第十五話 私は、元婚約者の義母から、移住した先で雑貨店の店長になって、とお願いされる。
こうして、私は、暮林家が所有していた召威巫之山を譲り受ける事になった。
立場で言うと、召威巫之山、その管理人になるそうだ。
もちろん、山に生えている木々の伐採、害獣への対処と言った管理は、ど素人でしかない私に丸投げされず、元々、暮林家が出資している会社に所属している山師さん、また、村の中で狩猟免許を取得している人たちが、継続して引き受けてくれるらしい。
山は、自然のまま放置しておけば、緩やかに死んでいき、いつか、人間に牙を剥いて来る。
また、その山から、食べ物が無くなれば、熊や猪などが人里に降りてきて、民家のゴミを漁ったり、十人を襲ったりするようになるだろう。
それを避けるためにも、山と好い共生関係を築くべく、人が山に光が入るように、古い木を伐り、新たな木を育てていく必要があるのだ。
もちろん、管理人になった以上、私も出来る事は手伝う気でいる。
(まぁ、出来る事と言っても、たかが知れているだろうけどな)
超能力者である千里子の未来視に従い、なおかつ、雪乃に散々、迷惑をかけられ、果てには、日常生活を送る事が厳しいほどの大火傷を負わされた詫びの形、それは、私も承知していた。
だが、やはり、無償で譲られてしまうのは、私としても心苦しかったから、貯金全てを払う、と良綱さんに告げた。
当たり前ではあるが、最初、その申し出は良綱さんに却下されてしまった。
先にも書いたが、良綱さんにとっては、父親としての謝罪、それを目に見える形にしたい思いが強かった。
だからこそ、立場的には、被害者となる私からびた一文でも受け取るのは、筋が通らない、と考えたらしい。
良綱さんの考え方は、決して、間違っちゃいない。
恐らく、世の、ろくでもない娘を持ち、その夫もしくは婚約者の方に同情をしている父親たちであれば、さすがに全員は無いにしろ、半数は良綱さんの肩を持つんじゃないだろうか。
しかし、「なら、しょうがないですね」で自分の方から折れるほど、私は人間が出来ていないのである。
高級スーツくらいなら、まだ、贈り物の範疇に入るが、山一つとなったら、もう、枠からはみでる、なんてレベルじゃない。
一割にも満たない、それが理解できていても、私は自分の貯金全てを購入資金に充て、召威巫之山を買う形にしなければ、良綱さんと、これまでのような関係を維持できなかった。
「払う」と「不要」の押し問答で、話し合いが平行線を辿り、良綱さんを説得できない私に、救いの手を差し伸べてくれたのは、頑固な良綱さんに呆れ返った真由子さんだった。
何をどう話(脅)したのか、そこは解らないし、知るのも怖いが、私から金を受け取らない、そんなスタンスを頑として崩さぬまま、病室を後にした良綱さんは、翌日、やたら憔悴しきった表情でやってきたかと思ったら、椅子に座るなり、掌返しをかましてきた。
諸々の事情で、私に召威巫之山を譲る、そこは変わらないが、私から、ある程度の金額は受け取ってくれる事になった。
ただし、購入資金ではなく、召威巫之山の中腹に建てられた、暮林家が所有している別荘の一つ、そちらを買い取る事で話がついた。
聞けば、召威巫之山は、暮林が所有している山ではあるが、人の立ち入りを禁止しておらず、観光客が軽めの登山を目当てに来るし、それどころか、別荘が建っている中腹には、人口が500人前後の村があるのだ、と言う。
てっきり、良綱さんが村長も務めているのか、と思ったが、違った。
少なくとも、今の村長は、暮林家とは無関係の人間らしい。
今、暮林家の息がかかっていないからこそ、あえて、良綱さんは春夏秋冬で様々な面を魅せる、この召威巫之山に別荘を構え、長めの休みの時、ここに来て、山歩きや釣り、BBQなどをして、家族の憩いの時間を取り、心を癒していたらしい。
まぁ、例によって、雪乃は、ほとんど、その家族のイベントに参加していなかったそうだが。
私も参加していないのだが、これは、私が家族の一員でないが故に誘われなかった訳ではなく、地滑りと落石で、メインに使っていた別荘が壊れ、修繕をしており、また、同時期に、『くればやし』がライバル会社と争っていたので、さすがの、良綱さんも家族サービスの時間を取れなかったからだ。
