第5節『ラファエルの申し子』
デイ・コンパリソン通りとルート35で戦況が風雲急を告げていた頃、アカデミーにもまた脅威が迫ろうとしていた。中央尖塔5階に位置するアカデミー最高評議会の議事堂では、ウィザードら作戦参謀本部による軍議が夜を徹して行われている。学徒出陣という大きな決断の後、首脳陣は心身ともに疲労困憊であったが、しかし両戦線から入電されるところでは、『人為の兵士』に対して魔法を通用させる方法が戦術的に確立しつつあって、一定の安堵感がもたらされていたこともまた事実であった。しかし、正規軍には依然として南下の兆しを見せず、絶対的な兵力不足はその頭を大いに悩ませていたのである。事実、参謀本部のあるアカデミー学舎を守護するのは、最精鋭とはいえウィザード直属の『アカデミー治安維持部隊』一個分隊しかなかったのである。
ひとまず敵の襲撃を退けたという各戦線からの喜ばしい報告の後、なぜか続報は不気味に途絶えており、参謀各員は戦々恐々としながら苛立ちと焦りをその場の空気に放射していた。
ウィザード、ダリアン、セリアンらが、次に派遣すべき増援をどう確保するかについて鳩首で侃々諤々(かんかんがくがく)とやっているまさにその時のことだ!遠くの空から、飛行体の放つローター音が聞こえてきたのである。その刹那、室内が外からまばゆい魔術光で照らされる。その音は文字通りに激しく輻輳しており、窓越しに迫りくる存在が1つや2つではないことを明確に物語っていた。
「何事だ!」
場が俄かに殺気立つ。ウィザードの指示を受け窓際に身をひそめながら、治安維持部隊の隊員が外を覗き見ると、夜空には背中に大型のローターを備えて飛行する『人為の兵士』の一団が、アカデミーの中央尖塔を包囲していたのである。
*深夜の宵闇を切り裂くように魔術光を煌々(こうこう)と照らす飛行タイプの『人為の兵士』。
「指令、敵襲です!」
その隊員が声を上げた。
「なんだと!?まさか、ここを直接狙ってきたというのか!」
ウィザードの声は苦々しい。
「ダリアン参謀顧問と、セリアン副官は直ちに至聖堂へ!お前たち、二人をお連れして護衛しろ!」
その命を受けて、数名の隊員が二人を至聖堂の中へと案内する。そして、その重いドアが閉まった。
「空中戦は不利だ。ここにいるとハチの巣にされるぞ。すぐに下に降りろ!前庭で迎え撃つ!」
「了解しました!」
ウィザードと隊員たちは、直ちに中央尖塔を駆け下りて前庭に出た。上空を見上げると、20機前後の空飛ぶ『人為の兵士』が頭上から前庭を見下ろしているではないか!
湿気で絡みつく初夏の風が、深夜とは思えぬ嫌な汗を誘った。敵との高低差がありすぎる。魔法の有効性が見出されつつあるとはいえ、真上から見下ろされんばかりの位置関係で、範囲魔法を効果的に展開できるのか?ウィザードは懸命に考えを巡らせた。その傍に付き従っているシーファも、初手をどう打ったものか決めかねている。
* * *
「ここから範囲氷結の術式が届くか?」
ウィザードがシーファに問う。
「届かないことはありませんが、効果は薄いと思います。それより、敵が高所に陣取っているのが危険です。上から斉射されてはひとたまりもありません。」
気の強いシーファの声も心なしか震えていた。
「その通りだな。…攻撃の方法はあたしが何とか考える。お前たちはとにかく防御障壁を何重にも張りめぐらせろ。とにかくアカデミー全体を守らなければいけない。いいな!」
「はい!」
そう言うと、シーファたちは防御障壁を何層にも繰り出して敵の攻撃に備えた。障壁の範囲は広く、層も深く、前庭に繋がる学舎の全体を覆うように展開している。
そこをめがけて敵陣が錬金銃砲を発砲してきた!幸いにも通常弾のようであったが、しかし銃器は連射特化型の代物だ。高い角度から、まるで水を浴びせかけるように銃弾の雨が降り注ぐ。治安維持部隊の隊員は、なおも懸命に防御障壁を展開し続けるが、その守りは少しずつ不安定になってきた。
*協力して上空に巨大なシールドを展開する治安維持部隊のメンバー。
「先生、もうこれ以上は…。」
片膝をつきそうになるシーファ。
「泣き言を言うな!今何とかする!」
『水と氷を司る者よ。法具を介して助力を請わん。我は汝の敬虔な庇護者なり。我が手をして大気の力を奪わしめよ。今、あたりを極寒の冷気で覆わん。凍りつかせ、固く、脆くせよ。熱気冷奪:Chill Out!』
ウィザードが範囲氷結の術式を上空に向けて放った!気温が一気に下がり、敵の背のローターには霜が絡む。冷却のおかげで幾分かは敵の行動も鈍り、銃撃の猛烈さが緩む。また、その外装に施される絶縁用のシーリングを多分に劣化させていった。
「今だ!雷撃を放て!」
ウィザードの声に合わせて、前衛にいた数名の隊員が、雷撃を繰り出す!
