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第十七話 私は、移り住んだ山間の村で、行方不明になった少年を探す。

 B級ホラー映画に、特殊メイク無しで登場したって、違和感が微塵も無い面構えになってしまったのだ、私は、立て続けに遭遇した二つの事故で。

 まず、顔の右側は目の下から顎の辺り、ここが、ごっそり、皮と肉が抉られ、歯と歯茎が剥き出しになってしまっていた。

 爆発し、目にも止まらぬ速度で迫ってくる、車のデカい破片から少女を咄嗟に自分の身体を盾にして守った際、酷く抉られた頬には、拒絶反応が出ないよう、特別な方法で培養された人工肉が移植された。

 だが、私がつい、仕事を蔑ろに出来ず、無茶した所為で壊死してしまい、同じ手術が出来なくなってしまったのである。

 しかも、雪乃の首を引っこ抜くために、呼吸をする事すら許されぬ豪炎の中に身を置いた為に、傷口が高熱に舐られ、細胞の芯まで焼けてしまったた事で元に戻せる可能性は、更に低くなった。

 雪乃に同意するのは癪ではあるが、やはり、こんな傷を負っている男は不気味だろう。

 もっとも、涼子ちゃんだけは気にせず、「痛くない?」と聞きながらも、好奇心を抑えられなかったらしく、すっかりと乾いた頬の傷を、指でチョンチョンと突いて、私の反応を窺っていた。

 また、涼子ちゃんは、「歯を磨くのが楽だね、これなら」と、ノンデリな感想もかましてきた。

 そんなちょっかいを出していた涼子ちゃんが、真由子さんに脳天へチョップを貰うまでが、1セットである。

 涼子ちゃんのおかげで、私は右頬の傷に関しても、あまり気にしなくなった。

 まぁ、元々、自分の容姿に対して、私は関心が薄かったんだが。

 その右頬の傷だけなら、まだマシだったかもだが、知っての通り、私は、顔の左側に大火傷を負っている。

 体にも火傷は負ったが、顔の左側に刻まれた火傷に比べれば、まだ、軽いものばかりだった。

 首から下に負った火傷は、人工皮膚を移植して、さほど目立たないが、顔の左側に負った火傷は、あまりにも酷かったようで、医師たちも匙を投げそうになったらしい。

 どうにか、人工皮膚は、顔の左側にも定着したが、やはり、重傷だったからか、顔の右側と比べると、明らかに色が違っていた。

 右頬が吹っ飛んでいるので、顔の右側で無事なのは、右目の辺りから上の、僅かな面積くらいなのだが、そこが割と白い反面、火傷を隠すように移植した人工皮膚の色は赤褐色で、火傷を負って、皮膚の移植手術を受けたのが丸判りだった。

 顔の左側も右側も、モンスター感マシマシとなっている以上、その顔を隠すためにも、プロレスラーの派手かつ威圧感を出すデザインの覆面マスクを被っておく必要はあった。

 幸い、視力は落ちなかったし、覆面なら、ある程度、視界は確保されている。

 最初こそ、棚などに体がぶつかりそうになったが、しばらくすると慣れて、スムーズに店内で動けた。

 頭のてっぺんから足のつま先まで、包帯に巻かれた状態で入院していた時、鋭敏になっていた気配に対する感知能力が、必要になった事でスイッチオンになったようである。

 いや、正確に言うと、入院していた頃よりも、気配を感知する精度と範囲は向上していた。

 日常生活を快適に送れるのはありがたい一方で、やはり、過ぎた能力は平穏とは真逆なモノも招くのだな、と実感する事態が、私の人生に起きるとは、さすがに予想していなかった。

 ただ、その事に関して語るのは、もう少し、後にしたい。

 あえて、今は、先に、私の一日のルーティンワークを説明させてほしい。

 30分ほどかけ、店の清掃を終えたら、私はシャワーを浴びて、朝食を作る。

 朝ごはんはしっかり食べないと体に悪い、朝食は抜いた方が実は体を活発に動かせる、と説がコロコロ入れ替わる昨今だが、私は気にせず、昔から、朝ご飯はちゃんと、たっぷり食べるようにしている。

