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第五話 私は自分を裏切った元婚約者と、彼女の父親の関係性を思い返す。

 やはり、苺さん、雪乃、涼子ちゃんでなる暮林三姉妹の中で、良綱さんの激しい気性と言うか、気迫の強さを最も色濃く受け継いでいるのは、三女の涼子ちゃんだな、と確信に到るだけの圧だった、それは。

 自慢のように聞こえてしまうだろうが、幸い、雪乃以外の暮林家の皆さんに歓迎されていた私は良綱さんの近くにいる機会が多かった。

 良綱さんは、激昂していなくても、常に威圧感を発している。

 当人は、周りを押さえつけるつもりなど微塵も無いらしい。

 実際、良綱さん自身は、威圧感を抑える意識はしているそうだ。

 それでも、大会社の経営と大勢の社員の人生を背負っている剛腕社長の身からは、カリスマ性の根幹となっている気迫が滲み出てしまっている。

 大抵の相手は、その抑圧された状態の気迫であっても萎縮してしまい、交渉で自分に有利なペースを作れずに、良綱さんに押し切られて、契約を結んでしまう。

 もちろん、良綱さんは、雪乃と違い、人の心が解り、人の道も踏み外していないから、相手を最悪の事態にまで追い込むような契約は結ばない。

 「くればやし」にとって優位な契約は結ぶが、しっかりと、相手にも利がある条件になっていた。

 なるべく抑える事を意識している状態でも、胆力に欠けた者を怯えさせるほどの威圧感が出ている訳だから、そんな良綱さんが激昂した時に、逞しい体躯から噴出する怒気は、本当に凄まじい。

 良綱さんが部下を怒鳴り付ける事は、そんなに多くない。

 多くない分、一回が濃い。

 怒気が自分に向けられたモノでないと言ったって、近くで浴びていると、私ですら、思わず、泣いてしまいそうになるほどだった。

 良綱さんが激怒するのは、部下が人の道を外れるような仕方の仕事をした場合だった。

 良好な人間関係を築いてこその良い仕事、そのスタンスで社長職に就いているからこそ、相手を単なる力で屈服し、傘下に加えるようなやり方は、決して、好まない。

 だからこそ、「くればやし」が掲げる大看板を振り回して、小さい会社を力づくで買収した挙句、自分の懐に汚い金をたんまりと溜め込もうとする輩は許さなかった。

 基本的に、「くればやし」の社員は、そんな良綱さんの、見た目からは、およそ想像できぬ高潔さと公平さを尊敬しているからこそ、契約を結んでいる会社の立場や面子を尊重する業務を心掛けている。

 良綱さんを怒らせるのは、彼のそんな部分を好ましく思っていない、ハッキリ言ってしまえば、敵意を抱くほど疎ましく感じている、外様から来た幹部格の者ばかりだった。

 歴史が長く、会社としての規模が大きいだけあって、「くればやし」の経営陣も、一枚岩ではない。

 世界的にも有名な会社であるから、仕方ないと言えば仕方ないが、どうしたって、外から、良からぬ考えの持ち主も入り込み、経営に関わって来てしまう。

 実際、良綱さんは、無能な御飾り社長ではないから、その手の輩が持つ、悪どい気質だからこそ持つ有能さを、しっかりと使いこなして、「くればやし」を成長させてきた。

 良綱さんのカリスマ性は、本当に素晴らしく、当初こそ、「くればやし」を内部から、じわじわと乗っ取るつもりで来た者たちも、良綱さんと共に仕事を続け、意見をぶつけ合う内に、彼の人間性に惚れてしまい、敵よりは味方に近い立場に変じてしまう。

 しかし、その心変わり、もしくは、薫陶を受けるのは、その者たちの性根が善寄りだから。

 中には、良綱さんに、自分達のやり方が間違っている事を、完膚なきまでに論破され、社内での権力チカラを悉く削がれ、ますます、良綱さんへの敵意を募らせる者もいる。

 良綱さんは、そんな者たちのヤンチャに手を焼かされながらも、むしろ、噛みついて来る気概に対して、喜色を浮かべていた。

 しかし、牙を、恨んでいる自分ではなく、社会的に強い者に抗えぬ者に向け、強引な搾取を行おうとした時、良綱さんは鬼になった。

 雷神が背後に見えるほどの怒号を、自身と「くればやし」の経営理念に反した者らに、一切の容赦なしで叩きつけた、良綱さんは。

 裏切り者は、「くればやし」に意地汚く居座り続けようとするが、それを許さないのは、良綱さんだけではない。

 むしろ、他の幹部たちの方が、積極的に、裏切り者を「くればやし」から追放しようとするのだ。

 良綱さんは、一回は許そうとするのだが、その慈悲に対し、周りが断固反対の姿勢を示すのである。

 そんな動きを取る者の大半は、良綱さんを人間として尊敬しているからこそ、彼のやり方に逆らった者を許さない。

 それ以外の者らは、良綱さんへの尊敬度は、そこまで高くないにしろ、彼を全力で倒すべき敵として認めているからこそ、余計な事をしてくれた、とタイミングを誤った愚か者に縋られ、自分まで良綱さんに怒りを向けられたらマズい、と追い出しに協力するらしい。