*上空に向けて雷撃を放つ部隊員。
それは、深夜の漆黒を引き裂くようにまばゆい閃光を放ちながら、急冷却のために動きを鈍くした『人為の兵士』を的確に捉えていった。耳をつんざく鋭い音とともに激しい火花を上げて数体が墜落する。しかし、落ちる数より補充される数の方が多い!このままでは追いつめられるのも時間の問題だ!ウィザードの顔が美しくゆがむ。何か打開策を見出さなければ!
* * *
再び頭上の錬金銃砲がうなりを上げた。降り注ぐ弾丸の積層。巨大なシールドのその全てが一度に綻ぶということはなかったが、その力は次第に弱まり、幾発かの銃弾に貫通を許すようになった。部隊員の数名に害が及ぶ。腕や足に走る激痛に堪え、血しぶきをあげながらも、彼女たちはなお耐えてシールドを維持しようと懸命に力を尽くしている。
『火と光を司る者よ。法具を介して助力を請う。我は汝の敬虔な庇護者なり。我が手に猛烈な炎の渦をなさしめて、我が敵を薙ぎ払わん。天候と空気を司る者とともになして、薙ぎ払え!炎の竜巻:Flaming Tornado!』
高等術式を放ったのはシーファだった!
*業火が織りなす竜巻を引き起こすシーファ。
猛烈な炎の波が渦をなして上空の兵団を襲う。それは、錬金金属製の体躯を赤熱させて敵を悶えさせた。降り注ぐ銃弾の勢いは顕著に弱まる。シールドも力を取り戻すが、しかし、その業火の渦は敵を撃ち落とすまでには至らなかった。
「シーファ、よくやった!だが、どうにもこのあたりで潮時だな。あとはあたしが引き受ける。お前は負傷兵を連れてここから離脱しろ!」
覚悟を決めるウィザードの声は重い。
「!?先生を残してそんなことはできません!」
シーファは彼女の命を拒むが、茜色の瞳は決意を揺るがせたりはしない。
「全滅したらそれこそ後がない。とにかく早く引け!これは命令だ!」
「つっ…わかりました。」
うなだれるシーファが後ろを振り返り、退却指示を上級生の部隊長に伝達しようとしたそのときのことだ!前庭の後方に巨大な魔法陣が展開し、そこから、人影が現れるではないか!
