―枕―
どうも。「てやん亭 今竹松」でございます。そんでもって、一見のお客様、初めまして。まだまだひよっこの噺家でございます、どうぞご贔屓にして下さいまし。
それにしても、この処なにかと新しいことを覚える機会が多いせいでしょうか、こうして高座に上がらせて貰えるようになってから、季節が一巡りもしてないってのが驚きです。
忘れもしない、ちょいと汗ばむような陽気だった初高座のあの日。あれから半年も経ってないなんて……よく、歳取ると一年なんてあっという間だ、なんて聞きますが、近頃のあたしは時間の流れがえらくゆっくりに思えましてね。いつの間にかあたしの周りだけ重力が増してて、皆さんの時間軸から置いてけぼりになってんでしょうか。このまんまじゃ、「よっ、名人芸!」なーんてお声掛け頂くまでに、何千年かかることやら……これが「相対性理論」ってやつなんでしょうか……いや、どうも、余計なことを。
そんなこんなで長い時間軸を過ごす日々ですが、いや、だからこそですか、どうにも日々の雑事が億劫だったらありません。こうしてお仕事を頂けりゃ、そりゃあ大喜びでいそいそと支度しますが、日々の買い物やら炊事なんて、あたしも師匠ん家に世話になってる身じゃなきゃ、出来りゃあやりたくない。
特に嫌なのが掃除です。折角エアコンでいい塩梅になった空気が、窓の開け閉めであっという間に冷えたり温まっちまったりしますからね。しかも、ウチの師匠ったら五月蠅いんですよ。
「お前は掃除一つ真面に出来ねえのか。どうしていっつも、四角い所を丸く掃くようなやり方すんだヨ」
つってね。つい、掃除なんてしなくたって死にゃしませんよ、ってぼやきましたらね、鬼瓦みたいな顔で睨まれまして。
「もう一遍言ってみろ。その減らず口、俺の黄金の右手で捩じ切ってやろうか」
なーんて言いながら、あのじじ……敬愛する師匠ったら、右手をゴキゴキ鳴らして凄むんです。
某有名ジムに日参してるお陰か、ウチの師匠は還暦越えた今でも握力50㎏以上あるらしいですから、おっかないったらありません。太っとい腕に、グローブみたいにでかくて肉厚の手。あんなんで顎でも掴まれた日にゃ、あたしのこのウルトラセクシーイケメンフェイスが台無しです……え? 誰がオニオコゼですって?
まあ、その時は速攻「すいませんでした」と頭を下げて掃除をやり直したんですけど、その間も後ろで師匠がずっと見張ってるんですよ、右手をゴリゴリ言わせながら。
ああせめて、こんなオーガみたいなおっさんじゃなく、嫋やかな美女が相手だったら……掃除中はそんな妄想で、面倒臭さとおっさんの暑苦しさを乗り切りました。
色っぽい声で叱られて、すんなりとした白い綺麗な指で頬っぺたなんか抓まれたりしたら、折檻されるのも悪くないのに。いや寧ろ、して欲しい……くー、堪りません。なんなら、わざと叱られるような事をしちまいそうです。
あたしは、どうにも手の綺麗なお嬢さんに弱いんです。こういうのを「手フェチ」って言うんですかね。
ちょいと人にいうのが憚られるような、場合によっちゃあ、どっか後ろ暗さが付き纏う、ニッチでキッチュな拘り……皆さんも、何かしらそういうツボがおありじゃあございませんか?
本日は、そんな噺をひとつ。