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7/20

第七話 私は、自分の婚約者を寝取った同僚の悪事を知る。

 「真宵お兄ちゃん・・・・・・あっ」


 本当に、ギリギリではあったが、何とか、涼子ちゃんは良綱さんを蹴り飛ばすのを堪えてくれたようだ。

 ふぅ、と息を吐き出した彼女は、自分の手首を掴んでいる私の手が小刻みに震え、熱をじわじわと帯び出しているのに気付いたらしい。


 「ご、ごごめんなさい、真宵お兄ちゃん」


 私は、涙ぐんでいる涼子ちゃんが深々と下げてきた頭を、真っ赤に焼けた鉄鏝てつごてを押し付けられているような痛みが引かないどころか、一呼吸するごとに強くなっている右手で、ぎこちなく撫でた。

 この時、俯いていた涼子ちゃんは、「えへへっへ」と聞いた事も無いような、気味の悪い笑い声を漏らしていたのだが、それは、彼女よりも年上の者として、聞こえなかった事にしてやるべきだろう。


 「すまんな、主宮君」


 娘に蹴られずに済み、良綱さんは安心ホッとしているようだが、その感情はしっかりと隠し、泰然とした態度を見せていた。


 「・・・・・・すまんな、じゃないのよ、パパ。

 一体、どういう事?

 真宵お兄ちゃんが、そんな事する訳ない、ってのは、パパが一番、解ってるでしょ」


 無事に宥められた、と安心していた私だが、やはり、油断は良くないようだ。

 良綱さんが落ち着き払った態度を崩さなかったのが、却って、落ち着きを取り戻しかけていた涼子ちゃんの気に障ったようで、いきなり、攻撃を仕掛けたりは、もうしなかったが、良綱さんにぶつける言葉にはトゲが生えている。

 私は、再び、涼子ちゃんの頭を撫でて、怒りを鎮めようとするが、無茶が過ぎたのか、さすがに、手を挙げるのも、しんどくなってきた。

 私は今、顔全体に包帯を巻かれてしまっているのだが、そこはやはり、超敏腕社長だけあって、観察眼や洞察力がズバ抜けている良綱さんは、私が疲れてきているのを察したようだ。


 「主宮君も、そろそろ、キツそうだ」


 「え!?」


 涼子ちゃんは良綱さんの言葉に動揺し、慌てて、私を見つめてきた。

 しばらく、私を凝視していた涼子ちゃんだが、急に大粒の涙をボロボロと溢し始めたらしい。

 今の私は視力を封じられているし、涙が零れる音も実際に聞こえた訳じゃない。

 だが、涼子ちゃんが泣いている雰囲気は、ちゃんと感じ取れた。


 「ごめんね、ごめんね」


 涼子ちゃんは、蚊の鳴くような声で、幾度も私に謝ってくる。

 自分が無茶をした所為で、涼子ちゃんが泣いてしまった、この現状に、私の胸はまたしても、罪悪感でギリギリと痛いほどに締め付けられてしまう。

 だから、私は痛みを我慢して、涼子ちゃんの右手を取ると、掌にメッセージを書き記していく。


 「りょうこちゃんはわるくないから、あやまらないで。

 しゃちょう、わたしはへいきですから、はなしのつづきをきかせてください・・・

 だってさ、パパ」


 涼子ちゃんは、私の言葉を、良綱さんに伝えるべきか、しばし迷ったようだが、私の意志が固いのを感じ取ってくれたのか、ちゃんと伝えてくれた。


 「本当に、大丈夫なのか、主宮君」


 「無理はしないで良いからね、真宵お兄ちゃん」


 正直なところを言えば、すぐにでも寝たい、いや、意識を手離してしまいたいが、自分が犯罪者扱いされている、そんな状況で眠れるほど、私も神経が図太くない。

 有体に言うと、本当に、体が「休もう、なぁ、マジに休んで」と訴えてきているので、一回、横になったら、半ば気絶するように、睡眠に身を委ねてしまうな、と確信はあった。

 しばらくの間、良綱さんは無理をしているのが丸判りであろう私の顔をジッと見つめていたようだったが、それなりの期間、家族同然の付き合いをしていたからか、私が折れる気がないのを察したらしい。


