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第十四話 私は元婚約者の父親から、山を譲り受ける決意を固める。

 時間も時間だから、涼子ちゃんが今、この病室に襲来・・する可能性は低いにしろ、良綱さんが多忙な身であるのは確かなのだから、さっさと真意を確認しておかねばならなかった。

 私がハンドサインで、謝罪の理由を、改めて訊ねると、良綱さんもハッとし、反省するように、額をピシャリと打った。


 「すまないな、主宮君。

 君も、まだ体の調子が芳しくないのに、ついつい、無駄話をして、脱線してしまった」


 私は、気にしないでください、と横に首を振る。


 「私が、君に謝ったのはな、君を助けられなかったからだ」

 (俺を助けられなかった?)


 申し訳なさそうな良綱さんの言葉に、私は心の中だけでなく、実際に首を傾げてしまう。

 その動作で、全身、特に、首元に負った火傷がズグンッと鋭い痛みを発し、私は思わず、包帯の下で顔を顰めたが、声は出さないようにした。


 (ちっ、まだ痛みはあるな。

 あの不思議な夢のおかげで、いくらかは楽になったが、安心はできねぇか)


 ここで、下手に呻き声を漏らすと、良綱さんに要らん心配をかけてしまうからだ。

 幸いと言って良いか、そこは微妙な気もするが、良綱さんは私への罪悪感で、いつもよりも注意力が散漫になっていたのか、私の我慢を見過ごしたようだった。

 ホッとしつつも、良綱さんが、そこまで、私に負い目を感じる理由が、やはり、察せない。

 悩んでも答えが出るとは思えないから、私は質問するしかなかった。

 一体、どういう事なのか、と。


 「さっきも話したが、知理子は、私の事も未来予知していた。

 全てを未来視してはいないようだが、それでも、大きなトラブルが起きそうな時は、事前に、私の手元に手紙が届くように、綱子によって手続きがされているらしい。

 そこは、やはり、創始者なんだろうな、そのシステムには、私たちも、まるで手が出せないようになっているようだ」


 苦々し気に感心する良綱さんに、私は苦笑で応えた。


 「私が謝罪したいのは、そこなんだよ、主宮君」


 (どこっすか、良綱さん)


 「今朝がた、私の手元に超特急で届けられた手紙には、良綱の次女の婚約者が大火傷を負う、と書かれていた。

 すぐに、君の事だ、と気付いたよ。

 元々、雪乃が君の事を気に入らず、嫌がらせをしている事は、私も把握はしていたから、事ある毎に、私はアイツに、君の妻になる自覚を持て、と注意はしていた。

 その所為で、君への当たりが、余計に酷くなかったから、注意を止めてしまったんだが、それが良くなかった。

 今更、後悔しても遅すぎるが、私がしっかりと雪乃の教育が出来ていれば、せめて、父親として真っ当に向き合っていれば、主宮君、君が、その怪我も含め、大火傷を負う事はなかったはずだ。

 本当に、申し訳なかった。

 君が、それほどの、人生を左右すると言っても大袈裟じゃない、重傷を負ってしまった以上、謝っても意味が無いのは百も承知だし、許してほしいわけじゃない。

 だが、せめて、謝らせてくれ」


 再び、いや、良綱さんは、これまで以上に、深々と頭を下げた。

 土下座をしなかったのは、それをすれば、私に心労をかける、と解っていたからだろう。


 (まぁ、良綱さんに頭を下げられてる時点で、ストレスがマッハで、胃に穴を開けそうだが)


 「主宮君も気付いていただろうが、常に、君は町田によって行動を確認されていた」


 私は、良綱さんの言葉に小さく頷き返す。

 雪乃との婚約が決定した時から、良綱さんは、密かに、私が見える場所に、腕の立つ側近さんを潜ませていた。

 普通であれば、婚約が決まったとは言え、愛娘に余計な手出しをさせないための監視なのだろうが、今回は逆だった。

 雪乃が、私との婚約をあからさまに嫌がっていたからこそ、私を自分の友人に襲わせ、亡き者にする可能性があったので、良綱さんはその事態を回避するために、護衛を用意してくれたんだろう。