 これほどの怪我を負ったからなのか、それは定かではないが、以前よりも私の食欲は旺盛になり、同年代の者より食べねば、すぐに腹が減るようになってしまった。

 日によって、米とパンを変えているが、今日は米を食べたい気分であった私。

 炊いた米は三合なのだが、これを、私は朝食だけで平らげてしまう。

 以前は、二合で十分だったのだが、最近は、それだけだと、正午になる前に、腹の虫が喧しく鳴いてしまうようになった。

 もちろん、白米だけでお腹いっぱいになれるようなフードファイターじゃない、私は。

 おかずも、それなりの量が必要だ。

 鰺の干物二枚と鮭の西京漬けを魚専用のグリルで焼いていき、コンロでは五個の卵を使った目玉焼きと十本のウィンナー、300gのベーコンの薄切りを焼いていく。

 レタス、コーン、シーチキンを和えたサラダを作ると、500mlのマグカップにお湯を注ぎ、そこに、コーンスープのキューブを放り込んだ。

 これだと、まだ、若干、栄養バランスが良くないか、と悩んだ私は、冷蔵庫から、木綿豆腐1丁と、ご近所さんの篠原さんがお裾分けしてくれた切り干し大根を取り出し、それぞれの皿に盛りつける。

 そして、炊き立ての三合の白米を丼に山盛りにし、天辺に高級梅干をちょこんと乗せた。

 これで、今朝のごはんは出来上がりである。


 「いただきます」


 その言葉を声に出し、両の手をパンッと合わせ、食材への感謝を示した私は、箸を舞い踊らせ、腹を満たしていった。


 「味覚も失わなくて良かったぜ」


 口の中も炎熱に齧られたが、お医者さんたちの治療、なおかつ、例の不思議な夢のおかげで、喋るのはたどたどしくなってしまったが、味はちゃんと感じられる。

 人間、食べる事に幸せを感じ取れなくなったらお終いなので、そこはありがたかった。

 午前中のエネルギーをしっかりと充填チャージできた私は皿を洗い終えると、店の方に戻り、今度は商品の確認を行っていく。

 この店がお客様でごった返す事態に、未だ、成ってはいないが、何だかんだで、足を運んでくれた村人は一つ二つほどは買って行ってくれるし、役所や病院からも、そこそこの数が纏めて注文され、商品を届けている。

 なので、補充作業は毎朝、やっておく必要があった。

 文具コーナーの確認が終わったら、次は、この紅檎寺村に来てから出来た友人たちから委託され、売っている小物などもチェックしていく。

 その友人たちは趣味で、パワーストーンなどを素材に使ったイヤリングやピアス、リングなどのアクセサリーを作っていた。

 それらの装飾品のクオリティは、素人の私からすれば、プロのモノに匹敵している。

 デザインも多岐に渡っており、男女それぞれが興味を惹かれる、凝った意匠になっていた。

 また、和紙を使った栞やコースター、お守り、革製品の財布、キーホルダー、ポーチなども預かり、店の一角で販売していた。

 村人たちにも、割と好評で、買って行って下さる方は少なくない。

 それに加え、観光客や登山客も興味を持ち、土産として購入してくれる。

 さすがに、文具の売り上げの方が勝ってはいるのだが、脅かされそうなのは事実だったりする。

 昨日、売れた物の在庫も預っているので、箱から出して、棚に並べていく。

 在庫の中にも無い品はメモをしておき、後で完売した事を電話もしくはメールで報告せねばならない。

 一日一回、友人たちの内、誰か一人は、この店に来て、売り上げを回収していくので、その時でも構わないと言えば構わないが、こういう事は早い内の方が良い。

 その作業も終わったので、私は店の前の掃除を始める。

 店の中だけが綺麗では、何の意味もない。

 入りたい、と思って貰えるよう、店の外や周りも、しっかりと清めねばならない。

 朝食を食べる前に店内を、この時間帯に、店外の掃除をする理由はある。

 窓を拭いていると、覚えのある声が聞こえてきた。

 振り返ると、予想通り、大介くんが友達と一緒に歩いて来るのが見えた。


 「オ早ウ、大介だイすけくん」


 「おはよう、マヨちゃん!!」


 「オ早ウ、つかさくん、夏哉なつやくん」


 私は大介くんが振り上げた右掌にパンッと自分の右掌を当ててから、彼の後ろにいた友人にも挨拶をする。

 

