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第十三話 私は、元婚約者の父親から、末娘をどう思っているか、問われる。

 「本当にすまなかった」


 何度も、良綱さんは、両の膝に手を当て、深々と頭を下げ、私に真摯な謝罪を繰り返してくる。

 さすがに、私も怒りや苛立ちは覚えないにしろ、納得がいかないので、何に対しての謝罪なのか、を良綱さん相手に、やや強めに問い質してしまう。


 「それは当然だな」


 申し訳なさそうに、ようやく、頭を上げてくれた良綱さんに、私はもう一度だけ問うた、貴方は一体、何を謝りたいのか、と。


 「これは言い訳に過ぎないが、昨日は、涼子がいたからね、君に、本当の事を言えなかった」


 まさか、ここで、涼子ちゃんの名が出てくるとは思わなかったので、私は戸惑ってしまう。


 「涼子がこれを知ったら、きっと、怒髪天と化して、話が碌に進まなかっただろう?」


 あえてなのか、暢気に笑う良綱さんが手に持っている手紙をヒラヒラと揺らしながら発した言葉に、私は「確かに」と首肯するしかなかった。


 「親の贔屓目だ、と小馬鹿にされてしまうだろうが、涼子は悪い子じゃないんだよ。

 ちょっと勉強は苦手だが、そこを克服する努力は手を抜かないし、太陽のように明るく、常に人を笑顔にする事を考えているし、運動神経も抜群の人気者だ」


 (そりゃ、雪乃と比べるのも失礼なくらい、良い子だよな、涼子ちゃんは)


 「しかし、どうにも、涼子は、君の事になると、普段よりも冷静じゃいられなくなる」


 良綱さんの言葉には、私も同意するしかない。

 確かに、涼子ちゃんは、私の事で、怒りの感情を最も露わにしている。

 いつも、ニコニコとしている天真爛漫な美少女なので、怒っている顔も、レア度が高い意味合いも含め、可愛らしいな、とは思っていた、私は。

 しかし、どうして、涼子ちゃんが、私が理由で怒るのか、そこはよく理解わからない。

 普通の人が、ちょっと頑張れば出来るようになる事を、何倍も努力しないと修得できない私の愚鈍さに、涼子ちゃんが、雪乃のように苛立つなら、まだ、理解も及ぶ。

 これまで、私と関わってきた多くの人が、雪乃と同じく、私の無能さに対して、不満を覚え、それをぶつけてきたからだ。

 役立たず、と私を罵らなかったのは、それこそ、絵間さんくらいだった。


 (まぁ、絵間さんは、違ったモノを、俺にぶつけようとしてきてたが・・・)


 しかし、涼子ちゃんは違った。

 正確に言うと、雪乃以外の、暮林家の皆さんが、私の人間力の低能ひくさに不快感を剥き出しにしないのだが、涼子ちゃんは、良綱さん達と違い、怒りをハッキリと表に出していた。

 彼女が、怒りの矛先を向けていたのは、いつでも、私じゃなく、私を見下す人たちだった。


 (いや、涼子ちゃんの怒りは、俺にも向けられていたか)


 ただ、その怒りは、私が周りがぶつけてくる悪意に抵抗の意志を示さない、そこに対して、だった。


 「こう言ってしまうと何だが、涼子が君に怒りをぶつけたくなるのも、私は理解できるよ」


 唐突に、良綱さんが涼子ちゃんの肩を持ったので、私はビックリしてしまい、言葉も出なくなる。

 まぁ、そもそも、今、私は声が出せないコンディションな訳だが。


 (それに、良綱さんは、最初から、涼子ちゃんの絶対的な味方なんだし、おかしくもないか)


 しかし、涼子ちゃんが私を怒る理由に察しが付く、と言われてしまうのは、私としても、戸惑いを覚えてしまう。

 私が、自分が涼子ちゃんを怒らせている理由に思い至っていない現状を肌に感じてか、良綱さんは「やはりな」と苦い笑いを浮かべた。


 「昨日も注意したが、主宮君、君の短所、いや、もう、この際だから、ハッキリと言ってしまうが、悪癖は、自己肯定感の低さだぞ。

 元来の性質なのか、家族をあの大災害で喪ってしまった弊害なのか、そこは、私にも判断は付かないが、それにしたって、君は、もう少し、自分の努力を認めて、自分に生きている価値がある事を自覚しなさい」


 想定外の内容の苦言に、私はリアクションが取れなかった。


 「君は、どうにも、私達も含め、他人と関わる際、薄いが明確な壁を張っているだろう」


 (ッッッッ)