毎年、この別荘に行く事を楽しみにしていた涼子ちゃんも、私を誘って遊ぶ気満々だったらしいが、あまりにも、良綱さんと私が仕事に忙殺されているのを見て、我慢をしていたらしい。
正直なとこ、根っこの部分が陰キャである私としては、そんな陽キャの代名詞とも言えるイベントに誘われても、馴染めるか、不安が湧き上がってしまうので、涼子ちゃんには悪いが、誘われなくて良かった、と思ってしまったくらいだ。
何せ、スポーツ万能な涼子ちゃんだ、自然の中で解放的になったら、尋常ではないほどハシャぐのは目に見えている。
リミッターが外れた涼子ちゃんに付き合わされたら、私の全身は、えげつない筋肉痛に襲われていたに違いなかった。
そんな暮林家の家族サービスに使われていた別荘まで貰って良いのか、と悩んだ私は固辞しようとしたのだが、それに「No」を突き付けてきたのは、良綱さんではなく、真由子さんだったから、驚かれた。
何故に、と戸惑いながら、病室に見舞いに来て下さった真由子さんに事情を聞いてみると、どうも、召威巫之山、その中腹にある村、名は紅檎寺、にあった唯一の雑貨店が、店主の高齢化が理由で閉店を考えているとの事。
昔から、その雑貨店の店主には、良綱さん達どころか、暮林一族の皆さんはお世話になっているらしく、真由子さんにとっても、第二の義母、と他人に紹介する事も厭わないほどの間柄だそうだ。
今は、ネット通販も普及しており、紅檎寺村までの道もしっかりと舗装されているから、宅配業者の車も問題なく、やって来られる。
だからと言って、村の生活を昔から支え、寄り添ってきた雑貨店を閉店させるのは忍びない。
店主の高齢化、それが閉店の理由なので、やむを得ないか、と真由子さんの心中にも諦念が過っていた。
しかし、ここで、私に、召威巫之山が譲渡される話が持ち上がった。
良綱さんから、それを聞いた、さすがに千里子の事は伏せ、上手く説明したんだろう、真由子さんは、チャンスだ、と思ったらしい。
確かに、私は大火傷を負った。
しかし、回復は著しく、過酷にはなるが、リハビリに励めば、日常生活を問題なく、送れるようになる、とお医者さんは太鼓判を押してくれた。
(まぁ、あまりにも、私の快復が早い、を通り越して、有り得ないレベルだからか、先生、ドン引いてる感じだったが)
そこも聞いた真由子さんは、いっそ、所有している別荘の中で、最もデカい一棟の一階を店舗、二階を私の居住スペースに改装し、そこの店長に私を就任させましょう、と良綱さんに相談したらしい。
私が以前のように会社の外でバリバリ働きまくるのは厳しいにしろ、内勤であれば、何の問題もないコンディションに戻れそうなのを予感して、その方向で復帰の道を用意しようとしてくれていたのだが、真由子さんの”説得”により、自然が豊かで、雰囲気も穏やかな場所を生活の拠点にして、心を癒す事も大事か、と考えたようだ。
私としては、雪乃に婚約破棄を叩きつけられ、命を落としかねない大怪我を負った事に関しては、自己責任の範疇内でもあったから、精神的なダメージは被ってはいないつもりなのだが、やはり、周りにいる心優しい人たちからすると、そんな私は心配になってしまうらしい。
良綱さん達の気遣いはありがたいが、だからと言って、そう、すぐに、請けられる内容の話でもなかった、実際。
確かに、私は、召威巫之山を良綱さんから購入するために貯蓄のほとんどを支払う事を厭わず、別荘の購入資金の一部にする、そこを話の落としどころにする事も受け入れた。
しかし、別荘の一階を店舗に、二階を私の居住スペースに改装するとなると話は違ってきてしまう。
その上、二階部分を、体が万全に戻る望みが薄い私の為に、暮らしやすい形にすると言うのだから、ますます、「待った」をかけたくなる。
良綱さん達の配慮は嬉しいが、そこまでして貰う訳には行かないし、何より、私の支払える金額では、改装費用まで含めると、到底、足りなくなってしまう。
『くればやし』で、今後も働けるなら、どうにかなるか、と珍しく前向きになっていた所に、真由子さんから、雑貨店の店長になってくれない、と真剣ながらも、どこか、茶目っ気のある表情で頼まれ、私は激しく、狼狽してしまった。
出来ません、と断るのも、これまで良くして貰った事を考えると、抵抗が芽生え、私は正直に、情けなさを実感しながら、そんな大金は支払えない、その旨を打ち明けた。
すると、真由子さんは、一瞬、見開いた目で、隣にいた良綱さんをジトッと睨んだ。
