第十一話 私は元婚約者の父親から、暮林家の繁栄に深く関わっている超能力者について語られる。
(え、そっちか?)
てっきり、私は良綱さんが、山の譲渡に関する事を話し始める、と予想っていたので、困惑をより深めてしまう。
私の心情など、海千山千の良綱さんには丸判りだったようで、鞄の中に入れていたマイボトルを取り出し、蓋を開ける。
中身は珈琲だったようで、鼻腔をくすぐる芳香は、一般人じゃ一カ月に一杯飲むのも難しい高級豆を、プロの中でもトップの技巧を誇るマスタークラスが焙煎し、淹れているものだ、と直感させてくるものだった。
それほどの高級品を、普段から飲み、なおかつ、そんな贅沢を許される、いや、贅沢すべきだ、と推奨される立場にいる良綱さんは、美味そうに、その珈琲を味わった。
「主宮君が戸惑うのも無理はない」
どうやら、良綱さんも、自身の中で渦巻く、焦燥や困惑、現実逃避などが入り混じって、形容しがたい気持ちをリセットしたいので、今このタイミングで、珈琲を飲んだらしい。
「山についての話は、私も今日は厳しいにしても、早々に済ませておきたい。
ハッキリ言ってしまえば、涼子が、また、君の見舞いに来てしまうまでに、だ」
(あ、やっぱり、説得は成功しなかったのかな)
私が自分の予想が的中してしまった事に、どんな反応をしていいか、迷いあぐねている一方で、良綱さんは淡々とした調子で、話を続ける。
「しかしだ、この山の件は、超能力云々の事も説明しておかないとならない。
むしろ、主宮君、私から山を譲られる事を、君に快諾してもらうには、しっかりと話しておきたいんだ。
すまないが、付き合ってくれるか?」
良綱さんほどの人格者に、ここまで言われて、超能力なんて眉唾なオカルト話は興味ありません、と言う度胸は私にあると思うだろうか?
(いや、ねぇよ、そんな度胸)
実際、私も気になっていた、超能力については。
実在していればロマンだ、と信じてはいるが、超能力、この単語は、良綱さんの口から出るには、違和感が強すぎる。
良綱さんの厳格もとい現実を重んじるイメージ像とズレる、とでも言えばいいのか。
しかし、良綱さんも、その点を自覚し、自分らしくない事をする、それが生ず抵抗感を飲み込みながら、超能力についての話を始めようとしている。
であれば、私は黙って、最後まで聞くべきなのだ。
「超能力、まぁ、色々な種類がある。
念動力や瞬間移動、また、透視能力、発火能力、と言ったモノもある。
私が今から語りたいのは、その内の一つ」
指折りながら、超能力の種類を挙げていたが、ここで一旦、良綱さんは言葉を止め、しばし、押し黙った。
改めて、自分の中で、私にどう話すか、を考え直しているようだった、雰囲気的に。
恐らく、良綱さんは、これまで幾度も、この件について打ち明けるシミュレーションを重ねてきたはずだ。
それでも、やはり、荒唐無稽が過ぎるゆえに、言葉を選んでしまうらしい。
「すまないな、ちょっとペースが悪くなった」
黙ってしまった事を詫びた良綱さんは気持ちを立て直したように、会話を再開する。
「予言や未来予知の類だ」
(確かに、超能力の中じゃ、割とメジャーなもんだな)
「君も知ってはいると思うが、私が社長を務めている『くればやし』の原点である、『暮林商会』は、私の祖母、綱子が創設者なんだ」
私は良綱さんの言葉に、小さく頷き返した。
(暮林綱子さんだよな)
「社史を学んでくる事を強制している訳ではないんだが、どうも、祖母が創設者である事を把握していると、面接で有利になる、と思われているようで、ほとんどの者が、知っている、とアピールしてきたよ」
