第十九話 私は、行方不明になっていた村の子供を見つけてくれた八尺様を家に招く。
シャワーを浴び、しっかりと汗を流す私。
山と村を往復しても、そこまで疲労はしていないにしろ、汗はかいたし、山道を駆けたので汚れてはいた。
自分一人であれば、何の問題も無かったが、気絶している夏哉くんを背負った状態で、彼を落としたり、木々にぶつけたりしないよう、細心の注意を払った状態で全力疾走したので、体は汗でベタベタになってしまっていた。
顔に、マスクを常に被っていないと、人を不快にしてしまうレベルの大怪我を負った事に関しては、全く、気にならないにしろ、汚れた体で女性と接するのは、個人的に抵抗があった。
怪我の前後で体臭が変わり、酷くなった自覚も無いにしろ、人ではない八尺様の嗅覚が、野生動物に匹敵する可能性は否定できない。
先程、対面で会話をしたが、山中だったから、私の体臭は周りの匂いに紛れていた。
しかし、家の中で話す際、体臭がキツいと、八尺様を怒らせてしまうだろう。
いくら、前と同じように動けるようになったと言ったって、八尺様の力で殴られたら、無傷じゃ済むまい。
私がギリギリ回避できるパターンもあるだろうが、なるべく、危険は冒したくなかった。
湯の温度をやや高めに設定したシャワーを頭から浴びていたにも関わらず、八尺様の繰り出すであろうパンチを想像した私は、思わず、ブルッと震えてしまった。
大きな鏡に映った、そんな自分の姿が滑稽で、私は自然と口の両端が上がってしまう。
まぁ、その顔も、他人に見られたら、一目散に逃げられるか、腰を抜かされるか、のどちらかだろう。
「アタシは怖くないからねッッ」
涼子ちゃんは、両拳を強く握り締め、ハッキリと言い切ってくれた。
気持ち悪くないから、邸内では素顔でいて良いよ、とも言ってくれたが、さすがに遠慮した。
確かに、涼子ちゃんは私の変わり果てた顔を見ても、一切、不快感を露わにせず、それどころか、皮膚を保護するクリームを率先して、塗ろうとしてくれたくらいだ。
良綱さんや真由子さん、苺さんも、「家の中くらいは隠さなくていい」と言ってもくれた。
しかし、桁違いに大きい暮林家の屋敷の中にいるのは、涼子ちゃんや良綱さん達ばかりじゃない。
当然のように、メイドさん達も働いていた。
全員で15人ほどいて、掃除や洗濯、炊事、来客の対応などを担当していた。
雪乃と婚約してから、半ば強引に、良綱さんに、この暮林の屋敷で生活させられていたので、メイドさん達とも、そこそこ仲は良くなっていた、と私は思っている。
暮林の本邸で働けるだけあって、全員が、一流と評価しても差し支えないプロだ。
メイドとして修めておくべき技術なども素晴らしいが、何より、心構えに一本、しっかりと芯が通っている印象なのである。
だから、そんなメイドさん達は、私のズタボロの顔面を見て、表情を変えない。
(まぁ、ビシッと表情筋が固まったまま、気を失っちまったけどな、全員、最初の一回目は)
それは仕方ない話だ。
お化け屋敷で働くキャストとして就職しようとしたら、逆に不合格にされるほど、酷い形状なのだから、私の今の顔は。
涼子ちゃん達に心配されているほど、今の自分の顔に嫌悪感は無いのだが、他人を怖がらせるのは気まずい。
なので、私は風呂と就寝時以外は、プロレスラーのマスクを被って、人と接するようにしていた。
涼子ちゃんは唇を尖らせていたが、良綱さん達が諭してくれたのか、私がマスクを被っていても、何も言わなくなった。
もっとも、口には出さないだけで、ジッと見つめてくる目は明らかに語っていたが、「素顔を見せてほしいな」と。
この紅檎寺村に来て、スローライフを送り易そうな雰囲気で油断し、素顔のまま、家の近くを歩き、大介くんをビビらせてしまってから、より気を付けていた。