 「お、おはようございます」


 「おはよっす」


 緊張しながらも、丁寧に頭を下げて挨拶をしてくれたのが、司くんだ。

 彼はおじいちゃんが若い頃に使っていたらしい、太い黒縁の眼鏡をかけており、クラスの中でも、一、二を争うほどの秀才だ、と雅世子ちゃんが褒めていた。

 上げた左手をヒラヒラと振り、フランクな挨拶をしてきたのが夏哉くんである。

 紅檎寺村唯一の理容室「まえだ」を営んでいる七海さんの一人息子だけあり、夏哉くんの髪型はソフトモヒカンで、今日もビシッと決まっていた。


 「今日のおやつは何、マヨちゃん?」


 「イや、まだ、アさだよ、大介だイすけくん。

 オやつの話をするには、早すぎるって」


 「そんな事ねぇよ。

 なぁ、司、夏哉」


 「いや、俺、さっき、朝飯を食ったばかりだっての」


 「僕もおやつの事は考えられないな」


 「何だよ、ノリが悪いなぁ、お前ら。

 あ、ちょっと待てよ。

 二人とも、まだ、マヨちゃんの作ったおやつ、食った事がないだろ」


 大介くんに訊かれ、二人は気まずそうに首を縦に振った。

 確かに、この二人は来店した事はあるが、買い物だけして、すぐに帰っていた。

 まぁ、大介くんのように、買い物をするついでに、私へおやつをせびる方が珍しいんだろうが。


 「無いに決まってるだろ」


 「大介くん、毎回、食べているんですか?」


 「お前らも、マヨちゃんの作るお菓子、一回、食ってみろって!!

 めっちゃ、美味いからッッ」


 力強く断言する大介くんに、司くんと夏哉くんは狼狽の色を顔に浮かべ、私の顔をチラチラと見てくる。

 まだ、この二人は、私に対する警戒心を完全に解いてはいないようである。

 いきなり、余所者が、この紅檎寺村に引っ越してきたってだけでも不安を覚えるのに、顔をプロレスラーのマスクで隠しているとなったら、怪しい、と感じるのは当然だ。

 大介くんなどは、一回、私の素顔を見てしまって、気を失っているから、プロレスラーのマスクを被っている方が安心するんだろう。

 もっとも、大介くんは、私の素顔を見て気を失った事など、記憶から追い出してしまっているようだが。


 (何にせよ、トラウマにならなくて良かったよ)


 大介くんの心に傷を付けなかった事に安堵した私は、ふと、夏哉くんに視線を向けてしまう。

 唐突に、私が自分を見たからだろう、夏哉くんは体を強張らせてしまっていた。

 その反応に、今更、傷付くほど、私のメンタルは絹豆腐ではない。


 (夏哉くんも、あの事は忘れているようだな)


 それならそれで、彼の人生にとっては良いだろう、と私は胸の内で結論を出す。

 夏哉君が忘れていたとしても、私がその事を覚えているのなら、特に問題は無い。


 (と言うか、アレは忘れようがないな)


 胸の内だけで苦笑した私は、夏哉くんが、人間が自分の心を壊してしまわないよう、兼ね備えている力のおかげで忘却わすれている一件を思い返す。

 そう、この夏哉くんが中心になった、とある騒動がキッカケだった、私が今、店で例の小物を売り出す事になったのは。

 とある騒動と言うのは、この紅林寺村の基準で考えれば、小さくないモノ、と言うべきもので、クラスメイトたちと山の中に入って、虫用のトラップを仕掛けていた夏哉くんの姿が、いつの間にか見えなくなってしまったのである。

