第38話 東雲家のおもてなし
太郎は緊張した面持ちで、東雲家のマンションの前に立っていた。高級感漂う建物に圧倒されながら、ドアチャイムを鳴らす。すぐに東雲翔子が出迎えてくれた。
「お待ちしていたわ、鳴海くん」
東雲の優雅な微笑みに、太郎は思わずドキリとする。
「こ、こんにちは」
玄関に足を踏み入れた瞬間、
「太郎お兄ちゃーん!」
元気いっぱいの声と共に、あかりが飛び出してきた。太郎は慌てて腕を広げ、あかりを受け止める。
「わっ!あかりちゃん、元気そうだね」
東雲が苦笑しながら説明する。「ごめんなさいね。朝から『太郎お兄ちゃんが来る!』って言って、はしゃいでいたの」
あかりは太郎にしがみついたまま、顔を上げて言った。「ね、ね、太郎お兄ちゃん!私、もう元気だよ!」
「よかった」太郎は優しく頭を撫でる。「でも、まだ無理しちゃダメだよ」
東雲があかりの肩に手を置いた。「あかり、まずはお礼でしょ?」
「あっ!」あかりは太郎から離れ、真剣な表情で深々と頭を下げた。「太郎お兄ちゃん、このあいだはありがとうございました!」
その一生懸命な姿に、太郎は思わず笑みがこぼれる。
「いいんだよ、当然のことをしただけだから」
太郎は東雲の方を向いて続けた。「むしろ、こうして家に招待していただいて、申し訳ないくらいです」
東雲は柔らかな笑みを浮かべる。「そんなこと言わないで。大したおもてなしはできないけど...」
彼女の後に続いて、太郎はリビングへと案内された。
高級感漂う内装に、太郎は思わず息を呑む。シックな色調のソファやテーブル、壁にかけられた絵画など、どれも一目で高価なものだとわかる。
(すごい...ここで暮らしてるのか)
太郎が部屋を見回していると、東雲が茶菓子の載った銀のトレイを持ってきた。
「あの、両親は...?」太郎が聞くと、東雲は少し意味深な笑みを浮かべた。
「今日は二人とも帰ってこないの。つまり...」
「つまり?」太郎は首を傾げる。
東雲は顔を近づけ、小声で言った。「私たちだけよ」
「えっ!?」太郎は思わず息を呑む。
東雲はくすくすと笑う。「冗談よ。でも、鳴海くんの反応、面白いわね」
太郎は慌てて咳払いをする。「からかわないでくださいよ!」
「でも帰って来ないはホントよ。お泊りする?」東雲のからかいが加速する。
太郎は顔を真っ赤にして慌てて否定する。「そ、そんな...」
そんな二人のやり取りを、あかりが不思議そうに見ていた。
「ねえねえ、太郎お兄ちゃん!一緒に遊ぼう!」
太郎は微笑んで言った。「いいよ、何して遊ぼっか」
あかりの顔が輝く。「やったー!」
東雲は少し申し訳なさそうに太郎を見る。「ごめんなさい。あかりったら...」
太郎は優しく答える。「あかりちゃんと遊ぶのは楽しいですから」
東雲の表情が柔らかくなる。「鳴海くん、本当に優しいのね」
その言葉に、太郎は思わずドキリとした。二人の視線が絡み合う。
「ねえねえ、太郎お兄ちゃん!」あかりの声で我に返る。「これ、一緒に見よう!」
あかりが持ってきたのは、家族アルバムだった。
「え?見ていいんですか?」太郎が東雲に確認すると、彼女は少し照れたように頷いた。
「ええ、構わないわ」
三人でソファに座り、アルバムを開く。幼い頃の東雲とあかりの写真に、太郎は思わず顔がほころぶ。
「わあ、東雲先輩も小さい頃からかわいいですね」
「もう...」東雲が少し俯きながら言った。「でも、ありがとう」
あかりが得意げに言う。「ね、ね、お姉ちゃんかわいいでしょ?」
太郎は微笑んで頷く。「うん、とってもかわいいよ」
アルバムのページをめくると、東雲とあかりが水着姿で二人仲良く微笑む写真が現れた。
「あっ!」あかりが嬉しそうに声を上げる。「去年の夏休みに行った海!」
「み、水着...」太郎は東雲の水着姿に動揺しボソッとつぶやいた。
「あまりしっかり見ないで」東雲は恥ずかしそうにしている。
そんな二人をよそに、あかりは得意げに説明を始める。「うん!このとき、私、泳ぐのまだ怖かったの。でもね、お姉ちゃんが手を引いてくれて、一緒に海に入ってくれたんだ」
東雲は優しく微笑みながら、「そうね。あかりが『怖い』って言ってたから、ずっと手を繋いでたわね」と付け加えた。
「東雲先輩って、やっぱり妹思いですね」太郎はアルバムから少し目線を外し言った。
東雲は少し照れくさそうに、「当たり前よ。大切な妹だもの」と答えた。
時間が過ぎるのも忘れ、三人は和やかな時間を過ごしていた。太郎の胸の中には、温かな感情が静かにうねりを上げていく。
東雲が立ち上がり、優雅に微笑んだ。「さて、アルバムを見るのも楽しいけど、本日のお礼のメインのご飯を用意してくるわね」
東雲はキッチンに向かいながら、太郎の方を振り返った。「鳴海くん、あかりをお願いね」
「はい、任せてください」太郎は頷く。
東雲がキッチンに消えると、あかりが太郎の腕にしがみついてきた。「ねえねえ、太郎お兄ちゃん!もっと遊ぼう!」
太郎は優しく微笑む。「うん、いいよ。でも、あまり騒ぎすぎちゃダメだよ。お姉ちゃんの邪魔になっちゃうから」
「うん!わかった!」あかりは小さな声で答えた。
リビングに二人きりになった太郎は、キッチンから聞こえてくる調理の音に耳を傾けながら、不思議な高揚感を覚えていた。東雲の手料理を食べられるという期待と、この家族的な雰囲気への戸惑い。様々な感情が胸の中でぐるぐると回っている。
(東雲先輩の料理か...どんな味なんだろう)
太郎は、キッチンから漂ってくる香りに、思わず顔がほころんだ。この日の出来事が、彼の心にどんな変化をもたらすのか。それはまだ誰にもわからない。ただ、確かなのは、太郎の青春物語が、また新たな1ページを刻もうとしていることだった。




