第十六話 私は元・婚約者の妹に、「お兄ちゃん、引っ越さないで」と泣かれ、懇願されてしまう。
世界的に有名な『くればやし』の前身となる『暮林商会』の創始者であった、暮林綱子には、ありとあらゆる超能力を使いこなした義姉・知理子がいた。
綱子は、その知理子の力を借り、『暮林商会』を発展させ、同時に、自分の会社と生命を狙うろくでもなし共を返り討ちにし、ますます、会社の規模をデカくしていたそうだ。
とある日、知理子は理由も明かす事なく、義妹の前から姿を消し、その行方は杳として知れなくなる。
しかし、異端である自分を大切にしてくれた綱子に感謝していた知理子は、自分がいなくなった後の未来を予知し、それを手紙に認めていたらしい。
その手紙は、暮林家の当主となった者にだけ、時々、手元へ届くように、綱子によって仕組まれていた。
私の元・婚約者である雪乃の実父である良綱さんも、その手紙を受け取っており、その都度、『くればやし』を襲ったピンチを見事に乗り越えてきたそうだ。
そして、知理子は、雪乃が、私へ婚約破棄を一方的に叩きつけ、私の同僚である布袋と、その場を去った直後に、交通事故に遭い、私が爆炎に貪られる車の中から雪乃の首を持ち出そうと無茶をし、大怪我を負う未来すら視ていたらしい。
良綱さんは、知理子が残した手紙に従い、私へ暮林家が所有していた山を譲ろうとした。
紆余曲折はあったが、私は良綱さんからの申し出を受け、その山がある村に移住し、『くればやし』の特別役員と、村にある唯一の雑貨店の雇われ店主の二足の草鞋を履いて、生計を立てる事になったのだった。
山を譲られる事で、役所などに提出せねばならない書類の用意は、良綱さん達が揃えてくれ、病室に持ってきてくれたので、私はしっかりと読んでから、サインし、判子を押すだけで済んだ。
実際、都心部から離れた場所へと引っ越す上で大変だったのは、リハビリではなかった。
いや、リハビリもキツかった。
毎夜ではないにしろ、頻繁に見ていた不思議な夢の恩恵か、私の肉体は、医者ですら絶句し、血色を失い、「研究したい」と顔にハッキリと出るほど、日毎に快復に向かっていった。
大怪我をする前を100%とするならば、95%までは戻れるだろう、と自分で確信できるほどの治癒力を、私の肉体は発揮していた。
強靭な意志の力で肉体が人の限界を超える事は、世の中、時には起こるにしたって、この治りの速さは、理屈では説明できないほどだった。
まぁ、超常的な力が関与しているのは確定だろうから、人が納得できる理が用意できないのも、当たり前と言えば当たり前だが。
何にせよ、体がほぼ元通りに動かせるようになるのは、正直、ありがたかった。
これまで担っていた、『くればやし』での仕事は離れなければならないにしろ、既に、私よりも優秀な後輩たちが揃っているので、寂しさは感じていたが、後ろ髪を引かれるほどの感覚ではなかった。
同じ部署で働き、様々なプロジェクトを共に進め、成功の喜びを分かち合ってきた上司、先輩、同僚、後輩などは、私の離職を惜しんでくれた。
それは実に嬉しかったが、哀惜の感情は後回しにして、様々な仕事の引継ぎは急がねばならなかった。
私なんぞがいなくなっても円滑に進められる内容の仕事ではあるにしろ、ほとんどが他社との取引の案件であり、些末な取りこぼしでも起きれば、契約が失敗になりかねないので、私は頼りになる後輩たちに、自分の持っていた情報を分け与えた、気前よく。
後日、先輩のおかげで、プロジェクトは大成功でした、と後輩がメールで知らせてくれたが、「大成功」に必要だったモノの中でも、私が持っていた情報は、せいぜいが5%くらいに過ぎず、残りは後輩たちが頑張ってくれたからだ。
プロジェクトの成功を祝うと同時に、その旨も含め、後輩たちの尽力を、返信したメールで労ったのだが、何故か、良綱さんに、「謙遜もほどほどにな。却って、後輩が育たないぞ」と注意されてしまった。
それはさておき、回復している体を自分の意思に沿って動かせるようになるべく、私はハード気味に組んで貰ったメニューを、懸命に熟した。
傍目から見れば、それは、もはや、リハビリの域を超え、過酷な筋トレとして映ったに違いない。
しかし、私は良綱さんから山を譲り受け、真由子さんからの頼みで、その村の雑貨店の店主として働かねばならない。
それだけでなく、山の見回りも、管理人としてすべき大切な仕事なのだから、鈍った体で引っ越す訳にはいかなかった。
鬼すら裸足で逃げ出すような内容のトレーニングで酷使した体は悲鳴を上げたが、例の夢を見れば、私の肉体は超回復によって、前日と同じ内容のトレーニングに耐えられるようになっていた。
なので、どんどんと、体へかける負荷を、遠慮なく増していく事が叶ったのである。
夢を見せている相手の正体も、その目的も、一切、知れぬ状態ではあったが、私にとってはありがたかったので、有効活用させて貰った。
そんなリハビリよりも大変だった事、それは解かるだろうか?