 今のご時勢、山間の村に住んでいる大介くんたちだって、親御さんから、スマフォを持たされていた。

 なので、大介くんたちは、夏哉くんの姿が見えない事に気付くと、すぐに、彼のスマフォに発信した。

 その判断と行動は正しかったが、良い結果には直結しなかった。

 夏哉くんのスマフォは壊れておらず、着信していた。

 だから、大介くんたちは、森の中で聞こえてくる着信音を頼りに、そちらへ向かった。

 この行為自体は、正直、危険だ、とは思うが、木の根元で、黒電話のような着信音を発している、夏哉くんのスマフォを発見したのは、お手柄、と褒めるべきか。

 大介くんたちは、そのスマフォを拾わず、場所をしっかりと覚えておき、交番に駆け込み、石井巡査に事の次第を伝え、すぐさま、彼女と共に、そこへ戻った。

 夏哉くんのスマフォを確認した石井巡査は、彼が森の中で行方不明になった、もしくは、何者かによって攫われた可能性がある、と考え、村の人々に捜索を依頼したのである。

 当然ながら、私も、それに参加した。

 新参者ではあるが、子供がいなくなった、と知って、無視できるほど、私は人間性が終わっちゃいない。

 

 (まぁ、ここで、ポイントを稼いで、信頼されたいって下心はあったけどよ)


 幸い、私は森の中を歩けるほどの運動能力とスタミナが回復していたから、捜索隊に加わる事は問題なかった。

 何より、私がいない事には、捜索隊も自由には動けなかったのである。

 そう、この召威巫之山の管理人は、私だ。

 森に入る、それ自体に私の許可が必要な訳じゃない。

 ただ、森、正確に言うと、この山には、管理人しか入る事を許されていないエリア、いわば、「禁足地」が存在していた。

 紆余曲折あって、この召威巫之山の管理人を任された以上、確認する必要があったので、荷物の片付けをしっかりと済ませてから、私はその「禁足地」と呼ばれるエリアに足を運んでいた。

 そのエリアの入り口には、何故か、真っ赤な注連縄が張られており、まず、そこに不気味さを感じさせた。

 しかも、侵入する前から、注連縄に近付くと、異様な圧迫感を覚えた。

 悪臭はしないのだが、妙に吐き気を覚え、胃がムカムカしてきてしまい、そこにいる事を拒みたくなる。

 しかし、ここで不思議なのが、空気そのものは澱んでいるどころか、逆に、清浄さが漂っているのだ。


 (純粋すぎる水に、魚は棲めないって事だろうな)


 恐らく、この召威巫之山の「禁足地」は、一種のパワースポットになっているのだろう。

 あくまで、これは、山全体を歩いてみた私の推測に過ぎないが、召威巫之山自体が、元は霊山の類で、何者かが、この山に周りから集まり、全体に広がっているべき、霊的なエネルギーと表現すべきモノを、何らかの方法で、「禁足地」のみに集中させたんじゃないか。

 目的までは判明しないが、この召威巫之山に紅檎寺村を興すために、そうする必要があったんだろう。

 この召威巫之山そのものが、祭壇に近いシステムを担っているのかもしれない。

 そんな山を開拓し、人が生活できる状態にするのは、罰当たりな気もするが、当時の人たちには、そうしなきゃならない理由があったのだろう。

 召威巫之山に集められる霊的エネルギーを一カ所に凝縮すれば、いつか、限界を迎えた時、内部から破裂パーンするリスクもあるだろうが、それも承知の上で、『禁足地』を作る儀式を行ったようだ、何者かは。