(とは言え、今の時期は良いにしろ、夏場になると、やっぱり、あのマスクだと蒸れちまうよなぁ)
いずれは、その辺りの改善もしなければいけないが、今は後回しである。
汗と汚れを流し終え、着替えた私は台所に向かう。
(もうそろそろ、八尺様が来る頃かな)
スマフォで地図を見せた際、八尺様は理解したような雰囲気を出していたから、問題はない、と思いたい。
実際、この家は村でも大きい方だし、外観も周囲の家とは違うから、目立つ。
私としては、周りに馴染むデザインの方が良いのでは、と言ったのだが、意外にも、私に店主になる事を頼んできた真由子さんではなく、良綱さんに却下されてしまった。
この店は、ある意味、『くればやし』の支店の一つとなるので、周囲に埋没してしまうようではダメだ、と言われてしまっては、私も、このデザインに首を振るしかなかった。
(まぁ、そのおかげで、八尺様が気付きやすいならOKか)
八尺様が病的な方向音痴でない事を胸の内で願いつつ、私は冷蔵庫の中を確かめる。
どうするか、とは思ったが、この時間帯では、もう、どうにもならない。
悩んだ私は、八尺様に、自分が作ったチーズケーキを提供する事にした。
大介くんに食べたい、とリクエストされ、今日、初めて作り、彼と雅世子ちゃんに「美味しい」と絶賛して貰えたチーズケーキだ。
子供だからこそ、美味しいモノへの感想と反応には、嘘が無い。
ガキ大将気質である大介くんが、「美味い」と言ってくれたのなら、私が作った、このチーズケーキは良い出来、と言う事になるだろう。
本音を言わせて貰えば、自分でも、美味しい、とは思っている。
以前、苺さんが買って来てくれた、世界トップのパティシエたちですら超一流と認める、天才菓子職人の真島宙子さんが営む『妖精の尻尾』のチーズケーキ。
これを目標に作った私のチーズケーキは、自己採点で50点だ。
やはり、プロの中のプロが作った「本物」には、遠く及ばない。
洋菓子店で働いた経験も皆無の、ほぼほぼ素人が初めて作ったのだから、再現できなくて当然なのだが、それを言い訳にしてしまったら、絶対に、この差は埋められないだろう。
美味しいが、もっと美味しいチーズケーキを知っているだけに、その悔しさが味に詰まってしまっていた。
そんなチーズケーキが、人ではない八尺様の口に合うか、正直、不安しかないが、有体に言って、今、彼女に提供できる、オシャレなお菓子となると、このチーズケーキしかないのである。
えぇい、もう儘よ、腹を括るしかないぞ、と自分自身に言い聞かせたタイミングだった、私が家の外に、人のそれとは思えぬ強く不気味な気配を感じ取ったのは。
「時間ぴったりだな」
もし、先程、八尺様に出会っていなかったら、一体、何が訪問してきたのか、と私はプチパニックを興してしまっていたに違いなかった。
緊張を解すように両肩をグルリと回した私は、被っていたマスクの具合を鏡で確認してから、ゆったりとした足取りで裏口に向かう。
気を利かせてくれたのか、そこは定かではないが、八尺様は店舗の入り口がある家の表側ではなく、私が出入りに使っている裏口に回ってくれたようだ。
「オ待ちしてイました」
扉を開け、外を見ると、予想通り、そこに佇んでいたのは、八尺様だった。
「ポポポ」
「イイエ、時間通りですから、大丈夫ですよ」
遅れてしまっただろうか、と不安を滲ませる八尺様に、私はマスクの下で笑顔を浮かべて、首を横に振った。
私の言葉が、社交辞令ではないのを感じ取ったのか、八尺様はホッと胸を撫で下ろす。
そこで、私の胸中に不安が芽生えた。
(今更だけど、八尺様、家に入れるか?)
