第45話 復讐者の惑星襲撃
ガバナーが軍本部ビルへとクーデターが行われた同じ時間、政府部でも大きな動きが生じていた。クーデターが実行される直前まで、軍本部ビル内ではグランドスイーパー作戦の統括が行われていたが、政府本部ビルでも遠隔にてその会議に多くの議員が参画していた。その議員の中にはガバナーに通じている人間も複数おり、当然この後に何が起ころうとしているのかを承知していた。
会議は前半の部が終わり、軍本部ビルと政府本部ビルとの通信が一度遮断された。軍本部ビルでは、ダランイーバが本部室から退席すると、その配下によってビル内部の情報システムが外部と一切遮断される。ダランイーバはそのままマザー地表の『白の宮殿』に転移し、ニコオーレグの指示を受ける。ニコオーレグとダランイーバの命令を受け、政府調査機関ヘリオスのメンバーがマザー地表の怪物たちを指揮し、軍本部ビル内の占拠を開始した。予定通りにクーデターが実行されたのである。
その時の政府本部ビルでは定刻になっても軍本部室との通信が開かない事で、軽い騒ぎになっていた。情報管理責任者が青い顔をしながら、会議室の議員達に弁明をしている。それを見ながら、調査機関ヘリオスの長官エベルはクーデターが始まった事を悟り、興奮を隠せずにいた。エベルは与党議員であるが、父親の代から隠れガバナー信奉者であった。ガバナーが30年前にマザーの大災厄を引き起こした際に、エベルは父親と共にマヌエアリーフへと脱出したが、当然最初からガバナーの内通者として行動してきた。
第5世代エーテルボディを中心としたマザー地表の大捜索『グランドスイーパー』が失敗に終わり、ヘリオスチームが裏切ったという報告が出される。しかし軍内部でもガバナーへの内通者が出ており、また確固たる証拠がないため、会議ではエベルに対する糾弾や尋問は出ていなかった。しかしエベルは知っている。自分だけでなく、この政府内にも自分と同じようにガバナーの内通者が居る事を、そして今日この後に、軍本部ビル内でマザーからの来訪者が何を起こすのかを。
会議では軍本部ビルとの通信が途絶えた事で、あちらこちらから喧騒が上がり始めた。そもそも本部ビル同士をつないでいる通信は、セキュリティとしては最大のものを使用しており、それが繋がらなくなったのは大問題である。マヌエアリーフの総力を上げてのグランドスイーパーが失敗に終わりつつある今、本国でも通信異常が発生したのは悪い予兆ではないか?という声も聞こえる。
(当たり前だ。これからこのリーフを陥落させるのだ。それこそが私がここに居る理由なのだから)
エベルはニヤリと口角を上げる。ふと野党議員の席を見れば、自分と同じガバナー側の人間と目が合う。
(始まりましたな)
(ああ、予定通りな。私の部下が今頃、軍本部ビルを制圧している事だろう)
口には出さず、視線だけで会話を交わす。
軍本部ビルを制圧後に、マザーの地表からマヌエアリーフへ、数万の侵食型エーテルボディ兵が転送される。その兵たちはやはりエベルの配下に指揮されながら、この政府本部ビルを占拠する計画である。すでにマヌエアリーフ側はエーテルボディが使えない状態となっており、ガバナー側のエーテルボディに対抗する手段はない。そしてガバナー内通者達は特殊な識別信号を持っており、攻撃される恐れがまったくないどころか、ガバナー側のエーテルボディに命令する事もできる。
(さあ、早く緊急連絡が入ってこい。軍本部ビルが襲撃されています、とね。なんて待ち遠しいのだ)
エベルは年甲斐もなくワクワクしている。情報担当官があたふたする顔を見ながら、同じ与党だが状況を知らない議員を見下しながら、
エベルたちガバナー内通者は、凶報を待ち続けていた。その凶報は、自分たちにとっては吉報なのだから。
数時間後、情報担当官が大きな声を上げた。彼の努力が実ったのだ。
「通信が回復しました!軍本部ビルとの通信が繋がります。向こうから状況を説明したいとの事。至急、中央モニタに映し出します」
さあ、いよいよだ。画面に映るのは私の配下かな?それとも同志のトニーロ少佐かな?
