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第3節『学徒出陣』

 深夜における禁忌術式を用いたユイアの特攻によってフィールド・インに駐留する敵部隊は、指揮官を含めて全てが瓦礫に変わった。都市もまた完全に殲滅され、もはや東部に脅威は残っていない。その状況を確認するや、作戦参謀本部はクリーパー橋に置かれていた防衛隊約1100を南部タマン地区にただちに移動させた。そこには、精鋭部隊の『漆黒の渡鴉』も含まれており、戦力の充実という意味ではかなりの効果が期待できる。

 ところが、である。これまでタマンでは、市街区を東西に分かつデイ・コンパリソン通りと、ルート35の合流地点を主戦場として総力戦が展開されていたが、敵部隊は各主要幹線沿いに若干の後退を始め、それぞれの中央付近に二手に陣取る格好となった。これでは、防衛側もまた、幹線道路沿いに若干兵を前進させ、兵力を分ける格好で各敵勢力と対峙すべきことを余儀なくされる。なぜなら、現在の防衛拠点に留まったのでは、後々合流が見込まれる敵の増援部隊相まって一気に再北上された場合、南西側と南東側から挟撃される格好となってしまうからだ。

 これは、作戦参謀本部の首脳には実に頭の痛い話で、ただでさえ数の少ない防衛部隊を、両幹線道路の合流部と、南西および南東に伸びる主要幹線道路にそれぞれ再配置しなければならないことを意味している。現有勢力は約2200、均等に分けた場合1部隊あたりおよそ700強となるが、対する敵方は後々の造園を含め、南西、南東方向のそれぞれに大隊規模を展開しており、その数は実に約1000ずつに及ぶ。このままでは数的有利は完全に失われてしまうことになるだろう。

 あくまで、幹線道路の合流地点にとどまり、そこに兵力を結集して数的優位を保つという手もないわけではない。しかし、左右方向からの挟撃を受ける格好だけは、可能な限り避けたかった。やむなく、防御陣地を3点に分けて配置する場合、南西、南東方向に配備する兵力については、少なくとも500ずつは増補し、各々計1200から1400程度の数を確保する必要が見込まれた。しかし、政府正規軍がいまなお北西防衛線に張り付いている今、アカデミー私設軍隊に残された正規兵力は潤沢でない。それは、学徒であると同時に魔法社会において様々に実務を担う「学徒」たちを、兵力として出陣させるべき要請が差し迫っていることを示していた。

 作戦参謀本部は今、重苦しい空気に覆われている。年若い学徒を実戦の場に駆り出すべきなか、重大な決断が目前に迫られている。


* * *


 参謀本部はひとまず、『終学:Master』の位階にある者を若干、現場指揮官として派遣することに決めた。今後、多数の敵増援の合流が見込まれる南西部デイ・コンパリソン通りの守備の要には、ネクロマンサーとソーサラーが指名され、その直属の部下として最精鋭たる『漆黒の渡鴉』と『白銀の銃砲団』の一団が随伴することになった。そして、比較的増援が限定的と見られるルート35側については、『熟練:Adept』の2年生以上『権威:Expert』全学年の中から特に有能な人物を選抜し、その日の夕方までに送り出すということで、いよいよ軍議の方向は定まった。そこには、常々優秀な成績を修めるとともに、十分な実践経験を有している、リアン、カレン、アイラらが含まれることはほぼ確実であった。シーファたちアカデミー治安維持部隊は、ウィザード直属の親衛隊としてアカデミーの防備に当たるようだ。学内全体で、緊張が否応なしに高まっていく。


「大変なことになりましたね。あなたがいてくれるのはとても心強いのですが、万一のことを考えると私達は別々の方がよいのかもしれません。」

 ネクロマンサーが心配そうにソーサラーに言う。

「そうね…。いざというときはまさにあなたの言うとおりだけど、学徒たちを二方面に進出させるわけにもいかないから、彼女たちの負担と犠牲を少しでも減らすという意味では、二方面のうち一方は私達大人が担うのがいいのかもね。」

「確かに、そのお考えには一理あります。しかし、敵兵力の数が比較的少ないとはいえ、南東戦線では学徒たちを主軸に置くというのはやはりなんとも不安です。」

「まったくね。彼女たちも実務家として十分な教練は受けているし、基本的にはギルドでの実戦経験のある学徒が優先的に配備されるらしいから、今すぐ心配することはそれほどないのだとは思うけれど、でも気が重いのは確かよね。」

