第4節『深夜の攻防』
デイ・コンパリソン通り上でネクロマンサーたちが新たな脅威に直面しようとしていたまさにその時、山の反対面のすそ野を走るルート35の上の拠点では、学徒出陣部隊として派遣されたリアンたちが先遣防衛隊との合流を果たした後、わずかに与えられた休息を終えて、夜警の準備に取り掛かっていた。すでに夜は更け、時刻はほどなく日付の境界を跨ごうとしている。
リアン、カレン、アイラの3人は、レイ・ライホウという名の若きオン・マスターが指揮する約50名から成る小隊の一翼を担っていた。それは『第67独立魔導士隊』と称し、レイは少尉としてその小隊長の任に就いていた。彼女は『終学:Master』の資格を得たばかりのオン・マスター(初頭のマスタークラス)であったが、高等部時代にはアンデッド集団『彷徨える屍』から辺境都市を防衛すべく組織された自警団に加わった経験を持ち、その時に執った指揮の卓抜さで名をあげた経験を持っていた。当時まだ『権威:Expert』であった彼女が現場指揮を執ることになったのは全くの偶発であったが、その功績を高く評価されて、今回小隊の現場指揮官に抜擢されたのである。閃光と雷、火と光の領域の術式に優れ、魔法使いとしても相応の力量を有していたが、何より視野が広く、周辺事情や現場状況の瞬発的な認識判断に長けるという際立つ特性を持っていた。若くして指揮官として優れた才能の片鱗をのぞかせていたのである。
*リアンたちの所属する小隊を指揮するレイ・ライホウ指揮官。ラファエルの分野に精通しているほか、ミカエルの術式を得意とする。
今、その指揮下で、リアン、カレン、アイラは夜警のための備えを行っていた。
「先ほど、参謀本部から至急の入電があった。これまで魔法は通用しないとされてきた敵勢力であるが、低温氷結の術式の後、雷撃の術式を加えることで有効な効果を発揮できることが判明したそうだ。従って、錬金銃砲装備の重装術士隊を最前列に、その次に銃砲団を、更にその後に魔術師と魔導士を配置する。術士団、銃砲団、魔法使いの順に前から整然と並んで防波堤を形成するのだ。術士団と銃砲団の射撃で敵の前進を抑制し、敵の攻勢が鈍ったところで魔法による殲滅攻撃を仕掛ける。急いで、隊列を成せ!偵察からの報告では今夜夜襲があるはずだ。慎重かつ迅速に整列せよ。いいな!」
「レイ少尉、厳しいけれど、聡明な方なのですよ。」
低温氷結の術式のために最適な装備を身に付けながら、リアンが言った。
「そうですね。それにしても、相手に魔法が通用するようになったというのは朗報です。これでやっと攻勢に転じることができますね。」
そう応じるカレン。
「アカデミーに残った先生やシーファさんも心配です。別働になるとは思ってもみませんでしたから。いずれにしてもお二人は私が援護します!」
二人を元気づけようとアイラは気を張った。三人の連帯は否応なしに高まっているようだ。前から順に指示された仕方で列を成し、防御線を形作っていく。リアンたちの小隊は全部で50,それなりの防御壁が見事に組みあがった。
「諸君、いいだろう。優秀な学徒を率いることができて光栄に思う。諸君らがこうして実践に赴くなど、本来はあるべきでない。しかし、事情はアカデミー出立の際、作戦参謀長の魔法学部教授から説明があった通りだ。ここを抜かれることは、中央市街区陥落に繋がる大きな危険を孕む。万一にもそうなれば、諸君らの学び舎、恩師、家族、友人らが敵の蹂躙を直接に受けることになるのだ。それだけはなんとしても防がなければならない。覚悟してここを死守するぞ。よろしいか!」
「はい!」