 「親しくなった者が、自分を裏切る、もしくは、理不尽な死によって消えてしまう、それを心の底で危惧しているために、ほぼ無意識に、自分の心を守るために、そんな習性が身に付いてしまったんだろう。

 君の心の傷を抉る気はないが、やはり、ご家族とのあんな別れが原因だろうな」


 申し訳なさそうに、しかし、こうも、ハッキリと指摘されてしまうと、私としては文句も言えない。


 「だが、それでいて、君は、目の前で誰かが困っていると、躊躇いなく、救いの手を差し伸べてしまう。

 その点自体は、君の長所であり、私は尊敬している」


 良綱さんほどの大人物に、尊敬を向けられるのは心地良い。

 まぁ、こんな状況じゃなければ、私も素直に喜びを露わにする事も可能だっただろう。


 「だからこそ、私、いや、私達は、君のそういう所を危うい、と前々から懸念していたんだよ」


 おもむろに、私の耳が、「トントン」、そんな音を拾う。

 何の音か、と思ったが、私は、すぐに、良綱さんが自身の右頬を指先で幾度か小突いた音だ、と気付き、口の中に苦味が広がってしまった。

 良綱さんが、そんな行動を取った理由が理解わかってしまったからだ。

 自然と、私がぎこちない動きで、私の右頬に触れたのを見て、良綱さんは、隠すことなく、溜息を強めに吐いた。


 「君が、その怪我を負ったのは、君が雪乃に婚約破棄を叩きつけられた、あの日の一カ月前だったかな」


 小さく頷き返した私をジッと見て、良綱さんは、やっぱり、大きな溜息を溢す。


 「酔っ払い運転のトラックから、女の子を救う、なんてのは、誰にでも出来る事じゃない。

 そんな重傷を負ってまで、何の面識もない、少女を救った君は、紛れもない英雄だ。

 目立ちたくないから、マスコミを抑えてほしい、と君から珍しく頼まれた時は、正直、歯痒かったよ。

 私の部下、いや、義理の息子になる男は、こんなにも勇敢で良い奴なんだぞ、とアピールできる、絶好のチャンスだったからね」


 聞きようによっては、良綱さんの、この言葉は賞賛だろう。

 もちろん、良綱さんも、そのつもりで言っている・・・ただし、半分だけ、だ。

 残りの半分には、責める色味が滲んでいた。

 良綱さんとしては、助けた私も、助けられた女子小学生も責める気は皆無なのだ。

 実際、責められるべきは、酒を飲んだ状態で車を運転していた者だ。

 胸骨が折れた運転者は救急車で病院に運ばれ、その後、逮捕された、とニュースで見て、私はホッとした。

 良綱さんが、運転手に報復しないだろうか、とヒヤヒヤしていたからだ。

 しかし、良綱さんとしては堪えきれないらしい、私に文句を言いたい気持ちを。


 「その上で、あえて、ハッキリ言ってしまうが、あの状況で、君があの少女を救う必要はあったのか?

 確かに、君が身を挺して庇わなかったら、あの少女はトラックに轢かれていた可能性もあった。

 だが、あの場には、君以外にも、人はいたし、そもそも、トラックが彼女を撥ねない可能性も有り得たんだろう?

 どうして、あんな無茶をして、あの女の子を君は救ったんだ?

 死ななかったから良いって話じゃないだろう、顔にそれほどまでの傷を負ってしまったんだから」


 良綱さんは、先程、自身の右頬をトントンと軽く叩いた指の先を、私にビシッと向けてきた。


 (どうして、あの女の子を救ったか・・・どうしてなんだろうな)


 正直、自分でもハッキリと解っていなかったから、私は「解らないです」と答えた上で、説明を続ける。


 (あえて、それっぽい理由を挙げるのであれば、妹の、珊瑚の姿が、ボール遊びをしていた、あのお嬢ちゃんに重なったから、だろうな)


 この世に生まれる事が出来ず、母の胎の中にいる時、あの大災害で「死んだ」、私の妹・珊瑚。

 誕生できなかったからこそ、私は時おり、近所などで見かける多くの女の子に、珊瑚の姿を被せてしまう時があった。

 珊瑚も、こうやって、楽しい毎日を送っていたかも知れない、そう思うと、胸が張り裂けそうな痛みに襲われるのは解りきっているのに、私は、それを止められなかった。

 だから、あの女の子に蛇行しているトラックが迫ったのを見た刹那に、体が動いてしまっていたのだ。

 確かに、良綱さんが今、指摘した通り、私が助けようとしなくても、あの少女を私以外の誰かが救っていたかも知れないし、トラックがあの少女に突っ込まなかった可能性もあった。

