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ヴァンパイアキス  作者: 志築いろは
第4章 悪夢は突然やってくる
45/59

第45話 最重要参考人

◇◇◇◇◇



 クルースニク(イースト)支部の地下牢は、普段以上の緊張感を漂わせていた。

 それもそのはず。


 現在、地下牢に収容されているのは最重要参考人。


 とはいえ身元もはっきりしており、なにより隊員たちにとっては顔なじみであるという事実が、彼らをいっそう困惑させていた。


「……隊長は」


 隊員の一人―セシルがぽつり、とつぶやく。

 彼のほうへと顔を向けた相方の視線を感じながらも、セシルはうつむき加減で地面を見つめたままだった。


「なんで、()()()を地下牢なんかに入れたんだろうな」


 表情をゆがめるセシルに、相方もまたそっと目を伏せた。

 隊長の考えはわからない。きっとなにかしらの意図があってのことなのだろう。

 だが今回の隊長の指示に疑問をいだく者が、少なからずいるというのも現実だった。


「暴走の、可能性がある、って話じゃなかったか?」

「だとしても、こんなのあんまりだ……! あの人がなにをしたってんだよ! あの人はっ……!」

「しっ!」


 カタカタカタ……、と規則的な音を奏でながら降下する昇降機に、二人はそろって襟を正した。


「「おはようございます! 副隊長!」」

「おー、おつかれさん」


 小ぶりなワゴンを押して昇降機から降りてきたアルヴァーは、緊張した面持ちで敬礼する部下たちに視線を送った。

 ワゴンの上には、食堂で提供される朝食が一人前。

 まだあたたかいスープから白い湯気がふんわりと立ちのぼり、パセリが散った黄色い水面に波紋を広げていた。


「異常ないか?」

「はい! 問題ありません!」


 地下空間にわずかに反響するセシルの声に、アルヴァーは視線をそらして「そうか……」と相づちを打つ。


「……わりぃ、ちょっと、はずしてくれるか?」

「かしこまりました!」

「お気をつけて」


 副隊長の指示に、二人はさっ、ときびすを返す。

 部下たちの姿が昇降機に乗りこむのを見送って、アルヴァーは深々と息をついた。

 そうして、彼はおもむろに地下牢の奥へと足を向けた。


 アルヴァーの足音だけが、静かな地下の空気を揺らしていた。

 錆びた鉄と、湿った土のにおい。

 すぐに鼻がにおいに麻痺していくのを感じながら、アルヴァーは迷うことなく最奥へと進んでいく。


「……よぉ、生きてっか? エルザ」


 返事はない。

 鉄格子の向こうの横顔は、アルヴァーが来たことなど気づいてもいない様子でピクリとも動かない。

 乱れた髪も、汚れた手足も衣服もそのままに、エルザはただ静かに壁にもたれて座っていた。


「メシ持ってきた。副隊長の俺がわざわざ運んでやってんだ。感謝しろよな?」


 そう言って躊躇なく牢の中へと足を踏み入れたアルヴァーは、目の前の光景を見るや大げさなまでにため息を吐き出した。


「ったく……。もう三日だぞ? メシぐらい食わねーと、本当に死んじまうぞ」


 半日前に運んできたはずの食事が、まったくの手つかずのままローテーブルの上に放置されていた。

 完全に冷めきってしまった食事は、表面が乾いて皿にこびりつき、油分が分離してしまっている。


「ここから出してやれなくて悪いな。本部の連中がうるせぇんだ」


 アルヴァーはエルザの目の前にしゃがみこみながら、赤毛の後頭部を乱暴に掻いた。


――『保護』なんて言っといて、これじゃ『捕縛』と変わんねぇよな……。


 ちら、と見遣ったエルザの手足にはめられた鉄の枷が、冷たい色をして鈍く光っていた。

 本部への体裁上、(イースト)支部は彼女を拘束せざるを得ない。

 それを頭では理解していても、感情が反発していた。


「……お前、こんな扱いされて、くやしくないのかよ」


 エルザはピクリとも動かない。

 重い鎖につながれたまま、彼女はうつろな瞳にぼんやりと地面を映すばかりである。


「っ! エルザ・バルテルス! 聞いてんのか、てめぇ!」


 いっさいの反応を示さないエルザに、アルヴァーのいらだちが弾けた。

 むき出しの土壁に彼のこぶしが叩きつけられると同時に、怒号が地下牢全体に響き渡る。

 だが、それでもエルザの感情を揺さぶることはできなかった。

 顔のすぐ横をこぶしが風を切って通りすぎても、誰もが怯みそうな鋭い視線を向けられても、彼女はまるで他人事のように脱力したまま。

 互いの視線は交わることはない。


「くそっ、お前わかってんのか? 今、ルティスとドミニクさんたちがお前の容疑を晴らすために本部に行ってる。お前がヴァンパイアの居所さえ証言してくれりゃ、それで全部丸くおさまるんだ」


 エルザはスパイ行為などしていない。

 自分たちを裏切るはずがない。

 彼女をよく知る者たちは、誰もがそう信じていた。

 それなのに当の本人がなんの弁明もせず、ただされるがままになっていることが、アルヴァーには我慢ならなかった。


「……なぁ、なんとか言えよ……」


 アルヴァーの声が、震えていた。

 唇を噛みしめて、彼はエルザの肩口へとひたいを寄せる。

 彼女の呼吸する音が、かすかに鼓膜を揺らした。

 生きているのに死んだように動かないエルザに、アルヴァーのいらだちはつのる。


「いつもみたいに、嫌みのひとつでも言ってみろよ! エルザ!!」


 アルヴァーの悲痛な叫びだけが、地下にむなしく響いていた。




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