだよ。
このお店は、マヨちゃんのもんだろ」
正確に言えば、私は良綱さんから、この店を預っているだけなので、個人の所有物ではない。
ただ、事実を説明しても、小学生である彼にはピンと来ないか、と判断して、私は椅子にかけていたエプロンを装着する。
「イらっしゃイませ、大介くん」
「鉛筆と鉛筆削り、買いに来たんだけど。
ついでに、今日のオヤツ、何?」
少年は財布をジーパンの尻ポケットに突っ込んでいた、二つ前のスー〇ー戦隊の写真がプリントされた財布を引っ張り出す。
きっと、それは、お兄さんのお古なんだろう。
「オヤツはまだ、何にするか、決めてなイよ。
鉛筆はHBでイイのかな?」
「うん、HBを1ダース買って来いって、母ちゃんに頼まれた」
「鉛筆削りは、机の上に置くタイプと、筆箱に入るサイズがアるよ」
「小さい方」
「小さイ方だね。
何色がイイのかな?」
「何色があるの、マヨちゃん」
「今、この店にアるのは、エっと・・・赤と青、黒、白、メタリックブルーとクリアグリーン、アと、ゴールドとシルバーのストライプのものだね」
「うーん、悩むなぁ」
絆創膏だらけの腕を組んで唸る少年に微笑しつつ、私はレジ台の上にいくつか、鉛筆削りを乗せてやる。
「メタリックブルーもカッコいいけど、金と銀の縞々にも惹かれるよなぁ」
「ふふふ、ゆっくり考エて、決めればイイよ」
唸りながら悩む少年が被っていた野球帽の前後を、すれ違いざまに逆にして、私は鉛筆を陳列しているコーナーに向かって、HBの鉛筆を一箱、手に取った。
その時だった、もう一人、客が来店したのは。
「こんにちわ、主宮さん」
「はイ、こんにちわ。
イらっしゃイませ、雅世子ちゃん」
入店してきた、やや武骨なデザインの眼鏡と編みツインテールが特徴的な少女は、来店を歓迎する私に丁寧に一礼してから、「あっ、やっぱり、ここに来てた」と、未だに、どちらの色にするか、悩んでいる少年に気付き、苛立ちが滲んだ声を発して、指差した。
「げっ、委員長!!」
雅世子ちゃんに気付き、大介くんは、あかさらまに狼狽える。
「げっ、委員長じゃないわよ、中曾くん!!
アナタ、灰野先生に、昨日の宿題を出してけって言われてたでしょッッ」
「いや、だって、母ちゃんに買い物を頼まれてたしよ、俺」
「ここに来るなら、宿題を片付けてからでも、十分に間に合ったじゃない。
どうせ、今日も、主宮さんにオヤツをおねだりに来たんでしょ」
「うっ」
「その反応、図星ね。
ごめんなさい、主宮さん。
すぐに連れて帰りますから」
「ちょっと待てよ、俺、まだ、マヨちゃんのオヤツを食べてないんだよ!!」
「あのね、ここは、料理店じゃなくて、文具をメインに扱っているお店なの!!
確かに、主宮さんの作ってくれるお菓子は、どれも美味しいけど・・・」
一瞬だが、私と大介少年は、雅世子少女の口の端から涎が垂れそうになったのに気付いた。
「でも、毎回毎回、オヤツをリクエストしてたら迷惑でしょ」
気と唇の緩みを誤魔化すように声を荒げさせ、眼鏡をカチャリと冷たい音を発しながら上げ、雅世子少女は足早に、大介少年の元に歩み寄る。
「ほら、学校に戻ろう。
先生には逃げた事、一緒に謝ってあげるし、追加された分もアタシが手伝ってあげるから」
厳しい態度から一転、優しさを見せられ、大介少年は狼狽えてしまう。
見れば、雅世子少女は、大介少年の手首をしっかりと掴んでいるではないか。
直接、手を握られている訳ではないにしろ、やはり、この年頃で、なおかつ、ガキ大将気質の少年からすると、少女に触れられるのには照れてしまうのだろう。
「けど、俺、腹も空いちまったし」
そう言うや、大介少年の腹の虫は空腹を、私達に大声で訴えてきた。
「アハハッハ、何、その大きい腹の虫!?」
「ちょ、笑うなよ、委員長。
仕方ないだろ、五時間目が算数で頭をすっげぇ使ったんだから」
体育で体を動かしたからではなく、算数で頭を使ったから腹が減った、と言うのは、実に彼らしいな、と思いながら、私は微笑を浮かべたまま、レジ台まで戻った。
「オ腹が空イてイる子供を、そのまま帰したとなったら、私がオーナーに怒られちゃウな。
雅世子ちゃん、今日のところは、私のこの顔に免じて、許してやってアげてよ、ね?」
「マヨちゃん、さすが話が分かる!!」
「主宮さん、中曾くんを甘やかさないでください」
「ご、ごめんなさイ」
「ちょぅっ、マヨちゃん、負けんなって」
「まったく、もうっ、今回だけですよ。
ただし、口止め料として、私もおやつを所望します」
(やっぱ、このくらいの女の子は強かだわ)