 「仕方がないな」


 「パパ」


 「横領額は判明しているだけでも、1億3400万円だ」


 まさかの桁に、私は包帯の下で目を引ん剝いてしまった。

 恐らく、真犯人は何回も横領を働いたのだろう。

 さすがに、一度で出来る額じゃない。


 「賄賂の方も、全て明らかにはなっていないが、数社から総額で5000万円ほど受け取っているようだ」


 「け、結構、貰ってるね」


 涼子ちゃんの驚きに満ち、思わず、上擦ってしまった言葉に胸の内で同意しながら、私は彼女の掌に、良綱さんへの質問を書き、伝えて貰う。


 「しゃちょう、りゅうしゅつしたじょうほうはなんですか、だって」


 「A社と共同開発した特殊インクのデータと、B社とC社、どちらに発注するか、を決めあぐねている新商品に必要なパーツの取引額、そして、D国への進出計画だ・・・ついでに言うと、E国のアレも漏れた可能性がある」


 指を折りながら、良綱さんは外部に漏れた会社の機密を挙げていく。

 「くればやし」の経営を完全に傾けてしまうほどではないにしろ、小さくはない痛手になる情報流出だった、どれも。

 特に、漏れた、確定はしていないようだが、ラストは冗談抜きでヤバい。

 「くればやし」そのものではなく、暮林家の存続に関わりかねなかった。


 「真宵お兄ちゃん、結構、マズい感じなの?」


 私の手を握っているからだろう、涼子ちゃんは私が不安を抱いたのを感じ取ったらしい。

 年齢的な事もあり、苺さんと違い、「くればやし」の経営などにはノータッチな涼子ちゃんは、正確な意味で危機感を抱けないようだが、それでも、私と良綱さんの表情や反応から、情報の芯を把握していた。

 やはり、涼子ちゃんは、雪乃と違い、優秀なようだ。

 涼子ちゃんへの評価が高まった事で、私も落ち着け、冷静に事態を客観視できた。


 (確かに、情報が漏れたのはマズいにしろ、現時点で、それが判明しているのなら、とっくに、良綱さんは手を打っているはずだ。

 E国の事があるなら、なおさら、行動を起こしただろう。

 今、ここ、私の見舞いに来れている時点で、この問題は、とっくに片付いているんじゃないか?)


 そこに思考が到った私は、おもむろに、良綱さんへ視線を向けた。

 涼子ちゃんよりも察しが良い良綱さんは、私に視られている事に気付いて、すぐに、逞しい首を縦に振り返してきた。

 やはり、良綱さんは、これらの問題を、ある程度、片付け、騒ぎを収めてから、ここに来たらしい。

 本音を言うと、私などを優先せず、火消しをちゃんと熟してほしいな、と思う一方で、良綱さんほどの大人物に心配されるのは、正直、嬉しかった。

 私が微笑んだのを、掌から感じ取った涼子ちゃんは、わずかに戸惑ったようだったが、すぐに事態が好転している事を察したようで、「ほぉ」と安堵の息を漏らす。

 しかし、一応、言っておくべき事は言っておくべきだろう。


 「しゃちょう、わたしはむじつです。

 そうだよ、パパ、真宵お兄ちゃんが、そんな事する訳ないじゃん!!

 だって、結婚したら、経営陣の一人に加われるんだから、わざわざ、それをオジャンにするようなバカはしないよッッ」


 いや、涼子ちゃん、雪乃と結婚したからって、私が「くればやし」の幹部になると決まってる訳じゃないよ。

 大体、その結婚自体も、雪乃に婚約破棄を突き付けられたから、根本的に話が覆ってるしね。


 (あぁ、そうか・・・じゃあ、俺は、もう、本当の意味で、暮林家の皆さんと他人になるんだな)


 事実を客観視した事で、私は形容しがたい寂寥感で胸がイッパイになってしまうのを実感した。

 雪乃の、悪辣さを通り越した非道な人間性を知らず、私がアイツと家族公認の交際をしている、そこだけを知っている者は、「上手く逆玉に乗りやがった」と陰口をよく叩いていた。

 大きなチャンスを掴んだ者を妬んでしまう、その人間らしいキモチも理解は出来るけど、非難をするならするで、自分達の周りに、当事者がいないのを確認してから、やって欲しいものだ。