「とにかく今は、任された『第12独立魔導士部隊』としての職責を果たしましょう。幸い『漆黒の渡鴉』、『白銀の銃砲団』という心強い味方が一緒です。とにかく、南西戦線の状況を一刻も早く改善して、南東部の学徒たちの支援に回りましょう。」

「そうね。それが最善だわ。」

 ネクロマンサーとソーサラーは、そんな言葉を交わしながら忙しく出陣の準備を行っていた。


挿絵(By みてみん)

*第12独立魔道士部隊の部隊章。ネクロマンサーとソーサラーをモチーフにしている。

 一方、アカデミーでは全学集会が開かれ、第2学年以上の『熟練:Adept』と『権威:Expert』の全学年の学徒たちが一同に集められていた。そこでウィザードが訓示を行っている。どうやらこの中から志願兵を募り、それを南東への増援として組織し、派遣するようだ。しかし、志願者の全員が戦場に漏れなく送り出されるわけではない。これまでのギルド活動における実績や学業成績などの適性が詳細に調べられた後で、派兵が決定することになる。また、普段から学業成績優秀で、常設魔法国防部隊の予備兵としての登録を有している者もまた、特別の選抜を受けることになっていた。アカデミーは、学徒出陣に際し、無辜むこの学徒を少しでも犠牲にせずに済むように、最大限の配慮を行っていた。しかし、事態が深刻であることには変わりがなかった。何といっても、北西方向に正規軍が釘付けになっているのが返す返すも痛い。彼らを柔軟に運用できれば、学徒出陣などという無謀な作戦を選択する必要がそもそもないのだ。しかし、それは言ってみても始まらない。もちろん、アカデミー最高評議会を中心にして、また作戦参謀本部の独自的判断としても、政府国防省内の安全保障特別委員会に働きかけを続けてはいるが、何事に拘泥こうでいしているのか、当局の返事はずいぶんと重いものであった。


 午前中、初夏の陽が高くなり、気温が上がる。時計はおよそ10時を指していた。皆の焦燥を表象するかのように、その暑さは額や首筋に嫌な汗をかかせるに十分である。吹き抜ける風もまた、新緑の爽やかさよりは雨季を思わせる南風はえ独特のなまめく不快な湿気を多分に含んでいた。


* * *


 前述の通り、その日の朝に敵部隊の後退があったため、午前中は大規模な衝突はなかった。守備隊は、後退する敵を追うようにして南西、南東の二方面に部隊をゆっくりと進めていく。いずれかの防御線が抜かれたときに備え、幹線道路の合流点にも一定の兵力を残して置かなければならない。一時的とはいえ、非常に心もとない戦力で防備に当たらなければならないことになるわけだ。南西部方面には、すでに増援としてソーサラーとネクロマンサー率いる『第12独立魔導士部隊』が向かっているため、正午過ぎには戦力の充実が見込まれていたが、学徒の選抜部隊を待つ南東戦線では、夕刻から夜半まで戦力の大幅な不足が見込まれた。その状況は現場指揮官を大いに緊張させることとなったが、敵も移動に伴う部隊の再配置を余儀なくされているのであろう、幸いにして直ちに大規模な攻勢を仕掛けてくる気配は今のところはなかった。


 新緑を彩る陽が、ゆっくりと天頂を西に回っていく。空は明るいが、陽を取り巻く雲には、不穏な色が見え隠れしていた。今、『第12独立魔導士隊』の一団は、デイ・コンパリソン通りに布陣する防衛隊との合流を果たすために南大通を下っている。今日はおそらく夜間戦闘となるだろう。現場指揮を担うことになったネクロマンサーは、アカデミーで指揮を執るウィザードと頻繁に連絡を取り合っていた。ソーサラーは、部隊の指揮に邁進している。共に進むのは『漆黒の渡鴉』と『白銀の銃砲団』だ。強力な殲滅性を有する『ルビーの銃砲団』も途中までは同道したが、彼女たちとは幹線道路の合流地点で分かれることになっている。この時期特有の身体にまとわりつくような暑さと湿度の空気の中を、どんどんと前進した。


挿絵(By みてみん)

*同行する『漆黒の渡鴉』の部隊。物々しい雰囲気だが頼りになる精鋭部隊である。


挿絵(By みてみん)

