―サゲ―
……え? 勿体ぶってる割に大したこたない話だ、単なる非モテの拗らせじゃねぇか……ははあ、まったくお客さん方の仰る通りで。
ですが、実はこのお話はこっからなんですよ。いやあ、皆さんに唸って頂けるといいんですが……。
とあるボロアパートの一階の、その一室。お天道さんから顔を背ける様に遮光カーテンを引いた薄暗い部屋で、男がテーブルの上のノートパソコンのキーボードをカタカタ言わせてます。
この男、佐藤の部屋の真下の住人で、名を鈴木と申します。
鈴木は時折手を止めちゃあ、壁際のプランターを眺め、再びキーボードをカタカタ。画面には茸の写真がずらっと並んでます。
実は鈴木は、山歩きの傍らに見つけた茸を紹介するサイトの編纂者なのです。その名も「珍茸画像集」。佐藤が見ていたアレです。
「味は『不味い』、と」
何やらもぐもぐと食べながら独り言ち、プランターに顔を寄せる鈴木。土からは奇妙な形の茸が突き出てます。一部が欠けてんのは、「試食済み」ってことでしょう。
鈴木がそれを見つけたのは、半月ほど前のとある山の中でのこと。登山道を外れて樹々を分け入った先での事です。勿論、わざわざ登山道を外れたのは、あわよくば珍かな茸を見っけられたらって魂胆からです。
初めて落ち葉から突き出た足首を見た時は、流石の鈴木も腰を抜かす程驚きましたが、そこは生粋の茸好き。すぐにそれが人体そっくりの茸である事を見抜きました。
俄然、興味が湧いた鈴木は、そいつをじっくりと観察します。
そいつは僅かに小動物に齧られた跡がありますが、周囲に動物の死体が転がってるなんてこともなく、何ならすぐ脇を蟻が這いまわってます。
「毒はなさそうだな……」
鈴木は背負っていたリュックからビニールパック幾枚かとハンディスコップを取り出し、念の為に厚手のマスクと防護手袋を身に付けると、茸の周りを慎重に掘り返し始めます。菌糸に沿って1mも掘り下げたでしょうか、腐敗臭と共に現れたブツに、
「……ふぁっ!」
おかしな声を漏らす鈴木。茸は、なんと本物の生足に繋がってたんです。
慌てて辺りをきょろきょろ。その時になって初めて、ちょいと先の落ち葉の間から指の様な細い茸が数本生えてるのに気付きました。震えながらその下も掘ってみますと、女のものと思われる細い手首が見えます。
(つまり、ここには死体が埋まってて、それに茸が寄生してる……?)
犯罪の匂いがプンプンです。おっかなくって、とてもじゃないが、それ以上掘って確かめる事なんざできません。慌てて110番する為にポケットのスマホに手を伸ばしかけた鈴木の動きが止まりました。
考えてみりゃ、警察に連絡したら、どうして死体を見つけたんだって話になります。しかも自分は、準備よろしく手袋やらスコップやらを持っている。果たしてお巡りさんは、「珍しい茸を探してただけ」って鈴木の言い分を、すんなりと信じてくれるでしょうか。
何より、ここまで人体そっくりの茸なんぞ聞いた事ないですから、大発見にゃ違いない。
となりゃ、鈴木の取る行動はひとつ。
スコップを勢いよく土中に突き立ると、思ったより簡単に手首は切断出来ました。そいつを指型の茸と共にビニールに突っ込み、厳重にタオルに包んでリュックの底に仕舞います。残りのビニールに周りの土を詰め、掘った穴を足首似の茸ごと埋め戻すと、そそくさとその場を去りました。
鈴木は家でこの茸を育ててみる心算になったんです。
足じゃなく手を選んだ理由は、単純に、切断し易く持ち運びが楽そうなサイズだったからです。もう立派に、犯罪者の心理です。というか、犯罪です。