この頃には、もう、目を覆っていた包帯も取れ、視力もある程度、回復していたから、私は良綱さんが顔を青くしているのをハッキリと視認できた。
「ツナくん、まだ、真宵くんに話してなかったの」
真由子さんに冷えた声で問われた良綱さんは、だらだらと大粒の汗をドッと流しながら、色々と忙しくて、と言い訳を口にした。
うっかり、誤魔化そうとしてしまった良綱さんの頬を、真由子さんはキツく抓り上げ、悲鳴を上げさせた。
必死に謝り、何とか、真由子さんの怒りを宥めた良綱さんは、やや赤くなった頬を擦りながら、私の目をしっかりと視たまま、こう告げてきた。
「主宮君、君には、『くればやし』の特別役員になって貰いたい。
いや、申し訳ないが、これは、ほぼ決定事項だ。
君が、ここで首を縦に振った瞬間、主宮君の就任は確定する」
あまりにも驚きすぎて、私は「はぁ!?」すら出ず、口をパクパクとさせてしまう。
この時、真由子さんが、そんな間抜け面を見て、「鯉みたいで可愛い」とコメントしていたみたいだが、頭には入って来ていなかった。
一切、仕事をしていない、『くればやし』のお荷物である、いくら、私が、自己肯定感が低い人間だからって、そこまで卑下はしない。
私がしている仕事、してきた業務は、私一人の事じゃない。
そこを否定するのは、私と一緒に、多くのプロジェクトに取り組み、成功、と言う結果を出す事に力を尽くしてくれた上司、同僚、部下の努力も無かった事にするのと同義だからだ。
いや、しかし、だからと言って、役員に選出して貰えるほどの功績を立てていないのも、これまた、事実じゃないだろうか。
役員になれる、それだけの仕事をした、と自信を持てない以上、この話に首を縦に振る事など、到底、できなかった。
(―――・・・まぁ、それは、ここに真由子さんが来ていなければ、の話だ)
良綱さんだけだったら、私は、断る姿勢を崩さなかった。
しかし、真由子さんがニコニコとして、「どうかしら、真宵くん」と意志を確認してきたら、断れる訳がなかった。
『くればやし』の社長と暮林家の当主は、皆が認めている、良綱さんである、と。
しかしながら、そんな男が嫁さんの尻に敷かれている、と言うのは、何も珍しくない、世の道理じゃなかろうか。
別段、真由子さんは、黒幕ぶって、『くればやし』を支配している訳ではない。
実際のところ、真由子さんは、『くればやし』の経営にはノータッチであり、暮林家の当主として励んでいる良綱さんのやり方に、文句も言ってはいない。
だが、それでも、良綱さんの手綱を取っているのは、真由子さんであり、そんな彼女に、私も頭が上がらないのである。
何せ、あの雪乃ですら、真由子さんに対しては、表立って逆らってはいなかった。
神すら恐れぬ、傲岸不遜な性格で、悪い意味で「我儘」だった雪乃は、良綱さんよりも、真由子さんをガチギレさせる事を恐れている節があり、悔しいが、私は雪乃の気持ちが理解できてしまえる。
良綱さんの威圧感を「重い」とするなら、真由子さんのそれは「鋭い」、と表現できるものだった。
どっちが上か、そこは決められないにしろ、私から「徹底抗戦」の意志をあっという間に削いでしまうのは、真由子さんが纏う威圧感の方だった。
真由子さんに、目で「請けるわよね、こんな良い話」と意志を確認されて尚、首を横に振る度胸は、私にあるはずがなかった。
(だって、真由子さん、涼子ちゃんに平気でお尻ペンペン出来ちゃう人だぜ)
涼子ちゃんの超高校生級の身体能力があれば、真由子さんから逃げる事など容易いはずなのに、やはり、涼子ちゃんもまた、真由子さんのオーラで動けなくなり、呆気なく捕まって、お尻が腫れ上がるまで叩かれてしまうくらいだ。
もう、私は首を縦に振るしかないが、ここで足掻きたくなるのは、安いプライドゆえか。
若輩者である私が、何の功績も無しに、役員として名を連ねる事に、嫌な顔をし、断固反対の姿勢を取る者は必ず、いるはずである。
そんな無茶を押し通そうとすれば、良綱さんを社長の座を蹴落としたい者らにとっては、格好の的、攻撃材料になってしまう。
私がそこを指摘すると、良綱さんは笑みに滲ませている苦々しい色を濃くし、真由子さんは、余計、ニッコニッコとなる。
まさか、既に手回しが済んでいるのか、と慌ててしまうが、その「まさか」だった。