「挟撃!?」
一瞬、その場が凍り付くが、姿を現したのはよく見知った人物だった。
「まぁまぁ、あのガサツなウィザードがアカデミーの教授様とは恐れ入るわね!」
「リリー!」
「リリー店長!」
その声と確かに面識のある二人が思わず声を上げる。
「お姉さま、でしょ?相変わらず物覚えの悪い子ね。」
そう言うや、彼は膨大な魔力の放出を伴う大きな魔法陣を地面に描き、召喚術式の詠唱を始めた。
『生命と霊の安定を司る者よ。秘宝を介して秘術を成そう。冥府の門を開き、呪わしき竜を呼び出せ。其は暗黒の王なり。その吐息は全てを腐らせ、全てを無に帰す。暗黒竜召喚:Summon of Dark Dragon!』
詠唱が終わり、地面に刻まれた魔法陣が一層禍々しい色を放ったかと思うと、そこから恐ろしくも威厳をたたえた漆黒の竜が召喚された。
*リリーが冥府の門から召喚した暗黒竜。
竜は、魔法陣を抜け出して鳥のように身をひねると大きな翼をはためかせてさっと上空に巨躯を繰り出し、その口から酷い臭いの腐食性のブレス(吐息)を敵陣めがけて吐き出した。その威力は実に冥府の王の名にふさわしいもので、上空に蠢く『人為の兵士』を構成する錬金金属を瞬く間に腐らせ、錆びさせてぼろぼろにした。頭上からは、形を保てなくなった錆屑と金属片がぽろぽろとはげ落ちて来る。
「シーファ!いまだ!バラバラにしてやれ!」
それを聞いてシーファがさっと敵に向き合う。腐食した体躯はぎこちない音を立てるばかりで、もはや浮いているのが精いっぱいという有様であった。
『天候と空気を司る者よ。法具を介して助力を請う。我は汝の敬虔な庇護者なり。我が手をして大気を振動なさしめよ。触れたものを悉く破砕せん!共振:Resonance!』
*高等術式で上空の空気を激しく共振させるシーファ。
びりびりとした空気振動を幾重にも発するその術式効果はてきめんだった!脆く朽ちた錬金金属製の体躯は、揺れる空気の波と接するやガタガタと震えだし、いよいよその構造体を砕きこぼしていった。やがて、1体、また1体と墜落を始め、最後には落ちる前にその全てが空中で四散した。金属片が降り注ぐけたたましい音があたりに一時の騒乱をもたらしたあとで深夜らしい静寂があたりに戻ってきた。アカデミーの前庭を乾いた風が駆け抜けていく。
しかし、運命は彼女たちに休む間を与えてはくれなかった。
* * *
とても尋常とは思えない地響きがあたりにこだまする。
「なんだこれは!」
ウィザードとシーファは反射的に駆け出して、中央尖塔下のゲートを抜けてアカデミー前通りに出た。その眼前に信じられない光景が広がっている。
*ウィザードとシーファの視界に映ったもの。
地響きの発生源は、なんと身の丈15メートルに迫ろうかという超巨大な『人為の兵士』で、全身に薄気味悪い魔術光を放ちながら、南大通りを通ってアカデミーに近づいて来ていた。
「さっきの連中、こんなものまで運んで来ていたのか!?とてもじゃねぇが、こんなの相手にできねぇぜ。」
ウィザードに色濃い焦りの表情が浮かぶ。
「先生、どうしますか?」
シーファの声はすっかり恐怖に囚われていた。
「とにかくこれ以上こいつを前進させればアカデミーは壊滅だ。なんとしてもここで食い止める必要がある。とにかく、おまえはリリーと一緒に負傷兵とアカデミーに残る全員を連れて裏門からインディゴ・モースに移動しろ。もちろん、ダリアン参謀顧問とセリアン副官も忘れるな。いいな!これは命令だ。速やかに実行しろ!居場所がなくなるぞ!」
「わ、わかりました。でも先生はどうするのですか?せめて私だけでもお供します。」
「いや、これはあたしの仕事だ。というより人間の手には負えない。」
シーファはその言葉にはっとする。
「わかりました。先生、ご武運を。」
「ああ、ただでは死なないさ。お前に会えてよかった。行け!」