 「まぁ、君の場合は、護衛は必要ない、自分の身は自分で守れるのは、私も解かってはいたが、雪乃が、君の『正当防衛』を理由に婚約を破棄する可能性もあった。

 だから、余計なお世話だろうとは思ったが、万が一の場合は、君を守るよう、町田に命令していたんだ」


 幸い、その「万が一の場合」は来なかった。

 町田さんは、あえて、雪乃が気付くように、私の護衛をしていたから、さすがのアイツも友人に、私を襲うよう、指示が出せなかったんだろう。

 町田さんは、私にバレないよう、護衛をしてくれていたから、表立って礼は言えなかったが、私は常に感謝の気持ちを持つようにしていた。

 当然、町田さんだけでなく、彦馬さんにも、私は気付いていた。

 なので、私は、一カ月前の事故から、私を見守ってくれていた彦馬さんにも礼を言いたいんですが、と良綱さんに告げたのだが、良綱さんは、これでもか、と言うほど、驚いた顔になる。


 「彦馬にも気付いていたのか、君は?」


 (やべっ、彦馬さんも、俺に気付かれないようにしてたんだっけ)


 確かに、気付かれない努力をしていた人に、お礼を言うのは、プライドを甚く傷付けてしまいそうだ。

 これは、後で聞いた話だが、彦馬さんは、良綱さん直属のSPの中でも、特に気配が薄く、なおかつ、気配を殺すのが得意な人で、彦馬さんが、その気になれば、隣に一時間近く、立たれていても、一切、そこにいる、と解らないらしい。

 それほどの「隠遁」に達するまで、彦馬さんは、相当、努力をしたはずだ。

 そんな努力の人が、他人と接するのが得意じゃないが故に気配を感知する能力が、人よりちょっと優れているだけの私に、護衛していた事を悟られていた、と知ったら、噴飯ものだろう。

 やっちまった、と落ち込む私に対し、良綱さんは咳払いをする。


 「安心しなさい、彦馬には言わないでおこう。

 まぁ、君なら、アイツに気付いていてもおかしくはないな」


 何やら、良綱さんに、怪物でも見るかのような視線を向けられている感じがするけど、気にしないでおく。


 「それでな、あの日も、私は君を護衛するよう、町田と彦馬に命じていた。

 朝、例の手紙を受け取り、内容を確認した時は仰天したが、二人を君の護衛を任せておいて良かった、と自分を褒めたくなったくらいだった。

 しかし、想定外の事態、と言うのは、自分が思っているよりも最悪の斜め上の時に発生するものだ、と私はこの年齢としになって思い知ったよ」


 その時の感情を思い出したのか、良綱さんは、そりゃ、もう、デカい溜息を吐いた。


 「町田から、彦馬が、大火傷を負った君を病院に連れて行った、と電話で言われた時は、人生で一番、血の気が引く音がデカく聞こえたくらいだ。

 主宮君、どうか、君を助けられなかったアイツらを責めないでやって欲しい」


 元々、町田さんと彦馬さんを責めるつもりは微塵も無い。

 恐らく、雪乃の生首を燃え盛る車の中から半狂乱になりながら持ち出し、大爆発に巻き込まれ、火達磨になりかけた私が、今、重傷で済んでいるのは、二人がその場で応急手当を施し、暮林家の力が及ぶ、この病院まで連れてきてくれたからだ。

 であれば、私が二人に文句など言えるはずがない。

 そもそも、私が、こんな大怪我を負ったのも、ほぼほぼ自業自得でしかないのだから、町田さんと彦馬さんに非が全くないのだ。


 (だが、気にはなる)


