第43話 グレナディアの初陣
トニーロ少佐と合流したアーネイは、20体のナーガとともにすさまじい速度で階段を駆け上がり一気に最上階を目指した。トニーロとその配下は、軍本部ビル内の中央階段と非常階段の2つのルートを確保している。目的地は最上階の本部室、ターゲットはノルメック少将、ロヴァル局長、タウズン参与の3人。本部室の警備員はすべてダランイーバとトニーロの配下であり、部屋から誰も出さないように命令済みだ。
もしこの襲撃に失敗して部屋に立て籠もられた場合でも、50体のアプスが地下を制した後に最上階めざして登ってくる。そうなれば最大戦力で一気にビル内部を制圧できる。それに自分だけは脱出ゲートでマザーに戻ることも可能だ。さあ、存分に暴れてやる。アーネイは隠していた暴力性を開放し始めていた。
本部室のドアはロックされてなく、開閉ボタンに触れると容易に左右に開く。籠城の恐れもなくなり、アーネイは悠々と中に足を進めた。そのまま扉を塞ぐ場所に立ち止まり、部屋を見回す。しかし本部室にターゲットの人間はだれもおらず、見たことのないエーテルボディらしきものが一人で立っているだけだった。
「おい、トニーロ少佐。話が違うんだが。どういう事だ?」
本部室は定員200名の広さを持ち、様々な指揮官機能を持つ。非常事態に備えたシェルタ構造にもなっており、長期の籠城も可能である。グランドスイーパ作戦の失敗を巻き返すために、本部室には軍と研究の最高責任者であるノルメック少将とロヴァル局長が最低でも常駐していたはずが、誰も居ない。それどころか本部室の常駐勤務の人間さえ一人として居ない。現在、ダランイーバとトニーロの配下がこの部屋の常駐担当であり、もし変更や異常があれば連絡してくる手はずとなっている。が、それすら無かった。
アーネイに促され、部屋に入ったトニーロも驚く。
「なぜだ?なぜ誰も居ない。私の部下はどうした?どこに行った?」
「トニーロ少佐、この部屋に居るのは私だけです。私からも質問です。なぜガバナーに与するのですか?」
部屋の中にいた人間…… いや、エーテルボディが答える。そのエーテルボディは、至ってシンプルだった。軍服を着た人間を、そのまま一回り大きくしたような外観のため、最初は人と見間違えた程だ。しかし軍服に見えたものはすべて白銀の被膜が重なり合ったもので、明らかにエーテルボディの一種だろう。本体自身、まるで彫刻の闘神のような出で立ちで、神々しさすら感じさせる。見たことがないボディだが、その顔つきや声に覚えがある。
「貴様、ミガディか?」
想定とあまりに違いすぎる本部室の状況に焦るトニーロは、上官であるはずのミガディを呼び捨てにする。一方でアーネイは冷静を保っていた。
「罠か。ターゲットがいない以上どうにもならん。一旦撤収するか?」
「アーネイ。キミは失敗した。君は失敗ばかりだ。あのミヌエトでマールを失い、サノくんに計画を潰され、ここでも襲撃に失敗した。キミは疫病神だ」
ミガディが淡々とした口調でアーネイを罵る。
「マールはキミに期待していたけど、期待はずれだった。ニコオーレグもキミ君に期待しているようだけど、それも期待はずれに終わる。失敗を繰り返すキミに価値はない。いや、実力がないのだ」
アーネイは指一本動かさず、静かに聞いている。
「正直に言おう、サノくんも私も、キミは怖くない。アーネイと言う人間は私にとって何の脅威でもない。だから今回は見逃してあげよう。用があるのはトニーロ少佐だけだ。キミは尻尾を巻いて部屋を出ていくが良い」
そう言って手に持っていた短槍で扉を指す。
「ああ、私が武器を持っているのが怖いのかな? すまない、気づかなかった。ほら、これでいいかな」
隙だらけの姿勢で床に短槍を置くと、隙だらけのままそこから離れる。明らかに挑発だった。そして効果があった。一見、冷静に見えていたアーネイは、体中が沸騰するほどに怒り狂っていた。アーネイは口角を上げミガディを睨みつけながら口を開く。
「ミガディ。あのミヌエトではメソメソしていた役立たずが、よくも偉そうに言えたものだな」
「キミが失敗続きなのは事実だからね。ただミヌエトでもキミは怖くなかったよ。私の方が優秀で強かったからね」
「はっ!ふざけろ。俺のほうがテメエより何倍も強ぇんだよ」
アーネイは体中から怒りを発し、部屋の中に踏み入る。部屋の中をボディの感知能力で探るが、本当にミガディが一人でいるだけだった。コイツ狂ったか?一人で待っていれば、こっちも一人ずつ戦うとでも思ってるのか?