呆れると言うより、感心の方を強く抱きながら、私は「OK」と頷き返した。
「大介くん、ゆっくり選んでてイイからね」
「おぅ、あんがとな、マヨちゃん」
「何を買うか迷ってるの、中曾くん?」
「この小さい鉛筆削りなんだけどよ」
「何色と何色で迷ってるのよ」
「このメタリックブルーと金と銀の縞々。
メタリックブルーは大人っぽくてカッコいいだろ。
でも、この縞々の方も、ド派手で活かしてるじゃん」
熱弁する大介少年の言葉に振り返って、チラリと見れば、少女は無表情だが、胸の内では、「どっちでもイイじゃない、鉛筆が削れれば」と考えているのが丸判りだった。
クレバーだなぁ、と少女に対して思いながらも、大介少年の持ち物の色に拘りたい気持ちも共感できるので、私は下手な事を言わずに、店の奥に入り、冷蔵庫の中身を確認する。
(本当は、自分のオヤツにするつもりだったけど、しょうがないな)
私は両肩を竦め、実は用意していた三時のオヤツ、フレンチトーストの材料を冷蔵庫から取り出すと、調理を開始した。
とは言っても、あらかたの工程は完了していた。
昨日の夜の内に、四枚切りの食パンを一枚、半分にカットしておき、それの横に二カ所、3mmほどの切れ込みを入れておいた。
半分に切ったのは、フライパンで一枚のままで焼くより、引っ繰り返しやすいからだ。
作り慣れていない内は、無理に一枚で作る必要はないので、ここは安っぽいプライドは捨てて、半分に切るべきだ、と私は思っている。
私は食べ応えがある方が好きなので、厚めの食パンを使っているが、もちろん、5枚切りなどで作っても問題はない。
ここで、もう一つ、食パンに関して、アドバイスをしておくと、フレンチトーストを作るのに使う食パンは、買ってから一日ほど経過し、やや硬くなってしまった方が良いだろう。
私が、そうしているのは、食パンから水分が抜けて、乾燥している分、卵液をたっぷりと吸ってくれるからだ。
そもそも、フレンチトーストは、フランスで「パン・ベルデュ」と言い、これは「失われたパン」を意味するそうだ。
言い方は悪いが、死んでしまったパンを、卵や牛乳に浸す事で生き返らせ、その美味しさを取り戻させるばかりか、もっと美味しくするのだろう。
卵はパットの中で白身をほぐすようにして、ちゃんと混ぜておきたい。
牛乳と砂糖を加えて、もう一度、混ぜたら、半分に切った食パンを入れる。
この辺りもまた、好みになってくるが、私はしっとりとしたプリンのような味わいに、最近、ハマりつつあるので、食パンを卵液に一晩、漬け込んでいた。
(そう言えば、涼子ちゃんも、長時間、漬けるタイプだったな)
以前、涼子ちゃんとフレンチトーストを作った時を思い出した私。
(涼子ちゃんは、牛乳の量を半分にして、乳脂肪分が35%の生クリームも入れたっけ)
味わいがリッチになって最高、と笑顔になる涼子ちゃんが思い浮かび、自然と、私も口元が緩んでしまう。
「ウん、しっかり吸ってイるな」
あれほどあった卵液は、すっかりと、厚めの食パンに吸収されていた。
満足気に頷いた私は、フライパンへバターを入れて、弱い中火で溶かしていく。
バターは焦がさず、溶けたところで食パンを入れるが、ここで火を強くしてしまうと、表面だけが焦げ、中心が温まってはくれないので、大介くんと雅世子ちゃんを空腹状態で待たせてしまう事に申し訳なさを覚えつつも、じっくりと、弱火で焼いていく、卵液をたっぷりと吸っている食パンを。
「そろそろかな」
4分ほど、食パンを焼いたところで、私は側面がフライパンに当たるように位置を変えた。
これまた、好みの話になってくるのだが、私は側面もしっかりと焼いて、全面がカリッとしたフレンチトーストが好みなので、この工程は飛ばさない。
もちろん、裏面も忘れずに、ちゃんと焼いていく。
「耳はしっかりと焼かなイとな、フレンチトーストは美味しくなイ」
食パンの耳までカリッとしていないと、食べた際の噛み応えが悪くなってしまうのだ。
そうして、手抜かりなく焼き終えたところで、私は食パンをフライパンから真っ白な大皿へと移した。
「ウん、イイ香りだな」
私は、ベーシックなメープルシロップをタップリかけたフレンチトーストが好きなのだが、今から、これを食べるのは、私ではなく、二人の子供たちだ。
好みの押し付けはよろしくないので、私はメープルシロップのボトル、粉砂糖が入った瓶、シナモンパウダーの小瓶も、一緒に持って行く事にした。
「オ待たせ」
「遅ぇよ、マヨちゃん。
めっちゃ腹、減っちまったぜ」
「ちょっと、中曾くん!?