 責任を追及する気が無い、それは本心であるにしろ、もしも、あの場に二人が、私の護衛としていたのなら、間違いなく、私の愚行を全力で止めていたはずである。

 しかし、私は誰にも止められずに、爆発寸前の車に飛び込んで行った。

 つまり、町田さんと彦馬さんは、私の近くにいなかったのだろう。

 『くればやし』で働いている者は、私を含め、全員、トップである良綱さんに尊敬の念を持っている。

 色々とやらかしてはいたが、布袋も、心の片隅には、まだ、その念が残っていたはずだ。


 (まぁ、アイツの場合、どんだけ努力しようとも、良綱さんってデケェ壁を乗り越えられないって思い知ったから、その現実と向き合えなくなって、裏切るって行動に出ちまったのかもな)


 尊敬していたからこそ、時に、その心が裏返り、主に反旗を翻してしまう。

 つくづく、人の心と言うのは、複雑な作りをしているようで、単純にも出来ているな、と思いながら、私は町田さんと彦馬さんの顔を思い返した。

 二人が所属している側近隊も、もちろん、良綱さんの事を尊敬している。

 ただ、彼らの場合は、尊敬だけでなく、忠誠心もカンストしている、そんな印象を受けた。

 そんな町田さんと彦馬さんが、良綱さんに「守れ」と命じられたのなら、どこの馬の骨とも知れぬのに、良綱さん達に家族同然に可愛がられていた私に対し、内心で何を思っていたとしても、その命令を絶対に達成する。

 あの時、あの場に、彼らがいたのなら、私の代わりに、罪過の塊である雪乃を喰らうかのような業火に包まれている車に特攻していただろう。


 (だが、そうはならなかった。

 知理子の未来視は、ものの見事に的中しちまった訳だ)


 私が紅蓮の炎に舐られている車に飛び込む姿を、どうして、千里子が未来視したのか、そこは定かではないにしろ、やはり、彼女の予知能力は絶対に当たるようになっているらしい。

 好奇心が疼いてしまった私は、町田さんと彦馬さんのプライドを傷付けてしまう可能性を感じつつも、良綱さんに訊ねてしまう、あの時、二人はどこにいたのか、を。


 「気になって当然だな。

 町田と彦馬は、別々の場所にいたが、桃屋からの連絡で、君が雪乃に呼び出されたのを確認して、すぐに現地に向かおうとした。

 だが、町田は目の前でひったくりが起き、その犯人を取り押さえ、彦馬は私の命を狙っているD国のスパイを発見してしまい、そいつとの戦闘に突入し、現地に到着するのが遅れてしまったんだ。

 どうにか大急ぎで片付けて、二人が到着した瞬間に、君が燃える車から飛び出し、爆発が起こったらしい。

 すぐに、アイツらは君の治療を開始し、駆けつけた警察との交渉を行い、この病院に担ぎ込む手筈を整えたんだ」


 やはり、彼らがいなかったら、私はくたばっていたに違いない。

 改めて、胸の内で、町田さんと彦馬さんに感謝した私は、良綱さんに、二人に私の代わりに礼を言って欲しい、と頼んだ。

 出来れば、自分の口から、二人に、「ありがとうございました」と言いたいのだが、今、この状態である事を考えると、それは随分と先の事になってしまいそうである。

 なので、人の道に外れるのも承知で、私は良綱さんに伝言を頼むより他なかった。


 「もちろんだ」


 私の気持ちを汲んでくれた良綱さんは、任せなさい、と分厚い胸板をドンッと、デカい拳で叩く。

 その動作の後、良綱さんは、不意に「はぁ」と息を吐き、苦笑いを漏らした。


 (どうしたんだ?)