「ナーガ、来い」
「アーネイ。おかしい。明らかに罠だ。一旦撤退すべきだ」
激昂するアーネイと対照的に、トニーロはどんどん冷静になる。自分の知るミガディは、相手に向かってここまで侮辱的な言葉を使う人間ではない。何を狙っているかはわからないが、罠であることは間違いないであろう。
そして一方的に不利な状況なのに平然と立っているミガディをみて、トニーロは嫌でも思い出す。ミガディという男が、任務を必ず果たす事で信頼を勝ち得てきたという事実を。ミガディが出世したのは結果に過ぎない。ミガディに任せれば大丈夫だという絶大な信頼を得るほど、その男はどんな状況でも最後には任務を果たしてきたのだ。年下であるミガディが自分より出世したその理由を、認めたくなかったがトニーロは思い出さざるを得なかった。
「撤退してどうすんだ?ターゲットが居なかったから戻りましたって報告するのか?ターゲットが居ないなら探すんだよ。そもそもこの部屋の占領も目標だろうが」
「お、おい!敵の前でべらべら喋るな!」
トニーロは焦る。この軍本部室では転移ゲートの上位操作が行えるため、それを使えば識別信号なしでのゲート使用の許可を出せる。そうすれば惑星マザーから直接この軍本部ビルにある転移ゲートに一万を越えるスパイダーやバルログの軍隊を送り込むことが可能だ。他にも転移ゲートの上位操作が出来る部屋はいくつかあるが、この本部室はその中でも本命であった。
経緯はわからないが今この部屋に居るのはミガディ一人であり、それを排除すれば転移ゲートの操作が乗っ取れる。ただし今の自分はエーテルボディではなく人間の体のため、戦闘能力は遥かに劣る上に万が一の時にゲート離脱が出来ない。ならば自分だけ部屋の外に出てアーネイがミガディを無力化してから再入室すべきか……
「忠告はした。逃げないと言うならば、君たちを捕縛する」
部屋のドアが閉まる。しまった!やはり罠か。トニーロは悔いる。ただ部屋の中にはアーネイの他にすでに4体のナーガがいる。圧倒的に有利なはずだ。アーネイは無傷の第5世代エーテルボディであり、さらに適合度も90%とミガディを上回る。今のミガディが纏うエーテルボディは見たことがないタイプだが、それでもアーネイの方が戦闘能力は勝るだろう。こうなれば腹をくくるしかあるまい。
「アーネイ、任せたぞ。ミガディを無力化しろ。殺しても構わん」
「命令されなくてもそのつもりだ。ミヌエトでは見逃してやったが、もう遠慮はしない。槍を取れ、ミガディ。どちらが優秀か証明してやる」
ミガディは床の槍を拾いながら、出来の悪い生徒を見つめる教師のような仕草でアーネイを見据えた。その態度にさらに熱り立つアーネイだが、気付いた時にはすぐ前にミガディが居て、槍を振り下ろすところだった。
あまりの早さに反応しきれなかったアーネイだが、その槍をどうにかドラグーンメイルと言われる肩についた超硬度のウロコで受け止める。そして敵が自分と接するほど近付いている時、それはアーネイにとって必殺の間合いであった。
「焼けろっ!」
ドラグーンブレスと名付けた、超高温の排気熱を周囲に猛烈な勢いで吐き出す。ドラグーン型エーテルボディは体内の一部に特殊な耐熱素材でできたブースター回路を有しており、瞬時的な力を発揮する際に発生する排気熱をためて周囲に吹き付ける事が出来る。圧倒的な強度を持つドラグーンメイルで攻撃を受け止め、直後にドラグーンブレスで焼き払う、これがアーネイの必勝パターンだった。
エーテルボディと言えども外装はそこまで耐熱性能は高くない。実際、ナーガまで巻き込んだ超高熱排気により、自分の近くにあった机や照明はあっという間に黒く炭化し焼け落ちた。部屋の壁は高温で変色し、周囲は煙と蒸気が立ち込めて熱気が今も漂っている。比較的近い距離でブレスを食らったナーガもボディの一部が焼けただれている。ナーガの背後に隠れていたとはいえ、周囲一帯に超高熱を吹きかけたのだ、生身だったトニーロはひとたまりも無かっただろう。至近距離でくらったミガディはただでは済まない。
アーネイの周囲に吹き荒れた高熱と蒸気と煙が、部屋のコンディショナシステムで換気される。ドラグーンボディの感知能力を使う限り、自分の近くで生体反応が残っているのはナーガだけであった。トニーロと一緒にミガディも焼け死んだか……大したことなかったな。そう思ったときだった。
200人収容できるこの広い部屋で、自分と一番離れた所にミガディが立っていた。アーネイは状況を理解できない。ドラグーンメイルでミガディの攻撃を防いで、次の瞬間にブレスを発動させた。なのにあんな位置まで逃げられた? いやまて、ミガディのそばに人間がいる……
それは自分の斜め後ろにいたトニーロだった。アーネイは混乱する。自分に攻撃してきたミガディは、ドラグーンメイルで槍を防がれた後に、トニーロを捕まえてブレスを食らう前にあの位置まで離脱したというのか? そんな事がありえるのか??
