第5話 再会のプロローグ
日本に戻ってから何十日か経った某日、僕はシンポジウムのため都内の某大学に来ていた。普段、自分の髪は自分で適当にカットしているけど、シンポのために2日前に床屋にいったので髪の毛だけでなく顔もさっぱりしている。成人式の時に作ったスーツを着るのも久しぶりだ。
共同研究した教授の発表を含めた午前中の部が終わり、教授に誘われて学食で昼食を取る。今日は金曜日で、講義に出ている学生は意外と多くない。教授が食事代を払ってくれたので、食べ終わった後にお礼を言って、席から立ち上がった時だ。
隣の長テーブルに、どこかで見たことのある学生らしき、黒のショートヘアで活発そうな女の子が目に入った。その子は他にも3人の同級生らしき子たちと座って話し込んでいた。その子達のテーブルの上は何もないので、食事が終わって雑談しているようだ。あれ、誰だっけ…?すごく見覚えがあるんだけど……。うーん……
名前が出てこないって事は僕の勘違いかもしれない。その4人はみんな女の子なので声をかけづらいし。かなり可愛い子だから何かの映像で見たのかな。
「あれ、サノ君。どうされました?」
「あ、いえ。ちょっと見覚えのある子が居た気がして……それだけです」
僕がとぼけて教授にそう返事した瞬間だった。
「サノ?サノさん?」
その見覚えのある女の子が突然、僕の顔を見て名前を呼んだ。あれ?むこうも僕の事を知ってる?目と目が合うと、やはりどこかで見た顔だ。誰だったかなぁ?じーっと見つめるとその子の顔が赤くなる。その子と一緒に居た他の子達も、不思議そうにその女の子とこちらを交互に見てくる。
なんか気恥ずかしくなって、軽くお辞儀だけして席を立った。教授の後についていき、食器を返して食堂を出る。教授はタバコを吸うので喫煙所へ、僕はシンポの会場へと向かう。会場の部屋ってどこだったっけ……と、必死に経路を思い出しながら大学構内の通路を歩き始める。
「あの、サノさん。サノ ツカサさんですよね?」
後ろから声を掛けられた。振り向くとさっき食堂にいた女の子だ。僕のフルネームを知っているって事は、やはり知り合いなんだろう。誰だろう?本当に思い出せない。
その女の子はなんだかすごく必死で、そしてちょっと泣きそうな顔でこちらを見てる。あれ?僕こんな可愛い子を泣かすような事をした?全然記憶に無いんだけど……
「はい。僕はサノ ツカサです……えっと、ごめんなさい。君の顔を見た気がするんだけど、名前を思い出せなくて……」
「カナです。相藤カナ。アイトです!」
……思い出した。アイトさんの本名、アイトウカナだ。そうだ、アイトさんの大学、ここだった。
……あ、約束も思い出した。アイトさんが他次元から地球に戻る時に、会いに行くとか言ってた気がする。すっかり忘れてた。でもただの社交辞令のつもりだったんだけど……
「すっかり忘れてたって顔してますよね。やっぱりサノさんですよね?」
鋭い。そしてごまかせそうにない。仕方ない。
「あー、はい、サノです。はじめまして」
「なんではじめましてなんですか!それよりなんで忘れてたんですか!私ずっと待ってたんですよ!」
「いや、地球でははじめましてだし。それよりアイトさん声が大きい。みんな見てる」
昼休憩の時間なので周囲には人が結構いる。アイトさんもそれに気付いたようで、口をモゴモゴする。でも目だけは僕の方を睨んでくる。あー、そういえば向こうでもよく金狐のアイトさんに睨まれたっけ。懐かしいなー。
「えーと、久しぶりアイトさん。忘れててごめんね。ただ今日はシンポジウムで今ちょっと時間がないので、また今度ね」
「何時に終わるんですか?そのシンポジウムって」
「え?えーと16時に閉会かな。その後は共同研究の教授に挨拶して終わる予定だけど……」
「じゃあ待ってます」
「え?いや、悪いよ。教授と話し込んじゃうかも知れないし、ほら、その、ね?」
我ながら何が「ね?」なのかわからないけど、僕の言葉に納得してくれたのか、アイトさんはその場から走り去って行った。何となくアイトさんが怒っているように見えたので、ちょっとホッとした。
以前付き合っていた彼女が妙に短気な子で、僕の言動によく腹を立ててたから、訳もわからず怒ってる女の子ってちょっと苦手なんだよな…… 怒る理由を聞いても「感情で怒ってるの!理屈じゃない!彼氏なら理解して!」って、ホント意味がわからなかったっけ。そんな事を思い出しながら、僕はシンポジウム会場の講義室に向かって行き、2回部屋を間違えた。それはともかくアイトさんも無事に地球に戻れたようで良かった。