 どうかしたのか、そう訊ねると、良綱さんは頭を掻く。


 「いや、私が、君からの感謝を伝えれば、アイツらも少しは気が楽になるだろう、と思ってね」


 (やっぱ、二人とも、やらかしちまったって落ち込んでたのか)


 「あぁ、随分と気落ちしてるよ、二人とも」


 (そりゃ、そうだわなぁ)


 下手をしなくても、実の父親よりも尊敬しているであろう良綱さんからの「命令」を完遂出来なかったのだから、落ち込んでしまって当然だ。

 良綱さんも、二人が自己嫌悪のループから抜け出せない理由を察しているだけに、励まし辛さを感じていたのかもしれない。


 (でも、俺が感謝している事を伝えても、別に、元気にはならんと思うが)


 良綱さんなりに、私にも気を遣ってくれたのかもしれない。


 「まぁ、彦馬の方は、まだ、経験も豊富だからマシなんだが、町田の方が落ち込みようが酷くてね。

 主宮君も、町田と、少しは交流した事があるだろう?」


 良綱さんからの質問に、私は首を縦に振り返す。

 交流、と言っても、そんな大したものじゃなく、何度か、社員食堂の同じテーブルで昼食を共に食べ、最近、ハマっている漫画をお互いに話したくらいだ。

 自分の事を棚上げするのもアレだが、町田さんも、割と、コミュ障の気があるようで、そこまで話が弾んだ訳ではない。

 ただ、私も「面白い」と感じている漫画を、町田さんも読んでおり、推しのキャラや感動したシーンもほとんど同じだったので、悪い人ではない、そんな印象を私は抱いていた。

 その町田さんが、私の身を守れなかった=良綱さんの命令に従えなかった事で、落ち込んでいると聞いたら、私も心配になってしまう。

 人間関係を築くのは苦手であるにしろ、私にだって、それくらいの心情はちゃんとある。


 「なら、君も知っているだろうが、町田は、ちょっと古風な感覚を持っているだろ」


 確かに、それは私も感じていた。

 

 (古風っつーか、規律を重んじる侍っぽいよな、町田さん)


 見た目は、どちらかと言えば、チャラい感じで、良綱さんの専属護衛、と言われても、「本当に!?」と疑ってしまうくらいだ。

 しかし、その外見は、町田さんなりの「心を守る鎧」らしく、実際は、先程も言った通り、コミュ障な人間である。

 軽薄さを醸している容姿から想像できないほど、厳格な気質で、人の道を外れる事を何よりも嫌う性質なので、そこを知ると、良綱さんの専属護衛である事にも納得できるのだ。

 そんな町田さんが、やらかしたミスで落ち込んでいるとなると、思い込み過ぎていないか、そこが心配になる私だが、やはり、的中していたらしい。


 「君を病院に担ぎ込んだ後、私の元へ彦馬と一緒に報告に来たのは良いんだが、君を守れなかった責任を、その場で取ろうとしてね」


 (まさか、辞表を書いたのか?)


 そう、私は思ったんだが、町田さんの取った行動は、私の予想を超えていた。


 「頭でっかちと言うか、思い込み過ぎる節があるとは解っていたが、まさか、あの場で腹を切ろうとするなんて思わなかったよ」


 「!?」


 あまりの事実に驚いた私は喋れない状態であるのも忘れ、つい、「はぁ!?」と言ってしまいそうになり、体が激痛に貫かれ、しばし呻くのを堪えねばならなかった。


 (いくら、ちょっと侍じみた性格をしてるからって、切腹って発想になるか、普通)


 呆れはしたが、町田さんらしいな、と納得してしまう自分も、確かにいた。

 町田さんの場合、やらかそうとしても、何ら不思議じゃないのだ。


 (マジに腹を切っちまったのか、町田さん)


 何とか痛みが引いた私が質問するより先に、良綱さんは首を横に振った。


 「安心しなさい。

 町田は腹を切ってない」


 その言葉に、私はホッとする。

 しかし、良綱さんの続いた言葉に、思わず、表情が固まってしまった。


 「まぁ、腹を切ろうとするのを止めるために、五十嵐が頭に踵落としをかましたから、デカいタンコブは出来てしまったが」


 脳天に踵落としが決まった際の痛みを想像してしまい、私は包帯の下で顔を顰めてしまう。


 (五十嵐さん、そこは拳骨じゃないっすか)