苦笑いを浮かべている雰囲気が、良綱さんから伝わって来て、私も胸中で苦笑いを漏らす。
もっとも、私は、『くればやし』の集団面接は、大学に頼まれて参加しただけなので、綱子さんに関して知ったのは、運良く、いや、どういう因果の悪戯か、内定が出た後だった。
周りが、『くればやし』の歴史に詳しいです、的なアピールをしているものだから、記念になれば良い、くらいの感覚で参加していた私は、焦りを覚える以前に、戸惑いの方を強く覚えてしまったものだ。
(もしかすると、俺だけ、知っている事を前面に押し出さなかったから、却って目立って、面接官をしていた良綱さんのお眼鏡に適ったのかね)
それはそれで、不幸中の幸い、僥倖、と言ってもいいだろう。
(綱子さんは、良綱さんレベルで、先見の明があって、人脈作りの才能も凄かったらしいな。
男勝り、と言うか、女を見下している男に怒りを覚えるような性格で、商人としての辣腕を奮いまくって、『暮林商会』をデカくしていった)
当然、女性の身で、周りが認めるしかない結果を出して、会社をデカくしていく訳だから、当時の男性からすれば、目の上のたん瘤、なんて表現に収まり切らないほど、憎らしかっただろう。
今も昔も、そういう器が小さいタイプの男が取る行動は、さほど変化しちゃいない。
生意気な女は、暴力を使えば、簡単に屈服させられる、と下卑た考えを行動に移す事に躊躇わないのだ。
もちろん、そんなクズが辿る運命も、これまた、今も昔も大差はない。
骨を一、二本ほど折られた状態で縛り上げられ、警察に突き出されたら、まだ、運が良い方。
中には、山に埋められた、川に沈められた、と言った末路を迎えた者もいるだろう。
どクズを返り討ちにしまくり、どんどんとのし上がっていった綱子さん。
正に、女傑だ。
(そんな創始者の血を引いてるんだから、そりゃ、良綱さんが凄い男な訳だ)
私が心中で感心し、自分への尊敬を強めているのを感じ取ったのか、良綱さんは苦笑いを漏らし、鍛えられた太い首を左右に振った。
「いや、私など、まだまだ、創始者の足元にも及ばないさ」
それでも、良綱さんは、どこか嬉しそうでもあった。
「綱子が女傑と呼ばれるに相応しい商才を有していたのは、概ね間違いない」
(概ね?)
いくら、鈍感な私だって、そこを強調されたら、何かあるのか、と感じる。
「これは、暮林家、いや、暮林の一族の中でも、ごく限られた人間にしか伝わっていない事実なんだ」
(いや、そんな大層なモノを、俺なんかに語っちゃダメじゃないっすか、良綱さん)
さすがに、これは私が聞いて良い内容じゃないのでは、と慌ててしまうのだが、良綱さんは私の狼狽えを鼻で笑う事もなく、「いや、問題ない」と言い切ってきた。
「むしろ、君はこれを知らねばならない立場に、どうもいるらしいんだ」
(どういう意味なんだ、そりゃ)
私の家は、暮林家とは雲泥の差である、一般人の流れしか汲んでいない。
私が知らないだけ、と言う可能性もあるにしろ、やはり、本腰を入れて調査をしたとしても、暮林綱子に匹敵するような傑物は、ご先祖様の中にはいまい。
混乱を隠せぬ私に、「すまないな」と一言、真摯に詫びてから、良綱さんは説明を再開した。
個人的には、もうちょっと、落ち着く時間が欲しかったのだが、文句を言える立場でもないから、私は黙って、良綱さんの話に耳を傾ける。
「繰り返しになってしまうが、綱子は優れた人間だった。
しかし、暮林家が、ここまで様々な業界に顔が効くほどの力を持った、様々な意味合いでデカい家に成長したのは、綱子だけの力じゃない」
(それは、力を貸してくれる人に恵まれていたって事か?)