そう言うとウィザードは払いのけるようにして彼女を前庭に戻した。シーファが部隊長に命令を伝達したことで分隊がすぐさま行動を開始し、命令を着実に実行しているのがわかる。ウィザードは覚悟を決めた。
「まったく、誰の差し金かは知らねぇが、頭のおかしい連中がいたものだぜ。こんな狂ったものまで創り出しやがって!おい、木偶の坊。あたしが相手をしてやる。覚悟しやがれ。」
『契約に従い、我に力を。我は汝を継承する者なり。天使化:Angelize!』
その場に大きな魔法陣が広がり、放たれた光がウィザードの身体を包む。やがて彼女は人型の光となってまぶしいほどに輝いた後、ゆっくりとその瞬きを翳らせながら、真の姿を明らかにした。
*天使化したウィザード。
「さぁ、来やがれ!どうせテメェの弱点は分かってるんだ!」
『火と光を司る者よ。その胸襟を開き、我が手に奇跡を成させしめよ!我は汝の継承者なり。太陽の業火で我が敵を溶かしつくせ!太陽風:Sun Flare!』
*火領域にある奇跡の力を放つウィザード。
ウィザードの右手に小さな太陽と思しき恒星が召喚され、それはおよそ地上のものとは思えない業火を噴き出しながら、目前の異様な巨躯を覆い焼き尽くしていく。瞬く間に金属製のその身体は赤熱し、一部は蒸発を始めていた。表面はだらしなく溶け出し、尋常ならざる熱気の中で巨人はもだえ苦しんでいる。だが、ウィザードの攻撃はそれでは終わらない。
『水と氷を司る者よ。その胸襟を開き、我が手に奇跡を成さしめよ!我は汝の盟友なり。星を凍り付かせん!惑星凍結:Ice Globe!』
*水と氷の領域の奇跡を実行するウィザード。
今度はその手に氷の極小惑星が形成され、そこから猛烈な冷気が解き放たれた。それは限界まで加熱されていた巨躯をたちまちのうちに凍り付かせ、その体躯を織りなす錬金金属をずたずたに引き裂いた。奇跡的な術式を立て続けに浴びたことで、目前の脅威は今にも崩れ落ちそうであったが、ウィザードはその手を緩めることをしなかった。
「これで終わりだ!くたばりな!」
そう言うとウィザードは、いや火と光の天使は、手にした炎の大剣をその大きな上体のど真ん中にまっすぐ突き立てた!
ぐおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!
深夜の天球の全体を震わせるような不気味な断末魔を上げて、巨大機化は粉々になりながら、その場に完全に頽れた。奇跡的な力の放出によって、アカデミー前通りはねじ曲がり、そのまま凍り付いている。その場には、1柱の天使だけが、美しい翼をなびかせながら静かにたたずんでいた。次の刹那、彼女は上空へと身をひるがえして闇夜を飾る瞬きの間に消えていく…。
身を震わせるような静けさだけが、その場を支配していた。
外から聞こえ来る恐ろしい断末魔を耳にして、危急が去ったことを悟ったシーファたちは、避難作業を一時中断してダリアンに指示を仰いだ。彼は、アカデミーの前で金属屑と化したかつての脅威を見て、インディゴ・モースへの退避は必要ないと直ちに判断して、再び最高評議会議事堂を作戦参謀本部として使用する決定を下した。そこにウィザードの姿がないことにシーファは気をもんでいたが、避難行動を中止して特に幼少の学徒達を宿舎に戻すなどの任務にまずは注力した。子どもたちの瞳は恐怖に潤んでいたが、シーファたちの懸命の促しと介助によって徐々に落ち着きを取り戻していった。アカデミー前の外には、焼け落ちた金属の嫌な匂いが立ち込めていたが、闇夜を駆ける初夏の風がそれらを洗い去っていってくれた。一時騒然となったアカデミーの学舎に再び深夜の落ち着きが取り戻されていく。
シーファは、ウィザードの姿を探してせわしなくあたりを見回していた。その焦燥を知ってか知らずか、リリーが彼女の頭にそっと優しく手を置いてやっている。深い闇の中で、前庭の植木だけが枝をゆすっていた。夜明けはまだ遠い。
* * *
一方、ここは同時刻のルート35。難敵を退けたばかりのリアンとカレンの耳に、聞き覚えのある不気味な声が、響いてくる。