家の中、それは問題ないだろう。
八尺様には遠く及ばないにしろ、この年齢で成長痛を味わった私の背丈に合わせ、家の中は頭がぶつからないようにして貰えたので。
しかし、家の中に入る以前に、出入り口がまず、問題だった。
当然と言えば当然だが、出入り口も、私が頭をぶつけないように大きく設けられている。
しかし、あくまで、背が伸びてしまった私は頭が当たらない、だけだ。
今、その私の目の前にいる、人ではない八尺様は、私よりも遥かに背が高い。
さすがに、3mは無いだろうが、2m30cm以上はあるだろう。
そんな八尺様では、この裏口から家の中に入ろうとすると、かなり屈まねばならない。
さりとて、表側に回って貰っても、結果は同じだ。
招いておいて、いきなり、そんな窮屈さを強いるのは失礼千万すぎではないか。
(どうすっかな)
八尺様が、比較的に話が通じる相手であるのは、まず間違いないだろう。
であれば、下手に出て頼めば、長身を屈めて家に入る事も快諾してくれるかもしれない。
私が、自分と扉をチラチラと見たからだろう、八尺様は、そんな私を見つめ、しばし、何かを考えていたようだが、おもむろにポンッと拳を掌に当てた。
「ポ」
「?」
大丈夫、そんな感じのニュアンスで言われた「ポ」に、私が小首を傾げ返すのを他所に、八尺様は両拳をギュッと握り締め、全身を小刻みに震わせ始めた。
エネルギーを蓄積させているように見えた私だったが、直後、声も出ないほどの驚きを覚えてしまう。
プルプルしている八尺様が、徐々に、しかし、確実に縮んでいるのだ。
「ポポポポ」
一分ほどで、八尺様は震えるのを止めたのだが、この時に、彼女は私より頭一つ分ほど高い身長まで縮んでいた。
気配から、とっくに、人間じゃないのは解りきっていた私だが、やはり、どうも、美しい女性の見た目にイメージが引っ張られていたようだ。
(まさか、小さくなれるとはな)
もっとも、小さくなったと言っても、先述したように、八尺様の今の背丈は、バスケットボールをリングに叩きつけるようにして得点する、いわば、ダンクゴールが出来るようになった私よりも、まだ大きい。
それでも、今の八尺様ならば、そこまでしっかりと身を屈めなくても、この裏口から家の中に入る事が可能だろう。
(無理させちまってないと良いんだが)
あれだけの長身を、このサイズに変えたのだから、体に負担がかかってしまっているかも知れない。
私の胸中に申し訳なさが芽生えさせたのを感じ取ったのか、八尺様は「ポゥポ」と両手で頭上に大きな丸を作るのだった。
(負担はないって意味か?)