「綱子が有益な人脈を作る、そこも含め、優秀な人材を使う才も持っていた、それも間違いない。
ただ、暮林一族が繁栄した理由は、そこだけじゃないんだよ、主宮君。
大袈裟を通り越して、眉唾なんだが、一人の超能力者が深く関わっているんだ。
逆に言えば、その超能力者がいなかったら、綱子は、ここまで暮林家に権力と財力を持たせる事は叶わなかった、と言う事なんだよ」
権力者が、オカルトに傾倒する、と言う話は、さほど珍しくない。
ただ、私が資料を読んだ限り、綱子は、そういう怪しいモノに頼るようなタイプではなかった。
(けど、良綱さんは、俺らの知らない綱子について知っているだろうから、彼女が超能力者の力を借りていたってのも事実なのかもしれねぇ)
「祖母の綱子には、姉がいたんだ」
それは初耳の情報だったので、私は驚きを露わにしてしまう。
雪乃と結婚する、それ自体に関しては、全く嬉しくなかったが、良綱さん達に家族の輪に迎え入れて貰うのは、これ以上ない光栄な事だったから、私は時間を作って、暮林家の歴史について学び、情報を集め、書籍を読み漁り、多くの人から話を聞かせて貰っていた。
綱子を筆頭に、暮林家と「暮林商会」を繁栄させてきた大勢の優秀な者たちの逸話を知れたが、その中に、綱子の姉についての話は一切、なかった。
綱子の姉について話す事を禁じられているのなら、その雰囲気が、話し手から滲み出るものだが、それを私は感じ取っていない。
であれば、少なくとも、暮林の中枢にいる者しか、綱子に姉がいる、その事実を知らないのではないか。
「綱子に姉がいた、これは、暮林家の当主になった者にだけ伝えられてきた。
今、この事実を知っているのは、母さんの綱恵と私、そして、君だけだ、主宮君」
やっぱりか、と思う反面、当主にしか伝えられない、秘匿性が高い情報を、私なんかに教えて良いのか、と改めて、私は不安に陥ってしまう。
そんな私の心に起きているざわめきを察したのか、良綱さんは「大丈夫だ」と力強く断言してくれた。
(いや、何が、大丈夫、なんですか、良綱さん)
さすがに、知ってしまった部外者は殺される、そのレベルではないんだろうが、そこまで言い切られると、逆に不安が広がるのが加速してしまうのが、人の常だ。
「まぁ、姉と言っても、綱子と血の繋がりはないんだよ」
(マジか)
「正確な所は、もはや、今では知る事も出来ないんだが、母さんは祖母から、母さんから見ると、曾祖母だな、母と再婚した旦那の子である、と聞いていたそうだ。
しかも、その旦那とも血が繋がっていなかったそうで、旦那の先妻の子なのか、それとも、引き取った子なのか、定かですらない」
(怪しすぎる・・・つまり、暮林綱子に力を貸し、暮林家を繁栄させた超能力者ってのは、その姉って事か)
私の勘が的中している事を肯定するように、良綱さんは無言で頷いてから、また、珈琲を一口、含んだ。
(その姉、いや、義姉か、その女性の名前が気になるな)
さすがに、名前くらいは伝わっているだろう、と考えた私は、少しだけ動く手で、良綱さんに質問する。
ぎこちない手話だったはずだが、良綱さんは私の質問を理解してくれた。
「名前は、知理子、と聞いている」
(本名か、そこも微妙だな)
相手の精神に感応する超能力も有していたのなら、綱子の母と再婚した男を洗脳し、自分の娘である、と錯覚させていても、何ら不思議ではない。
綱子の年齢を考えれば、時代的に、恐らくは、大戦が終結して、いくらか経過した頃だろう。
戦火で、実の家族を喪い、超能力を有しているとは言え、自分だけで、この時代を生きていくのは楽ではない、と考えた知理子が、大人の庇護下に入る、いや、大人を利用しよう、と判断した可能性も大きい。
(今日を生きるために、使えるモノは何でも使う、それは別に非難するような事でもないな)
犯罪行為ではない、グレーゾーンを全て看過するのも、それはそれで問題ではあるにしろ、終戦のゴタゴタで荒れている世で、何が何でも生き延びる、幸せになってやる、そう決断した知理子は頭の良い子供だったんだろう。
「記録に残されている訳ではないんだが、知理子と綱子の仲は、極めて良好だったらしい」
異端の力を持ち、それを生きる為に行使するのに躊躇しない知理子と、男尊女卑の風潮が根強く残る社会で身一つで成り上がり、全てを手に入れる野心を有していた綱子。
何だかんだで、馬が合い、血で繋がった実の姉妹よりも強い絆で結ばれたのかもしれない。
(綱子は、知理子が超能力者だって事を知っていて、それも商会を大きくするために利用していたのか?)
