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ヴァンパイアキス  作者: 志築いろは
第1章 ついてない日はとことんついてない
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第3話 全部アルヴァーのせい

◇◇◇◇◇



 廊下に足音を響かせながら、エルザは無造作に下ろしたままにしていた長い金髪を手早くまとめ上げた。慣れた手つきで、それを頭の上でひとつの団子状に仕上げていく。


「エルザさん、おつかれさまです!」

「おつかれさま」


 収まりきらなかった毛束を耳にかけ、すれ違う隊員とひと言ふた言ほどあいさつを交わす。

 帰り支度をしている隊員たちを見るに、やはりずれていたのはルティスの時計のほうではないのだろうか。


「ったく、なんだか嵌められた気がするわ……」


 再度自分の懐中時計を確認しながら、エルザは小さくため息をつく。

 とはいえ一度は引き受けた仕事である。いまさら突き返すわけにもいかず、命令とあらば腹をくくるしかない。

 気を取り直して、エルザは軽やかな足取りでエントランスへ続く階段を降りた。


「ねぇ、あの人……」

「あれが、『ダンピール』?」

「やだこわーい」


 廊下の向こうから来た女たちがささやきあう。

 あきらかにエルザを指さしながら、彼女たちは蔑むようなまなざしを向け、クスクスと笑っていた。


「……」


 不愉快極まりない。

 エルザの無意識に寄せた眉根が、刻まれたしわをますます深くする。


――ダンピール(あたし)とチーム組みたいやつなんて、いるわけないじゃない。


 陰口を言われることにも、軽蔑の視線を向けられることにも慣れてしまった。世間から向けられるダンピールに対する差別など、痛いほど身に染みている。

 子どものころから何度、石を投げつけられたか知れない。

 エルザはすれ違いざまに女たちを一瞥すると、足早に支部をあとにする。


 いらだちは、つのるばかりだった。




「エルザさん、もうすぐ目的の町に着きますよ」


 御者の言葉に、エルザは伏せていたまぶたを上げる。団体所有の馬車に長時間揺られていたせいか、少々腰が痛い。

 車窓の景色に視線を移せば、外はすっかり夜の帳に包まれていた。


「……もう夜中じゃない」


 支部を出発したときにはすでに陽もだいぶ傾いていたので、当然といえば当然なのだが納得がいかない。本当ならいまごろ、ほろ酔い気分で心地よく睡魔に身をゆだねているはずだったのだ。


――それもこれも、全部アルヴァーのせいよ。


 支部に戻ったらとりあえず八つ当たりしてやろうと、エルザはひそかに胸に誓う。


「ここでいいわ」

「え、ですが……」


 エルザの言葉に、御者をつとめる隊員は困惑した表情を浮かべた。

 任務地となる町まではあともう少し。にもかかわらず、エルザは馬車を止めるように指示をしたのである。


「万が一でもあって帰りの足がなくなったら困るのよ。いいからあんたは、さっきの町まで引き返して。陽が昇ったらここで合流。いいわね?」


 そう言って、エルザは拳銃の弾倉を確認して、腰にサーベルを装着した。


 クルースニクではその任務の特性上、全隊員に本部から武器の支給がある。

 エルザの腰にぶら下がるサーベルも、太もものホルスターに携帯した銃も弾丸も、入隊と同時に支給されたものだった。

 そしてそれらの武器は当然、ブーツのヒールと同じ銀製である。


 しかしこのご時世、銀製品は高級品の部類に入る。希少性も高く、市場に出回ることはほとんどない。

 それをわざわざ買い占めてまで支給品に使用しているのには、相応の理由があってのことである。


 古来より、ヴァンパイア退治には銀製の武器が有効とされてきた。団体の書庫にある古い文献のどれもが、それを如実に物語っている。

 だからこそ、団体はわざわざ高価な銀製品を武器として支給しているのである。

 だが実際、任務中にヴァンパイアに遭遇することはめずらしい。否、皆無と言っても過言ではない。

 各支部に報告される被害のほとんどが、グールの仕業によるものが多かった。


「さてと、仕事しますか」


 来た道を戻る馬車を見送り、森の中を歩くこと数分。

 エルザがたどり着いたのは、森のはずれにある小さな町の一角だった。簡易的なバリケードで囲まれたそこは、一般人立ち入り禁止区域に指定されている。

 というのも以前、町でグールが大量に出現。多数の被害が出たことから、団体が一時的に該当区域を封鎖したのである。


 たとえ区域外であっても、すでに周辺にヒトは住んでいない。

 町の住人たちは、それぞれが団体の用意した避難施設か、知人を頼るなどして町を離れていた。

 立ち入るのは調査やグールの駆除のため派遣されたクルースニクか、度胸試しに侵入する命知らずな若者たちくらいである。


「『誰もいないはずの町に、人影がうろついている』、ねぇ……」


 報告書に記載された情報を思い出しながら、エルザは規制線の赤いロープをくぐった。


「調査チームが遭遇したのが一匹。てことは、群れで行動するやつらが、まだ町の中にひそんでる可能性はある、ってことね」


 幸い、まだ近くでヒトや家畜が襲われたという報告はない。

 しかし予測される被害を未然に防ぐのも、クルースニクの大事な仕事である。

 エルザは耳を澄まして、注意深く辺りの様子をうかがう。


 しん……、と静まり返った町に明かりはなく、ただ冷たい暗闇が、辺り一帯を支配していた。頼りない月明かりだけが、ぼんやりと町の姿を照らし出している。

 ひとけのない町並みが、闇の中で不気味に浮き上がっていた。


――特に変わったところはないわね。


 気味が悪いほどの静寂の中、じっ、と神経を研ぎ澄ませる。

 小さな虫の羽音が響き、遠くでフクロウが鳴いていた。


 そのときだった。

 エルザの耳が、わずかな物音をとらえる。それは自然界の音とはほど遠く、現状においてはあきらかな異変である。

 ズル、ズル、となにか重さのあるものを引きずるような音に交じって、奇妙なうめき声が空気を震わせた。


「いた……!」


 エルザはすばやく太もものホルスターから銃を手に取り、一目散に走りだす。

 せまい路地を抜け、ひたすらに音が聞こえた方角を目指す。

 逃げられる前に、もしくはこちらの存在に気がつかれる前に仕留めなくてはならない。後手に回れば、今度は自身が危険にさらされることになる。


――逃がさない!


 エルザは銃の安全装置(セーフティーロック)をはずしながら、移動しているとおぼしき気配を追った。

 空き家となった、まだ新しい家の角を曲がる。

 直後、正面に向けて銃弾を放つ。

 怪しい気配の実体を視界にとらえた。


――チッ、はずした!


 小さく舌打ち、エルザは地面にうずくまるようにしている黒い影にすぐさま銃口を向ける。




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