 

 (良綱さん、すいません。

 俺、やり方は悪かったって反省はしてますけど、あの女の子を助けた事は後悔してないんすよ)


 少女を胸の中に抱え、その場から全力疾走した私は、トラックが民家へ派手に突っ込んだ瞬間に、爆発する、と直感し、自分の身体を盾にした。

 幸いと言って良いか、そこは微妙だが、私と少女は爆炎に飲まれず、飛んできた大きな破片に直撃されずに済んだ。

 まぁ、小さい破片は私の顔を高速で掠め、それなりに大きい傷を刻んでいったけれど。


 (あの女の子にトラウマを植え付けちまったのなら、申し訳ない事をしたな)


 良綱さん達が、軽傷者に含まれないような無茶をした私に対し、怒りを滲ませる理由も、私だって承知はしている。

 良綱さん達は、バカをやらかしてばかりの私を、心から心配してくれているのだ。

 だから、私が、その無謀な行動で怪我をすれば、本気で怒ってくれる。

 その優しさが解らぬほど、私も愚かではない。

 だけれども、私は体が動いてしまうのだ。

 これは、もはや、業なのだろう。

 もしくは、家族があんな死に方をしたにも関わらず、まだ生きている私への罰なのかも知れない。


 「やはりな」


 私が、あの時、女の子を救ったのは、妹の珊瑚の姿が重なってしまったから、理由を答えると、良綱さんは渋面を浮かべた。

 やはり、良綱さんは、何となく、察していたらしい。

 だからこそ、私に何と言うべきか、迷っているようだったが、ここは、自分が言わねばならない、と判断したのか、良綱さんは苦み走った表情のまま、その言葉をハッキリと口にした。


 「主宮君、君が、どれほど、自分の犠牲を構わず、他人を助けたところで、君の妹は蘇ったりしないんだぞ。

 君が傷付けば、ご家族が悲しむ、なんて安っぽい事を言うつもりはない。

 ただな、今、ここで生きている君が、自分の限界を超えた無茶をして怪我をした時、私達はそれが悲しいし、そんな君を叱りたくなるんだ」


 それを指摘してきたのが、良綱さん以外の者だったなら、私ですら、逆上していたに違いない。

 良綱さんに言われるからこそ、この注意は、相当に効いた、私に。


 「危険な状態にある他人を見捨てろ、それは、さすがに、私も言えない。

 だがな、君自身が大怪我をしてしまうような助け方は止めるんだ、主宮君。

 君よりも先に、私達の寿命の方が尽きてしまいそうだ」


 すいません、と思わず、頭を下げてしまう私だった。


 「まぁ、こう言っちゃ何だが、私は、もう、主宮君のそれは、一周回って、誰も持っていない、君だけの武器だな、と半ば諦め気味に思えているが、涼子の方は、そうもいかないようでね」


 まさか、ここで涼子ちゃんの名が挙げられるとは思っていなかったから、私は、あからまに動揺してしまう。

 そんな醜態を晒してしまった私を笑いはせず、良綱さんは「気持ちは解かるが、困ったよ」と苦笑いを浮かべて、両肩を大きく竦めた。


 「雪乃が、君に婚約破棄を叩きつけたのは、私達と君の仲が良い事に嫉妬し、なおかつ、私への嫌がらせだろう」


 (やっぱり、良綱さんも、そこには気付いていたんだな)


 むしろ、雪乃の歪んだ人間性を知っている者なら、少し考えれば、その結論に到れるから、父親である良綱さんが、そこに気付いていなかったら、マズいくらいだった。


 「ただ、あのタイミングで、雪乃が動いたのは、やはり、君が少女を助けた時、その傷を負ったからだろう、と私は推測している」


 良綱さんの指摘に、私は再び、自分の右頬に手をやった。


 「君を傷付ける気は毛頭ないんだが、雪乃は元々、君の顔を嫌っていたからな。

 私としては『名誉の負傷』と讃えたいくらいが、対外的に見れば、酷い傷を負った事で、雪乃の我慢も限界だったのかも知れない。

 もちろん、雪乃が、その傷を理由に、私へ婚約破棄を訴えて来ても、私は、にべもなく、却下しただろうがね」


 人に散々、我慢を強いておきながら、その程度で、耐えられなくなるなど、ふざけているにも程があるのだが、怒りをぶつけたい相手が、とっくにくたばってしまっているので、私としては下唇を噛み締めるしかなかった。