 いくら、私でも、薄っぺらいジェラシーに充満した、自分への悪口を、自動販売機の陰で聞かされるのは、さすがに堪えた。

 まぁ、幹部クラスで、雪乃のやらかしを知っている人たちから、「君も大変だな」や「人身御供のようだ」と同情されるのも、それはそれで、気分が良くなかったけれども。

 確かに、雪乃と夫婦になるのは、「結婚は人生の墓場」、この格言をその身で実体験するに等しい。

 ただ、雪乃と夫婦になる事は、私にとって、正式に、暮林家に家族の一員として迎え入れて貰えるのと同義だった。

 良綱さんの義息子、苺さんの義弟、そして、涼子ちゃんの義兄、その立場になれるのだから、私としては、雪乃と結婚するのも悪くない、と本気で思っていたのである。

 ちなみに、私も最近、小耳に挟んだのだが、「結婚は人生の墓場」と言うのは、フランスの詩人・ボードレールの言葉で、どうやら、日本で誤訳され、本来の意味が、ほとんど浸透しなかったモノらしい。

 何にせよ、私と暮林家を繋いでいた雪乃が死んだ以上、私が、彼らの家族になれるチャンスは、私の手から零れ落ちてしまった。


 (あぁ、辛いな、もう、涼子ちゃんたちと家族になれないのは・・・)


 今更ながら、この現状に直面した私は小さくはないショックを感じ、胸中には、雪乃からの婚約破棄をすんなりと了承してしまった、自分の決断に対しての後悔が芽生えそうになっていた。

 またしても、涼子ちゃんは、私が負の感情に縛られそうになったのを気取ったのか、ギュッと私の手を握り、悔恨に沈みそうになっていた私を引き止めてくれた。

 何とか、息がまともに出来る精神状態を取り戻せた私は、心配そうに、しかし、無言で、私の顔を見つめて来る涼子ちゃんの頬に手を添え、感謝の気持ちを伝えた。

 包帯をキツく巻かれている手には、涼子ちゃんの頬が帯びている、火傷を負った時以上の熱を感じ、私はビックリしてしまう。

 私が今までとは違う不安を抱いたのを、わずかな指の動きから感じ取ったらしい涼子ちゃんは慌てて、弁明してきた。


 「違うから、真宵お兄ちゃん、熱がある訳じゃないの。

 だから、帰った方が良い、なんて言わないで」


 言おうとした言葉を、涼子ちゃんから、先に言われてしまい、私は面食らってしまう。


 「大丈夫だから」


 まだ、包帯越しに感じる涼子ちゃんの頬は十分に熱いのだが、本人が、「大丈夫」と繰り返す以上、こっちも、あまり、しつこくは出来ない。

 私も、年齢的に、涼子ちゃんくらいの若く、なおかつ、可愛らしい子に、ウザい、と思われるのが、結構、キツいので、不安を完全に拭い去れはしなかったが、彼女の言葉を信じる事にした。

 とりあえず、いつまでも、私ごときに頬にずっと触られているのも嫌だろうから、私は涼子ちゃんの頬から手を離した。

 その刹那、何故か、涼子ちゃんが、「あっ」と名残惜しそうな声を発したような気もしたが、私は空耳かな、と考え、良綱さんの真意は何か、と推測する事を優先した。

 

 (俺はやっていない。

 無実である点を真剣に、最後まで諦めることなく訴えるのは、殊更、大事であるにしろ、果たして、良綱さんは、俺が横領その他もろもろをやった、と考えているのか?

 もし、俺がやった、と考えているなら、わざわざ、ここには来ないはずだ。

 来るとしても、警察と一緒に来て、俺が言い逃れ出来ないだけの証拠もここに並べるんじゃないか。

 調子に乗った言い方になっちまうが、俺は、良綱さんに、彼はやってない、と確信されるだけの信用を築いてきたって自信がある。

 涼子ちゃんからのプレッシャーで、多少、口を滑らせてしまったにしろ、ここまで包み隠さず、現在の状況を話すって事は、やっぱり、良綱さんは、今回の真犯人を特定している。

 だけど、それならそれで、良綱さんなら、とっくに片を付けて、俺なんかに報告はしないだろう)


 私だって、そこまでバカじゃないので、自分の中で色々と考えを巡らせている内に、横領などの犯罪に手を染め、なおかつ、これらの罪を私に着せようとしている者に気付けた。

 何より、良綱さんは、大きなヒントを私に出していたではないか。


 (そうか、アイツがやってたのか・・・)