 当然、裏切り者は、「くればやし」から、永久に追放されるだけでは済まない。

 さすがに、命までは奪われていないはずだ。

 せいぜいが、財産を全て没収され、惨めな余生を、町の片隅で怯えながら過ごす事になる、その程度だ。

 私自身も、良綱さんを裏切った事に対し、ムッとはするが、良綱さんを狂信リスペクトしている幹部たちも、いくら何でも、そこまでしないだろう、と私は思っている、いや、思いたい。

 

 (まぁ、良綱さんが怒鳴るだけでも、まだ、温情があるっつーか、完全に見放されていない証拠だよな)


 雪乃などは、一回も、良綱さんに叱られていなかった。

 少なくとも、私は、暮林家で、良綱さんが、父親として、雪乃を叱責している場面に遭遇した事が一度も無い。

 私なんぞを家族の一員として快く迎え入れようとしてくれている良綱さんだから、私の前で、雪乃を叱責しないよう、心がけていた可能性もあるっちゃあるが、限りなく、低そうだ。

 何せ、良綱さんと雪乃の父娘仲は、冷え切っている、そんな表現では足りないレベルだった。

 バナナで釘を打てるほどの冷気に満ちている、と言っても良かったくらいだ。

 私は、雪乃と、ほぼ交流が無かった。

 婚約関係にあったのに、と驚く方もいるだろう。

 そう、婚約関係にあったのに、私と雪乃はデートと呼べる事をしていない。

 ほとんど、私が雪乃にパシリ扱いされていたのだ。

 にも関わらず、私自身は、暮林家の皆さんに歓迎され、邸の一室を宛がわれ、ほぼ毎日、食卓を囲み、睡眠を取り、出社していたのだから、今、思えば、不思議な状態だった。

 まぁ、雪乃は、それが気に入らなかったんだろう。

 自分を冷遇しているにも関わらず、自分と、無理矢理にくっつけようとしている、どこの馬の骨とも知れぬ三枚目を歓待し、信頼し、自分よりも優遇されているのだから。

 父親に叱られぬほど、見放されているのは、自業自得、の一言で片付けられてしまうような不始末を、雪乃自身が繰り返しているので、私としても、良綱さん達に対して、申し訳なさは覚えるが、雪乃には同情を抱き難かった。

 確かに、雪乃との婚約関係は短かったし、浅かったし、薄っぺらいものだった。

 それでも、その間に、雪乃は、自己肯定感が低いのが短所だ、と指摘され、それを自覚している私ですら、自分は悪くないよな、雪乃の方に非があるよな、と思える、いや、断言できてしまうほどの悪行を重ねていたのである。

 付き合いが浅い、短い、薄い、が揃っている私ですら、雪乃のやらかしに辟易していた訳だから、地で繋がっている家族である良綱さん達は、私よりも遥かに、雪乃のろくでなしっぷりを見せつけられてきたに違いなかった。

 そこに対する同情の念もあったからこそ、私は、一縷の望みに懸けている良綱さんに、自分から、雪乃の婚約解消を申し出る事が出来なかったし、今回も、つい、自分が死にかねないほどの無茶をしてしまった。

 良綱さんは、父親として、だけではなく、一経営者としても、雪乃の事を見限っていた節はある。

 何だかんだで、良綱さんは甘さを捨て切れない人だ。

 私を含め、良綱さんの、そんな温さを好意的に受け止め、なおかつ、尊敬する要因になっている者も多い。

 だからこそ、そんな者たちは皆、良綱さんが、娘である雪乃に対し、一抹の恩情をかけていた状況に、間違っている、と腹の中で思わざるを得なかった。

 生きていた時はどうあれ、死んだ者を悪く言う行為はクズ、それは私も解っている。

 解ってはいるんだが、程度ってものはあるんじゃないか?

