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ヴァンパイアキス  作者: 志築いろは
第4章 悪夢は突然やってくる
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第38話 サプライズ

「……エルザ? 入っていい?」


 めずらしく響いたノック音に返事をすれば、ドアのすきまからギルベルトが顔をのぞかせる。

 彼もまた普段の装いとは異なり、ワインレッドのネクタイにダークグレーのタキシード姿である。


「待って俺の見立て完璧じゃない? ぜったいエルザに似合うと思ったんだよね。オールブラックも捨てがたかったんだけど、やっぱりエルザの髪色ならこっちのほうが映えるかなって」


 言葉数とは裏腹に落ち着いた足取りで歩み寄ってきた彼は、振り向いたエルザの姿を見や否や満足そうに微笑んだ。

 そうして彼女の腰に腕をまわし、自分のほうへ引き寄せる。


「……襲ってい?」

「ばーか」


 鼻先がふれそうなほどの至近距離。

 下唇に舌を這わせたギルベルトがそう言えば、エルザにはつんと顔をそむけられてしまった。


「素直じゃないなー、エルザってば」


 だがそんなところもかわいいと思ってしまうあたり、彼は心底彼女に惚れているのだろう。


「それじゃ、ディナーに行こうか、お姫さま」


 ギルベルトはまだいまいち状況が把握できていないエルザに、自身の腕を差し出した。

 細い指先が、遠慮がちにその腕にまわされる。

 互いの目が合った瞬間、二人は照れくさそうにはにかんだ。




 ギルベルトと腕を組み、エルザは導かれるまま屋敷の階段を下りる。

 向かう先は大広間。

 美しい装飾の施されたドアをひらいたギルベルトに促され、エルザはゆっくりと広間に足を踏み入れた。


「えっ、と……?」


 とたんに、エルザは目の前の光景に目を奪われた。


 大広間は、色とりどりのバラの花で華やかに彩られ、いくつものロウソクの小さな明かりが、薄暗い室内を幻想的に照らし出している。

 テーブルに所せましと並ぶのは、いつも以上に豪華なディナーである。


 そしてなにより、ひときわエルザの目を引いたのは、繊細なデコレーションの施された大きなケーキだった。


「今日はお姉さまのお誕生日ですわ♪ 盛大にお祝いしなくては!」


 そう言って、アリシアは満面の笑みでエルザの手を引いた。

 ギルベルトに背を押され、ダグラスがイスを引いて待ってくれている。


「なんで、誕生日だって……」

「ん? クルースニクの身分証に書いてあった」


 そう言って片目をつむってみせるギルベルトに、もはや返す言葉もない。

 見当たらないと思っているうちにすっかり忘れてしまっていたが、まさかギルベルトが持っていたとは。

 だがそのことを問い詰めるよりも、エルザには用意されたバースデーパーティーの衝撃のほうが大きかった。


――正直、自分の誕生日なんて忘れてたわ……。


 誕生日といえば思い出すのは悪夢ばかりで、こうしてパーティーをひらいてもらうのも何年ぶりだろう。

 まさかのサプライズに、おもわず胸が締めつけられる。

 手段はどうあれ、三人は彼らなりにエルザのことを思って準備してくれたのだろう。

 それを思うと、一日放っておかれた憤りはいつの間にか消えていた。


「っありがとう……!」


 エルザは熱くなる目頭をごまかすように、精一杯の笑顔で祝福に応えた。




 ダグラス手製の豪勢なディナー。

 どこからともなく流れる繊細な音楽。

 食べきれないほどの大きなバースデーケーキ。

 広間には笑顔があふれ、手を取り合いながら軽やかにステップを踏む。

 四人だけのささやかなパーティーは、エルザにとって実に幸せなひとときであった。


 何年も前に忘れてしまった、否、奪われてしまった大切な思い出。

 誕生日を誰かに祝ってもらうことが、こんなにもすてきなことなんだと、彼らはあらためてエルザの心に思い出させてくれる。


 しかし、そんな幸せな夜に水を差す輩がいた。


 闇にまぎれて、庭先の茂みが不躾にうごめく。

 独特の気味の悪い雄叫びが鼓膜を震わせ、辺りの雰囲気は一瞬で冷たく殺伐としたものに変わっていった。


「まったく、今夜くらいおとなしくしていてくださいませんこと?」

「ちっ、面倒なやつらだな」


 血に飢えた双眸を闇の中でぎらつかせながら、グールの群れはじっと屋敷の様子をうかがっていた。


「危ないから、エルザはここにいてね。アリシア、エルザをお願い」

「わかりましたわ」


 脱いだジャケットをアリシアに預けながら、ギルベルトはいつもの表情でそう言った。

 ネクタイの結び目にかけた指を軽く引き、慣れた手つきで首元をゆるめる。


「ギル! あたしも……!」


 エルザは咄嗟に、彼のグレーのワイシャツの袖をつかんでいた。

 以前とは違い、今のエルザはけっして戦えないわけではない。目覚めはじめたヴァンパイアの力なら、少なくとも足手まといにはならないはずだ。

 エルザとしても、いつまでも守られてばかりは嫌だった。


 しかしギルベルトは、一瞬だけ驚いたような表情を見せると、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべた。


「だーめ。エルザ、まだヴァンパイアの力に慣れてないでしょ?」

「でもっ……!」

「それにせっかくおめかししたんだから、俺が脱がすまでそのままでいて?」


 まだなにか言おうとする唇に、ギルベルトは自身の人差し指を押し当てる。

 不満そうにしながらもおとなしくなったエルザの顔をのぞきこむように、彼は上体を傾けた。


「いい子だから、おとなしく俺に守られててよ。ね?」


 ささやくようにつむがれた低音に、もはやエルザもうなずくしかない。


「ギル、先に行くぞ」


 ネクタイをはずし、腕まくりをしたダグラスが先陣を切る。そのうしろ姿は庭先に躍り出た瞬間に獣のそれに変わっていた。

 ギルベルトもすぐさまあとを追って、グールの群れに飛びこんでいく。


「悪いけど、お前らに招待状は出してないんだよね」


 ギルベルトとダグラスにとって、グールごときどうということはない。

 着実に敵の数を減らしながら、ギルベルトは周囲に目を凝らす。


――あー、最悪。()()()の気配がする……。


 辺りには灰が舞い、腐った血肉のにおいが鼻をつく。

 本能のままにうごめく有象無象の中、異質な気配は確固たる意志を持ってギルベルトを見つめていた。


「そんなとこに隠れてないでさ、出てきたらどうなわけ?」


 アクアマリンの目を細め、ギルベルトは闇に包まれた樹木の合間をまっすぐににらみつけた。




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