そう、涼子ちゃんの説得である。
燃え盛る車に飛び込んで、死んでもおかしくない、と言うより、死んで当然の大火傷を負った私が病院に担ぎ込まれ、意識を取り戻してから、山の譲渡云々は、涼子ちゃんがいない、高校で勉学に励み、陸上部で気持ちの良い汗を流している間に、急テンポで進展し、決定した。
つまり、涼子ちゃんは、この件に一切、口を挟めなかった。
私が自力でベッドから起き上がれるようになった事を喜ぶより先に、涼子ちゃんは、良綱さんが五十嵐さんに、この件、私が暮林家を出て、紅檎寺村にある別荘に引っ越す事を話しているのを聞いたらしい。
まぁ、当然、良綱さんは、好機を見計らって、涼子ちゃんに事情を説明する気でいた真由子さんに、思いっきり、シバかれたそうだ。
精悍な作りの顔に引っ掻き傷を刻まれ、頬に湿布を貼っている良綱さんが来た時は、私は笑ったり、同情したりする前に、文句を言いたくなったくらいである。
涼子ちゃんは、真由子さんと交わした約束も忘れ、学校をさぼって、病院まで自転車をかっ飛ばして来ちゃったのである。
学校どころか、この国を背負う、陸上のエースとなれるだけの才能を持っているにも関わらず、そんな無茶をしてまで、私が入院している病院に駆け付けた涼子ちゃんに、私は言葉を失ってしまった。
いや、まぁ、病室の扉を「ドカンッ」と開け、ズカズカと荒々しい足音を立てながら迫ってきた涼子ちゃんに、何かを言う前に、私の唇は彼女の唇によって塞がれてしまった。
いきなり、キスをされたら、人間、何も言えなくなってしまうでしょう、皆さん。
しかも、私を「お兄ちゃん」と呼んで慕ってくれており、私自身も妹に近い対象としか見ていなかった相手、その上、女子高校生に、半ば噛みつくような、頭突きにも近いような勢いで唇を重ねられたら、頭の中は真っ白になってしまった。
私も、もう、三十路も近いので、キスもまだの初心なねんねではない。
ファーストキスは、とっくに、絵間さんによって、中学生の時に奪われてしまっていた。
だからと言って、女性とキスし慣れている、と驕れるほど色恋に熱を上げてはいなかったので、私は狼狽、混乱を通り越して、ただただ、唖然とするしかなかった。
よくよく考えれば、その時はまだ、包帯で顔のほとんどを覆っており、口元もストローが入る程度の隙間だけ開けた状態で、包帯を巻いていた。
だから、キスをされてしまった、と言っても、私と涼子ちゃんの唇の間には、清潔な包帯が確かに存在していた。
なので、キスと言えるか、これまた、微妙になってくる。
まぁ、涼子ちゃん当人と、彼女から話を聞いた真由子さん、苺さんからすれば、立派な「接吻」に該当するらしい。
この辺りの、個人的な感覚の差は難しい訳だが、今回、そこは問題じゃなかった。
私に「キス」をするや、涼子ちゃんは病室の床で転げ回り、泣き叫び始めたのだ。
真宵お兄ちゃん、行っちゃやだぁぁぁぁぁ、と。
おもちゃ屋や遊園地などで、駄々を捏ねても、親以外の人に微笑ましく思って貰えるのは、幼稚園児から小学生低学年くらいだろう。
さすがに、それ以上の年齢にもなって、外で我儘を全身で表現して、親や周りの人を困らせるようなら、ちょっと、拳骨を落として、常識を懇々と説かねばなるまい。
小学生高学年がやったら痛々しい行為を、花の女子高校生が、人目も憚らずにやったら、どうなるか。
私は想像した事もなかったし、まさか、自分がそれを目の当たりにするとは予想すらしていなかった。
どうにも、私には、未来予知の能力は無かったようである。