 正直、雪乃はろくでもない人間だった。

 以前にも書いたが、彼女には、見た目の美しさしか(・・)無かったのである。

 老いても、その年齢に見合った、その年齢だからこその美しさを、周りに感じさせる努力をしていたのなら、まだ話も違ってくるだろうが、雪乃は若さゆえの美貌に固執しているようだった。

 国や時代が異なっていたら、間違いなく、若い婦女子を妬み、彼女らの命を奪い、その血を溜めた浴槽に身を沈めて、いつまでも若いままでいようとする毒婦に成り果てていたに違いない。

 並の感性を持っているなら、いつまでも、自分だって若くはいられない、だから、中身を充実させよう、と考えるのかもしれないが、雪乃は、どこまでも、外見だけに執着した。

 苺さんのように勉強が出来ず、涼子ちゃんのように運動が得意でもない。

 ただただ、自分は、見た目が美しいだけだ、と雪乃は自覚していた。

 こう言っては何だが、苺さんと涼子ちゃんが不美人の類であったなら、雪乃の性格も、あそこまで腐りきってはいなかった可能性もある・・・・・・限りなく、0に近いが。

 苺さんと涼子ちゃんは、雪乃とは違った種類で、見た目に恵まれていた。

 つまり、天に二物どころか三物くらいを与えられている、知性的な美女と元気花丸印の美少女だった。

 そりゃ、見た目しか自慢に出来ない、もしくは、縋るモノがない雪乃が、二人に対し、形容しがたい超劣等感コンプレックスを抱くのも当然だろう。

 雪乃の事を、絶対に、好きにはなれないにしろ、さすがに、その点に関して、同情はしている。

 私にも、もし、苺さんや涼子ちゃんのような存在がいたら、きっと、やさぐれていただろう。

 しかし、やはり、雪乃に対する印象は、ろくでもない、から動かないのである。

 いくら、雪乃が好きになれない私だって、その超劣等感コンプレックスを原動力に変えて、自分を成長させろよ、ピンチはチャンスの裏返し、なんて時代錯誤発言はかましたくない。

 ただ、雪乃の場合は、学生時代に、苺さんと涼子ちゃんに対する劣等感と自己嫌悪から、自分のちっぽけなプライドを守るために、傲慢が過ぎる性格を形成し、しかも、美しくて金持ちの自分は、貧乏人やブサイクを虐めてもいい、と自己擁護に走り、周りを金で集めたクズのイエスマンで固め、女王様を気取るようになってしまったそうだ。

 そんな学生時代を過ごしていたら、大人になって、生き方を簡単に変えられるはずもない。

 雪乃は、高校を中退してからも、周りに金をばら撒き、自分をチヤホヤしてくれる者ばかりを優遇していたらしい。

 ちなみに、それを、暮林家のメイドの一人である須賀さんに教えて貰った際、私はうっかり、「え、あいつ、高校に入れたんですか?」と驚いてしまった。

 私の素のリアクションに対し、須賀さんは大笑いするでもなく、窘めて来るでもなく、ただ、薄ら笑いを浮かべ、右手で「金銭」を意味するジェスチャーを見せてきた。

 自分で言うのも何だが、私も察しが悪い方じゃないから、その手の形を見て、「なるほど」と納得できた。

 当然ながら、雪乃は、どの会社にも就職していなかった。

 就活を一切、行っていなかったらしいから、ここは、出来なかった、ではなく、していなかった、と言ってやるべきか、せめて。

 それにも関わらず、どうやって、取り巻きを金で飼い続けていたのか、と私は疑問を覚えた。

 その疑問にも、須賀さんは親切に答えてくれた。

 どうやら、雪乃は、唯一の武器である、己の美貌で、様々な会社の社長や幹部の息子を篭絡し、金をせびっていたようだ。

 セックスをした報酬、だったなら良い訳ではないにしろ、雪乃に手を握って貰ってもいないのに、大金だけをまんまと毟り取られていたボンボンたちはバカなのかな、と私は呆れ返った。

 その上、雪乃は、自分の取り巻きの中にいた強面の男たちを使って、一般人から、様々な手段で金を脅していった可能性もあったらしい。

 残念ながら、その方面の、ハッキリ言ってしまえば、犯罪者としての才能も、雪乃には無かったらしく、彼女が主犯格もしくは指示役であったのは明白だったそうだ。

 これで逮捕され、反省する期間を経ていれば、何か変わっていた可能性もあるが、残念ながら、そうはならなかった。

 この頃の良綱さんは、まだ、雪乃を、そこまで見放していなかったらしく、可愛い娘が更生してくれる可能性を信じて、様々な方面に働きかけてしまったそうだ。

 言うまでもないが、良綱さんは、この頃、雪乃を守るためにやってしまった色々《・・》を後悔していた。

 雪乃の性格もとい性質を考えれば、逮捕され、刑務所に入ったくらいで、彼女は反省など一切、しなかったに違いない。

 他人・・でしかない私が断言するほどなのだから、父親である良綱さんは、より強く確信していたんじゃないだろうか。

 今回、雪乃の遺体を持ち帰ろうと火の中に飛び込む、そんなバカをやって重傷者となった私に、こうやって、良綱さんが様々なサポートをしてくれたのも、この負い目があったからかもしれない。