目を通した資料から推測した綱子の性格もとい性質を考えると、目障りな商売敵や自分の命を狙う刺客を排除するのに、彼女は義姉に超能力を奮わせる事を迷わなかっただろう、と容易に推察できる。
知理子の方も、綱子を可愛がっていた、もしくは、自分を恐れないどころか、家を大きくするための道具として扱う胆力に好感を抱いていたのなら、超能力で赤の他人の命を抓み取る事に、さほど罪悪の念は抱かなかった可能性もある。
私が、綱子と知理子の関係性などに思考を広げているのを感じ取ったのか、良綱さんは、「知理子としては、自分の存在を隠す蓑として、綱子が経営する会社を大きくしたかったんだろう」と補足してくれた。
なるほど、と頻りに頷きながらも、私は一つの疑問を抱く。
(綱子には、血が繋がっていないにしろ、姉がいて、その姉が超能力者で、裏から『暮林商会』を支え、守り、育んだ、そこまでは現実である、と受け入れるにしろ、俺が山を譲られる云々に、どう繋がってくるんだ?)
色々と考え過ぎたからか、私は若干、体が火照ってきてしまった。
「む、すまんな、主宮君」
私が、ほんのちょびっとだけ、体に不調を感じたのを察したのか、良綱さんは椅子から腰を上げると、部屋に備え付けられているらしい冷蔵庫に歩んでいく。
「ミネラルウォーターで構わないかね?」
今はえり好みを言ってもいられる状態じゃないから、私は「問題ないです」と、良綱さんへハンドサインを送る。
「待っていなさい」
良綱さんはミネラルウォーターのペットボトルの蓋を左手だけで、パキャッ、と開け、口にストローを挿して、私の口元に差し出してくれた。
(美味いな)
キンキンに冷やされている水をゴクゴクと飲んだ私は、体が楽になるのを感じた。
「大丈夫かね?」
私が、問題ないです、とハンドサインを出すと、良綱さんは「では、話の続きに戻ろう」と椅子へ座り直した。
「それぞれの思惑が一致した事もあって、知理子と綱子は好ましい関係を保っていたらしい。
実際、超能力によって守られ、会社の発展に尽力してくれる事を抜きにしても、綱子は、思慮深く、また、決断力も優れた知理子を姉として敬い、表に出たくない、その意思を尊重し、彼女の存在を部下どころか、家族にすら秘密にしていたようだ」
(それで、何の情報も残っていなかったんだな。
知理子は、よっぽどシャイだったのか、超能力者狩りみたいな存在を恐れていたのか)
超能力者狩りってのは、ちょっと、オカルトが過ぎるか、と私は自分の発想に赤面してしまう、包帯の下で。
「知理子は、様々な超能力を使って、綱子や会社を守っていたそうだ。
そんな彼女が、最も得意、と言うか、特に優れていた超能力は、未来予知だったらしい」
(未来予知、ね)
「主宮君、君は未来を予知できる事は幸せだと思うか?」
唐突に質問され、私は少しばかり面食らってしまうも、良綱さんに聞かれた以上、真面目に答えるのが筋なので、私はしばし、時間を貰う。
(見たくない未来の映像も視えちまうんだろうから、その力を使うには、相当な覚悟がいるだろうな)
幸せかどうか、そこは答えられないので、私は正直に思った事を、良綱さんへ身振り手振りで伝えた。
「うん、私も概ね同感だ」
どこか嬉しそうに、私の意見を受け入れてくれた良綱さん。
「知理子は、綱子を守るために、その予知能力を使う覚悟を持っており、幾度も危機を救ったようだ」
(だから、ますます、綱子は知理子に恩義を感じて、彼女を自分も守ろうって固く誓ったんだろうな)
「どんな形で未来を予知していたのか、そこは詳しく語り継がれていないんだが、どうやら、綱子は知理子に、自分がどのような行動を取ったら、未来がどのように変化するのか、を訊ねていたようだ。
商談相手が複数いた場合、どの商人と契約を結んだら、『暮林商会』をもっと大きく出来るか、ライバル会社の社長に、この日、会いに行ったら、どのような事が起きるか、を知理子に予知してもらっていたらしい。
大体、知理子は、いくつかの割合が異なるパターンを、綱子に示し、その中から、どれを選択するか、は綱子が最終的に決断していた、と母さんは言っていた」
(知理子は、未来を予知する能力を持っていても、商売に関しちゃ、素人だっただろうから、綱子がどの可能性が、一番、金の匂いをさせているか、見極めたんだろう)
「綱子は、よほどの事がない限り、知理子に未来予知を使わせなかった、と聞く。
どうやら、この能力は、他の能力よりも、体力の消耗が激しかったらしくてね。
だから、『暮林商会』を大きく出来たのも、やはり、綱子に人並み外れた商才があったからだろう」
(まぁ、無数にある未来の中から条件に合うモノを選び取るんだから、いくら、超能力者だって、脳に負担が相当にかかっちまうんだろうな。
どんな未来であっても先に解るとなれば、相当に強いはずだが、知理子の体調を慮って、使用を控えせたあたり、綱子は、よほど、彼女の事を大切に想ってたんだろう)
綱子への好感度が、さりげなく私の中で上がる。
「しかし、知理子は、ある日、いきなり、綱子の前から姿を消したらしい」
「!?」
「どうして、知理子が、安全な隠れ家を去ったのか、綱子もそれは判らなかった」
(探さなかったのか、綱子は、知理子を?
