第2話
”ライトブリンガー”から転げ落ち、捕獲された私はその後、自室へと連行され、手足を手錠のようなもので拘束されたまま、椅子にポスっと収められた。
「さて、遅れた分はしっかりと詰め込んでいきますよ」
「やだーっ! もっと”ライトブリンガー”のふくらはぎみたいの! あのエロすぎる関節をもっと鑑賞してたいの!! なんだったら舐め回したいの!」
「口を慎みなさい。そんなでは淑女にはなれませんよ」
「あぅっ」
べしっと教科書で頭をはたかれる。仕方ないじゃないか、身近にあんなものがあったらじっくり堪能せずにはいられないだろう。
何せ私には前世の記憶なるものがあり、そしてその記憶は、いわゆる”機械オタク”だったのだから。
もっと正確にいうのならば、露出している重機のシリンダーや、繊細に噛み合うギア、雄叫びをあげ圧倒的な馬力で回転するモーターなど、ある種の”美しさ”を感じる工業製品に対して、並々ならぬ愛情を注いでいた。
自室の壁には、本物のスターエンジンがかかっていたし、棚の上にはタ◯ヤのギアボックスやミニ四駆、プラモデルなどが所狭しと並んでいた。
大学も工業系にいきたかったものの、物理が壊滅的にできなくて泣く泣く諦めた記憶もある。
そんな私が、”巨大人型ロボット”を見て、興奮しないわけがないのだ。
最初こそ、思ったよりスカスカだった中身にがっかりしたものだが、ぎっちりと術式盤や制動機関が関節部に詰め込まれていることを、その目で見て知ってからは、そのスカスカだった内部機構にも一種の趣を感じられるようになった。
「さて、それでは今日は歴史の続きから。始めていきますよ」
「えっ、手足の錠は……?」
後ろ手でかっちりと嵌められた手錠をガチャガチャと鳴らして抗議する。ララニア婦人は変わらない冷めた目で淡々と答える。
「そのままに決まっているではありませんか。外したら逃げ出すでしょう?」
「うっ……」
果たしてどうノートをとろうか、などと変なところで真面目に思案する私をよそに、ララニア婦人はさっさと教科書を開いて、講義を進めようとする。
「さて、今日は大厄災の後、建国からの歴史からです。その前に、前回の内容を復習しましょうか」
「ふぁい……」
仕方ないので、なるべく聞き逃さないよう記憶し、後でノートに書き写すことにした。つらい。
「では前回までの内容を、要約して説明してみましょう」
散々逃げ回っていたけれど、そのくらいならできるよな?
という言外の圧力から目を逸らしつつ、それまでの記憶を思い起こしながら答える。
「えーっと、災害級魔物の脅威に晒され続けていた前文明は、偶然発見したミスティカ鉱石を使用したミスティカドールを大量に生産し、魔物を討伐できるようになった。その後、その魔物の素材とミスティカドールを用いて急速に発展し……突如として訪れた大厄災、災害級魔物の超大量発生に呑まれて滅びた。って感じでしたよね」
「えぇ、その通りです」
どうやら及第点程度の回答はできたようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「では今日はその後、いかにしてこの国が建国されたか、をやっていきましょう」
「はぁい」
余分な思考を廃し、傾聴の姿勢をとる。
それからしばらくは、ララニア婦人の講義が続いた。
要約すれば、どうやらこの国は、大厄災において活躍した英雄が立てた国ということらしい。なんでも、空を飛ぶことのできるミスティカドールに乗っていたようで、”ネルニザント”という言葉も、前文明の言葉で”空を翔ける者”という意味があるらしい。
「──さて、今日はこの辺りにしておきましょうか」
「ふぁい……」
聞き疲れてぐったりとした私を横目に、ララニア婦人が教科書を閉じる。そしてようやく、手足を拘束する錠が外される。
ぐっぱぐっぱ、ばたばたと、手足を動かしてそのありがたみを噛み締める。
自由とは、斯くも素晴らしいものだったのか……。