まだ、出会ったばかりである以上、私は八尺様の「言葉」を信じるより他なかった。
例え、ある程度の負担が、本当はあったにしろ、八尺様は招かれた立場として、招いた私に恥をかかせないために、体のサイズを変化させてくれた。
であれば、それを無碍には出来ないだろう。
歓待はするが、だらだらと時間はかけないようにしよう、と胸の内だけで決意し、それを顔に出さないように細心の注意を払う私。
(まぁ、顔に出さない云々の前に、マスクを被っちまってるし、仮に、素顔のままでも、感情が顔に出ても読み取れなくなったがな・・・怪我をする前から、顔を見ても考えている事が解らないとは言われてたか)
しかし、私は、ふと、自分の考えを一部、否定した。
(いや、涼子ちゃんだけは、俺が怪我をする前から、俺の感情を察してたし、変わり果てた顔になってからも、マスクを被っていても、俺の思考を読んでたな)
やはり、涼子ちゃんは、良綱さんと真由子さんから優れた観察力、洞察力を受け継いでいるのだろう。
その二つがある涼子ちゃんに、やたらと考えている事を読まれ、最初、ビックリしていた事が懐かしく感じ、つい、私はマスクの下で口元が緩んでしまった。
「ポ?」
私が微笑ったのを、人外の能力で感じ取ったのか、八尺様は小首を傾げた。
「イエ、何でもアりません」
落ち着いて、私は対処するが、内心ではドキドキだった。
(やべぇ、八尺様が首を動かした瞬間、思わず、揺れたおっぱいに目が行っちまった)
八尺様の身長が縮んだ事で、元の時、凄まじい圧を発していたおっぱいのサイズも、見合った状態にサイズダウンしているのだが、それでも、十分、巨乳だった。
着ている真っ白のワンピースの緩めのデザインが、逆に、八尺様のデカパイの魅力を強調しているんだろう。
性欲旺盛、と言われても否定しきれぬ高校生の頃だったら、あの巨乳の揺れ方で、鼻血が出ていた可能性は大いにあった。
さすがに、私も三十路が近いので、そんな醜態を八尺様の前で晒さずには済んだが、それでも、あの一瞬、目が釘付けになってしまったのは事実だ。
(八尺様に見た事がバレたら、確実にぶん殴られたかな・・・)
例え、八尺様にバレていなくても、もしくは、八尺様が見逃してくれたとしても、私が彼女の巨乳に目を奪われた、これが涼子ちゃんに知られたら、幻滅されかねない。
良綱さんなら、「主宮君も男と言う事だな」と笑ってくれるだろうが、それは却って、涼子ちゃんの苛立ちを怒りにクラスチェンジさせるに違いなかった。
涼子ちゃんは、今、ここにいないし、今後、彼女が八尺様と対面する可能性は限りなく低いから、涼子ちゃんに、私が八尺様の豊穣なる双丘に熱視線を注いでしまったのは露呈すまい。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、これから、見ないように気を付けよう、と自分に戒めた私は、改めて、八尺様に、我が家へ入ってくれるよう、手で促した。
「どウぞ」
「ポポポ」
八尺様はスカートの裾を両手で軽く摘まみ上げ、一礼してくれた。
若干、ズレている気もするが、都市伝説の住人である八尺様の逸話や特性を鑑みると、こうやって、出会った者に家へ招かれる事など無く、彼女も結構、戸惑っているのかもしれない、この現況に。
可愛らしい一面があるな、と心の中に思いを留めた私は、八尺様の前を歩き、家の中に入る。
ちょっと心配だったが、八尺様は裏口の欄干や天井にも頭を一度もぶつけず、リビングまで辿り着く事が出来た。
「オ座りになって、待ってイてくださイ」
私が視線で指し示した椅子に、八尺様は慎重な様子で腰かける。
真由子さんが厳選してくれた高級椅子は、八尺様の胸に劣らぬほど、魅力がしっかりと詰まっている、大きめのお尻が乗せられても、「ギシッ」と音こそ鳴ったが、グシャリっと潰れはしなかった。
ホッとした顔をする八尺様。
「・・・ポェ!?」
そんな安堵の表情を、私に見られた事に気付き、八尺様は焦燥から変な声を出していた。
思いがけぬ可笑しさに、私は「クククク」と肩を揺らして笑いそうになるも、やはり、殴られたくはないので、グッと堪えた。
(女の子が照れ隠しでする、ポカッ、も八尺様がやったら、間違いなく、骨が折れるだろうしな)
今のサイズなら見合ったパワーになっている可能性もあるにしろ、私もわざわざ、殴られたくはないから、「少々、オ待ちくださイ」と告げ、キッチンに向かった。
「オ待たせしました」
私がキッチンから持ってきたチーズケーキを見て、八尺様は頭の上に、大きな「!?」を出現させる。
刹那、私は確かに見た・・・八尺様が満面の笑みを浮かべたのを。