「あらあら、またもやおいたの好きな小娘どもが暴れているわねぇ。でも、それももうここまでよ。あたしの身体を返してもらわないとねぇ。」
それは、かのエヴリン・シンクレア看護師長の声であった。かの夜、その首を確かに討ったはずのリアンとカレンには状況が俄かには分からなかった。
「物わかりの悪い子たちだねぇ。あんたら、あの時私の首を置きっぱなしにしただろう?私たちの卓越した技術力があればね、脳髄さえ無事なら身体なんて何度でも、何とでもなるのさ。そう、お前たちの間抜けのおかげで私はこうして再開できたんだよ。感謝しないとねぇ。それじゃあ折角だから、お前さんたちのその若くて美しい身体をもらうことにしよう。そろそろこの機械の身体にも飽きてきたところだしね。」
そう言う声は、暗闇の中からゆっくりとおぞましい形を得た。
*変わり果てた姿のエヴリン・シンクレア看護師長。
その姿は変わり果てていて、全身はもとより頭部までが完全に機械化されており、瞳は橙色に輝く薄気味悪い魔術光を放っている。また、両手には特殊な錬金銃砲と思しきものを備えており、見た者を沈黙させるに十分な異様であった。
「よくもまぁ、これだけ残酷なことをしてくれたものだよ。彼らにだってちゃんと命があったんだよ。お嬢ちゃんたちが全部壊しちゃったけどね。」
機械的に輻輳する声で、エヴリン師長はそう囁く。緊張が俄かに高まった。
「おい、こいつはいったい何を言っているんだ?」
シメン&シアノウェル病院でのいきさつを直接には知らないレイ少尉は驚きを隠せないでいる。
「とにかく、こいつは悪の枢軸のうちの1つですよ。」
「これまで倒してきた『人為の兵士』たちは、実は彼らの計画の被害者でもあるんです。」
リアンとカレンがかいつまんで事情を説明するが、レイ少尉はいよいよ分からないという顔をしていた。
「とにかく、こいつを排除しろということだな!?」
「そうです。」
レイ少尉の問いに、二人はそう答える。アイラも頷いた。
「この私を排除だって?馬鹿なことを言う。身の程知らずとはお前たちのことだ。」
そう言うが早いか、エヴリン師長は、左手に持つシリンジ型の錬金銃砲をレイ少尉に向けて素早く撃ち出した。咄嗟のことで、防御術式は展開が間に合わず、銃撃は少尉の脇腹に命中した。顔をゆがめてうずくまるレイ少尉。撃ち出されたものは銃弾ではなく、何かの毒のようで、少尉は膝をつき身体を二つ折りにして傷口を抑えながら、しかしその目が次第に虚ろになっていく。
「どうだい?よく効くだろう。私も医療従事者の端くれなんでね。一番厄介そうなあんたにはそこでしばらくじっとしていてもらうよ。心配しなくてもその美しい身体はあとで私が使ってあげるわ。残念ながら、頭はすげかけるけどね。」
そう言うと、師長は高らかに笑った。
「笑止!」
そう言ってさっと身をひるがえし、体術を繰り出したのはアイラだ。しかし、エヴリン師長の応答速度は機械化によって相当に強化されているようで、アイラの流れるような身のこなしよりも早くに今度は右手の錬金銃砲を撃ち出してきた!弾丸が、アイラの腿と脛に命中する。
その勢いで後ろ手に薙ぎ払われ、アイラはうつぶせになって痛みに耐える格好となった。被弾した個所からの流血が痛々しい。アイラもまた戦う術を奪われてしまった今、残るはリアンとカレンの二人、ちょうどあの夜の鏡の世界の中と同じ構図となった。カレンは少尉とアイラが気がかりでならないが、異様な姿に威圧されてすぐに彼女たちの下に駆け寄るということもできない。額からは嫌な汗があふれ、頬を伝って首筋に流れ落ちていった。
「おやおや、どうしたね。この前の勢いはどこへいったのかな?お仕置きのやり直しをしようじゃあないか。」
そう言って錬金銃砲を構える師長。さっと前に身を乗り出してリアンが氷結術式を放とうとするが、師長の反応は彼女の詠唱よりもはるかに速い!