 「ただ、雪乃の肩を持つつもりは、毛頭ないんだが、主宮君、君はもう少し、自重すべきだな」


 「!?」


 「怪我をするような事をしないのも当然の話だが、怪我を負ったなら、その時くらいは、自分を労わりなさい。

 君が、その頬の傷を負って入院した次の日だったか、路亜ロアカンパニーと契約の詰めをしたのは。

 さしもの私もビックリしたぞ、文月ふみつき社長から、手術をして、入院しているはずの君が口元の包帯を真っ赤に染めた状態で会社に来た、と電話があった時は」


 良綱さんの言葉に、私は、ただただ、ベッドの上で身を縮ませるしかない。

 あの時、プロジェクトチームの一員であり、後輩でもある奥坂さんが、私の代わりに、文月社長に、締約する契約の最終調整についての説明を引き受けてくれた。

 だが、奥坂さんが私をサポートしてくれたからこそ、契約締結までこぎつけられた、このプロジェクトを、最後の最後で頓挫させる訳にはいかない、と私は心中、穏やかじゃなく、とてもじゃないが、ベッドの上で大人しくはしていられなかった。

 頬の痛みを抑えてくれていた麻酔が、移動中に切れて、怪我を負った時以上の激痛に襲われた。

 しかも、無茶をした所為で、傷口も広がり、血が包帯に染み込んでいき、私はフラつきながら、路亜カンパニーに向かい、受付に辿り着いた瞬間に、絶叫された。


 (そりゃ、そうだよなぁ。

 俺だって、顔の、目から下を、包帯でグルグル巻きにされてて、その上、包帯が真っ赤に変色している奴が会社に入ってきたら、腰を抜かしちまうわ)


 もっとも、その時の私は、自分がどのような状態か、自覚する余裕も失っていた。

 白目を剥いて引っ繰り返ってしまった受付嬢を、その場に放置し、私は半ばゾンビのように緩慢な足取りで、奥坂さんと文月社長がいるであろう、会議室を目指した。

 受付嬢の悲鳴は、奥の会議室まで届いていたらしく、奥坂さんと文月さんは廊下まで出てきており、意識をほぼ手離しかけていた私と、途中でばったり遭遇した訳である。

 中規模のプロジェクトに参加する事を、前上部長からOKされるだけの経験を、『くればやし』に入社してから積み、胆力も備わってきたとは言え、やはり、奥坂さんも30歳になるまで、あと二年の女性だ。

 スプラッタ映画に出てくるような見た目の私と目が合った瞬間に、声も出せずに、その場に崩れ落ちてしまった。


 (あの後、漏らさなかった自分を褒めたいくらいですよって、文句を言われたんだよな)


 「災い転じて福となすと言うのもズレているだろうが、君のその無茶で、文月社長は、随分と、君を気に入って、『くればやし』に有利な条件で契約を結んでくれたから良かったが、正直、私は、君を怒鳴ってやろうか、と思ったよ」


 すいません、と今度は私が頭を下げる。


 「あの無茶で、傷が酷い裂け方をして、手の施しようがなくなったんだろう?」


 コクリと頷いた私に、良綱さんは再び、溜息を重々しく吐いた。


 「雪乃は、ますます、君を、醜い、と罵るようになっただろう。

 何がキッカケかは解らないんだが、涼子は、アイツが、その傷を理由に婚約破棄をしようとしていたのに気付いたらしくてね」


 「!!」


 「さすがに、雪乃の遺影を蹴り飛ばしはしなかったが、もし、涼子が、雪乃が君に婚約破棄を叩きつけた場にいたら、何の躊躇いもなく、雪乃と布袋くんを蹴り殺していたな」


 涼子ならる、と断言しきった良綱さんに、私は反応に困ってしまったが、まぁ、同意は出来た。

 何故か、私にやたら懐いてくれている涼子ちゃんは、私を毛嫌いしていた雪乃と、前よりも険悪な姉妹仲になっていたらしい。

 私は知らなかったのだが、一度、涼子ちゃんは、私をこき使う雪乃にマヂギレしたらしい。

 もしも、執事さんやメイドさん達が総出で、雪乃の部屋へ殴り込みをかまそうとしていた涼子ちゃんを止めなかったら、確実に、暮林邸では惨劇が発生していたに違いなかった。

 身体能力がモンスター級である涼子ちゃんの、フィジカル任せの攻撃、それ自体も危険ではあるが、雪乃も雪乃で、そう簡単にやられたりはしなかったはずだ。

 理由は何であれ、妹が姉である自分に逆らうだけじゃなく、喧嘩まで売ってきたとなったら、雪乃は何の躊躇いもなく、凶器で攻撃するだろう。

 涼子ちゃんが雪乃をブッ飛ばす可能性が圧倒的に高かっただろうが、雪乃が改造したスタンガンで、涼子ちゃんを動けなくし、ナイフでめった刺しにしていた確率も、1%くらいはあったはずだ。