都市伝説の中で、八尺様に、人を害す、そんな一面を与えられてはいるが、人を食べるとまでは言われていない。
人から人へ広がっていく噂によって、都市伝説の住人に変容が生じるのであれば、八尺様は人間を食べる、人間しか食べられないタイプの存在ではないはずだ、と私は推測していた。
予想通り、八尺様は、目の前のチーズケーキに目をキラキラさせている。
いや、正直に言うと、八尺様の両目は長い前髪に隠されてしまっていたのだが、雰囲気は嬉しそうなものだったので、仮に、目が出ていたら、間違いなく、小さな星が大量に出ていたんじゃないだろうか。
「飲み物は紅茶にしますか、それとも、コーヒーにしましょウか?」
チーズケーキには、スパーリングワインもピッタリ、と言う方もいるが、さすがに、ここでアルコールを出すと、八尺様に余計な警戒心を抱かせてしまうだろうから、紅茶とコーヒーの二択にしておいた。
私が、紙に「紅茶」と「コーヒー」を書いて示すと、八尺様はしばし、悩んだ。
慣れている人なら、どちらかに誘導する事も出来るのだろうが、私は元から口が巧い方じゃないし、今は怪我の影響で喋り方もたどたどしくなっているので、何も言わず、八尺様が好きな方を選ぶのを待つ事にした。
「ポゥポッ」
八尺様が「紅茶」の方を、白魚のような美しい指で示した。
「かしこまりました。
今、紅茶を淹れて来るので、今しばらくオ待ちくださイ」
「ポッポ」
私は八尺様に恭しく一礼すると、キッチンに戻り、紅茶を淹れる。
今更ではあるが、今回、私が作ったチーズケーキは、濃厚なタイプのレアチーズケーキだ。
私は、ベイクドチーズケーキ、バスクチーズケーキ、スフレチーズケーキも、絵間さんに教わっているんで製菓れるのだけど、大介君のリクエストは、レアチーズケーキだった。
(まぁ、多分、大介くんは、レアチーズケーキしか食べた事がないんだろうけど)
それはさておき、私が作った、濃厚な味のタイプのレアチーズケーキに合わせるのなら、紅茶はアールグレイだ、と私は思っている。
もちろん、個人の好みはそれぞれだろうから、極端な話、何を飲んでも構わない。
八尺様の好みに合うか、それは判らないにしろ、ハッキリしないのなら、開き直って、ど定番を提供するのが一番じゃなかろうか。
結局、王道に外れ無しなのだから。
ミルクを加え、ミルクティーにしても、レアチーズケーキのどっしりとした旨味を引き立ててくれるので、途中で気分を一新させられるよう、ミルクを入れたポットも持って行く事にする。
「オ待たせしました」
「ポポポ」
レアチーズケーキの乗った皿を目元まで持ち上げ、様々な方向、角度から楽しんでくれていたらしい八尺様は、私が戻ってくると、やや恥ずかしそうに身を小さくした。
「イエイエ、目で楽しんでイただけたよウで、嬉しイです」
「ポゥン」
「紅茶をオ持ちしました。
オ好みでミルクを入れてくださイ」
「ポ」
私へ軽く頭を下げた八尺様は、カップを手に取ると、アールグレイの芳香りを、最初に楽しみ、何度か息を吹きかける。
もしかすると、熱いものが苦手なのかもしれない。
(八尺様は猫舌なのか・・・)
この「八尺様」が、たまたま、猫舌なだけかも知れないが、飲める温度になっているのか、慎重に確認している彼女は実に可愛らしかった。
もちろん、そんな事を考えているのがバレたら失礼なので、私は顔だけではなく、雰囲気も出さないように気を付けていた。
そっと、紅茶を口に含んだ八尺様は、「ほぅ」と美味しさに顔を緩め、至福の息を漏らす。
「ポウ」
「アりがとウござイます」
「ポポポポンポ?」
「イエ、そんな高価な代物ではなイので、遠慮なさらず」
実際は、それなりに値の張る茶葉なのだが、それを正直に告げてしまうと、八尺様が緊張してしまうので、私は適当に誤魔化しておく。
八尺様は一瞬、躊躇いを見せたが、それをすぐに引っ込めた。
どうやら、私に気を遣ってくれたらしい。
(人型だからか、ってのは理由になるか解らんが、この「八尺様」は勘が良いし、思慮深い。
使用言語はアレにしろ、意思の疎通は十分に図れるな)
一つの確信を私が得ている間に、八尺様はレアチーズケーキを再び、見つめる、情熱的に。
真っ白なワンピースが特徴の一つでもある八尺様は、レアチーズケーキの見た目、その白さが気に入ったのかもしれない。
私が、レアチーズケーキを作ったのは、たまたま、大介君にリクエストされたからだ。
しかし、今、八尺様がレアチーズケーキを食そうとしているのを目の当たりにすると、改めて、この世に偶然が介入する余地など存在せず、必然のみがあらゆる事象を構築しているのだ、と思わざるを得なかった。
(俺と八尺様の出会い、これが必然とするなら、次は何を招く? 何が起きる?)