ニヤける口を隠すため、エベルは両手を顔の前で組む。長い時間、待ち望んでいたモニタには、しかしエベルが予想しない人物が映っていた。モニタに映し出されたのは、30歳位の軍服を着た綺麗な女性だった。
「軍部の空間転移管理室長モランです。本日10時過ぎに、軍本部ビル内でクーデターが発生しました。実行犯は政府調査機関ヘリオスのメンバー3名。ネクト、イザイア、アーネイです。また軍のトニーロ少佐も加担しております。しかしご安心下さい。クーデターはすべて鎮圧しました。被害者はゼロ、ゼロ人です」
「はあぁ?!?!?」
モランのセリフを聞いた途端、エベルは絶叫しながら立ち上がる。
「馬鹿な!マザーからナーガとアプスを大量に引き連れてのクーデターだぞ!しかも軍のエーテルボディはどれも使用不可能だ。今のリーフに、エーテルボディを倒せる武器がどこにある?どうやってクーデタを防いだというのだ!?」
エベルの声に誘われたのか、クーデターの全貌を知っている野党議員も立ち上がって声を荒げる。その愚かな野党議員は、席を飛び出し、モニタに映るモランの前に迫る。もしモランが実際にこの場に居たら、首を絞めていたことだろう。
「その先は私が説明しよう」
モニタはモランのそばに座る老人に切り替わる。
「ロヴァル局長……」
それまで鬼気迫る勢いだった議員とエベルは呆然とし、クーデターの失敗を悟った。ロヴァルの身柄を捕らえる事、それがクーデターの目的の一つであったからだ。
「先ほどから、この軍本部ビル内は情報通信から転移制御に至るまで、すべて裏切り者によって一時的に制圧されてしまった。今、こうして私が政府本部ビルと連絡しているのは、指揮系統を別の安全な部屋に移しているからに過ぎん。しかし安心してくれ。我々には強い味方が居る。マヌエアリーフを愛する者たちは、誰一人として怪我一つ負ってはおらん。みな無事だ。逆に愚かにもガバナーに与した売国奴どもは、すべてその身柄を捕らえておる」
議会席からは「おおっ!」という歓声が上がる。しかし一部の議員は色と声を失っていた。隠そうと努力はしているものの、エベルもその顔色を失っていた一人であった。
「さて、研究部および軍部から、政府部に提案がある。前々から提案していた実験をマザー上空で行うための承認をして頂きたいのだ。よろしいかな?スピルダラー大統領、および議員諸氏」
クーデターが起きた直後に何の実験だ? それよりクーデターの全貌は?状況はどうなったのだ?説明不足では?
そうした声があちこちで上がる。しかし動いたのは名指しで呼ばれた大統領のスピルダラーだった。スピルダラーは議会室中央の演壇に進むと、モニタに映るロヴァルに向かって挨拶をする。そしてにこやかな笑顔で宣言する。
「シャノア研究室から局所的に次元そのものを破壊する最新技術の使用許可を求められている。この実験が成功すれば、マザーを覆うパウダーそのものを破壊し、地表を宇宙から見る事が可能となるのだ」
するとそれまでロヴァルが映っていたモニタが、大統領の合図を受けて別の情報に変わる。そこには次元爆弾という新技術と、それをマザー上空で使用する事で、大気中のパウダーを破壊する事が専門用語で表現されていた。当然表示されているものは難しい内容であって、議員であってもそう簡単には理解できない。ただ一つ、モニタ中央にはでかでかと『次元爆弾による惑星襲撃計画』と書かれていた。
「さて諸君。一応、みんなの賛成反対を問いたい。この惑星襲撃計画は、ロヴァル局長が計画し、私スピルダラーが推進する。この計画が成功すれば、マザーを取り戻すことが出来る。非常に画期的な計画だ。当然、私もロヴァルも成功すると考えているが、もし失敗しても私たち2人が責任を取ればいい。さあ、この計画に賛成か反対か、答えてくれ」
あまりに唐突な大統領からの問いに、議員たちは混乱する。マヌエアリーフの総力を懸けたグランドスイーパが失敗したという衝撃が終わらぬまま、マザーからのクーデターという突然かつ驚愕の大事件が起きた直後に、惑星襲撃計画である。マヌエアリーフとマザーが切り札を次々に出しているのだ。場の状況に追いつける人間はほとんど居なかった。
それでもこの議会のルール上、大統領からの質問に答えなければならない。議員たちは席に設けられたボタンを押す。
惑星襲撃計画、その実行に置いて賛成81%、反対19%となっていた。圧倒的な賛成多数である。それでもガバナーに与する人間や一部の野党議員は声を荒げる。