先程、私が首を縦に振れば、即決定、と言っていたから、不安は覚えていたんだが、あまりにも仕事が迅速過ぎる。
そこが、良綱さんが、社長として有能な証明であり、私が尊敬している所ではあるが、今に限っては、恨み言も吐きたくなってしまうから、世は無情だ。
狼狽えながら、話を聞いた私は、ますます、言葉を失ってしまった。
驚く事に、私が、役員の一人に抜擢される事に対して、真っ先に、賛成の姿勢を示したのは、良綱さんと敵対し、また、布袋が尻尾を振っていた派閥だったらしい。
一体、何故、と訝しんだ私は、思わず、真由子さんに視線を向けてしまう。
良綱さんに劣らぬ勘の良さを持つ真由子さんは、私が抱いた疑念を察したのだろう、「私は何もしてないわよ」と首を横に振った。
例え、何かをしていた、としても、真由子さんは、何もしていない、と誤魔化すだろうが、この件に限っては、本当に、ノータッチらしい。
(いっそ、真由子さんが、良綱さん嫌いの人らに脅しをかけててくれてた方が、マシだったぜ、マジに)
何にせよ、反対派がおらず、完全に外堀が埋められてしまっている以上、私は歯軋りを漏らすしかなかった。
山と別荘だけでも、キャパオーバー寸前なのに、まさか、役員待遇になるなんて、予想外すぎた。
しかし、どうにもならない事は、どうにもならないのだ。
これは、諦め、逃げ、ではなく、前向き、そちらに考えを切り替えるだけ、と自分に言い聞かせた私は居住まいを正すと、良綱さんに頭を下げ、役員になる事を受け入れた。
「ありがとう、主宮君」
すんなりと、とは言い難いにしろ、結果として、私が首を縦に振った(振るしかなかった)ので、良綱さんはホッとしたようで、すぐに、扉の外にいた秘書の五十嵐さんに声を掛けて、病室を出た。
しばし、二人が病室の外で話し合う声が聞こえてくる。
「頑張ってね、真宵君」
この事態を楽しんでおり、なおかつ、私に何かを期待している真由子さんの笑顔に、私は嘆息してしまう。
(良綱さんが尻に敷かれる訳だ)
当然と言えば当然なのだが、この真由子さんは、良綱さんの母親である綱恵さんのお眼鏡に適い、結婚している。
これは、後で、良綱さんに訊いた事なのだが、真由子さんと結婚する事は、千里子からの手紙に書かれていなかったようだ。
知理子が、良綱さんの結婚相手を未来視しなかったのか、それとも、予知した上で、それを手紙に認めなかったのか、それは、今となっては解らぬ事だが、どうでも良い事でもある。
ある意味、社長になる、そのレールに乗る事が生まれた時から決まっていた良綱さんにとって、自分の嫁に真由子さんを選んだ、それを自分で決めたのが大事であり、誇りなのだから。
だからこそ、綱恵さんも、息子の決心を尊重して、真由子さんを、自分の義娘にする事を反対しなかったんだろう。
(それ自体は素晴らしい事だし、羨ましさも感じるけど、ほんと、真由子さんが、何を考えているのか、てんで読めないのが怖いんだよな)
良綱さんの気持ちを尊重している、それも大きいだろうが、ここまで、私を積極的に、召威巫之山の管理人かつ雑貨店の店主にしようとしている理由が、まるで推測できなかった。
(まぁ、良綱さんですら手玉に取られてるんだから、俺ごときが、この人の腹の中を見よう、なんてのは無理だわな)
ゴチャゴチャ考えるだけ無駄だな、と私が割り切る事にしたタイミングで、良綱さんが病室に入って来て、「順調に事は進んでいる」と告げてきた。
「あら、良かった」
真由子さんは花が咲くような笑顔を浮かべ、パンッと手を打った。
「これで、お金の問題は解決ね、真宵君。
お金はね、お金じゃ買えないモノを守るために必要なのよ」
「そうだな、金は多くても少なくても、トラブルの種になるが、生きる上では必要だ。
毎月、支払われる役員報酬があれば、返済が滞る事はまず、無いだろう」
無理のない返済計画を、私の為に設定してくれた良綱さんたちには、つくづく、私は頭が上がらなくなる。
「しかし、主宮君、今、君が集中すべきは、体を治す事だ。
こうやって、自分の力でベッドの縁に座れるようになっても、まだ、本調子には程遠い」
私が頷くと、真由子さんも同意する。
「そうね、召威巫之山は、そこまで登るのが大変な山じゃないけど、今の真宵君じゃ散歩も厳しいわ。
別荘の改装が終わるまで時間もかかるから、その間は、リハビリに専念するのが一番よ」
尤もな意見だったから、私は力強く頷いておく。