厳格な訓示の後に、整然とした返事が返る。場の空気は一気に張り詰め、揺るぎない緊張感が張り詰めていった。夜半から深夜に至り、風は少しずつ渇いて日没頃の湿気た南風に蝕まれる不快な感覚はなくなったが、今度はその冷たさが不気味さと不安を鋭く惹起し始めた。その冷ややかさと反対に、握る手には汗がにじむ。
*リアンたちが所属する『第67独立魔導士隊』の部隊章。
ルート35は、市道のデイ・コンパリソン通りとは違い、幅の広い国道である。そのため、渡だけで30メートル弱はあり、かつ幹線道路のため無駄にだだっ広く、設置したバリケードと人的布陣のみででは乱戦に陥りやすい状況にあった。現場司令部は、敵兵士との銃撃戦を想定しており、攻撃の応酬によって一定距離に相手を釘付けにできれば、進行速度を削いでいる隙に後方の魔法使いが放つ殲滅性の魔法によって敵部隊を退けられるという作戦シナリオを描いているようであった。少なくとも、先に行われたデイ・コンパリソン通りの防衛戦においては、その作戦布陣が奏功したのだと伝え聞いていたのだ。しかし、その現場司令部の決定に一抹の不安を禁じ得なかった者がひとりいた。レイ少尉である。
デイ・コンパリソン通りでの防衛戦から既に1時間半ほど経過している。我々が敵の弱点を把握し、効果的な攻め方について情報を共有しているということは、敵方にもまた同じ準備と対策が整いつつあると考えた方がよい。前衛から後衛まで、万全に布陣した防波堤による整然とした射撃という陣形戦を相手方は本当に許してくれるのか?レイ指揮官はひとりそんなことを思い悩んでいた。特に、最前列の術士と次の銃砲部隊の得物は錬金銃砲であり、白兵戦向きの武具を携えているわけではない。肉弾戦距離での乱戦となれば、銃砲は寧ろ誤射の危険があって使用効率が落ちる。
レイ少尉は、司令部での軍議で、せめて最前列の術士隊には、有効な白兵戦武具を準備させるべきと具申したが、装備重量の過大によって携帯可能な弾薬数量が制限されるという理由で退けられた。護身用の基本的な近接戦闘用武具の携帯だけでよい、というのが現場司令部の決定である。ここは戦場、上命下達は絶対だ!レイ指揮官は脳裏を泳ぐ重苦しい不安を払いのけるように敬礼して、司令部を後にした。
外の風は冷たさを一層際立たせている。都市の上空をか細くひょうひょうと鳴る風が実に耳に不快であった。
* * *
陣形を固め、敵の侵攻をじっと待つ…。1時間ほど経たであろうか、舗装された固い道を数多の金属が踏みしめるような音が聞こえ始め、それはどんどんと大きくなってきた。その場の誰もが身体を固くする。やがて、敵方が灯す魔術灯火が視界に入ってきた。ついにその時が来たのだ!
だがおかしい…。互いに錬金銃砲を撃ち合うなら、そろそろ敵方の移動速度は鈍くなるはずだ。ところが一向にその勢いは衰える気配を見せない。レイ少尉が魔術式の夜間望遠拡大鏡で敵の集団を見やると、彼らはなんと錬金銃砲ではなく白兵戦用武具で武装しているではないか!
「やられた!」
そう、彼女の懸念は見事に当たってしまったのだ!錬金銃砲と魔法による波状攻撃に効果のあることを経験した敵方は、あえて白兵戦距離での乱戦に持ち込むことで、錬金銃砲のと範囲術式の行使による一方的な展開を封殺しにかかってきたのだ。取り囲まれてしまえば、錬金銃砲も魔法も満足に放てないことになる!レイ少尉は声を上げた!!
*レイ少尉の悪い予感を的中させる装備で襲い掛かって来る『人為の兵士』の集団。
「敵を接近させるな!銃砲隊は即時・任意に発砲しろ。牽制して足止めするのだ!術士隊は直ぐに白兵戦用装備に切り替えろ!ぐずぐずすると乱戦になるぞ。魔法使いは距離を取れ!後退だ!早く!」
他の部隊からも発砲が始まる。『徹甲法弾』を使った斉射の効果は高く、敵前衛をどんどんと蹴散らしていくが、それでも『人為の兵士』はその屍を踏み越える金属の波のようにして、群れ成して襲い掛かって来る!