当時の、『暮林商会』なら、いくら、超能力者が相手とは言え、居場所くらいは見つけ出せそうだが)
「どうやら、知理子は、前々から、綱子に言っていたらしい、いつか、自分が突然、いなくなっても心配せず、探す事もしないで、と。
綱子自身は、最愛の姉と再会したかったんだろうが、知理子の希望を優先し、我慢したようだな」
(もしかして、知理子は、自分に降りかかる災厄を未来視して、それに綱子たちが巻き込まれるのを危惧したのか)
「しかし、知理子は、綱子を本当に、心から大切に想っていたんだろう。
その綱子が生涯を懸ける覚悟で臨んでいた『暮林商会』の発展を手助けすべく、知理子は自分が見た未来を手紙に認めていた。
その手紙には、自分が去ってから、綱子や会社に訪れる様々な危機が事細かに書かれていたらしい」
(らしい?)
私が疑問に思ったのが伝わったのか、良綱さんは「現存していないんだ、知理子が綱子に残した手紙は」と答えた。
「手紙に書かれていたのか、それとも、綱子が残してはいけない、と判断したのか、そこも定かではないが、綱子は手紙を読み終わると、火に放り込んだそうだ」
なるほど、情報の漏洩を恐れたのか、と私が納得していると、良綱さんは少し表情を固くする。
「知理子は、綱子が亡くなった後の事も、未来視していたようでね」
(当然と言えば当然だな。
シスコンって言うのは失礼っつーか、ちょっと、二人の関係性を表すにはズレている気もするが、綱子と彼女が大事にしていたモノを心から大切に想い、超能力で守護っていた知理子なら、姿を消すにしても、そんな置き土産をしてても不思議じゃねぇ)
「知理子が、どれほど未来まで視たのか、それは解らないが、少なくとも、私の代までは予知していたようだ」
私が予想しているのを察していたからか、良綱さんは私が大きい反応をしなかった事に対し、気を悪くした様子はなかった。
「主宮君も知っているかもしれないが、小学生に『〇〇年後の自分へ』と手紙を書かせて、実際に、その年月が経過したら、大人になった本人に手紙が届く、と言うサービスがあるだろう」
良綱さんの説明で、少し頭を働かせた私は、自身も学校の授業で書かされた事を思い出した。
確か、あれは、小学校6年生の時で、「20年後」と書いた覚えがある。
(住所は、多分、読坂園にしたはずだよな)
良綱さんが、家族を喪った俺を引き取ってくれた、児童養護施設「読坂園」の施設長であり、私の育ての親、まぁ、当人は、姉と言い張っているが、と言っても差し支えない、絵間さんに、私が大怪我をして、入院した事を伝えている可能性もあるから、自分の足で動けるようになったら一度、顔を見せに行った方がいいだろう。
実情はどうあれ、暮林家の一員ではあった雪乃と婚約した事は電話で伝えただけだったので、尚更、直に話す必要がある。
(気が重くなるが、筋は通さなきゃいけない)
絵間さんは、決して、悪人ではないのだが、扱いが面倒臭いタイプである、年上の女性なのだ。
ヤンデレやメンヘラに分類される程でもないのだが、どうにも、私に対してだけ、態度が粘着的なのである。
洗濯場に出したトランクスを盗んだり、私の部屋の机の上に自分のショーツを置いていたり、布団の中に裸で潜り込んでいた事もあった。
基本的には、修道女の服装が似合う、粛然とした振る舞いが備わった聖母味を醸す美女なのだけど、いざ、子供らが生活を送っているエリアに戻ると、肝っ玉母ちゃんモードになり、辣腕を奮う。
(なのに、何故か、俺には、狩人っつーか肉食獣じみた目になるんだよな、エマさん)
私の境遇がアレなので、気持ちが鬱屈とし過ぎないように、わざとやっているのか、と当初は思っていたのだが、どうにも、その意図が皆無ではないにしろ、色欲がメインであるのは間違いなさそうだった。
