第48話 目的地
その日は軍本部ビルへのテロ襲撃、そして政府本部ビル内での暗殺劇と、もしそれが犯人の思惑通りに成功すれば、30年前のマザー喪失に次ぐ最悪の事態となっていた。しかし後世の教科書では、テロも暗殺も失敗に終わったと記載されることになる。そしてさらに、この日は「マザー奪還のための惑星襲撃作戦開始日」と記録されることになる。
惑星襲撃作戦は、まず地表への次元爆弾投下による、パウダー発生源の壊滅から始まった。しかしその裏側では、テロ襲撃犯の逃亡劇が生じていた。
ガバナーから軍本部ビルへの刺客となっていたアーネイ,カンタル,ネクトの3人は、そのエーテルボディを無力化され頭部だけの状態で軍本部ビル内の収容室に持ち込まれた。軍用エーテルボディは頭部中央に魂が保管されているため、この状態でもエーテル人工細胞液さえ補充されれば理論上は何年も生存可能である。
なおもう一人の刺客であるリオは、エーテルボディ本体に魂が侵食され過ぎており、すでにまともな魂の形を保ってはおらず、会話すら出来ない状態であった。
「大変です!保管されていたアーネイの頭部が消失しました!」
ガバナーの貴重な情報を持っているはずのアーネイらの頭部は、それを聞き出すために尋問の準備が行われていた。しかしそれが実行される前に、重要犯であるアーネイの頭部が突如、喪失してしまった。これは万が一に備えてガバナー側が緊急用の脱出ゲートをエーテルボディの頭部に組み込んでおり、本人らがそれを起動したからである。マヌエアリーフのエーテルボディがマザー地表から脱出ゲートで空間転移して戻ってこられるのと同様に、ガバナーのエーテルボディも脱出ゲートでマザーに空間転移できるようになっていたのだ。ただしイザイアとネクトは氷晶液に漬けられて完全に機能を凍結されており、意識のあったアーネイだけがマヌエアリーフから脱出に成功した。
しかしそれはタウズンの想定内のことであった。ミガディがアーネイの頭部を切断した時に追跡用の特殊なエーテル細胞を差し込んでおり、脱出ゲートによって空間転移した先が把握できるようになっていた。そして犯人らの逃げる先は、その組織の重要拠点があるはずである。アーネイたちから直接その場所を訊き出すより、彼ら本人に案内してもらった方が早いし確実である。タウズンはそう考え、あえてアーネイだけ氷晶液に漬けずに意識を持たせておき、わざと逃亡を見逃していた。そして狙い通り、アーネイが逃げた先を完璧に追跡していた。
頭部だけのアーネイが空間転移した先は、ニコオーレグの別荘地『白の王宮』の地下であった。そしてそこは、パウダー発生源に電源を供給している核融合炉の設置箇所のそばだった。
◇
「ニコオーレグ、そしてガバナーは、マザー地表にて暴力と電力を独占しています。だからこの30年間、マザーを独占することに成功してきました。そして彼らの力が及ばないこのマヌエアリーフも、彼らは支配しようと攻撃を仕掛けてきました」
衛星軌道上に浮かぶシャノア研究室で、タウズンが語る。部屋にはエレメントボディ姿のミガディ、サノ、アイトが居た。
「次元爆弾によって首都上空のパウダーはほぼ除去できました。しかしアーネイが逃げた先は首都ではありませんでした。逃げた場所は30年前のデータと照らし合わせると、どうもニコオーレグの別荘地のようです。そこがガバナーの本拠地か、それに相当する重要な拠点なのは間違いありません。そして必ずそこには、エネルギー供給源があるはずです」
シャノア研究室のある衛星軌道衛星の中で、タウズン博士がこれまでの状況を含めて惑星マザーの立体映像を示す。首都から約四分の一ほど緯度がずれた場所に、アーネイが空間転移した場所がピンで打たれている。しかし首都上空と異なり、その場所はパウダーでいまだ覆われているため、転移完了時のゆらぎこそ感知したものの、すでにアーネイの位置情報は消えてしまっている。
「アーネイが逃亡した先には、必ずニコオーレグとその幹部たちが残っています。彼らは力づくでマザーを掌握しました。その彼らを捉えるためには、ガバナー以上の暴力が必要なんです。そのためにエレメントボディを準備しましたが、それでもまだ状況は情報も少なく、数的にも不利です。絶対に気をつけて下さい」
3人は静かに頷く。タウズンも頷き返すと、惑星襲撃の2段目を実行する。
「それでは3人をアーネイと同じ経路で、ガバナーの拠点に転送させます。攻撃衛星によるパウダー除去が進めば通信も可能になります。その時にはこちらから指令を送りますが、それまでは各自の判断でターゲットの確保をお願いします。ミガディ大佐は核融合炉、サノくんは陽動を兼ねて敵側のエーテルボディ使用者の破壊、そしてアイトくんはニコオーレグ本人の居場所を。無理はしないで下さい…と言いたいところですが、申し訳ありません。今回ばかりは無茶を承知でお願いします」