「撃て!とにかく撃ちまくれ!隣接させるな!撃ちまくれ!」
レイ少尉の声が響く。周りを見ると、この状況に驚いたのか、部隊全員を後退させている指揮官がいる。
「バカな!こんなところで守備隊形を崩せば敵の思うつぼだ!何をやっている。切れ目から回り込まれたら包囲されるぞ!」
しかし、その声は他部隊の兵士には届かない。
「くそ!なんてことだ。完全に裏をかかれた!」
レイ少尉はしきりに周囲に目を配っている。しかし、その間も敵との距離はどんどん詰詰まってきていた。『第67独立魔法隊』!持ち場にとどまれ。銃砲部隊は牽制射撃の手を緩めるんじゃないぞ。絶対に弾幕を切らすな!術士隊は白兵戦の用意を!魔法使いは単体攻撃術式で臨機に応戦しろ。間違っても味方を背中から範囲術式を放つなよ!」
次第に近づく相手の鬨の声にかき消されそうになりながらも、レイ少尉は懸命に檄を飛ばした。彼女の最も近くにいたリアンたちは、間近に迫って来る錬金金属の化け物の急襲からレイ少尉を守るために、彼女を隊列の奥へ押し戻そうと懸命だ。
「少尉、奥へ。ここは危険です。」
アイラが彼女をかばうようにして前に出た。
「私のことはいいから、お前たちは自分の仕事をしろ!」
アイラを払いのけるように言うレイ指揮官。
「いけません。少尉を失えばそれこそ総崩れになります。お早く!」
カレンも必死だ。リアンは、クリスタル製の美しい剣と錬金銃砲を身構えて、銃撃で敵の牽制を続けている。
整然と迫りくる錬金金属の波と波打ち際でも乱れもつれる砂のような防御線がついに交錯した!会敵だ!
指揮官の懸念は不幸にも的中し、敵方の計略の通りアカデミーの防衛部隊は細断され、細分化されて数人ごとに取り囲まれる格好となった。銃砲団はあちこちに見える仲間の背中のために思うように弾丸を繰り出せない。魔法使いもまた同様だ。結局、魔法使いとしては最も不利な白兵戦によって、入り乱れる敵性勢力を撃退しなければならない状況に追い込まれてしまったのである。
*白兵戦による乱戦となった深夜の市街地。
ちょうど敵勢力と衝突した刹那の偶然の位置関係で、レイ少尉、リアン、カレンとアイラが1団として敵に囲まれる格好になった。
「くそ、やはり乱戦になってしまったか!」
読みを実戦に活かすことのできなかった悔しさをレイ少尉は滲ませる。
「こうなっては仕方ありません。」
声を上げたのはカレンだ。
「各個撃破で、機会を待つですよ!」
リアンも覚悟とうに覚悟はできている。
「最前衛は私が引き受けます。とにかく皆さんで活路を開いてください!」
アイラは身体を張って敵と対峙した。その場はまさに騒然である!。
* * *
少尉とリアンは剣で応戦し、カレンは『武具憑依:Possessed Weapons』の術式で刃を拡張した短刀を振っている。最も白兵戦に長ける術士のアイラは、拳に装着した巨大なガントレットを魔術で威力拡張しながら、舞うように美しい体術を流れるように繰り出して敵と対峙していた。リアンは錬金銃砲との二刀流だが、やはり弾丸の撃ち出しにはためらいがあるようだ。敵が携える剣や斧、槍などの白兵戦武具と彼女たちの得物が交わる度に、硬い金属が擦れ合いぶつかり合う耳障りな音があたりにこだまする。それは上空で啼き続ける鋭い風の音とともに首筋に嫌な震えを呼び起こした。はたしてそれが恐怖の故か武者震いなのかは当の少女たちにも分からぬままに、その美しい四肢へのピントを鈍いものにしている。
「あれを見て欲しいのですよ!」
リアンが突然に声を上げた。小さな体をかいくって敵の攻撃を交わしたり斬りつけたりと忙しくしながら、その美しい瞳はある一点を見つめている。