*同じく行軍する『白銀の銃砲団』。今は、徹甲法弾で武装している。


 所定の場所で『ルビーの銃砲団』と分かれた後、残りの分隊はデイ・コンパリソン通りに至る。防衛部隊との合流は間もなくだ。程なくして、先行部隊と遂に合流した。到着を現場指揮官が歓迎してくれる。

「ようこそ間に合ってくれました。歓迎します。」

 そう言って安堵の表情を浮かべながら、現場指揮官が手を差し出す。ネクロマンサーは代表して挨拶を交わした。

「こちらこそ、厳しい戦線においての善戦、頭が下がります。」

「どういたしまして。敵は思いの外強力です。なにより魔法が全くといってよいほどに通用しません。唯一の頼りは徹甲法弾を用いた錬金銃砲での迎撃です。これには効果があり、敵を蹴散らすことができます。しかしながら、とにかく数が多く、その上更なる増援の追加も示唆されています。我々ではこれ以上の防衛は難しいところでした。『漆黒の渡鴉』に『白銀の銃砲団』1個中隊とは心強い限りです。先生方も、錬金銃砲を扱われるので?」

 指揮官は、返事の行方をある程度予測しているかのようであったが、それに反してネクロマンサーは首を振った。

「相手の数がこうも多い以上、状況を劇的に変えるためには、やはり魔法による大規模殲滅が必要になります。ですから、私と、それからこちらのソーサラー科の研究生の先生とは、効果的な魔法運用の戦術開発に当たります。そのため、『漆黒の渡鴉』と『白銀の銃砲団』の指揮は貴官に、現在運用中の『常設魔法国防部隊』の指揮権を私共に移譲していただきたく存じます。

「なるほど。事情はわかります。それはやぶさかないところですが、しかし申し上げた通り、相手に魔法はほぼ完全に効果がありません。できることであれば、先生方や『常設魔法国防部隊』の人員にも錬金銃砲で武装していただき、加勢していただければありがたいのです。しかし、まぁ、先生方がそうおっしゃるのは作戦参謀本部の方針なのだと理解しますので、その点は了解致しました。ただし、錬金銃砲の常備だけはお願いします。万一、防御線が危険に陥ったときには、速やかに我々に合流してくださるようお願いせねばなりません。」

「ご理解に感謝いたします。もちろん、そのようにいたします。戦術の開発は危険が少ない状況においてのみ、ごく限定的に行います。」

「了解しました。それでは早速ですが、これから部隊の再編を行いますので、先生方と各部隊の指揮官は、野戦司令部までお越しください。各副官には、その他の隊員の方々に対する必要な補給と再編成の準備を進めていただきます。よろしくお願いいたします。」

 挨拶の後、各々部隊の再編成のために必要な指揮を執ってから、野戦司令部へと場所を移した。長距離移動の疲れに襲われもするが、本番はまだまだこれからなのだ。各々身体に緊張が走るのがわかった。


* * *


 野戦司令部では現状がつぶさに伝えられる。やはりこちらの主力攻撃方法であるべき魔法がほとんど通用しないことが最大の課題にあげられた。錬金銃砲は一定の戦果を上げているものの、そうなると数が雌雄を決することになるため、このままではジリ貧となること、補給路がタマンストリートと南大通からなる南北幹線道路一本しかなく、万一ここを断たれると、兵站が深刻な事態に陥ることなど、現状にして課題が山積であることが確認された。みな真剣な眼差しで作戦地図を覗き込んでいる。

 打ち合わせの途中にネクロマンサーに入った通信によると、組織された学徒の第一陣が、中央市街区を南東戦線に向けて出発したのだそうだ。今日の日没を目処に既存の防衛隊と合流するらしい。そこには、リアン、カレン、アイラが含まれていると知らされた。身近な交流の多い親しい学徒たちが死地に出向きつつあるというその報はネクロマンサーとソーサラーの顔色を大いに曇らせたが、危機に際して誰かが負担しなければならないのもまた厳然たる事実であり、無情と非情の入り混じった複雑な思いで、彼女たちは互いに視線を交わす。いずれの瞳も美しく曇っていた。