主宮さんが、わざわざ作ってきてくれたんだから、そんな言い方をしたら失礼でしょ」
「だって、あんなに良い香りがしてたんだぜッッ。
大体、委員長だって、腹の虫を泣かせまくって、さっきも、『まだなのかしら』ってボヤ!?」
「ふんっ」
言い切る前に、大介くんのボディには、雅世子ちゃんのキレが良いフックがブチ込まれていた。
うぼっ、と鈍い声を漏らし、思わず、殴られた箇所を手で押さえながら、店の床に膝が落ちてしまった大介くんに、私は呆れ笑いを漏らすしかない。
「口は災イの元だねェ」
一つ賢くなったね、と胸の内だけで呟きながら、私は店の片隅に用意している、小さなテーブルに、トレイを置いた。
「さァ、めしアがれ」
「ありがとうございます、主宮さん。
あの、おいくらですか?」
小さく頭を下げた雅世子ちゃんが、スカートのポケットから可愛らしいウサギが二羽、刺繍されたピンク色の財布を取り出したので、私は苦笑いを浮かべながら、右手を左右に小さく振った。
「イイよ、オ代金はサービスだから」
「そんな、毎回、申し訳ないです」
「マヨちゃんが、いらないって言ってんだから、気にすんなよ、委員長」
ようやっと、腹パンのダメージが鎮まってきたのか、それでも、よろよろと立ち上がった大介くんは、おぼつかない足取りで、フレンチトーストに近付いていき、鼻をひくつかせた。
「うわっ、めっちゃ旨そうな香り。
こんなオシャレなもん、うちの母ちゃん、作ってくれた事ねぇぜ、マヨちゃん」
「でも・・・」
「本当に気にしなイで大丈夫だよ。
ぶっちゃけ、このオ店に来てくれる子供は、大介くんと雅世子ちゃんくらイだからさ」
私の言葉に、雅世子ちゃんは言い辛そうに唇をキュッと噛んだ。
「そりゃそうだ。
マヨちゃん、見た目が凄ぇ怪しいもんな」
「ちょっと、中曾くん、そんなハッキリと!!」
(雅世子ちゃん、その反応は、君も言ってるのと同じなんだがな・・・)
しかし、二人が私の事を「怪しい見た目」と思うのは無理からぬ話だ。
(まぁ、文房具店の店主が、プロレスラーみたいな覆面を被ってたら、警戒するよな)
怪しい、と言いながらも、何だかんだで、この店に、例え、オヤツが目当てであるとしても、足を運んでくれる大介くんと雅世子ちゃんは、間違いなく、良い子だ。
他の近隣の子供たちも来てはくれるが、大体が、親御さんと一緒でないと、店の中に入って来ないし、私と会話どころか、目すら合わせてくれない。
私が移住してきた、この村に住んでいる子供の数が少なく、また、店を開いてから、まだ二週間ほど経過していないとは言え、やはり、切ないものはある。
例の事故で負った傷に対して、恥ずかしさや負い目、やった事に対する後悔はないにしろ、その傷痕を隠すべく、何故か、持っていたプロレスラーの覆面を、店に出ている時は被るようにしたのだが、やはり、逆効果だろうか。
(いや、素顔の方がビビられちまうだろうし、大人の方も来なくなったら困る)
「まっ、俺はケンジたちと違って、マヨちゃんにビビってないから、これからも来てやるよ」
「アりがとウ、大介くん」
この町、巣我羅に引っ越してきてから、三日ほど経った頃、この大介くんは、夜道で、素顔を晒したままで散歩をしていた私とバッタリ、遭遇してしまった際、悲鳴すら上げられずに、泡をブクブクと噴き、白目を引ん剝いて、気絶してしまい、果てには、失禁までしてしまったのだが、まぁ、この事実を雅世子ちゃんがいる場で言うのも、野暮だろう。