 真犯人の正体に思い至り、そいつの顔を思い浮かべた私だが、不思議と、冤罪をかけられた事には怒りも湧いてこなかった。

 なまじ、動機に察しが付いてしまうだけに、手口の汚さに対する怒りよりも、そこまでやらなきゃいけないほど追い詰められていたのか、と同情が湧き、そこに、私が追い詰めていたのか、と罪悪感のようなモノも芽生えそうになった。


 「パパ、真宵お兄ちゃんは絶対にやってないからね」


 暮林家の一員であるとは言え、「くればやし」にとっては、立場が弱い、を通り越して、ほぼ無関係である涼子ちゃんが、私の無実を訴えても、さほど効果は無いだろう。

 それでも、涼子ちゃんが、やってない、と信じるだけじゃなく、断言してくれるのは、素直に嬉しかった。

 ただ、アイツを犯罪に走らせた原因は、自分にあるんじゃないか、と心にトゲが刺さってしまっているからなのか、涼子ちゃんの言葉で心に生じた嬉しさも、ゆっくりと、けれど、確実に薄らいでいく。

 そんな私の心から、罪悪感のトゲをブチ抜いたのは、良綱さんだった。


 「当然だ。

 主宮君がやった、なんて私も思っちゃいない。

 彼は無実だよ」


 「!?」


 涼子ちゃんも驚いたようだが、私の方がもっと驚かされていた。

 何せ、良綱さんほどの英傑が、私の無実を確信してくれているのだから、チンケな私が無駄に抱いていた、アイツへの申し訳なさ、なんて、それに対する嬉しさで、一気に吹っ飛んでしまった。

 

 「ちょっと、パパ、それなら早く言ってよ。

 無駄にイライラしちゃったじゃん。

 イライラは女の子をブスにするんだから!!」


 涼子ちゃんの訴えに、良綱さんは苦笑いを浮かべながら、私を見てきた。

 良綱さんが、どうして、私に視線を向けてきたのか、その理由は判らなかったが、私は涼子ちゃんの手を取ると、自分が想った事を正直に書いて伝える。


 「りょうこちゃんは、いつでもかわいいよ!?」


 私の言葉を声に出して読んだ涼子ちゃんは、勢いも良く、椅子から立ち上がった。

 あまりにもダイナミックに立ち上がったからか、椅子が激しく倒れ、病室に大きな音が響いてしまう。


 「あ、ごめん、真宵お兄ちゃん。

 でも、真宵お兄ちゃん、ズルいよ」


 戻した椅子に座り直した涼子ちゃんは、唇を尖らせながら、そんな風にボヤいた。

 何がズルいのか、頭の上にカラフルな「?」がいくつも飛び回った私だが、今の涼子ちゃんは、私の疑問に答えてくれそうもないなぁ、と察せたので、私は良綱さんの方に顔を向ける。

 愛娘の醜態に、声を殺し、肩を小刻みに揺らしながら笑っていた良綱さんは、涼子ちゃんにギロッと睨まれると、降参とばかりに高々と両手を挙げる。

 しかし、その両手をスッと下ろした良綱さんは、すぐに、真面目な表情に戻っていた。


 「三ヵ月ほど前から不明瞭な金の動きが増え、不審なアクセスも繰り返されていたから、コチラとしても用心は怠っていなかったんだ。

 二週間前に、主宮君が犯罪に手を染めている、と言う密告があって、本腰を入れて調査をしていたから、その時点で、主宮君が何もしていないのは明らかだった。

 もっとも、調査を請け負ったメンバーは全員、最初から、君の無実を信じていたようだがね」


 (いやいや、それはダメなんじゃないか?)


 中立的な立場で、被疑者の身辺を調査し、犯罪行為に加担しているかどうか、その判断を公平にすべきなのに良いのかな、と私は首を捻ってしまう。

 だが、涼子ちゃんは、私とは対照的に、涼子ちゃんは嬉しそうに胸を張っていた。


 「やっぱり、真宵お兄ちゃんは皆からの信頼が篤いんだね!!