 南西戦線は、シーバス海岸通り、チルズアイズルズ沿岸通りを介して、敵の手に落ちたオッテン・ドット地区へと接続している。そこからは沿岸北ぞいにシーネイ北方路が伸びており、その先は北西集落のシーネイ村へとつながっている。目下のところ、敵勢力は、北上の様子は見せず、ホエール・アイズルから上陸させた部隊を全て南西部の幹線道路を伝ってタマン地区へと差し向けているようであった。タマンを抜いた後、南大通りを北上して一気に中央市街区になだれ込む目算なのであろう。正規軍が北西部から動かない状態で、南からせきを切ったように北上されれば、中央市街区はひとたまりもない。なぜこの状況を前にして、国防省の安全保障特別委員会が部隊の移動を決定・指示しないのか、アカデミー側は苦々しく感じていたが、しかし、とにかくは目前の敵に臨機応変に対応するよりほかに選択肢はない。


 野戦司令部での軍議を終えて、再配置された部隊が改めて確認された。最前線には『漆黒の渡鴉』が位置し、その背後と側面を『白銀の銃砲団』が固める。その後ろには、ネクロマンサーらが指揮する『常設魔法国防部隊』を配置して、支援とともに退路確保を行う布陣となった。おそらく、日没後程なくして敵の攻勢が始まるであろう。しばらくの猶予の間、指揮官たちはそれぞれの部隊に準備を促すとともに必要な小休止と食事を与え、装備と配置を再確認させた。今、陽は地平線よりわずかに高い位置をゆらゆらと西に向かってこぼれている。


 秋の陽は落ちるのが早い。つい先程まで地平線の上にあった陽はその姿をすっかりと隠し、山の端を裏側からかすかに照らし出すばかりとなった。空は天頂からとばりを覆いかぶせるようにして闇を落とし、その影と光の応酬は遠き山地の尾根を境界としてせめぎあっている。


* * *


「敵襲!!!」

 夕から夜へと向かうほんの僅かの静寂をその声が打ち破った。見ると、すっかり薄暗くなった市街地に、魔術光をたぎらせた『人為の兵士』が月を背にして群れなすようにこちらに向かって駆けてくるではないか!


挿絵(By みてみん)

*夕闇の静寂を打ち破るようにして攻め込んでくる『人為の兵士』の大群。


 『漆黒の渡鴉』の部隊は、さすがはアカデミーきっての精鋭部隊である。突然の襲撃にも動じることなく、淡々と対処していった。敵の『人為の兵士』は錬金銃砲を主武装としており、使用するのは多くが通常弾で、1体1体の強さは特筆すべきものではないのだが、全身が錬金金属で構成された人造体躯であるため痛みを感じる様子がまるでなく、こちらの攻撃に一切ひるまない。また、体躯の欠損をものともしないため、完全に破壊するまで攻撃の手を止めることがでできないのだ。これらの事柄が対処を著しく困難にしていた。何より、その数の多さがアカデミー側の指揮官たちの頭を大いに悩ませていたのである。特殊な装備に身を固める『漆黒の渡鴉』の防衛力と殲滅力は確かなものだが、少数精鋭である彼らを、相手は数の力で無理やり押し込んでくるところがあり、弾薬の再充填が追いつかなるようなことがしばしば起こった。その間にも、敵方はあふれるようにして押し寄せてくる。『人為の兵士』を効率よく退けるには、胴部か頭部を破壊するのがもっとも早かったが、乱戦に近い市街地の銃撃戦で、小さな的を精密に狙って射撃するというのは困難を極めた。脚部を破壊して移動を困難にすることも有効ではあったが、同様の理由で簡単な実施はできないでいた。


 本来、こうした多数に対抗するためにこそ魔法は機能するべきであり、例えば、騎馬隊による統制の取れた集団戦法を得意とする北方騎士団に、少数の魔法使いで対抗する場合には、中等術式や高等術式に属す大規模集団攻撃魔法が劇的な成果を上げてくれるのだ。しかし、眼の前に迫るの金属の群れには、その肝心の魔法が全く効かないと来ているのである。ネクロマンサーたちは、試しに、機械や錬金金属の構造体には効果が高いとされる閃光と雷の高等術式にカテゴライズされる大規模集団攻撃魔法を繰り出してみたりもしたが、絶縁措置がよほど丁寧に施されているのか、命中した電撃は金属に弾かれ、削がれるばかりで一向に効果を発揮できない。その情景に唇を噛むネクロマンサーの横で、ソーサラーは何事か思案していた。