 さすがに、私も、それを聞けはしない。

 いずれにしろ、人間、やってしまった事は打ち消せない。

 雪乃のろくでなし様に呆れ果て見限る決心を付けられていなかった、この頃の良綱さんは、雪乃に犯罪行為から手を引かせる代わりに、規模は小さいにしろ、とある会社の経営を任せる事にしたそうだ。

 今の良綱さんであれば、絶対にやらない愚行だった、それは。

 仮に、私が、この頃の良綱さんと、今と同じくらいの関わりがあったならば、絶対に止めていただろう。

 当時、良綱さんをサポートしていた周囲の人は、彼の恩情に「待った」をかけなかったのか、と須賀さんの話を聴いていた私は首を捻ってしまった。

 当然、周りも止めはしたらしい。

 ただ、娘に一縷の希望を見い出そうとしている良綱さんの痛々しさに、周りもそんな強く出られなかったらしい。

 良綱さんは、普段、凛々しく、毅然とした偉丈夫、そんな印象を抱かせる人だから、周りも余計に同情してしまったのかもしれない。

 言うまでもない事だが、良綱さんを筆頭に、この件に絡んだ人間は全員、自身の判断と温さを、心の底から悔いていた。

 姉には勉強で、妹には運動で勝てない、見た目の美しさしか自慢に出来ない次女が、実は父親から商才を受け継いでいた、なんて創作物の中でしか起こりえない、都合の良すぎる展開だ。

 もしも、雪乃に、良綱さんが努力で育ててきた商才の半分、いや、せめて、三割でも受け継がれていたら、私はコイツと関わらない人生を送る事が出来ていただろう。

 雪乃が、凡人どころか無能、と表現するのも優しい、と思うほど、酷いレベルだったからこそ、私は良綱さん達と友誼を深める事が出来たのも確かだが、やはり、雪乃に感謝するのは癪なのである。

 いずれにせよ、雪乃には、商売に関連する才能()無かった。

 バカな子ほど可愛がってしまう、それに理解を示したとは言え、雪乃のろくでなしっぷりを知っているだけに、良綱さんの周りの人々は、雪乃に経営権のほとんどを持たせない、つまり、お飾り同然の社長にするのであれば、と良綱さんに譲歩する条件を出していたそうだ。

 さすがに、この頃の良綱さんも冷静さを完全には失っていなかったし、雪乃に対しては、正直、期待よりも不安の方が大きかったらしいから、迷わずに条件を飲んだ。

 雪乃がお飾りの社長になったので、実際に、会社の経営を行う者には、当時、良綱さんの左腕だった石子さんの部下の中でも、特に優秀な者が選出され、彼が副社長を任される事になった。

 彼は、会社の経営だけでなく、雪乃にそれ関連のイロハを教え込むのも仕事だったらしい。

 これで、雪乃が持つ家族への超劣等感コンプレックスが解消され、一端の経営者として成長してくれれば良いのだが、と良綱さんは希望に縋った。

 まぁ、その希望は、呆気なく打ち砕かれてしまう事になる。

 ある意味、自業自得とは言え、酷いくたばり様を晒した、どクズを蔑むような発言は、人として慎みたいものだが、やはり、言いたくなるのが人の性か。

 一体、雪乃は、何の才能だったら持っていたんだろうか。

 死んでしまった以上、もう、それが明かされる事は無いし、ぶっちゃけ、何が何でも知りたいって強く思う訳じゃないにしろ、何も持たず、何も為せず、何も残せぬまま、いや、汚名だけを残して、あっち側に行くのは、どんな気持ちなのだろうか。

 悪人としての才能はあったんじゃないか、と思わんでもないが、雪乃のやらかしの残滓を見ると、美学の欠片も感じないから、やはり、悪人としての才能も皆無だったのかもしれない。

 頭を抱えてしまうほどの問題なのは、雪乃が己の無能さで痛い目を一人で見るのではなく、何故か、雪乃だけは軽傷で、周りの者が取り返しのつかない事態に陥ってしまう事だった。