冗談はさておき、天真爛漫な性格で、その肢体も普段のトレーニングで、誰よりも迅速く疾走る為の美しい仕上がりになっている涼子ちゃんが、両手両足を全力でジタバタさせながら、声量も抑えずに泣き喚き、私に「行かないで」と繰り返す様は、痛々しい、と表現できるレベルではなかった。
どうして、そこまで、私の引っ越しに抵抗感を露わにするのか、私はまるで理解らなかった。
他の場所ならまだしも、私が引っ越すのは、暮林家が元の所有者である山で、住居とするのも、良綱さんたちが使っていた別荘である。
如何せん、土日の二連休で、ちょっと遊びに来るってのは厳しいにしたって、春、夏、冬の長期休みになれば足を運べる場所だ。
良綱さんの説明不足もあるにしろ、一つの事に熱中しやすい反面、全体を俯瞰で見られる冷静さも持ち合わせている涼子ちゃんであれば、こうやって、駄々を捏ねず、事情を聞く事を選択しているはずだ。
「どうして?」と「どうしたものか」が、頭の中でグルグルした私は、この病室に人が集まってきているのを感知する。
そりゃ、そうである。
涼子ちゃんは、健康な肉体を存分に駆使して、「お兄ちゃん、行かないで」と大声を張り上げているのだから、人が不審がらない方がおかしい。
しかも、ここは病院なのだから、看護師さんが来るのは当然の話だ。
この事態を、看護師さんに、どう説明すりゃいいのか、と頭を抱えそうになった時だった、一際に強い気配の持ち主が、足音もなく、病室に入ってきたのを、私は察知し、入り口に視線を向ける。
その気配を発していたのは、良綱さんの秘書にして、最も近くで彼を守る役目を任されている五十嵐さんだった。
恐らく、良綱さんに頼まれ、役員の座に円滑に就くためにサインを書かねばならない書類の束を持ってきてくれたんだろう。
私が入院している病室で、長い手足をジタバタさせ、子供のように、いや、子供よりも恥も外聞もかなぐり捨てて、「やだよぉぉ」と叫んでいる、雇用主の娘を一瞥した五十嵐さんは、きっと、いつもよりも真顔だったかも知れない。
ここに来る途中で、真由子さんから連絡を貰っていたのか、それとも、優れた観察眼で即座に事情を把握したのか、そこは定かじゃないが、五十嵐さんは迅速かつ容赦のない行動で、事態の収束を測った。
まだ、顔全体に包帯が巻かれていて、目を開けていない私には何も見えなかったが、「ボグンッ」と柔らかいモノに拳を落としたような音と、涼子ちゃんが発した「うげっ」、そして、直後の静寂で、五十嵐さんがどのようにして、涼子ちゃんを黙らせたのか、何となく、想像が付いた。
静かな病室に戻してくれた五十嵐さんに礼を言うべきか、曲がりなりにも雇用者の家族に手を出した事に注意をすべきか、私はしばし悩んだ。
しかし、私が結論を出す前に、五十嵐さんはベッドの近くに置かれているテーブルに書類の束をドサッと乗せる。
そうして、まだ意識が戻っていない涼子ちゃんを担ぎ上げたのか、五十嵐さんが「ふっ」と気合を入れるような声を発したのが聞こえた。
見えはしなかったが、五十嵐さんの事だ、涼子ちゃんを「お姫様抱っこ」ではなく、荷物のように肩に担いでいるんだろう。
陸上部で活躍しているだけあって、涼子ちゃんはシャープな体形ながらも、誰よりも高速く駆けるための筋肉を手に入れているから、それなりの体重がある。
普段から鍛えている男性ならば、涼子ちゃんでも持ち上げられるだろうが、女性だと厳しいだろう。
しかし、五十嵐さんは、女傑、と表現しても良い女性である。
良綱さんの祖母である綱子も、同じ尊称を冠しているが、五十嵐さんは違うベクトルの女傑である。
端的に言うと、ゴリゴリマッチョなのだ、彼女は。
秘書と護衛の両方を熟しているので、当然と言えば当然だが、五十嵐さんは良綱さんよりデカい体躯で、空手の達人である。