暗闇に銃声が2発こだましたかと思うと、それはリアンの肩口と脇腹をとらえ、瞬く間に彼女を組み伏せた。身体を横たえて全身に走る痛みに悶えるリアン。
「リアン!!」
カレンが反射的に呼びかけるが、激痛との戦いが精いっぱいでリアンは返事をすることができない!
しかし、こうも反応が早いとは!!師長はこちらが仕掛けるより前に、こちらの動きを封殺する素早さを持っているのだ。彼らの言う、「人間を越えた人為の存在の製造」というのは、少なくとも技術の点では間違いがないように思えた。この脅威と果たしてどう向き合うべきか、その場に残されたカレンは決断を迫られている。
どうする?後方に展開する部隊がここに追いついてくるのを待つという選択はある。しかし、そんなことをしていてはリアンとアイラが危険だ。また、少尉に打ち込まれた毒が致命的なものでない保証はどこにもない。特に、脳髄の破壊について躊躇いはないはずだ。そうであればこそ一刻も早く事態を打開しなければならない。しかし、術式を詠唱しようとしても、師長の動きの方が間違いなく早い。もしここで自分がやられてしまえば、全員の命が助かるまい。カレンの小さな体が、焦燥と緊張で強張っていく。
* * *
-お願いね。これで、あなた自身とあなたの大切なお友達を守ってちょうだい。きっと約束よ。-
その時、カレンの脳裏にユイアが残した言葉が浮かんだ。小指にはまだあの時の約束の感触が残っている。-あなた自身とあなたの大切なお友達を守って-そのために、ユイアは彼女に切り札を用意してくれていたのだ。
「どうしたね?残りはあんた一人だよ。もうそろそろここらで終わりにしようじゃないか?人間を越えた素晴らしい力を存分に味わっただろう?もうすぐお前にもこの力をくれてやるからありがたく思いなさい。」
そう言って迫りくる師長に、カレンは言い放った。
「人間を超える、ですか…。いいでしょう。その切り札があなた方だけのものだと思わないことです。」
「どういう意味だ、それは!?」
初めてエヴリン師長の言葉に動揺の色が被さる。
「こういう意味です!」
そう言うと、カレンはローブのポケットから例の卵を取り出し、それを目の前に掲げると意を決して詠唱を始めた!
『閃光と雷を司る者よ。我は汝といま契約せん。我は神秘の継承者なり。汝が意志を継ぎ、その力をなさしめよ。星天の見守りの中で永遠の誓いをなさん。星々の盟約:Astral Dogma!』
「なんだ!!」
エヴリン師長の隠せない驚きの前で、周囲の宵闇を真昼のように変えるまばゆい魔法陣が夥しい量の魔法光を解き放ち、カレンの身体を飲み込んでいった。人型の光は、静かに、眩く、その身体に転化をもたらしていく。やがて、まぶしいうねりの中から、美しい翼と天使の輪を備えたカレンがその姿を現した。
*『天使の卵』に身を委ね転身したカレン。
それは、ネクロマンサーから授かったロードクロサイトの短刀に、『憑依武具:Possessed Weapons』の術式による麗しい輝きをまとわせた、光の長剣を携えている。
「なんだ、それは!?お前は何者だ!!」
エヴリン師長の声が驚きに震えている。
「それはこれからわかるでしょう。いきますよ!」
神々しい響きを持つ声で師長を圧倒するカレン。今、異なる仕方で人を捨てた者の力が遂に交わる。
その有様を、リアンとアイラ、そしてレイ少尉の虚ろな瞳が見守っていた。
Echoes after the Episode
今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。今回のエピソードを通して、
・お目にとまったキャラクター、
・ご興味を引いた場面、
・そのほか今後へのご要望やご感想、
などなど、コメントでお寄せいただけましたら大変うれしく思います。これからも、愛で紡ぐ現代架空魔術目録シリーズをよろしくお願い申し上げます。