 苺さんから、涼子ちゃんと雪乃が自室謹慎を、良綱さんから言い渡された顛末を聞かされ、私は思わず、頭を抱えてしまったくらいである。

 二人して嫌がるだろうが、やはり、姉妹であり、良綱さんの血が流れているな、と思う出来事だった。

 何にせよ、涼子ちゃんには、もうちょっと、自制心を持って貰いたいものである。


 (まぁ、そもそも、俺が涼子ちゃんを怒らせるような事をしてばっかりなのが良くないんだろうけどな)


 それでも、やはり、スポーツ選手として輝かしい未来が約束されている涼子ちゃんには、私みたいな凡人が理由で、道を踏み外してほしくないのだ。

 改めて、涼子ちゃんとは、今の内に、雪乃に婚約破棄を叩きつけられた事で、暮林家との関わりが断たれている現状だからこそ、距離を離しておくべきなのかもしれない、そう、私が心中で考えた時だった、良綱さんが妙に畏まって、「主宮君」と呼び掛けてきたのは。


 「?」


 「今が最適なタイミングと言って良いかは解らんが、一つ、訊いていいかね?」


 若干、こちらとしては身構えてしまうが、現在進行形でお世話になっている良綱さんを無碍にも出来ないので、私としては、躊躇いがちに首を縦に振った。


 「回りくどい聞き方をしても仕方がないから、ハッキリ訊ねるが、主宮君、君は涼子の事を、涼子も妹のように思っているのかね?」


 (いや、涼子ちゃんの方が、俺の事を、『真宵お兄ちゃん』呼びしてるんですけど)


 多分、良綱さんも、その点も承知の上で、この質問をしてきているんだろうか。


 「今、ここには、君と私しかいない。

 正直な気持ちを教えてほしい」


 しばし悩んだ私は、良綱さんはチラリと見た。


 「一人の父親として、涼子には言わない、と約束しよう」


 涼子ちゃんを説得しきれなかった良綱さんの言葉を信用して良いのか、と悩んでしまうが、誤魔化しても仕方ない。

 とりあえず、真っ先に、私が、涼子ちゃんに、妹・珊瑚が無事に生まれ、健やかに育っていたら有り得たかもしれない姿を重ねていない事を、良綱さんに伝えておく。

 もう、ほとんど、記憶もおぼろげだし、父と母を事細かに知っている親戚も亡くなっているから、適当な事は言えないにしろ、両親も私と似たような気質だったようだ。


 (いや、俺が父さんと母さんに似てるのか、普通に考えれば)


 なので、もし、珊瑚が誕生していたとしても、涼子ちゃんのように、天真爛漫を地で突き進む性格にはならなかったんじゃないだろうか。

 もちろん、私達と違う性質になる可能性もあったにはあっただろうが、それにしたって、涼子ちゃんのような、スポーツ万能の美少女に育ったか、そこを想像すると、どうにも思い浮かばない。

 私の記憶に刻みつけられた「涼子ちゃん」が、珊瑚がそうなった姿を想像するのを邪魔するのもあるにしろ、やはり、両親の才気を考えると、珊瑚が美少女になるのは有り得るにしたって、運動神経抜群になるとは思えなかった。

 

 (二人とも、どんくさいとまでは言わんにしろ、体育の成績は良くなかったらしいしな)


 斯く言う私も、体育の成績で、十段階評価で7以上は貰った事がない。

 筋トレをしたり、走り込んだり、などで汗をかいて、自分の身体能力を向上させる、基礎的な努力を重ねるのは、そこまで苦痛に感じないし、スポーツに参加する事にも抵抗はない。