 その何者かは、もしかすると、知理子か、彼女の関係者である可能性は大だ。

 赤い注連縄を越え、入り込んだ内部の清浄さは、内臓が捻じれ、血管が捩れ、骨肉が潰されそうなほどだった。

 数mほど進んだだけで、私はフルマラソンを終えたような激しい疲労感に襲われ、その場にへたりこみそうになった。

 しかし、ここで動けなくなったら、待っているのは死よりも恐ろしい結末だ、と直感した私は、激痛と倦怠、その両方に蝕まれる肉体を強引に動かし、注連縄の外に這い出た。

 それだけでも、充分、体は楽になり、私は青褪めた顔で、持ってきていた水筒に口を付ける。

 『禁足地ここ』に辿り着くまで、1ℓ入りの水筒の重さは半分ほどになっていたが、私は残りを一気に飲み干してしまった。

 麦茶を入れてきたはずなのだが、その香ばしい旨味は、全く感じず、だが、喉の痛いほどの渇きは和らいでくれた。

 水筒を空にし、肩で息をしながら、私は、ついさっきまで入っていた『禁足地』の内を、気持ちを落ち着かせる事を意識しつつ、見つめた。

 良綱さんから貰った地図に記された注釈によれば、『禁足地』は、半径15mほどのエリアらしい。

 だが、その範囲、いや、このヤバさだと、もはや、領域、と表現した方がしっくり来てしまうか、に足を踏み入れ、いくらか歩いただけで、疲労感がヤバい。

 私が、少し前まで重傷者であったのも要因の大部分は占めるだろうが、健康な人間でも、『禁足地』を突っ切って、あちら側まで突き進むのは、絶対に不可能じゃなかろうか。

 と言うより、私の勘に過ぎないが、間違いなく、この『禁足地』の中心に何かがあるはずだ。

 生物なのか、人工物なのか、それも、領域内が、やたら陰鬱で、注連縄の外からでは目視が叶わないので、断定は出来ないが、何かがいるのは確かだ。

 その何かが存在している以上、あちらに抜けるのは無理だろう。

 仮に、中心で命を落とさずとも、あちら側に抜けた時、そこが人間界である保証が無い。

 仕事がそれなりに忙しく、雪乃の我儘に振り回されていたとは言え、それでも、読書を嗜む時間は、一日の内に、三十分ほどは取れていた私は、そっち方面のライトノベルも多く読んでいた。

 なので、元々、オカルトないしはファンタジー的な存在、現象にはロマンを感じていたし、今回の一件で実在性に対しても確信が強まっていた私は、そういう事が発生しても、何らおかしくない、と『禁足地』に熱視線を向けながら、「懐疑」を担当する自分に言い聞かせるように頷いた。

 何とか立ち上がれるようになった私は、既に、村の人々は、ここに近付かない方が良い事を理解しているのを承知で、絶対に侵入させないようにしよう、そう、管理人として決意を固めながら、その場を後にした。

 背中に、およそ、人のそれからは遠い、あまりにも強すぎる気配を纏う何かの視線、もしくは、興味が向けられている感覚もあったが、あえて、それは無視し、足を村に向かって動かし続けた。

 そんな事もあって、夏哉くんが行方不明になり、村の人々が山の中を探すとなった際、私は単身で『禁足地』に向かう事にした。

 その旨を、村の人に話すと、皆は「お願いします」と私へ一斉に頭を下げてきた。

 やはり、紅檎寺村の人たちは、この召威巫之山の『禁足地』に畏怖の念を抱いているようだ。

 私に、夏哉くんの姿が見えなくなった事を伝えに来たのも、私に『禁足地』に行ってほしかったからだろう。

 夏哉くんも、この紅檎寺村で生まれ、育てられている子供だ。

 間違いなく、小さい頃から、『禁足地』には近づかないよう、優しい大人たちから、耳にタコが出来るくらい、忠告されているだろう。

 この時点で、私は夏哉くんと会話を交わした事は無かったが、幾度か見て、利発そうな子だな、と感じていた。

 なので、夏哉くんが『禁足地』に近付いている、もしくは、侵入してしまった可能性は、0に等しい、と予想はしていた。

 しかし、「0に等しい」とは、完全に0ではない事も指す。

 数学的な考えではなく、文学的な表現、これに基づいて危惧する必要がある状況だ、今は。

 有り得るかもしれない、のであれば、確認せねばならない。

 何も無ければ、それで良いのだから。

 昔より弱っていたとは言え、成人男性の私ですら入って1分ほど中にいるだけで精一杯の領域だ。

 子供では、あの真っ赤な注連縄を越えなくても、近づくだけでも、体調に異常が生じても、何らおかしくない。

 急がねばならない、と判断した私は、他の場所を探してくれる村の皆さんに「オ願イします」と頭を下げてから、愛用のクロスバイクに跨ると、全力でペダルをブン回して、山道を駆け、やや急な坂を登り、『禁足地』に向かった。