 大体、真宵お兄ちゃんなら、横領なんてケチな事はしないで、最初から、パパを社長の椅子から蹴落とすくらいするよね」


 物騒な事を言う涼子ちゃんに、私は慌ててしまうのだが、ここで、良綱さんがニヤリと笑ったものだから、ますます、肝を冷やされてしまう。


 「おっと、まさか、下剋上を目論んでいたとはね」


 「真宵お兄ちゃん、アタシ(・・・)が味方になれば、百人力だよ!!」


 何やら、私の立場が尋常じゃないレベルで危うくなりそうなので、私は平静を懸命に装いながら、良綱さんに疑問をぶつけた。

 と言っても、声は出せないから、涼子ちゃんの掌に書き、良綱さんに伝えて貰うしか、今の私には出来ない。

 だから、自分の疑念を、どう言葉にするか、そこはちょっとだけ迷ってしまったのは否定できない。


 「はんにんはあいつですか・・・

 パパ、真宵お兄ちゃんに冤罪を被せようとしたのは、どこのクズ!?

 私がブッ飛ばしてやるから、教えてッッ」


 イライラしたらブスになっちゃう、と言っていたのに、涼子ちゃんは、イライラを通り越して、怒りを大爆発させてしまっていた。

 やはり、質問が悪かったか。

 いや、そもそも、この方法を取った時点で、涼子ちゃんがブチぎれてしまうのは不可避だったか、と私は後悔が胸に広がる。

 一方で、私は、涼子ちゃんの願いが叶わない事も知っていたから、妙に安心もしていた。


 (いや、残念だけど、涼子ちゃん、それは無理だわ)


 きっと、いや、確実に、怒髪天と化している涼子ちゃんの怒号に、私と良綱さんは似通った表情を浮かべていたんだろう。

 ブチぎれていても、私たちの表情のほぼ一致に気付けるだけの冷静さは残っていたらしい涼子ちゃんは、戸惑いで怒りが半減してしまったようだった。


 「え、何、その顔?」


 涼子ちゃんが図らずも落ち着いてくれたので、私は良綱さんをジッと見て、先程の質問、いや、確認を、声を出さずに行った。

 ツーカーの仲、と調子コクつもりはないが、それなりの絆を構築できている、と私は自負していたから、良綱さんが私の心の声を受け取ってくれる事を確信していた。

 良綱さんは、私が目で問うてくる事も察していたんだろう、私と目が合うと、すぐに、太い首を縦に振ってくれた。


 (やっぱり、アイツだったか)


 予想が当たった事に対して、私の胸中には、歓喜、落胆、愕然、どんな感情も湧いてこなかった。

 赤いモノを見て、赤色だな、そのように、ありのままの事実もしくは現実を認める時、人は特に何も思わないんじゃないだろうか。

 だから、私は、横領などの罪を働き、それを私に被せようとした実行犯の正体を知っても、「やっぱりな」と思うだけだった。


 (まぁ、アイツが一人でやった訳じゃなくて、他の数人も絡んでるだろうがな)


 何せ、額が額だ。

 いくら、アイツが、社内でそれなりに高い立場にいて、ある程度の権限を持っていたって、単独犯で成すには厳しいだろう。

 アイツの性格を考えれば、これだけの重罪を私に肩代わりさせるなら、人を使っている、と考えた方が自然だ。


 (皮肉なもんだ、くたばってからの方が、アイツの性質を理解できてるんだから)


 一回、裏切られたくらいで、感じていた友情は霧散し、対人関係のカテゴリーを「友人」と「同僚」から、「知人」をすっ飛ばして、「他人」へ移した自分は冷淡どころか冷酷だな、と自覚しながらも、私はやはり、今更、アイツの事を憎む気にはならなかった。

 二重の意味で、アイツに、もう会う事はない、と解りきっている事実を受け入れているのも大きいが、やはり、罪を押し付けられた事に憤りを覚えないのは、雪乃が絡んでいる、と容易に察しが付くからだろう。

 仕事の中で弱味を掴んだ相手に横領などを指示し、実行を強いたのは、間違いなく、アイツ、布袋だろう。

 

 (でも、俺に冤罪をおっ被せて、何もかも奪うって計画そのものを立てたのは、布袋じゃないだろうな)


 やり口は強引で、汚くもあったが、何だかんだで、布袋は仕事にプライドを持ち、プロジェクトを成功させ、私に勝つ事を信条にしていたはずだ。

 私を絶望のどん底に叩き落とすならば、布袋は、仕事の上での勝負に、どこまで拘っていたんじゃないか。

 けれど、実際、布袋は、そんな数少ない、リスペクトできる、仕事への矜持を放棄して、私を犯罪者に仕立て上げるような横領などを行っていたようだ。

 証拠は一切、無いにしろ、布袋を唆し、自分へ自分の誇りに泥を塗らせたのは、間違いなく、雪乃だろう。


 (俺が『くればやし』の金を使い込んだ犯罪者として逮捕つかまれば、築き上げてきた良綱さんたちとの良好な関係は台無しだっただろうからな)