「仕方ありません。指揮官殿のおっしゃるように、装備を変えて攻撃手段を変更しましょう。魔法では対処できません。」

 毅然と言い放つネクロマンサー。しかし、ソーサラーはなおも何事かを考えながらぶつぶつと独り言をぎんじている。

「待って、彼らに雷撃が効かないのは、おそらくだけれどシーリングよ。つまりあの忌々しい錬金金属の体躯に施された絶縁処置ね。それをなんとかすることができれば…。そうよ!」

 そう言うとソーサラーは、さっと身を上空に繰り出して、詠唱を始めた。


『水と氷を司る者よ。法具を介して助力を請わん。我は汝の敬虔な庇護者なり。我が手をして大気の力を奪わしめよ。今、あたりを極寒の冷気で覆わん。凍りつかせ、固く、脆くせよ。熱気冷奪:Chill Out!』


挿絵(By みてみん)

*『熱気冷奪:Chill Out』の術式によりあたりを急激な寒波と霜で覆うソーサラー。


 詠唱とともにあたりの気温が急激に下がり、金属には霜が付着し始めた。それはゴムや柔軟な素材を固く脆くし、縮ませていびつにした。

「今よ!雷撃を放って!」


 ソーサラーに促され、今度はネクロマンサーが詠唱を開始する。

『閃光と雷を司る者よ。法具を介して助力を請わん。叢雲むらくもを呼び出し、稲妻をほとばしらせよ。雷の嵐で我が敵を薙ぎ払わん!雷撃放出:Thunder Burst!』


挿絵(By みてみん)

*集めた叢雲から強烈な稲妻を広範囲にほとばしらせるネクロマンサー。


 宵闇に覆われつつあった市街地は、真昼と真夜中が交錯するように激しく明滅し、そのたびに鋭い稲妻が敵の集団めがけて迸っていった!それは、『人為の兵士』の体躯を捉えると、先ほどまでは弾かれ逸らされるばかりだったものが、今度は矢のように突き刺さり、火花と炎をあげてその忌々しい体躯を引き裂き、焼き尽くしていった!

「やった!あたりよ!シーリングさえ冷気で劣化してしまえば、稲妻は通用するわ!」

 黄金色の瞳が歓喜と興奮に上ずる声に彩られている。


挿絵(By みてみん)

*ソーサラーの権謀が成功し、ネクロマンサーの放った雷撃に引き裂かれる『人為の兵士』。


「『常設魔法国防部隊』員は、範囲氷結の術式の後で、速やかに雷撃術式を!これで、敵に魔法を通用させることができます!」

 ネクロマンサーの指示に従って、同部隊の隊員が次々と指定された手順で術式を繰り出していく。天使の力をその身に内包している二人の術式には及ばなかったが、それでもこれまで戦力外とするよりなかった魔法がついに効いたのだ!これはアカデミー側にとって実に大きな収穫であった!


* * *


 これで魔法部隊も俄然本領を発揮できるようになった。それは実に行幸ぎょうこうであったが、問題は全て敵の数である。参謀本部から予め伝えられていた増援規模の見通しをを遥かに凌ぐ数が押し寄せてきており、精鋭部隊と銃砲部隊のみならず水を得た魔法部隊の全力であたってもなお、押し寄せる波を押し返すのは容易ならざることであった。どうやら、敵兵は体躯の一部を欠損した場合に、それを他の個体と組み替えて簡易再生することのできる構造を有しているようで、一度引いたかと思っても、すぐに再び一定の数を揃えて波状的に攻撃を仕掛けてくるのだ。頭部か胴体部に攻撃を直撃させて再起不能にするのが最善なのはわかっているが、乱戦状態でそれをするのは極めて難しく、結局その場で破壊と再生が延々と繰り返される円舞曲ロンドのような有り様となっている。こうなると不利に置かれるのは体力と魔力に限界を抱える人間の方で、部隊には少しずつ深刻な疲れが見え始めた。特に最前衛で防衛を一手に引き受ける『漆黒の渡鴉』の損耗が無視できない水準に達し始める。皆、額の汗を拭いながら、なお激戦に耐えていた。


 輪をかけるようにして敵の攻撃の次の波がダメ押しを仕掛けようかというその時であった!防衛線を形成する部隊の後ろから火の手が上がったのだ。そこから打ち出された弾丸は、防衛部隊の頭上を超えて、敵の波を押し止める。刹那、先程確認された有効なやり方で魔法も繰り出されるではないか!思わず振り返ると、そこにはおよそ戦場には似つかわしくない、小さなしかし数は十分な部隊と、それから見知った顔が見えたのである。