「しかし、改めて思うと凄いな、君の回復力は」
「確かに、そうよね。
お医者さん、顔が引き攣ってたわよ。
真宵君は、その時、まだ、目に包帯を巻いてたから見えなかっただろうけど」
衝撃の事実を可笑し気に告げてきた真由子さんに、良綱さんは苦笑を浮かべていた。
「バケモノってのは言い過ぎにしろ、ありえないモノを見るような目だったわよね?」
真由子さんに同意を求められた良綱さんは、「そうだな」と首肯する。
殊更に心外であるが、確かに、普通の人間であれば、一生寝たきりであるのが当然の大火傷を負ったにも関わらず、今や、自力で起き上がれ、ベッドの上で行えるモノで限定であるにしろ、リハビリが始められている。
当事者であると、バケモノ扱いされるのは不快ではあるにしろ、自分が、それほどの回復力を見せた者と遭遇したら、驚いてしまうのは容易に想像できるだけに、手術と治療を担当してくれている、お医者さんに文句は言えなかった。
しかし、やはり、普通の人間でしかない私を、特別な存在のように扱われるのは、至極遺憾なのも事実である。
(ここまで、体が快方に向かっているのも、やっぱり、あの夢が原因なんだろうな)
お医者さんたちの治療が完璧であり、病院食が美味く、ベッドも暮林家のそれに匹敵するほどに快適であるにしろ、それだけでは、この回復速度は、科学的に理由が説明できない。
そうなると、非科学的な事態が、私の肉体に起こっている、そう考えるのが、むしろ、自然だろう。
(未だに、内容を鮮明に思い出せないが、夢の中で、俺に誰かが謝罪しているのは覚えている)
どうして、あの夢を見ている事で、重傷者であった私が、こうも動けるまで回復しているのか、そこは到底、理解できない。
ただ、夢の中で必死に謝っている何者かが、私に何かをしているのだろう、と推測は出来る。
恐らく、私を回復させる事で何かをしたいのだろう、夢の中で謝っている何者かは。
何をさせたいのか、そこも、まるで思いつけないが、謝罪の言葉、それをしっかりと伝える為が最も有り得そうではあった。
私の怪我が完全に癒えて、日常生活に戻る事が出来た時、夢の中に出てくる者と会話が出来るようになる可能性は高そうである。
(普通なら、こんなオカしすぎる事は考えないが、今回の一件に、ガチの超能力者が絡んでいる、と知っちまった以上、そんな不思議な事が起きても、何ら、異常じゃない)
いずれ、夢の中で、件の相手と会話が実現したら、体を治してくれた事に感謝した上で、私の夢に出てきた理由を訊ねよう、と決心した私。
「でも、本当に、真宵君が、雑貨店の店主になってくれるのを了承してくれて嬉しいわ」
「まぁ、元の店主である熊田大和子さんとは、既に話が付いていてね、君が二代目になったら、好きな形で商売してくれて構わないそうだ。
村の皆が集まって、ダベる場所になっていたのは確かだが、君がその形を無理に継承する必要はない。
熊田さんが、長い間、その店を営んでいたからこそ、自然と、その形に落ち着いただけに過ぎないからね」
「そうよ、真宵君。
なって、と頼んだ手前、我儘かも知れないけど、アナタはアナタのカラーを存分に出してくれていいわ。
ぶっちゃけ、赤字になっても、何の問題もないわ」
(いや、それは大問題っすよ、真由子さん)
文具を主な商品としている大手メーカーに就職し、基本的には営業や発案などの業務に関わっており、自分で直に商品を売るのは門外漢ではあるにしろ、店を一つ任される以上は、儲けを出して、『くればやし』に貢献したい、と思うのは、別段、おかしい話でもないだろう。
改めて、気持ちが固まった私は、良綱さんと真由子さんに、深々と頭を下げ、宣言する。
「必ず、オ預かりした店を繁盛させます。
これから、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくオ願いイします」
まだ、顔の傷が引き攣って、上手く喋れないが、私はしっかりと気持ちを籠め、恩人二人に決意を示すのだった。
こうして、私は召威巫之山を譲られ、紅檎寺村に移住し、雇われ店主の立場に落ち着いたのである。
まぁ、この病室で感謝を表現した時点では、私は、自分の身に、とんでもない事が起こり、なおかつ、予想もしていなかった環境の変化、その中心になるとは、夢にも思っていなかった訳だが。