 小説やアニメなどでは、こう言う場合だ、と嫌な予感だけが的中して、最悪の光景を目の当たりにしてしまうものだが、幸い、そうはならなかった。

 『禁足地』に辿り着いても、やはり、夏哉くんの姿は、そこに無く、彼と言うか、人間の気配は一切、感じない。

 内部、その中央にいるである何かの気配は、あまりにも人、いや、この世の生物から懸け離れているモノなので、却って、普通の人間の気配は感じ取り易かった、今の私にとっては。

 夏哉くんが、大人たちとの約束を破るような子じゃなくて良かった、と安心した私は、気持ちを切り替え、他の場所を探しているであろう村人たちに合流すべく、その場を後にしようとした。

 しかし、振り向き、何歩か歩いた後、不意に足を止めた私は、真っ赤な注連縄の所まで戻り、パンッと両手を打ち合わせ、胸の内で祈った。


 (夏哉くんが無事でありますように)


 この『禁足地』の中心にいる何かが、人の願いを快く聞き、実現してくれる類の存在とは限らない。

 そもそも、私は、あまり神頼みはしない方だし、神社で参拝をする際も、自身の近況報告をして、せいぜい、周りの人の健康を祈願するくらいだ。

 しかし、今は、神ではない何かにでも縋りたい気分だった。

 なまじ、私の体を快方に向かわせてくれた謎の夢を見たからだろう。

 『禁足地』の奥から感じる何かの気配には、何の揺らぎも無かった。

 特に肩透かし感を覚えず、改めて、私は捜索隊への合流を図ろうとした。

 けれど、自然と、私は動きを止めてしまう。

 もちろん、背を向けた瞬間に、『禁足地』の内から、「その願い、聞き入れた」的な、おどろおどろしい声が聞こえてきた訳ではない。

 ただ、何かとは異なる、だが、人のそれからも遠い気配を感じ取ったのだ。


 (こっちに近付いて来てる・・・)


 このシチュエーションだ、例え、接近してきているのが、人間であっても、普通であれば、警戒心をMAXにして、臨戦態勢を取るべきだ。

 ただ、草を踏む音を発しながら、大股でこちらに歩いてきている、人でない存在が、敵意を滲ませていないのも確かである。

 世の中には、殺意を隠すどころか、消せる事が可能な達人もいるが、接近してきている者は、人でないだけで、気配を抑える技術も体得していないようだった。

 あえて、強い気配を発す事で、私に気付いて貰う意図もあるか、と相手の姿が見える直前で、私は思いついた。


 「!?」


 何が来るのか、と体は構えずとも、心の構えはしていた私は、想定の斜め上を行く外見の相手に、思わず、息を呑んでしまった。

 その者を説明する際、まず、挙げるべき特徴は、やはり、背の高さだろう。

 肩幅の広さ、胸板の厚さなどのマッチョ的な逞しさでこそ、私は良綱さんに及ばないにしろ、身長は成人男性としては割と高めだった。

 そんな私は、一度、いや、二度ほど、短期間の内に死にかけたからなのか、それとも、例の夢が原因なのか、その判断は下せないにしろ、退院後、リハビリに訪れ、他の患者さんに、バスケットボールかバレーのプロですか、と訊かれるほど、身長が伸びてしまった。

 まさか、三十路も迫ってから、体が縦に伸びるとは思ってもおらず、しばらくは、これまでであれば、何の問題もなかった高さにある物に額がぶつかるようになってしまい、慣れるのに苦労したほどだ。

 良綱さんから、貯金の大半を叩いて購入した、店舗付きの家にしても、私の身長が高くなった事で、いくらか、直しが必要になってしまい、実に申し訳なかった。

 その私ですら、首を後ろへ、かなり傾け、見上げねばならぬほど、相手の顔の位置は高い所にあった。

 いくら、最近では、身長が2mを超えている人が珍しくない、と言ったって、相手の身長は明らかに、2m以上はある。


 (3mってのは大袈裟か・・・それでも、2m40cmはあるな、この女性)


 そう、私に近付いてきていた人でない存在は、女性の見た目をしていた。

 とんでもなく背の高い女性の、人ではない存在、この情報だけでも、私は彼女の正体が、何となく察せた。 

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