挿絵(By みてみん)

*インディゴ・モースから街道を南下して駆けつけてくれたグランデとラヴィ・ムーンの二人。


 それは、グランデ・トワイライトとラヴィ・ムーンの二人であった。どうやら、北部インディゴ・モースから、街道を真っ直ぐに南下して応援に駆けつけてくれたらしい。二人は非常に心強い味方を多数引き連れていた。ラヴィ・ムーンが錬成したのであろうマジック・パペットの群れだ。彼らはそれぞれその小さな体に錬金銃砲を帯びて、一気呵成いっきかせいに前線へと向かっていった。


挿絵(By みてみん)

*ラヴィ・ムーンが錬成したと思しき武装したマジック・パペットの群れ。


 マジック・パペットとは、敵方の『人為の兵士』とは全く異なる、魔法的な方法にいくばくかの錬金術を加えて錬成された魔法使いのサポーターである。通常は一人の魔法使いがせいぜい1,2体を行使するという類のものだが、今回はその数が1500は下らない。『人為の兵士』と同様にマジック・パペットは生物的補給を必要としないため、錬成方法こそ違うものの、兵力としてのコンセプトとには似通ったものがあった。奇しくも、自動兵器同士の大衝突が繰り広げられることとなったが、それは、限界を迎えつつあった防衛側を大いに助けたのである!けなげなパペットたちが善戦してくれている間に、傷ついた最前列の兵士たちを後送することができた。さしものエリート部隊『漆黒の渡鴉』も、休む間ない敵の猛攻を受けて疲労困憊である。満足に動くことのできない者も少なからずいた。衛生兵たちは速やかに彼らを後方のウーナ地区に設営された野戦病院に搬送し、そこで救護にあたった。魔力枯渇寸前の魔道士たちも急速魔力回復薬によってようやく人心地ついている。両部隊の衝突箇所ではまだ喧騒が続いているが、ようやくにして一つの区切りを迎えることができた格好になったのだ。


「ありがとう、よく来てくれたわね。」

 黄金色の瞳を輝かせながら、ソーサラーがグランデに言う。

「ええ、間に合ってよかったわ。ラヴィのちっちゃな部隊、すごいでしょ!」

 そう言って、グランデは隣にいるラヴィ・ムーンの顔を見た。

「お久しぶりです。ラヴィさん。もう何年も前にお会いしたばかりですが、覚えていらっしゃいますか?」

 ネクロマンサーがそう訊ねる。

「ええ、覚えているわよ。あなた達は、あのリッチー・クイーンの問題を解決した英雄ですもの。あれから、グランデとはお友達になってね。ふたりでいろいろと経営企画なんかをしていたのだけれど、今回こんなことになっちゃったでしょ。南部にアカデミーの部隊が展開していると聞いて、力になれればと思ってやってきたのよ。」

 そう言って、ラヴィはネクロマンサーと握手をかわした。あたりを吹き抜ける風からようやく南風はえに独特の嫌な湿り気が消えて、頬や首筋を伝う汗を爽やかに拭ってくれる。ひんやりとよい心地が束の間疲労を和らげた。

 ラヴィの話では、フィールド・インにあった彼女の店は、侵攻の際に被害を受けたが、比較的西部よりであったため中央市街区への避難がどうにか間に合い、その後はインディゴ・モースのグランデの店に身を寄せていたのだということであった。


 小さくかわいらしい、しかし心強い味方の大活躍によって、ようやく敵の波状攻撃はなりを潜め、あたりに不気味な静けさが戻ってきた。両群ともに被害は惨憺さんたんたるもので、部隊に帰還したマジック・パペットの数は三分の一にも満たず、その中でまともな姿形をとどめているものの数はより一層少なかった。魔法の造形物であるマジック・パペットには回復術式が効くので、魔法使いたちは彼らの傷を癒やしてやっていた。また、錬金術のできる者は、その欠損した身体の一部を補い治療してやっている。穏やかな時間がほんの僅かだけその場に訪れた。


 しかし、その夜の侵攻はそれで終わりというわけではなかった。地震と見紛うような地響きを立てて、その威容がゆっくりと姿を現す。再び、鋭い緊張に周囲の全体が支配された。

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