「どうしたの、リアン!」
カレンがそれに応じる。
「あれを!」
その声に促されてリアンの視線に視線を重ねると、その先には一際背丈の大きい『人為の兵士』の姿があった。
「リアン、あれがどうしたのですか?」
迫りくる刃や拳を必死にかわしながら訊くカレン。
「あのおっきいのが、おそらく司令塔なのです。あれをやれば敵は統率を失うですよ。」
その声は震えながらも自信に満ちている。シメン&シアノウェル病院で見せた通り、魔術電算機器に関するリアンの知識には卓越したものがある。それはカレンにとっての確信でもあった。
「わかったわ。とにかく少尉に伝えましょう!」
「はい、なのです。」
そう言うと、カレンは目前の敵をかいくぐり前方にさっと身をひるがえすと、その先で敵と対峙しているレイ少尉と背中を合わせた。カレンの行く手を遮ろうとした『人為の兵士』はリアンの剣で倒されている。
「レイ少尉!」
指揮官の横顔に向かってカレンは話しかけた。
「なんだ、こんな時に。集中しないと死ぬぞ!」
少尉の言葉は厳しい。それくらいに状況は逼迫しているのだ。
「わかっていますが、あの大きい兵士を見てください。リアンが言うにはあれが司令塔で、あれを落とせば敵の指揮系統が瓦解するのだそうです。ですから、攻撃目標をそこに絞りましょう。」
凛として意見を伝えるカレン。その声色の真剣さにレイ指揮官も聞く耳を得たようだ。
「そうか、それは朗報だが、こうも有象無象に囲まれたのでは、近づくこともままならんぞ。どうするつもりだ!?」
「それは…。」
カレンは周囲を改めて見やるが、敵の数が多い上に多分に仲間が混じっていて効果的に敵を蹴散らすのはやはり難しい。
「君の言うことを試したいが、この状況では手詰まりだ。とにかく各個撃破で近づくしかあるまいな。」
カレンの進言に可能性を見出しつつも、レイは苦々しい言葉を発す。その通り、敵陣は巧みにその指揮官らしき『人為の兵士』を守護していて、そこに至る活路を開くことはなかなか容易ではなかった。
首筋を伝う汗が、焦燥と疲労を思い出させる。乱戦が始まってからもうずいぶん時間が経つ。戦い続ける少女たちに色濃い疲れが見え始めた。何らか手を講じなければ!そう思った時だった!
* * *
「ひよっこたち!ずいぶんとお困りの様じゃないか!」
リアンの背後で聞き覚えのある声がした。振り返るとそこには見知った顔が二つある。
「キャシー、いえ、キャサリンさん!ユーティーさん!」
そう、思わぬ声をかけてきたのは、かつて金を巡って争い、その末に和解したサナトリウムの経営者キャサリン・ハッターと、ダイアニンストの森に潜む神秘の魔法使いユーティー・ディーマーの二人であった。
*彼女たちに力を貸すべく現れたキャサリン・ハッターとユーティー・ディーマー。
「名前なんてどっちでもいいさね。私は私だよ。」
「まぁ、キャシー。もうこの子達の前でそんなに悪人ぶらなくてもいいんじゃなくて?」
聞こえる声が頼もしい。
「来てくれたんですか!」
おもわずカレンが声を上げた。
「おうともね。この金属塊の出来損ないが大挙して『ダイアニンストの森』を抜けていったんでね。どうやらあのしけた森にもこいつらを手引きする悪党がいたようだよ。そんなわけで、飛んできたとのさ。」
「あの背の高いのが司令塔なのね。周囲の連中は何とかするから、あなたたちは早く行きなさい!」
ユーティーが背中を押してくれる。
「でも、この乱戦状況でどうしますか?集団攻撃魔法が使えないんです。」
カレンが声を曇らせた。