 ただ、チームメイトと上手くやれるか、となったら、そこは微妙なのである。

 リレーくらいなら、まだどうにかなるのだが、団体で行う球技となると、どうにも、私は馴染めなかった。

 バスケやサッカーと言った、仲間との絆が問われるパスが重要になってくる、と言っても過言ではない競技は、特にパッとしなかったのだ。

 自分で言うのも何だが、シュートは、まぁ、割と入る方だった。

 目立ってしまうのが嫌ではあるが、アリウープもやろうと思えば出来ない事もなかったし、外からシュートを打っても、五本に一本くらいしか外さなかった。

 しかし、パスを受けるのは兎も角として、出すのが下手糞だった。

 俺にパスだ、と複数人から言われてしまうと、どっちにパスすればいい、と即座に判断が出来なくなってしまう。

 いや、戦略的に見れば、勝利に繋がる方にパスをすればいい、と頭では理解し、どちらにパスを出すのが正解か、そこも判断自体は出来ていた。

 しかし、つい、その時、パスを出さなかった方に、後で文句を言われてしまうんじゃないか、と危惧してしまうタイプだった、私は。

 その所為で、思わず、動きが悪くなってしまい、パスをカットされてしまう事が頻繁にあり、余計に、周りから、使えない奴、と判断され、白い目で見られてしまう事が多かったのである。


 (そう考えると、俺を反面教師にして、珊瑚が集団競技は得意になってたかもしれねぇな)


 しかし、やはり、涼子ちゃんを妹扱いをしていても、珊瑚の姿を重ねていたか、と聞かれたら、私としては否である。

 そこは、ハッキリ言い切れた。

 理由は色々とあるにしろ、一番、大きいのは、私の想像力の欠如か。

 もしも、あの大災害が発生きる以前に珊瑚が生まれていて、死別わかれた時に、小学生くらいまで成長していたのなら、珊瑚が女子高校生になった姿もイメージしやすかったかも知れないが、何せ、珊瑚は母の胎の中にいたまま、あの世に旅立ってしまった。

 そうなると、私のイメージ力では、お手上げだった。

 改めて、私から、涼子ちゃんと珊瑚を同一視していない旨を伝えると、良綱さんは、安堵に近い色が滲んだ息を漏らす。

 何で、ホッとしたのか、と訝しみつつも、私は、これは言い辛いな、と言い淀んでしまう。

 そんな私に、良綱さんは促しの言葉をかけてくる。


 「大丈夫だ、主宮君。

 ここだけの話にするから」


 念押しされると、ますます言い辛くなる訳だが、押し黙っていても仕方ないし、忙しいにも関わらず、わざわざ来てくれている良綱さんにも悪いから、胸の内で、本当に黙っていてくれよ、と願いながら、自分が涼子ちゃんに対して抱いている、素直な印象を告白した。

 私にとって、涼子ちゃんは、人馴れし、妙に、ベタベタとくっついてくる猫科の大型肉食獣、チーターや豹、ピューマのような存在だった。


 「大きな猫?」


 聞き返してきた良綱さんに、私はぎくしゃくと頷く。

 頷くだけなら、もう痛みは無いし、普通に動けるのだが、やはり、こういう状況では、動きがぎこちなくなってしまう。


 「・・・・・・うーん、そうか」


 涼子ちゃんを美少女だ、とは思っているし、可愛らしさも感じているし、懐かれている現状に対しても、悪い気分を抱いてはいない。

 ただ、生来の底抜けに明るい性格や、物怖じせずに距離を詰めていけるコミュ力の高さ、そこに、超高校生級の身体能力も加わっている涼子ちゃんにハグされたり、寝ている時に腹の上に乗られたり、膝枕をせがまれたりすると、どうにも、猫っぽいな、と思ってしまう。

 猫だとするならば、やはり、涼子ちゃんは、イメージとして、ピューマや豹、チーターと言った、野生で生きる猫科の肉食獣が浮かぶのである。


 (少なくとも、山猫だろうな)


 「なるほど、涼子は猫科の猛獣か・・・

 父親として、ここは文句を言うべきなんだろうが、うん、まぁ、同意できてしまう。

 これは、ますます、涼子には言えないな」


 言わないでくださいよ、と私は良綱さんに目で訴えておく。

 さすがに、今、この状態の私を殴るなんて真似は、優しい涼子ちゃんもしないだろうが、完治したら、遠慮はしないのも目に見えていた。


 (涼子ちゃんに蹴られたら、また、入院する羽目になっちまう)


 ブルリと震えてしまった私は、ふと思い出す。

 結構、話がズレてしまったが、そもそも、私は、良綱さんが、私にここまで謝罪する理由を問い質していたのだ。

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