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第7話 マザーの受難

次元転移の球体に飲まれた後、気付くと見知らぬ空間に立っていた。また前回誘拐されたときと同じパターンで、違うのは立っている場所だ。前回はポータルという建物の部屋で、周りが氷の壁に囲まれた場所だったけど、今回は無機質な壁しかない空間だ。相当広い部屋のようだけど、目の前に居るのは見知った人物が一人だけ。予想していた人物、軍服姿のミガディさんが申し訳無さそうな顔をしながらこちらを見ている。


「お久しぶりですミガディさん、でもいきなり次元転移で呼ばないでくださいよ。もし僕がトイレやお風呂の最中だったら最悪ですよ」


「本当にすまない。ただ君とわかれた後の状況は、私の想像以上に悪化していた。こちらとしても手詰まり極まった状態なんだ。そこで君にどうしても手伝ってもらいたくて……」


よく見ると、ミガディさんの顔色がかなり悪く、徹夜明けのように疲れ切っている。せっかく墜落宇宙船の探索から開放されたのに、さらに難解なミッションに動員されているのだろうか。信頼できる人がこんなやつれた顔をしている以上は、とりあえず話くらい聞いてみたい。人に聞いてもらうと悩みが解決される事もあるだろうし……


「アイト君はどうしたらいいかな?私としてはアイト君にも話を聞いてもらって判断してもらいたいのだけれど」


ん?あ、そうだ。アイトさんも一緒に居たんだ。って、え?なんでアイトさんが僕に抱きついてるんだ?!


次元転送が完了してから時間が経ち、ぼやけていた全身の感覚が戻ってくる。気付けば僕の胴体に、思いっきりアイトさんがしがみついていた。「あのー」とアイトさんの肩を叩こうとしたとき、僕はようやくアイトさんが震えている事に気付く。……そっか、前回の次元転移は、アイトさんにとってトラウマになっているのか。


「すいません、ミガディさん。アイトさんはこの次元にあまり良い思い出がないので、怖がっているんだと思います。少し時間をもらえますか?」


「そうか……そうだね。重ね重ね申し訳ない。私はいったん外に出ている。アイト君はすぐに地球に戻せるように準備しておくよ」


「わかりました。というか最初からアイトさんも転移に巻き込まないでくださいよ……」


どうもこちらの次元の人達はいきなり人を転移させてくるので、これくらい文句を言ってもバチは当たらないだろう。



「アイトさん、大丈夫?もうあのマールは居ないし、すぐに地球に帰れるよ。深呼吸して落ち着いて、そしてゆっくり離れよう」


可愛い女の子に抱きつかれているという役得ではあるものの、アイトさんの力は思ったより強い。というか彼女は膝をついた状態で僕の胴体に横から抱きついて来ており、僕の掴まれている場所が脇腹なので正直痛いのだ。さらに恐怖があったんだろう、本気で胴体を締め付けてくるし、さらにアイトさんの頭と肩が肋骨を押してくるので呼吸もつらい。さっきのセリフも、やせ我慢しながら声を出している。


とはいえ震えている女の子を無下にはできないので、セクハラにならない程度に背中を軽く叩こうとしたけど、姿勢と位置の関係で手が届かない。仕方ないのでアイトさんの頭をなでると、アイトさんは更に腕の力をぐっと入れてきた。いだだだだ!痛い!本当に痛い!脇腹やめて!これアメフトやラグビーのタックルと同じだ!


どれだけ時間が経っただろう。ようやく、本当にようやく、アイトさんが力を緩めてくれた。死ぬかと思った。無言で耐えた自分を褒めてあげたい。でも締め付けてくる力が弱くなっただけで、アイトさんは僕から離れてくれない。うーん、困った……


「サノさん、なんでまたこの異世界に来ちゃったんですか?まだ終わってなかったんですか?」


どうやら落ち着いたらしいアイトさんが、顔を僕の脇腹に押し付けながらしゃべってくる。おかげで声が聞き取りにくい、けど離れてくれないから仕方ない。アイトさんの頭をとんとんと軽く叩きながら、僕の知っている範囲の事を説明する。腕、離してくれないかなぁと思いつつ。