「そんなことを心配していたのかい?一番賢いお嬢ちゃんにも、かわいいところがあるじゃないか。まあ結果を御覧じろだ!」
そう言うとキャシーは詠唱を始めた。
『邪悪なる海の生物よ。今汝に力を授けよう。我と契約せよ。その欲望を露わにして、破壊と混沌をもたらせ。召喚!雷を操る海の魔物:Summon of Thunder Jelly!』
*キャシーの独特の召喚術で召喚された巨大な痺れクラゲ。触手には高圧の電機が滾っている。
詠唱が終わるや、深夜の市街地をネオンで一気に照らし出すかのようなまばゆい光を放つ巨大な海の魔物が召喚された。それは大きな痺れクラゲで、膨大な電力をその体躯に蓄えているようで、その身体から生える無数の触手には鋭い高圧の電流が滾っていた。
「さぁ!ユーティー、前座は任せたよ!」
「ええ。あとはお願ね、キャシー!」
そう言うと、ユーティーは『熱気冷奪:Chill Out』の術式を大出力で繰り出した。
*『熱気冷奪:Chill Out』の術式を駆使するユーティー。
瞬く間にあたりの気温が低下して、ゴムや樹脂といった弾力のある素材は固く脆く歪になる。しかし、攻撃性の術式ではないため、周囲の味方に寒さ以上の影響を与えることはなかった。
「さぁ、細工は流々よ。あとは仕上げをお願いね。」
「おうともさ!契約に従い、我が敵を滅ぼせ!!」
キャシーの召喚した巨大痺れクラゲには敵味方の識別ができるようで、冷え固まった『人為の兵士』をその無数の触手で捕らえては、劣化した外装の隙間から高圧電流を流し込み焼き尽くしていく。触手は返す返す何度もうねって繰り出されては、手近をうろつく『人為の兵士』を根こそぎ焼き払っていった。先ほどまで、司令塔と思しき巨大兵士に近づく術すら考えられなかったというのに、それに至る道が遂に開いたのである。
「何をぼーっと、見てるんだい!さっさと行きな!」
「急ぐのよ!あれをやれば敵は瓦解するわ!」
熟練魔法使い二人に促されて、リアンたちは一目散に駆けて行く。二人とは面識がなく今一状況を飲み込めないレイ少尉も、しかしこれを絶好の好機と見て巨躯の『人為の兵士』の下へと駆けて行った。
ユーティーの術式ですっかり冷え切った空気を切ってすすむと全身の汗が一気にさらわれる。凍り付きそうな寒さを覚えながらも、湧き上がる力を滾らせて4人は先を急いだ。やがて、敵司令塔と思しき存在が間近に迫る。
* * *
*ついに近づくことができた敵の司令塔の役目を果たす『人為の兵士』。
それは、胸の中央に眩いばかりの魔術光を輝かせながら、同時に色の異なる青白い光を両手にも滾らせて、何かを操るように両手を頻りに繰り出しながらそこに佇んでいた。他の敵兵と同様、錬金金属を組み合わせて作られた異形の体躯の上にその実を守るようにローブをまとっている。互いを射程に捉えられるだけの距離で相対しているが、その異形は黙々と不気味に立ち尽くしている。しかし、その両腕だけはコンサートの指揮を執るかのように軽やかにも妖しく動き続けていた。
「ここまでです。」
カレンが迫る。
「私は『第67独立魔導士隊』の指揮官、レイ・ライホウ少尉だ。貴官が指揮官とお見受けする。後はない。降伏されるなら武具をこちらに差し出されよ。」
交戦部隊間の儀礼に従ったやり取りでレイ少尉は降伏を迫るが、相手は一向に様子を変えるそぶりを見せない。ただただその場に佇んで、じっと指揮を続けている。
「従わないのならば、排除するまでですよ!カレン、私に続いてください。」
そう言うが早いか、『熱気冷奪:Chill Out』の術式をリアンが繰り出した!