何にせよ、大介くんと雅世子ちゃんが来てくれる事で、他の子どもたちも足繁く通ってくれるようになったら嬉しいな、と考えながら、私は、病室に私の見舞いへ来てくれた良綱さんがしてきた、あの突拍子もない質問を思い返していた。
「ところで、主宮君、君は超能力を信じるタイプかね?」
「は、何、言ってんの、パパ?」
予想だにしていなかった良綱さんからの質問に対して、私が唖然とする中、涼子ちゃんは良綱さんに対して、痛烈な一言を突き刺した。
さすがの良綱さんも、愛娘の侮蔑が混じった冷たい視線にはダメージを喰らってしまったようだ。
しかし、どうにか、精神的なショックで、その場にへたり込みそうになるのを、良綱さんは耐える。
これまで経験してきた修羅場の数と質が違うだけあって、やはり、良綱さんはタフだった。
改めて、良綱さんに対する尊敬が強まるのを感じながら、私は今しがた、自分にされた質問を熟考する。
じっくりと考えるような内容の質問じゃない、と涼子ちゃんには指摘されそうではあるが、良綱さんは私の雇用主でもあり、今や、元になってはしまったが、婚約者の父親なのだから、ここで適当に返すのは礼を失するのは確かだ。
「ちょうのうりょくがほんとうにあるなら、ろまんがありますね、だってさ、パパ」
良綱さんに対するキツい態度は緩めぬまま、涼子ちゃんは、私の言葉をしっかりと伝えてくれた。
「うん、主宮君なら、そう言うと思っていたよ」
「パパ、一体、何が言いたいの?
真宵お兄ちゃんは、体調がしんどいんだから、長々と話さないでよ」
「すまん、すまん。
しかしな、こればっかりは、ちゃんと、一から事情を話さないと、主宮君にも納得して貰えないんだ」
「そうなの?」
「ただな、主宮君、もう一つだけ、質問があるんだが構わないか?」
ここで、私に断る選択肢は無いので、心配そうな涼子ちゃんに「大丈夫」と頷き、「構いません」と伝えて貰う。
「質問、と言うか、お願いなんだが・・・」
「パパ、言いたい事があるなら、さっさとして」
涼子ちゃんの厳しい態度に、良綱さんは背中を押されたらしい。
「主宮君、暮林家が所有している山を一つ、貰ってくれないか?」
「美味ェェェ」
「!!」
病室での会話を思い出していた私は、大介くんが発した叫びで、意識を「現在」に引っ張り戻された。
「めっちゃ美味いぜ、マヨちゃん、これ」
「嬉しイな、そこまで大声で美味しイって言って貰エるのは」
「本当に、これ、美味しいです。
何て言う食べ物ですか?」
ガツガツと食べる大介君に比べて、上品に、しかし、夢中でフレンチトーストを口に運んでいる雅世子ちゃんに、私はますます、笑みを深めてしまう。
「フレンチトーストだよ」
「これが、フレンチトーストなんですね。
前、アスカちゃんが、町の方で食べたって言ってたけど、私、食べるのは初めてです」
「うちの母ちゃんじゃ、こんなシャレたもんは作れないねぇ」
「私のお母さんじゃ、ホットケーキが精々かも」
「雅世子ちゃん、良ければ、後で、作り方を紙に書イてアげるよ」
「本当ですか、主宮さん!!」
私が何の気なしに言うと、雅世子ちゃんの表情が一層に華やいだ。
どうやら、身近な誰かさんに、このフレンチトーストを作ってあげたいようだ、彼女は。
「ウん、簡単だから、雅世子ちゃんでも作れると思うウよ。
アァ、でも、一応、火は使ウから、作る時はオ母さんと一緒に作ってね」
「はい!! ありがとうございます、主宮さん」
チラチラと隣を見ていた雅世子ちゃんは、元気よく頷き、私に深々と頭を下げてくれた。
「大介くんは、どウする?