一体、私の何が、絵間さんの癖に刺さったのか、それは定かではないが、このままだと美味しく平らげられるだけじゃ済まず、ペットとして飼われるか、逆に、絵間さんをペットとして飼う羽目になりそうだ、と危惧した私は、「くればやし」に就職が決まると、すぐに「読坂園」を出て、「くればやし」の独身寮へ引っ越した。
その際も、絵間さんに、メチャクチャ引き止められたのだが、その必死さが却って私の恐怖を煽った。
さすがに、独身寮のセキュリティが、それなりに厳しかった事もあって、絵間さんが侵入してくる事はなかったにしろ、定期的に現状報告はする事を、あまりに圧に根負けし、約束してしまった事もあり、私は一週間に一度くらいは、絵間さんに電話をかけていた。
絵間さんからの現況報告も含め、会話も5分から10分くらいに纏めていた。
あまり長く話していると、途中から、妙な水音と喘ぎ声が聞こえてくるからだ。
良綱さんは、あの大災害で家族を喪った私が「読坂園」で過ごしたのを知っているから、私が大怪我をした事実を、絵間さんに伝えているはずだ。
さすがの絵間さんも、天下に名高い『くればやし』のトップである良綱さんの前では、本性を見せてはいない。
(まぁ、こう言っちゃ何だが、絵間さん、黙ってりゃ美人シスターで、本人も、それを自覚して、ちゃんと、人前では猫被ってるからな)
なので、敬虔なシスターであり、私の事を大切な弟のように思っている女性、と絵間さんの事を評価を表向きにはしているであろう良綱さんなら、私の現状を秘書を通じて報告させている可能性が高かった。
今、手元にはないスマフォには、きっと、絵間さんからの鬼電が入りまくっているだろう。
(いや、待てよ、あの火の中に飛び込んで、服も燃えちまったから、スマフォも溶けちまったか?)
大事な連絡先は、パソコンだけじゃなく、手帖に手書きで残しているから、その辺りは心配ない。
元々、私はスマフォで、動画を視聴したり、ゲームをしたりするタイプでもなかったから、スマフォが壊れてしまっても、さほどショックではない。
まぁ、現代で生きる以上、持たない、の選択肢は取れないから、体がまともに動ける状態で退院できたら、携帯ショップへ足を運ばねばならない。
(まぁ、店より先に、やっぱ、絵間さんが優先だが)
若干の苦手意識は拭えないにしろ、面倒を見て貰った恩を忘れるほど、私も筋が通らない生き方をする気はない。
良くも悪くも、心の底から心配してくれているだろうから、顔くらいは見せなければ、不義理だろう。
(もっとも、俺の顔は、碌に見れる状態じゃなくなったが)
自虐を挟み込んだタイミングだった、良綱さんが私を心配そうに見つめてきたのは。
「大丈夫かね、主宮君。
辛いようなら、今、看護師を呼んでくるが」
うっかり、思考の焦点を、暮林家と超能力者の関係から、絵間さんに向けてしまっていた事を自覚した私は反省し、問題ない事を、良綱さんに手で伝える。
「なら良いんだが、無理は禁物だぞ」
私が頷き返したので、良綱さんは少し安心したようで、話を再開する。
「知理子は、私が『暮林商会』と暮林家の当主を、母さんから継承する事を、未来予知していたらしい。
綱子も、知理子からの手紙で、母さんを二代目にする事を決めたようだ」
三回の結婚をしている綱子には、5人の息子と3人の娘がいて、良綱さんの母親である綱恵さんは、四人目の子供だ、と資料には記載されていた。
「そして、綱子の後を継ぎ、『暮林商会』を発展させた母さんも、何回か、知理子から、会社の危機を記した手紙を受け取っていて、、三男坊だった私を後継者にする、と決めたのは、知理子からの手紙に、その旨が書かれていたから、らしい」
予知能力、そんなオカルトじみたもので、日本でも有数の大企業である『くればやし』の社長が決定されていた、と知った私は言葉が出て来なかった。