*『熱気冷奪:Chill Out』の術式を繰り出すリアン。
周辺の気温が一気に下がり、金属表面を霜が覆う。異形の巨躯を形成する金属がキシキシと冷たい音を立てるのがわかる。
「今ですよ!カレン!」
『閃光と雷を司る者よ。法具を介して助力を請わん。叢雲を呼び出し、稲妻をほとばしらせよ。雷の嵐によって我が敵を薙ぎ払わん!(拡張された)雷撃放出:- enhanced - Thunder Burst!』
*基礎威力を拡張して『雷撃放出:Thunder Burst』を行使するカレン。
リアンの声に続いて間髪入れずに猛烈な高電圧の稲妻の嵐を解き放つカレン!その雷は、鋭く明と暗を綯うようにして束になり、折り重なるようにその巨躯を打っていった。雷撃と金属の衝突するけたたましい音がほとばしる。それは全身から激しい火花を挙げて悶絶するが、しかし一通りの喧騒が収まると、あちこち黒焦げた部分を晒しながら、しかし攻撃を全く意に介さないようにして姿勢を戻し、再び操り人形を繰り動かし始めた。あれだけの雷撃を浴びてなおびくともしないとは!だが全く効いていないというわけでもない。事実、その巨躯のあちこちの金属は裂け、機械部は火を上げて燃えて、すすけた匂いを振りまいている。しかし、その耐久力の更に上手をいっている、そんな状況であった。
刹那、その巨躯は魔術光を滾らせた片腕を乱暴かつ唐突にリアンに向けて繰り出した!間一髪防御術式の展開が間に合わせたものの、リアンはほぼ直撃を受けて後ろ手に吹き飛ばされてしまった!街路樹の植わる石造りのプランタナーにその小さな背を強かに打ち付け、彼女はぐったりと身体をその場にしなだれさせた。口元には痛々しく血が滲んでいる。レイがすぐに傍に駆け寄り、回復術式で応急処置を施した。
再度、その異形が渾身の力で反対の拳をカレンめがけて繰り出した時、背後で銃声がした。アイラだ!彼女の撃ち出した法弾は、その大きな肩口と脇腹、腿に命中し、その巨体のバランスを崩すことに成功した。高速で薙ぎ払われた腕と拳はカレンの美しい顔をすんでのところでかすめると、そいつは姿勢を崩してよろよろと数歩後ずさった。
魔法を通さない連勤金属に覆われた圧倒的な耐久力を誇る巨躯。そこから繰り出される卓越の白兵戦技能。どれも魔法使いにとっては実に戦いを難しくする要素であった。アイラの放った『徹甲法弾』は、確かに損傷を与えはするのだが、それでも決め手には欠けていた。その両手が繰り出す不気味な動きにあわせて、彼女たちの背後で再び『人為の兵士』の統率が取り戻されつつある。この状況で包囲されれば一巻の終わりだ。
上空をなおも風が啼く。冷気術式で下がった気温が身体を凍り付かせるかのようだ。自然と不自然が剥き身の脅威となって目前に立ちはだかっていた。
* * *
アイラは今、両手にはめた打突用の巨大な魔術式ガントレットでそいつと格闘戦を繰り広げている。魔術強化された彼女の拳には十分な重さがあるが、敵の耐久力はそれを上回っていた。やがて、さすがのアイラにも疲れが見え始める。
一方、背を強打してしゃべれなかったリアンは、レイ少尉の回復術式のおかげでようよう話せるだけの体力を回復していた。しかしその損傷は想像以上に大きい。
「けほ、けほ…。レイ少尉、金属はどうすると脆くできますか?」
レイの腕に抱かれてその青い美しい瞳を潤ませながらリアンが訊いた。
「金属を脆くする方法?こんな時に何を言って…。!!」
レイはリアンの言葉に何かをひらめいたようだ。
「リアン、まだ魔法は使えるか?」
小さな頭がこくりと頷く。
「いいだろう。私が魔法を放ったら間髪入れずに冷やせ。いいな!」
リアンがふたたび頷くと、少尉は詠唱を始めた。
『火と光を司る者よ。法具を介して助力を請わん。我は汝の敬虔なる庇護者なり。我が手に大いなる熱をなさしめて外敵を加熱せよ。脅威の熱傷を与えん!(拡張された)真紅の熱傷:- enhanced - Crimson Sunburn!』