雪乃からの暴行を警戒した良綱さんの指示で、私の警護を担当してくれていた町田さん、彦馬さんも相当に強いが、五十嵐さんは、この二人を遥かに上回る。
実戦式空手、を修得しており、嘘か真か、それは定かではないが、五十嵐さんは、その武技を本物の戦場で磨き、文字通りの殺人拳に昇華させたそうだ。
漫画やアニメじゃないんだから、と鼻で笑う人も、いざ、五十嵐さんと対面すると、「あ、ガチかも知れん」と心の底から合点が行ってしまう。
もっとも、私は、真偽をあまり気にしてはいない。
五十嵐さんは、その強さで、良綱さんを、どんな相手からでも守ってくれる。
私にとっては、そこが最も大事だ。
何より、男として、女性の秘密を気にするのは、カッコ悪いではないか。
そんな五十嵐さんに、涼子ちゃんは静かにされたので、心配にはなる。
暴漢であれば息の根を止められる一撃を叩き込んでいるだろうが、さすがに、五十嵐さんも手加減しているはずだ。
いくら、涼子ちゃんの素の身体能力が高いと言ったって、格闘技は学んではおらず、防御りの技も体得していないだろうから、そんな相手に本気のパンチを打ち込むほど、五十嵐さんも精神が未熟ではあるまい。
いや、まぁ、思わず、イラッと来て、力の加減を間違えてしまっても、一概には責められないほど、涼子ちゃんの駄々の捏ね方は、確かに酷かったが。
少なくとも、涼子ちゃんの気配は、生きている者のそれなので、大丈夫そうか、と私は自分を納得させる。
そのタイミングで、五十嵐さんは、ベッドに腰かけている私の傍らに書類の束を投げてきた。
書類の束は、それなりに厚いようで、ベッドに落ちたと時、「ボスンッ」と大きい音がした。
その音を頼りに手を動かし、書類の束を持ち上げると、やはり、重い。
最低でも、50枚の書類が細紐で纏められているようだった。
やはり、五十嵐さんは、この書類の束を私に届けに来てくれたようだ。
今日は、午後になったら、目の部分に巻いている包帯を取り、視力の回復度合いを確認するので、良綱さんはそれに合わせて、大急ぎで、この書類を作成してくれたらしい。
改めて、私は胸の内で良綱さんに感謝し、なおかつ、この書類の束を届けてくれた五十嵐さんにも、深々と頭を下げる。
気にしなくていいわ、と五十嵐さんは、澄んだ声で返してくれた。
そして、彼女は、お大事にね、と私の体調を労わってくれ、涼子ちゃんを肩に担いだまま、病室を出て行った。
五十嵐さんのような、ガッシリとした体格の女性が、涼子ちゃんを担いで歩く様は、色々な意味で注目されるだろうな、と私は苦笑いを浮かべるより他ない。
その後、どういう話し合いが、涼子ちゃんと真由子さんの間で行われていたのか、この件の当事者ではあるが、あえて、蚊帳の外にされてしまった私は、露も知れぬのだが、涼子ちゃんは大会とぶつからない休みの日と、長期休みに一週間ほど、私の家に宿泊する事になった。
いや、元々、ここは、良綱さん達が使っていた別荘で、改装も店舗にした一階部分だけだったから、涼子ちゃん達が使っていた部屋は、そのまま残されている。
なので、私の家に遊びに来る、泊まりに来る、その形になるのも違和感があるっちゃあるのだが、涼子ちゃんは、お泊りの日を、メチャクチャ楽しみにしているらしく、真由子さんから、面倒を見てね、と言われてしまった以上は、私は頷くしかなかった。
「今日も気張って行くとしよう」
幸いと言って良いのか、それとも、何らかの力が働いているのか、あの事故に遭う前と遜色なく、体が動かせるようになり、紅檎寺村に引っ越してきてから一か月ほど経過したが、涼子ちゃんは、一度も遊びに来れていない。