オ母さんに作って貰ウ?」
私が尋ねると、大介君は即座に首を横に振った。
「いやー、うちの母ちゃんじゃ、こんな美味くは作れないから、食べたくなったら、ここに来るわ」
まさかの返しに、私が苦笑いすると、雅世子ちゃんが窘めの言葉を口にした。
「だから、中曾くん、ここは飲食店じゃなくて、文具店なのよ?」
「いいだろ、マヨちゃん」
「・・・・・・材料が揃ってる時だったらね」
「おっし」と、大介君は満面の笑みを浮かべ、最後の一欠けらを口の中に放り込んだ。
「あー、美味かった。
マヨちゃん、ごちそうさん。
委員長は、ゆっくり食ってていいぜ」
大介君の言葉に、私と雅世子ちゃんは、先に店を出る気なのかな、と思った。
なので、一緒に、学校へ戻るつもりでいた雅世子ちゃんは、「ちょっと、中曾くん、待ってて」と慌てて、残りを食べてしまおうとしたのだが、まぁ、良くも悪くも、自分の「楽しい」と「やりたい事」だけを優先して、日々を生きている大介くんは、私たちの予想を裏切ってきた。
「いや、ゆっくりで良いって。
委員長を待ってる間、俺、漫画を読んでるからさ」
そう、あっけらかんと良い、大介くんは店の片隅の雑誌コーナーに向かおうとする。
しかし、雅世子ちゃんが怒鳴り散らそうとしたのを察したかどうか、そこは定かじゃないけれど、唐突に足を止めた大介くんは、クルッと振り返ると、私の方に戻ってきた。
「そうだ、マヨちゃん、これ、先にお支払いしとくわ」
大介くんが、ずいっと私に差し出してきたのは、HBの鉛筆(1ダース)の箱と携帯用の鉛筆削り二つだった。
「鉛筆が520円、鉛筆削りが2つで480《よんひゃくはちじゅウ》円で、合計1000円になります」
「おっ、ぴったり」
大介くんはお財布から、折り畳まれた千円札を取り出し、私へ差し出す。
「はイ、1000円、ちょウど、オ預かりします。
今、レシートを出しちゃウね」
私はレジで入金処理を行い、レシートを大介くんへ、紙袋に入れた商品と一緒に渡した。
「オ買イ上げ、アりがとウござイました。
大介くん、結局、鉛筆削りは2つ買ウ事にしたんだね」
大介君が、どちらにするか、相当に悩みに悩んだ挙句、一つに絞り切れず、二つとも買った事を、「優柔不断」と見るか、「強欲」と見るか、そこは人ぞれぞれだろう。
私も、似たような状況になったら、後でもう一つを買わなかった事を後悔するのは解りきっているから、二つとも買ってしまうので、大介君の出した結論に対しては、好感を持てた。
ただ、大介君は、ちょっと照れ臭そうに笑うと、おもむろに、今、受け取った紙袋の封を開け、ゴールドとシルバーのストライプの鉛筆削りを取り出した。
そして、それを、雅世子ちゃんに、軽い力で放り投げた大介君。
「わわっ」
やや危なかったが、何とか、鉛筆削りをキャッチできた雅世子ちゃんは、安堵の息を漏らしたが、その顔は不思議そうだった。
「やるよ」
「え?」
「委員長、この前、俺に小テストで60点を取らせてくれただろ」
「あ、うん」
どうやら、雅世子ちゃんは、大介くんのテスト勉強を見てあげ、お母さんから拳骨を落とされる危機を回避するのに一役を買っていたようだ。
「そのお礼だ」
「・・・・・・ありがとう、中曾くん」
「おう、大事にしろよ?」
「もちろん」
私は、目の前で起こった、少年少女の甘酸っぱい日常の一コマに幸せを噛み締めてしまった。
(うん、やっぱり、こっちに引っ越してきて良かったな。
実際に、お客さんと、こうやって向かい合う事で、イイモノが見られる)
愛おしそうに、鉛筆削りを握り締める雅世子ちゃんを見ながら、私は、中々に鯔背な事をしやがった大介くんに胸の中でサムズアップをしていた。
「あの、主宮さん」
「?」
「私、赤鉛筆が欲しいんですけど、売ってますか?」
「もちろん」
雅世子ちゃんが、昨日、赤いボールペンを購入したのを、当然、私は知っているが、そこを指摘するほど、野暮じゃない。
(人の恋路を邪魔した奴は馬に蹴られちゃうからな)
私は赤鉛筆を取りに向かいながら、改めて、ここに来るキッカケ、正確に言えば、良綱さんから、この店が併設された家から見える山を貰った時の事を思い出していた。