 家族に激しく捩子くれている劣等感コンプレックスを抱え込んでいる雪乃は、自分に釣り合わない私の事が気に入らなかったし、そんな私を婚約者として押し付けただけじゃなく、自分以上に「家族」として迎え入れている良綱さん達に深い憎悪を抱いていた。

 私の人生をメチャクチャにし、良綱さん達を悲しませ、そして、自分を褒め称えてくれる「友達」を繋ぎ止めるのに必要な大金を得られる、一石三鳥の悪企みを思いつき、雪乃は私をライバル視している布袋に甘い言葉をベッドの中で囁いたのだろう。

 まぁ、一石二鳥って四字熟語も知らなそうな雪乃の讒言にノッかった時点で、布袋の人生は詰んでいたに違いない。


 「ねぇってば、真宵お兄ちゃん。

 犯人、誰か気付いたんでしょ、アタシにも教えてよ」


 私を貶めようとした者への怒りで、思考力の類が鈍くなっている涼子ちゃんだが、さすがに、私が怪我人であるのは忘れていなかったようで、ツンツンと胸を小突く指の力は加減されていた。

 もっとも、普段であれば、大した事のない出力でも、今、この怪我をしている状態だと、地味に痛かったりするんだが、それでも、私は布袋の名を口に出さなかった。

 ここで、怒りが完全に鎮まり切っていない涼子ちゃんの前で、実行役と指示役を兼ねていた布袋の事を言及してしまったら、この情に篤い子は、冗談抜きで、布袋の両親の所へ殴り込みに行きかねない。

 警察沙汰になりでもすれば、雪乃と異なり、惜しまぬ努力で輝かせた彼女の人生に瑕がついてしまうし、自慢の息子が死んで悲しみに暮れているご両親の心にもダメージを与えかねない。


 (涼子ちゃんの事はともかく、他人である布袋の両親まで気遣っちまう俺は、とことん、甘っちょろい)


 ちなみに、かなり未来さきの話になるのだが、私は気心の知れた者たちと酒を飲み交わす席で、この一件を話し、己の弱さに対する愚痴を、つい、漏らしてしまったんだが、涼子ちゃんを始めにした、現地の友人たちは、「そんな事はない」と力強く言ってくれたから、私の心はいくらか救われるのだけど、この酒宴は、まだ、ずっと未来の話だ。

 「未来予知」のスキルは持っていない私は、包帯がしっかりと巻かれている胸板を、未だに指で連続突きしてくる涼子ちゃんに、黙秘の意志を示すように、唇の前で右の人差し指を立てた。

 まぁ、今、私は顔全体に包帯が巻かれているから、右の人差し指を唇の前にちゃんと立てられているか、若干の不安はあった。

 自他の尊厳が傷付けられたとなると頭に血が上りやすい涼子ちゃんだが、基本的には、聞き分けが良い子なので、私が犯人の名を明かすつもりが微塵もない事を察すると、潔く諦めてくれた。

 安堵しつつ、涼子ちゃんは、雪乃と違い、良い子だな、と感動しながら、ふと、一つの疑念が浮かんでしまった私は、良綱さんの方を見ようとした。


 (もしかして、あの事故は、真相を掴んでいた良綱さんが仕組んだんじゃ・・・)


 しかし、私は良綱さんに視線を向けなかった。

 自分の推測が「正しい」と良綱さんに肯定されるのが恐かったからじゃなく、裏切り者が始末されるのは至極当然ではあるし、それ以前に、良綱さんなら、これだけの反逆行為を重ねた者たちを簡単に殺したりはすまい、と妙な確信が芽生えたからだ。

 何にせよ、事が済んでしまっているのなら、私に出来るのは、「黙っている」、これだけだ。

 

 (むしろ、今、俺が真面目に考えるべきは、今後コレカラなんだよな)


 真っ暗ではないにしろ、明るくはない未来を思い、私が溜息を噛み潰したタイミングだった、良綱さんが突拍子もない事を聞いてきたのは。


 「ところで、主宮君、君は超能力を信じるタイプかね?」

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