3人はさっきよりも更に力強く頷き、タウズンは頭を下げる。顔を上げた時、全員が決死の覚悟を決めていた。
「それでは3名をアーネイが逃げた場所に転送させます。私もエレメントボディに入ったらすぐに後を追います。最短でガバナーのエネルギー源を押さえる必要があります。ミガディ大佐が核融合炉への経路を確保した後に、ここからマヌエアリーフの空間転移をつなぎます。サノくんとアイトくん、お二人は自身の判断で行動して下さい。申し訳ありません、戦略の専門家ではない私には、これが精一杯なんです」
「エネルギー源を押さえるというが、首都地下にある核融合炉の確保はどうするのかな?そこも厳重に守られていると思うが」
核融合炉を担当するミガディが疑問を述べると、タウズンは軽く笑う。
「そちらは5人目のエレメントボディがすでに向かっています。本当は一緒に出発するつもりだったのですが、少々せっかちな方でして…… でも安心して下さい。彼女なら絶対に大丈夫です。さあ、私達も出発しましょう」
◇
ゲートで3時間ほど前にマヌエアリーフを脱出したアーネイは、マザーにある「白の王宮」の研究棟に居た。棟の地下にある転送室に頭部だけの状態で戻ったアーネイは、ガバナー研究員たちの手で新たなエーテルボディに乗り換えていたが、そこにダランイーバが必死の形相で現れる。アーネイがゲートで脱出してきたと緊急連絡を受けたからである。
ニコオーレグは絶対権力者であり、失敗を許さない。だからこそマヌエアリーフ侵攻の総責任者であるダランイーバは自信を持って絶対に成功する計画を立てたのだ。そもそもマヌエアリーフ側の最大戦力である第5世代エーテルボディをすべて無力化した事で、計画の成功は約束されたも同様であった。だからこそ計画が失敗したことが信じられず、ダランイーバはこうして直接アーネイに状況を問いただすべく、急ぎ研究棟に足を運んだのだ。
研究員からの報告でダランイーバはアーネイが頭部だけで緊急脱出してきたという状況を知り愕然とする。ガバナーから派遣した最強戦力が首を切られた、すなわちマヌエアリーフにはガバナーを超える戦力を未だに有するという事だからだ。
「ミガディにやられた。やつは見たことがないエーテルボディだった。俺とナーガ4体の同時攻撃をやつは潰しやがった。どうなってる?あんな高性能なエーテルボディがあるなんて聞いてねぇ。リオとカンタルについてはわからんが、もしミガディと同じようなエーテルボディがまだ他にもあったら、アイツラも十中八九やられているだろう。それほど俺とヤツとのボディには性能差があった」
憎々しげにアーネイは自分の敗北を語る。戦闘で負けたことも、任務を失敗した事も、どちらも腸が煮えくり返る思いであるが、しかしダランイーバに状況を伝えなければならない。手を強く握りしめ、時に歯を食いしばりながらアーネイは軍本部ビルでの経緯をダランイーバに伝えた。
「馬鹿な…第5世代を超えるエーテルボディなど私は聞いてない。そもそも第5世代が最新なのだ。それに何故そんな物をミガディが使っていたのだ? そしてミガディは最初から本部室で待ち構えていたというなら、なぜこちらの動きを把握できていたのだ? ……わからん。まったくわからん。作戦が漏れていたというのか?」
完璧に成功すると思われた計画が、ことごとく失敗した。しかもほんの一時間ほど前から、首都との有線通信が繋がらなくなっている。地表はモノポール、アンチパウダー、ニュートラリーノといった通信を阻害する粒子で覆われているため、地下経路でここ白の王宮と首都は通信や移動を行っている。なお白の王宮と首都の地下にはそれぞれ核融合炉があるため、エネルギー的に独立している。
その時、部屋にあるモニタに、マヌエアリーフから転送者が到着するという情報が入った。その数は3名。
「カンタルたち3人も脱出してきたのか?……いや、何だ?警報が出ている?」
『大変です!地下転送室に、正体不明のエーテルボディが_______』
転送室の管理者からの緊急通信が入るが、途中で無音となる。ダランイーバは呆然となり、アーネイはリーフの連中が自分を追ってきたのだと瞬時に悟った。一旦は焦るものの、しかしアーネイは獣のような表情でニヤリと笑い、部屋の研究員に命令する。
「おい!敵だ!敵が追ってきた!アプス細胞をよこせ!アプスと融合して、俺がそいつらを殺す!」
最新の侵食型エーテルボディ「アプス」はエーテルボディを捕食し、その名の通り侵食し魂を支配する。しかし侵食エーテル細胞の適合条件を変えると、捕食対象を侵食するのではなく融合する事も出来る。融合した場合は、魂は侵食されず、逆に第5世代ボディを超える絶大な戦闘力だけを取り出すことができるのだ。ただし一旦融合すると解除は出来ず、またボディの使用時間も制限されるデメリットもある。しかしアーネイは危険を承知で、アプスと融合することを選んだ。