 良綱さんの第二秘書であり、社内の者から憧憬と畏敬の念が籠った「鋼鉄の女巨人」と呼ばれるほどの高身長で、なおかつ、女子格闘家としても活躍していたらしい五十嵐いがらし受理愛じゅりあさん。

 そんな五十嵐さんの繰り出す踵落としを喰らったら、そりゃ、普段から鍛えている町田さんだって、昏倒は免れまい。


 (むしろ、鍛えていたからこそ、頭にデケェ瘤が出来たくらいで済んだのか)


 町田さんの暴挙を、文字通り、力技で止めてくれた五十嵐さんに感謝した私は、改めて、良綱さんに、町田さんに罰を与えないでほしい、と頼む。


 「当然だ。

 確かに、町田と彦馬は、君の護衛を果たせなかった。

 しかし、あの場にいたにも関わらず、炎の中に飛び込もうとした君を止められなかったならまだしも、現場に駆け付けられなかった事情が、人助けであった以上、二人を罰したら、恥をかくのは私の方だ」


 町田さんと彦馬さんが叱責されない事になり、私はまた、安堵する。


 「まぁ、仮に、二人があの場にいたとしても、君を二人だけで止められたか、そこは微妙だがね。

 君を、誰かから守る、それならば、二人にとって、難しい事じゃないが、欠点が表に露出した君がバカをやらかそうとしている時、たった二人で君を止めるのは、ちょっと厳しいだろう。

 五十嵐も、その場にいたら、君を気絶させられただろうがな。

 町田と彦馬だけだと、君の両手足、どちらかを折らねば、君を止められなかったはずだ」


 その言い様に、私は憮然とするしかない。

 良綱さんは、私を何だと思っているんだろうか。

 私は、ただの会社員でしかない。

 さすがに、良綱さんを守る事を任務としている猛者二人を薙ぎ倒せるほどの実力は有していないのだが。

 

 (バケモノ扱いされちまうのは、さすがに傷つくぜ)


 私が包帯の下で頬を膨らませている事に気付いたのか、良綱さんは苦笑いを漏らす。


 「やれやれ、本当に、君は色々な意味で自己評価が低すぎるな。

 まぁ、今は、そこはどうでも良い話だ。

 主宮君、君は、さっき、どうして、私が頻りに謝るのか、訊いてきたね」


 不機嫌さを引っ込めた私が頷き返すと、良綱さんは「くどいようだが、私は君を守れなかった」と、重々しい声で告げる。


 「町田と彦馬、腕利き二人を護衛に付けていれば、何が起きても大丈夫だ、と油断してしまった。

 知理子の未来予知、それが絶対に的中する事が解っていた以上、もっと、警戒すべきだったんだ、私は。

 君を、私が家族の一員として迎え入れる事を決心していた以上は、君の行く末も、千里子が未来視していたとしても、おかしくはなかった。

 そこに考えが到らず、しかも、君がやらかしてしまうタイプである、と解っていたにも関わらず、見通しが甘かったんだ」


 苦し気に言葉を紡ぐ良綱さんは、つくづく、己の慢心を悔いているようだった。


 (いや、でも、良綱さんは悪くないでしょ)


 私はそう思ったが、良綱さんにそれを言うのは憚られた。

 良綱さんは、心の底から、自分が決断を誤った事を後悔しているのだから、怪我をした私が、「貴方は悪くない」と言った所で、その罪悪感は消えたりしないだろう。

 だから、私がすべきは、良綱さんの謝罪を、黙って受け入れる事、それだけだった。


 (許す、そんなのは烏滸がましい発想かもしれんが・・・)


 そして、私が、良綱さんの罪悪感を払拭すべく出来る、起こすべき行動は、一つだけのようである。

 良綱さん、と言うよりも、千里子に誘導されている感もある、正直に言えば。

 しかし、それしかない、と解っている以上、この期に及んで、他の道を探すのはバカバカしい。

 もちろん、自殺や殺人、その選択を推奨する気はない。

 殺人はともかくとして、自殺はダメだ、と私は思う。

 良綱さんに指摘された通り、「自己肯定感」、人間が普通に生きていく上で必要なコレが、他の人よりも働きが鈍いのかもな、と思っている私でも、自殺は選択できないし、それを選択しようとしている人がいるなら、一応は思い止まるように説得はする。