「あの墜落した宇宙船の探索は終わってる。マールも居ない。ただこの次元には根本的な問題があって、僕も話しか聞いていないけど、人類が大変な状態にあるらしい。僕らが使っていたエーテルボディも、本来はその問題解決のために作られたものだって。多分だけど、あのダンジョン探索でエーテルボディを使いこなせた地球人に協力を求めるべく、ミガディさんが僕らをここに呼んだんだと思う」


アイトさんの腕力って想像以上に強いなぁ、腰元へのタックルって痛いんだなぁ、とか考えながら、以前ミガディさんに聞いた話を思い出していた。


「サノさんはどうするつもりなんですか?またエーテルボディの中に入って、この異世界で戦うんですか?」


「問題はそこなんだよねー。前回のサギ女神のときは人質取られたせいで選択肢はなかったけど、今回は任意だからなぁ……ところでアイトさん、落ち着いたならそろそろ離れようか?」


「いやです」


「なんで!?」


つい声を荒らげてしまった。


「冗談です。ごめんなさい、あの緑の光に包まれた時、あまりに怖くてサノさんに飛びついちゃいました」


そう言いながらようやくアイトさんは腕の締め付けを解いて僕から離れてくれた。少しいたずらっぽい表情をしているので、心理的に落ち着いたんだろう。でもちょっと目が赤い。あと顔も赤い。アイトさんも息苦しかったのかな。


「僕だけここに連れてくればいいのにねぇ」


そう言った途端、アイトさんが僕を睨む。あれ?失言?


「せっかくサノさんに会えたのに、すぐ居なくなるなんていやです。最初は驚いて怖くなりましたけど、今はもう平気です。いえ、かえってサノさんと一緒で良かったかも知れません」


どうもアイトさんの言葉の意味がわからない。まぁ後からゆっくり考えればいいか。それよりまず考えるべきは、ミガディさんへの回答だよなぁ。


しばらくすると、ミガディさんが再び部屋に入ってきた。そしてアイトさんが落ち着いたのを確認すると、場所を移そうといって会議室のようなところに連れて行かれた。部屋中央には厚みがない大きなスクリーンが浮かんでいる。


「話が少し長くなるだろうから、まず座ろうか。そして座りながら、この映像を観て欲しい」


映像が見やすい場所に椅子が並んでいる。アイトさんのタックルでダメージを受けた体が座りたがっているので、遠慮なくその椅子に座り、ミガディさんに先を促すようにお願いする。アイトさんも僕に倣って隣の椅子に座った。


準備ができた僕たちの前に、この次元の宇宙と思われるものがスクリーンに映し出される。表面全体が分厚い灰色の雲に覆われた惑星と、それを睥睨するように衛星軌道らしき場所に浮かぶ楕円形状の大きな人工物。まるで宇宙に浮かぶ島のようだ。


「この映像には我が母星『マザー』と、そのマザーの衛星軌道に浮かぶ人工宇宙都市『マヌエアリーフ』の2つが映っている。マヌエアリーフを私たちは本国と呼んでいる。ちなみに今の我々が居るのもこのマヌエアリーフだ。なお母星マザーの直径の大きさは、君たちが住んでいる地球の三分の一程度だ」


そうすると映像の惑星『マザー』の大きさは、直径4千キロメートルくらいかな。僕が小声で補足すると、アイトさんがこちらを見てつぶやく。「なんで人の顔と名前はすぐ忘れるのに、地球の直径は覚えてるんですか?」思わず顔をそらす。


「説明を続けていいかな?今私達がいる場所は本国にある軍本部のミッションルーム。この『マヌエアリーフ』の中央からやや手前にある。マヌエアリーフの容積は、あの墜落した宇宙船の約500倍ほど、君たちが使う単位だと東京ドーム24万個になるのかな」


ミガディさんは映像を動かし、宇宙に浮かぶ島『マヌエアリーフ』の軍本部の場所を指しながら言葉を続ける。なぜこちらの次元の人は東京ドームを度量衡の単位に使うんだろう。地球人にわかりやすいと思っているのだろうか。


「そして改めて自己紹介をすると、私の名前はミガディ=ベルフ。軍では大佐という重責を預かっている」


フルネーム覚えられるかなぁと余計な心配しながら、僕はマザーに訪れている絶望をミガディさんから改めて教えてもらう事になった。

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