「まずグランドスイーパー計画の反省を考えるべきなのではないですか!?」
「なぜエーテルボディを越える新しい技術を隠していたんですか!?それを使えばグランドスイーパー作戦は成功していたんじゃないですか?!」
「惑星襲撃計画の前に、まず地表探索を進めてからでも良いんじゃないですか?」
そうした反対意見が飛び交う中、スピルダラーが手を挙げ口を開く。
「私は30年前、マザー地表から脱出してきた最後の船に乗っていた」
途端に議会は静まり返る。マザーに起きた大災厄の中、脱出そのものが相当な悲劇を産んだ。その中で、最後の脱出船は最悪の脱出劇だと誰もが知っていたからだ。
「知っているかもしれないが、最後の脱出船には定員を越える人間が殺到した。船が飛び立つまでもいろいろあった。船の周りは大勢の人間が居た。その助かりたい人達が見つめる中、私の乗る船は地上を飛び立った。ちなみに私は父親の代わりに、その舟に乗ることが出来たのだ」
スピルダラーは顔を上げる。30年前の、自分の父が語った言葉は決して忘れたことがない。最後に脱出する船に乗れなかった人達の諦めた顔を、自分を恨めしそうに見つめる目を、スピルダラーは一日たりとも忘れたことがない。
「『ここを脱出しなさい。そして未来を頼む。』私の父は最後にそう言ったのだ」
ここでスピルダラー大きく息を吐き出す。
(あれから30年、マザーを取り戻すため、自分はここまで来た。反対派の人間、お前らの中にガバナーに通じている奴を知っている。しかしそんな事はどうでもいい。私は、今、この決断をするために大統領にまで登り詰めたのだ。ガバナーに復讐するために!私はあの時、脱出できなかった人の魂も背負ってここまで来たのだ!)
そしてニヤリと、スピルダラーは今まで誰にも見せなかった凶悪な顔を浮かべる。
「安心したまえ、諸君。もし万が一、作戦が失敗しても、汚名を被るのは私だけだ。教科書に悪名が残るのはスピルダラーという私の名前だけだ。君たちの名前は残らない。この作戦が成功しても、私は引責する。だから安心して賛成してくれ。この30年間、やっと訪れた復讐のチャンスなのだ」
スピルダラー大統領が堂々と宣言する。
「今こそ、マザーを取り戻す。大統領権限にて、惑星マザーへの次元爆弾投下を認める。そしてマザー奪還プロジェクト『惑星襲撃』を承認、直ちに実行せよ!」
◇
マザーの衛星軌道上には、シャノア研究所の所有する人工衛星『ハイブレイザー』が待機していた。ハイブレイザーは空間転移技術の実験施設として35年の歴史を持つ古い研究用の人工衛星であったが、今はタウズンの計画により中身がごっそり入れ替わっていた。惑星襲撃用 攻撃型人工衛星『ハイブレイザー』が、スピルダラーの承認を得ていよいよその正体を表そうとしていた。
シャノア研究室は約50年前にロヴァルが立ち上げ、今も所長を務めている。そしてタウズンもこの研究室に所属している。元々シャノア研究所はマザー地表で活動していたが、空間転移の実験をするにあたり宇宙の方が都合が良かったため、40年ほど前に本拠地を衛星軌道に移していた。マザーの大災厄において被害をまぬがれた数少ない研究所であった。
30年前、マザー地表から脱出してきたスピルダラーはシャノア研究所に駆け込み、ロヴァルに面会を求めた。アポイントも無く当時無名に近かった政治秘書官のスピルダラーだったが、ロヴァルは面会に応じた。そこでマザー地表の状態を伝えた将来の大統領は、最後にロヴァルと約束をした。
「いつか自分は大統領になる。その時までに、マザーを取り返すための作戦を立てて欲しい。私は絶対にそれを実行する。それが私をここに送り出してくれたマザーの人達への恩返しだ」
その後、ロヴァルは若き俊英タウズンを見出し、タウズンもそれに答えるように次々に新たな次元転移の技術を開発した。シャノア研究所が一体となって研究を進め、エーテル人工細胞やエーテルボディを超えるエレメント人工細胞やエレメントボディを構築したが、それらは一切公表しなかった。ロヴァルもスピルダラーも、すでにマヌエアリーフにガバナーと通じる売国奴が居る事を知っていたからである。
グランドスイーパーというマザー地表の大捜索が、ガバナー側にとっても何かしらの活動を引き起こすだろうというタウズンとサノの推察を聞いたロヴァルは、とうとうその時期が来たことを察した。ロヴァルはスピルダラーにエレメントボディと次元爆弾による惑星襲撃の使用許可を申請すると、自ら軍本部ビル内でガバナーの襲撃を待ち受ける囮役を請け負った。それがかつて30年前に、ニコオーレグとガバナー研究所を止められなかった贖罪だったからである。ロヴァルもまた、ニコオーレグに復讐を誓う人間だったのだ。