*火と光の高等術式を大出力で繰り出すレイ少尉。
その手から幾筋もの猛烈な炎がほとばしり、敵の巨躯を覆っていく。その炎にはまるで粘着する性質があるかのように、相手にまとわりつくと離れることなく、まるでそれ自体が燃えているかのようにして激しく熱し続けた。引きはがすことのできない炎と業火に苛まれて、錬金金属製の身体はみるみる赤熱していく。
「今だ、リアン!一気に冷やせ!!」
「はい、なのです。」
そう言うが早いか、リアンは『(拡張した)熱気冷奪:- enhanced - Chill Out』の術式を放ってあたりの温度を一気に冷やした。
*全身の痛みをこらえて強力な冷却術式を行使するリアン。
敵を中心として周囲の気温は急激に下がり、赤熱したその体表は瞬く間に霜を帯びながら黒くくすんだ色に変わっていった。全身を覆う金属は、ガリガリ、ギシギシ、ガンガンという不快な音を立て、ささくれるように表面を乱してひび割れていく。熱膨張の後、急激に冷やされたことによって、金属全体が脆くなったのだ!
「今です、アイラ。木っ端みじんにするですよ!」
リアンのその声を受けて、アイラは両手の魔術ガントレットに滾る力を大きく加速した。低周波振動のような音とともに拳の周りの魔術光はたちまち大きくなって強い輝きを放る!刹那、アイラは素早く両手の拳を交互にまっすぐ相手の身体に突き立てた!
*両手の魔術ガントレットを魔術で一層強化するアイラ。
拳が衝突するたびに、それは砕けはじけ飛ぶような大きな音を立てて、金属くずと火花を派手に巻き上げながら崩壊していく。二発の正拳突きによって、その上半身と下腹部の片側は瓦解してぼろぼろになった。しかし、敵はなお残った部位を駆使して反撃を試みるではないか!アイラは一度距離を取ったかと思うと今度は一気に駆け寄って左手をその残った側の脇腹にめり込ませると、そこから身体をかがめて右手を続けざまに相手の頭部めがけて下から上に薙ぎ払った!金属を引きちぎる轟音がして、ある種のナッツのように歪んだ哀れなその頭蓋は深夜の中空を舞った。首と胴の接合面は、不格好に力づくに引きちぎられ、乱雑な凹凸を晒して火花を点滅させている。やがて、ガシャリという重い金属音とともに、頭を失った巨躯はその場にうなだれた。
その途端である。あれだけ整然としていた敵の統率は麻のように乱れ、どれもこれも無目的に手前勝手に動くばかりで、それらは既に動く的と化していた。追い込まれていた魔導士団はようよう体勢を整え直し、冷却術式に雷撃術式を重ねるという確立した戦術を駆使して敵の残党を一掃していった。
4人が息を整えて乱戦場の方に視点を移すと、そこには錬金金属の残骸が山のように折り重なっており、騒乱の大半はすでに終わっていた。厳しい戦いであったが、どうやら勝利を得たようだ。やがて、どこからともなく勝鬨の声が上がり始める。衛生兵による負傷兵の後送がすぐに開始された。4人はその場に腰を下ろし、後ろ手に空を仰いで大きく息をついている。術式のせいで下がった気温にも、初夏らしいあたたかさが戻ってきた。それは、ほんの一瞬、激戦の疲れを癒す心地よさを奏でていたが、長くは続かなかった。聞き覚えのある不気味な声が、その大気の流れに乗って運ばれてきたのである。
ふたたびその場に鋭い緊張が走った。
Echoes after the Episode
今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。今回のエピソードを通して、
・お目にとまったキャラクター、
・ご興味を引いた場面、
・そのほか今後へのご要望やご感想、
などなど、コメントでお寄せいただけましたら大変うれしく思います。これからも、愛で紡ぐ現代架空魔術目録シリーズをよろしくお願い申し上げます。