どこか、不安よりも期待が胸の中に膨らむを感じながら、私はフォークで一口大に切ったレアチーズケーキを口へ運ぶ八尺様を見つめた。
「!!!」
口に含んだ刹那に、八尺様は目を見張った。
いや、彼女の両目は、艶のある黒髪に隠されているので見えはしないのだが、八尺様が発した雰囲気は、瞠目した人間のそれだった。
「ポポゥ」
もう一口、レアチーズケーキを頬張り、八尺様は幸福そうに息を漏らす。
目こそ髪に隠されていても、彼女が浮かべている表情は、恍惚、と表現しても差し支えないものだった。
パクパクとレアチーズケーキを頬張り、プルプルと幸せそうに震える八尺様。
彼女の反応に嬉しさを噛み締めつつも、私は八尺様のおっぱいを見ないよう、必死に堪えていた。
自分では性欲が淡泊な方だ、と自覚はしているが、やはり、八尺様の人のそれとは違う色香に惑わされつつあるのか、ついつい、巨乳に視線が向きそうになってしまう。
レアチーズケーキの美味しさを堪能するたびに、八尺様の肉丘が「どたぷんっ」と激しく揺れ動くものだから、私は胸の内で、「おおっっ」と漏らしてしまった。
(凄ぇな)
八尺様に品の無い視線を向けてしまいそうになる己を叱責し、私は空になったカップへ紅茶を注いだ。
「ポポポ」
「どウイたしまして」
それから一分ほどで、八尺様はレアチーズケーキを完食した。
しかし、八尺様は悲しそうな雰囲気を全身から発しながら、もう、何も乗っていない皿を見つめていた。
普段、何を食べているのか、それは判らないが、少なくとも、私が作ったレアチーズケーキを「美味しい」と感じ、幸せを抱いてくれたのは確かだ。
先程までのリアクションも含め、ここまで悲哀を醸されるのは、作った者としては、実にありがたい。
目の前に、まだ食べ足りない、そんな空気を出している者がいるのに、その想いに応えなかったら、人の道に反するだろう。
「八尺様」
「ぽ?」
「オ代わりはイかがですか?」
「!!」
私がそう訊いた瞬間に、八尺様の全身から哀しみが吹っ飛び、彼女はすぐさま、私へ空いた皿を突き出してきた。
思わず、取ってしまった行動だったのだろう、それは。
自分がデリカシーに欠ける事をした、と気付き、八尺様の顔はあっという間に真っ赤となり、彼女は気まずそうに皿をテーブルの上に戻そうとした。
だが、皿がテーブルに着くより先に、私が八尺様の手から皿を受け取る方が早かった。
「今、オ持ちします」
「・・・・・・ッポ」
食欲には勝てなかったようで、八尺様は逡巡した後に、「ポォッポポゥ」と頭を小さく、私へ下げた。