タウズンやサノの想定通り、ガバナーはマヌエアリーフへとクーデターを仕掛けてきた。それを完璧なまでに阻止した2人からバトンを渡されたロヴァルとスピルダラーは、自分たちの残る人生を掛けた行動を実行した。ここに、マザーへの惑星襲撃が始まったのだ。
◇
リーフの監視衛星が地表を撮影している。どこを見ても、灰色がかった煙のようなパウダーが星全体を覆い尽くしている。しかし人工衛星『ハイブレイザー1』から地上に向かって投下された次元爆弾が正しく作動した時、マザー地表の厚いパウダー層に、泡のような直径100キロメートルの巨大で透明な球体空間が生まれた。
その泡自体はただ開放された他次元の膨大な大気である。しかしその巨大な体積がマザーの大気中に一瞬で割り込んだため、元から存在したパウダーを含む大気は、ほぼゼロ秒で外側に吹き飛ばされた。体積転移によるパウダーの移動速度は光速すら越え、押し出された大気との境界には莫大なエネルギーが発生する。結果として次元爆弾が作用した領域には超高温と超高圧が生まれ、それによって大気中のパウダーは分解・破壊された。
次元爆弾が炸裂した後には、衛星軌道から肉眼で確認出来るほどの、正常な大気が広がる空間が生まれた。そこは30年ぶりに、太陽の光が届く、パウダーの存在しないマザーの地表が見えていた。
「ターゲットA1。首都の上空で作動!さらに上空に次元爆弾の第二波を投擲。見て下さい!肉眼でもはっきりとパウダーのない空間が認識できます。見えました!ミアネの地表が衛星の望遠カメラで確認できます!やった!やりました!」
「ハイブレイザー2およびハイブレイザー5から次元爆弾投下。ターゲットA2、A5でも地表の映像を衛星カメラで確認可能。攻撃成功です」
「ハイブレイザー3と4からも次元爆弾投下。ターゲットA3、A4は地表まで到達しませんでした。深度を修正します」
「地形を確認後、マザー地表と衛星座標の修正を急げ!ターゲットAからBに速やかに移行せよ!」
部屋にいる全員が、固唾を飲んで映像を見守る。宇宙から見るマザーは、30年間に渡って常にその表面を厚い灰色の煙に包まれていた。しかし次元爆弾による攻撃が開始されると、まるですっぽりと抜き出したかのような、丸い泡のような空間がその煙の層にいくつも形成される。5基の人工衛星は、1号機を中心に、東西南北に同距離で2から5号機が陣形を組む。5箇所で作られる透明な空間の泡は少しずつ広がっていき、観察衛星からはマザーの地表まではっきりと確認できていた。
地表の映像が拡大される。30年ぶりのマザー地表。エーテルボディの捜索隊が見てきた廃墟と塵芥の山が、太陽の光を浴びている。拡大表示されるマザーの地表は荒廃した砂漠のようであった。どこにもまともな建造物が見えない。それでも30年ぶりに見る母星の地表なのだ。
次元爆弾が破裂するたびに、大気は地上まで薙ぎ払われ、周辺のパウダーが完璧に吹き飛ばされる。30年前のマザー地形データと照らし合わせて、攻撃している場所の予測地点と実際との差分が計算され、位置修正が行われる。そして正確な落下地点が判明すると、いよいよメインターゲットであるパウダー発生源の工場や研究所を狙うため、首都中心部の上空にハイブレイザー達が移動を開始した。
そして次元爆弾が破裂すると、首都上空のパウダーがすべて除去され、中心部がその姿を表した。ハイブレイザーから届けられる映像の中には、今も活動している建物があった。地表には、ガバナー研究所とそこに隣接する工場が当時のままの姿で存在し、そこからパウダーが放出されていた。
「ハイブレイザー1、パウダー発生源と思われる場所上空に到達しました。ターゲットA1からB1に変更完了。攻撃を開始します!」
ターゲットAは空間を表し、Bはパウダー発生源を指す。衛星から地表に向かって、誘導ミサイルに搭載された次元爆弾が発射された。すでに周囲には燃焼やセンサを阻害するアンチパウダーやモノポールは存在しない。ミサイルは正確にターゲットである地表の建造物を狙って進む。ミサイルに搭載されている次元爆弾は広く浅い空間を転移させる。そのため地表だけを正確に一掃する形で衝撃波は作動した。ガバナーはパウダー発生源周辺を反物質シールドで防衛していたが、その斥力すら次元爆弾による衝撃波はあっさりと貫通した。