その理由はシンプルに、涼子ちゃんが所属している陸上部が大会に出場するからだ。
自他ともに認めるエース格の涼子ちゃんだけに頼っている部ではないとは言え、やはり、涼子ちゃんが「いる」と「いない」とでは、士気の高さに影響が及ぶらしい。
あの時こそ、珍しく、いつもよりも激しい我儘っぷりを発揮した涼子ちゃんだが、何だかんだで、陸上部のメンバーを無碍に出来るほど、冷たい性格ではなく、また、ライバルたちと全力で競い合うのも大好きなので、大会への出場を選択したらしい。
本当に、苦渋の決断だったんだからね、真宵お兄ちゃん、と優勝の報告も併せ、涼子ちゃんに愚痴られた時は、解ってるよ、と苦笑いを浮かべながら、私は返すしかなかった。
次の休みこそ遊びに行くから、美味しいご飯を用意していてね、と涼子ちゃんに言われてしまった以上は、腕の奮い時だろう。
その日は、まだ、しばらく先なので、私はその間、良綱さんと真由子さんから任された、この店を営むだけである。
涼子ちゃんが遊びに来た日は、何を作ろうかな、と彼女が好んで食べ、「美味しい」と満面の笑みを浮かべ、褒めてくれたメニューの数々を思い浮かべながら眠りに付いた私は、翌日も、朝5時に起床する。
田舎に引っ越してから、早起きの習慣が身に付いてしまった訳じゃなく、私は元々、朝5時に目が覚める性質だっただけだ。
『くればやし』に就職し、安アパートで一人暮らしをしている時は食事をしてから、仕事の準備を済ませ、出社していた。
暮林家に間借りさせて貰い始めてからは、邸の清掃や朝食の仕込みを手伝うようにしていた。
メイドさん達は、客人か、良綱さんの義息子か、立場が微妙な私に掃除をさせるのはマズい、と考え、家の中を取り仕切っている真由子さんに相談したらしいが、真由子さんが、「真宵君が手伝ってくれるなら、それでいいじゃない」と言ってくれたおかげで、私は安心して、メイドさん達の手伝いを出来るようになった。
紅檎寺村で、この店の主になってからは、私は、まず、朝食を取る前に、店の清掃を行うようにしていた。
良綱さん達から任された店だ、常にピカピカにした状態で、お客様を迎えねばならない。
まぁ、文具を主に扱う雑貨店としてリニューアルオープンしてから、もうそろそろ、一か月ほど経過しているが、未だに、来店してくれるのは一日に十人にも満たない。
毎日、来てくれるのは、大介くんを筆頭にした子供たちだ。
ガキ大将気質である大介くんが、この店をクラスで宣伝し、なおかつ、私が見た目は怪しいだけで、実際は良い人である、と太鼓判を押してくれたおかげで、不安や恐怖を顔に滲ませながらも、店に来てくれる子供たちの数は増えてきている。
嬉しいし、ありがたい話で、大介くんと、彼の意見を補強してくれた雅世子ちゃんには、何度、お礼を言っても足りないくらいだ。
もっとも、大介くんは、私に「ありがとう」の言葉ではなく、「お菓子を作ってくれ」とストレートに要求してきたし、雅世子ちゃんにしても、どちらかと言えば、私の為ではなく、大介くんの味方をする事で、彼に好い印象を与えたかった方が大きいだろう。
動機は何であれ、来店者数が増えるのは、この店を預っている者としては助かる。
実際、子供たちが足繁く、店に来て買い物をしてくれるおかげで、大人たちも、少しずつではあるにしろ、店に足を運んでくれるようになった。
この紅檎寺村にとっても恩人である良綱さんが後ろ盾になってくれているとは言え、やはり、どこの馬の骨とも知れず、その上、顔をプロレスのマスクで隠している男が営んでいる店は、村人たちからすると、警戒してしまうのだろう。
とは言え、この顔を晒して、接客する訳にもいかなかった。