 

 (綺麗事だ、と追い詰められた奴等には怒鳴り返されるが、人間、生きるか死ぬか、になったら、その二択じゃなくて、「どう生きていくか」を考えるべきなんだよな)


 生きていく、そっちに舵を切れば、自分の身の振り方、苦労はするが、どうにかこうにか歩ける道が何本か、は目の前に見えてくるものだ。

 私は、自分が、ダメな奴だ、と思うからこそ、死のう、死にたい、じゃなく、こんな自分を、せめて、私だけでも好きでいられるように頑張ってみよう、と事ある毎に言い聞かせている。

 冷酷つめたい言い方に捉えられるかも知れないが、死んだ家族に悪いから、と思っている訳ではない。

 死者は何も考えないだろうから、家族も私が自殺をした所で何も思うまい。

 だから、私は、どれほどキツくても、自己嫌悪に苛まれても、生きたいって浅ましい欲望を手離さず、泥臭くても困難に抗って行こう、と決めているのだ。

 雪乃が、私を侮蔑する感情を隠さなかったのも、そんな生への執着が一因だったのかも知れない。


 (人間、くたばっちまう時は、どうしたって、逝っちまう。

 今回、何だかんだで死なずに済んだのも、俺に、その時が来てないって証左かね)


 町田さんと彦馬さんが、私がいた場所に辿り着くのが遅れたのは、千里子が予視た、運命の強制力によるものだとするならば、私の人生に終止符エンドマークが打ち込まれなかったのも、やはり、運命の強制力が働いた結果に違いなかった。

 であれば、やはり、私は、良綱さんの心を圧している罪の意識をわずかでも取り除くためにも、山を譲り受ける、それを了承すべきなのだろう。

 良綱さんが、次女と婚約していたとは言え(まぁ、一方的に、その次女から婚約破棄を叩きつけられてはいるが)、一介の社員でしかない私なんかに、ここまで真剣に謝罪を重ねてくる理由と、私に山を譲りたい、と告げた理由に関しても、理解と納得には到れた。

 しかし、それはそれ、これはこれ、だ。

 山、確か、召威巫之山って名前だったか、を良綱さん、正確に言えば、暮林家から譲り受ける、それに関しては受け入れる、の一択しかない。


 (でも、さすがに、無償で貰うのは違うだろ、俺)


 譲って貰う、じゃなく、購入させて貰う、そこは私も譲る気は無かった。

 私の貯蓄額など、暮林一族の財産や山の資産価値に比べたら、いや、比べるのも失礼なレベルだろう。

 しかし、そうであったとしても、無料タダほど怖いものはない、なおかつ、親しい者相手だからこそ公平かつ正確な契約は必須、それを社会人として学んでいる私としては、山を一円も払わずに自分のモノにする、なんて受け入れられる現実じゃない。

 良綱さんは、所有している山の一つくらいを惜しむようなケチ臭い男じゃない。

 だからこそ、千里子からの手紙も含めて、主宮君に山をる、と決めているのなら、私に山をくれるだろう。

 良綱さんが、私の手術費、入院費、また、リハビリや社会復帰に要する大金を支払うつもりなのは、火炎を見るよりも明らかだ。

 

 (なおさら、端金はしたがねであっても、山の購入代を出さなきゃ、俺はクソ野郎すぎる)


 自分が自分で嫌いになるし、涼子ちゃんにも見下されてしまうに違いなかった。


 (千里子が、どうして、俺が良綱さんに山を譲られる未来を視たのか、それは解らない)


 ただ、何故か、その召威巫之山で暮らせば、その理由が判明するんじゃないか、と私は確信めいたものを持っていた。

 

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