 真相は、もう知れないが、もしかすると、雪乃は雪乃で、娘として良綱さんに褒めて貰いたかったのか。

 苺さんや涼子ちゃんに、「凄い」と言われたかった、これもあるのかもしれない。

 雪乃なりに、良綱さんがくれた、このチャンスを全力で活かそうとしたのだろう。

 けれど、ポンコツが結果を出そうと頑張れば、周りに甚大な被害が出るのは、歴史が証明してしまっている。

 これまでのやらかしから学ぶ、そんな頭が雪乃にあれば、被害はもう少し、抑えられていた、かもしれない。

 良綱さんの父としての甘さと、雪乃の無駄なやる気が掛け算された事で発生した犠牲は、小さくなかった。

 両手を使う必要の人数が死んだのである。

 命を絶たねばならぬほど追い込まれた者の中には、石子さんの腹心、つまり、副社長も含まれていた。

 さすがに、詳しい事は聞かせて貰えなかったから、雪乃が、何をやらかして、人死にをこれほど増やしたのか、私には真相が全く理解わからないし、真実も一切、判断わからない。

 わずかに聞けた話の切れ端から推測するに、雪乃が”自分”の会社を、もっと大きくしよう、と無茶を通り越した手段を使おうとしたのは確かだ。

 良綱さんは立派な人だからこそ、当然、彼を嫌い、妬み、悪意を抱いている者も多い。

 雪乃に接触してきたライバル会社の人間も、彼女が抱いていた父親への確執を見抜き、買収を仕掛けようとしたのだろう。

 良綱さんに遠く及ばないにしても、一般的な尺度で計れば、十分に「海千山千」と評価されるだけの実力と豊富な経験に裏打ちされた直感を持っていたはずだ、「くればやし」にダメージを与えようと、雪乃の会社を乗っ取ろうとした者らは。

 だからこそ、そのライバル会社の社長たちも、その一件で首を吊る羽目になったんだろう。

 彼らほどの、ではなく、彼らレベルの才覚を持っている経営者だったから、雪乃の無能っぷりを見抜けず、手の引き時を見誤り、命を落とさずに済む致命的なダメージを回避するチャンスを見逃してしまったのかもしれない。

 彼ら以上に優れた経営者であり、なおかつ、雪乃の父親だからこそ、娘の不出来っぷりを思い知らされてきた良綱さんは、『くればやし』に修復不可のダメージが入る前に、雪乃がお飾りを務めていた子会社との関係を断っていた。

 それほどまでに迅速な判断と冷徹な対応が叶ったのは、第一の犠牲者になってしまった、石子さんの腹心が遺した書類が、雪乃に気付かれぬよう、秘密裏に届けられたからだろう。

 良綱さんは、副社長が買収を仕掛けていたライバル会社が雇った、裏社会の人間に消されたのと同時に、すぐさま動いたらしい。

 色々な意味で、苦渋の決断だったのだろう、それは。

 雪乃のやらかしで、人と会社に多くの犠牲が出てしまったこの件を片付けた後、良綱さんは、雪乃に期待した、その己のミスを素直に認め、石子さんに土下座をしたそうだ。

 『くればやし』を大きくするのに、共に苦労してきた良綱さんに頭を下げられてしまっては、石子さんも腹心を「殺された」怒りを飲み込むしかなかった。

 当たり前の話だが、もう、良綱さんは、雪乃に期待するのを止めた。

 かと言って、家から追い出せば、何をやらかして、また、人死にを出す可能性がデカすぎた。

 となれば、良綱さんとしては、雪乃にそれなりの額の小遣いを与え、自由に遊ばせるしかなかったんだろう。

 運良く、暮林家の皆さんと関わるようになっても、一向に庶民感覚が全く抜け切らない私なんぞは、雪乃が良綱さんから貰っている毎月のお小遣いの額を、苺さんから聞かされた際、「小遣いってか、大遣いですね、それ」と変な感想を漏らしてしまったくらいだ。

 私がみみっちいのもあるにしろ、それだけの大金を貰っていながらも、雪乃は毎月、中頃には、良綱さんに金の無心をしていた。

 一体、何に使っていたのか、と気になりはしたが、雪乃に使用用途を直で訊けるわけもなかった。

 ただ、予想は付いていた。

 自分の美貌だけが、雪乃のプライド、もしくは、縋りつけるモノだったから、その美しい見た目をキープする事に、良綱さんから貰っていたお大遣いのほとんどは消費されていたんだろう。

 それだけに使っていたなら、良綱さんに途中で、金をせびる真似もすまい。

 恐らく、美しい自分をチヤホヤしてくれる人間で、周りを固めるためにバラ撒く金が必要だったんじゃないか、と私は推測していた。

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