そんな訳で、手首と土を持ち帰った鈴木。早速、取って来た土をプランターに敷き、茸のもとを置くと、その上からも土をかけて一段落。その際、僅かに土が壁に散ったことにも気付かず、満足気にしておりました。
余談ですが、その土に混じった胞子が壁伝いに菌糸を伸ばして、上の部屋の住人が涙にくれる羽目になりましたが、勿論、鈴木の知る所じゃあございません。
そいつは兎も角。
すっかり成長した茸を前に唸っていた鈴木が推測します。
(そのパーツにそっくりの子実体が出来るってことか。じゃあ、頭や……ききき、胸部からは……)
茸への情熱か女体への想いか、自分の立てた仮説を検証すべく、鼻息荒げて山に出掛ける準備を始める非モテ、いや、鈴木。ぼろぼろの愛車に乗り込み、数時間かけて件の山に到着する頃には辺りはすっかり薄暗くなってましたが、むしろ好都合ってもんです。現場に程近い駐車スペースに車を停め、完全に人気が無くなるのを息を潜めて待ちます。外がすっかり暗くなった頃、額にヘッドライトを装着し、でっかいリュックを背負うと、ごついスコップを手にそっと車を抜け出し、あの場所を目指し始めました。
真剣な面持ちで道なき道を行く鈴木。こんな時間に山歩きをするのは初めてですが、虚仮の一念とでもいいましょうか、案外あっさりとあの場所に辿り着きました。
早速地面にスコップを突き立てた鈴木。無心で地面と格闘してますと、
「……おい」
背後からの声に鈴木が振り返ると、ヘッドライトの光の中で男がこちらを睨んでます。
(まずい! 見つかった!)
必死に言い訳を考えながら、鈴木は、ふと、違和感を覚えました。男は手に懐中電灯を持ってますが、消えたまま。
「掘り返したのは……お前なんだろ?」
そう言いながら、男は鈴木から目を離さず、懐中電灯を持ってない方の手をポケットへ。
「お前も、僕と恵那の仲を邪魔するつもりなんだな。ようやく僕の、僕だけの恵那になったのに……チクショウ、勝手に彼女に触りやがって……消えろ、悪魔!」
男は喚きながら、ポケットからナイフを取り出し、鈴木目がけて突進します! 今一つ事情が呑み込めないながらも、鈴木は一目散に逃げ出しました。
謎の男と追いかけっこをする羽目になった鈴木。
実はこの男、岡惚れしてた女性を殺っちまって埋めた犯人なんです。が、今の鈴木にゃそんなことを考える余裕も無い。樹々に紛れて隠れようにも、額のライトが目印になっちまう。ライトを消したくても、辺りは真っ暗ですからそうもいきません。
「あっ!」
とうとう、木の根に足を取られた鈴木は盛大に転んじまいました。弾みで額のライトが消えたのは僥倖でしたが、
パラパラパラ。
小枝なんかが転がる音……手の先が地面に触れません。すぐそこが崖になってたんです。背後から迫る足音、目の前には崖。ライトを点ける訳にも行かない。どうするべきかと、青ざめた顔でおろおろする鈴木。
やがて、
「見つけたぞ……」
荒い息と共に、あの男の声が鈴木の背に浴びせられて……。
……これにて、「みぎてだけ」の噺は仕舞いでございます。
さて、鈴木はその後どうなったんでしょう。気にはなりますが、実は、他にも気になってることがありまして。
いえね、佐藤と越してった彼女の欠片にゃ、右手茸の菌糸や胞子なんかがくっ付いてるんじゃあと思うんですよ。そっからまた、転居先の壁から彼女が生えて、なーんてことがあるんじゃないかってね。
それならそれでいいのかもしれませんが、もしもですよ、塗りたてって壁に「彼女以外のもの」が生えてきたら、その部屋には……。
さて、長々とお付き合いいただきまして、まことにお有難うございます。皆さん、過ぎた嗜好には、くれぐれもお気を付け下さいまし。