ミガディはアーネイの方を見向きもせずに、手にした拘束具を作動させる。金属音が響いて、どうやらトニーロが無力化されたようだ。
やはりトニーロは生きているのか……どうやってさっきのブレスから逃れたのかは分からないが、やつの攻撃はドラグーンメイルで防げる。やつをこの手で捕まえて逃げられない状態にしてブレスを浴びせてやる。
敵を束縛してのドラグーンブレスはアーネイの得意技であった。もうひとつの武器は火炎放射を模した高熱放射だが、敵が素早い場合は隙を見せることになりかねない。
アーネイは手を床に着け、ドラグーンメイルを逆立て、目を通常の倍近くまで大きく開き、全身の感覚を部屋全体に広げる。獲物を見つけて飛びかかろうとする四本脚のトカゲの姿勢になったアーネイは、ジリジリと奥にいるミガディに近づく。さあ、狩りの時間だ。焦ることはない、確実に捉えてやつを焼き殺す。俺とボディの適合度は90%、サノのボディが汚染攻撃で喪失した今、最強のボディは俺なのだから。
◇
トニーロを拘束したミガディは、再び槍を握りしめる。部屋の入口からは、アーネイが獲物を狩る時の本気モードである四本脚となって、一歩一歩こちらに向かってくる。そして隣にはナーガが4体。かつて惑星ミヌエトで何度も戦ったメデューサとは違ったプレッシャーが刻一刻と近づいてくる。
ミヌエトに落下した宇宙船内でヘリオスチームと同じフロアを探索していた時、ミガディは一度もヘリオスに所属するアーネイたちを同志だと感じた事がなかった。あのマールのお気に入りだったから?若いメンバーで固まっていたから?ヘリオスチームには悲壮感がなかったから? 理由がわからず、いつも不思議に思っていた。
答えは簡単だった。敵だったからだ。必死であの宇宙船の中で足掻いていたミガディとその仲間を、ヘリオスチームたちは心の中で嘲笑っていたのだ。いい実験材料だと、何も知らない愚かな連中だと、ガバナーの思惑通りに操られた哀れな存在だと。
そして今、ヘリオスチームは正体を表してガバナー側の尖兵としてこの本国に攻めてきた。人々からマザーを奪い、今度はリーフも奪おうとしている。私はリーフを守り、マザーを取り戻すため、つまりガバナーを倒すためにこのエレメントボディとなった。だからアーネイ、まず君を倒す。
◇
「ナーガ共、俺の左右に並んで歩みを合わせろ。そして合図したらやつを同時に攻撃しろ」
命令を受けたナーガ4体が、牙と爪を剥き出してアーネイと一直線に並ぶ。机や椅子はすでに格納されており、部屋の中には障害物はない。獲物を定めた5匹の爬虫類は、ゆっくりと歩を進める。
マヌエアリーフは宇宙に浮かぶ人工都市という性質上、外壁が破損した場合に致命傷となる。そのため都市内では破壊力のある重火器類は一切使用できない。そもそもこの30年、マザー喪失による資源枯渇によって武器類はすべて徴収されて建築素材などに再利用されていた。都市内にある武装は、拘束目的の殺傷能力が著しく低いものばかりである。
そもそも都市全体にセキュリティが掛けられており、武器に転用できるものはすぐに無力化できるようになっていた。エーテルボディにもセキュリティゲノムが埋め込まれており、警備側から簡単にボディ出力を制限掛ける事ができる。
しかし今、ガバナー側に与するボディはそのセキュリティゲノムが解除されており、リーフ内のどこでも最大出力で行動できる。都市の防衛側にはエーテルボディに対抗できるような強力な火器はないし、もしあったとしても都市内でドンパチすれば外壁に流れ弾が飛ぶ恐れがある。アーネイとしてはいつでもマザーに脱出できるので、外壁が壊れようがどうでもいいし、かえって好都合という物だ。状況は圧倒的に自分に有利な上、アーネイのボディは汚染されていない最強の第5世代だ。負ける要素がない。
(さあ、俺のドラグーンボディは頑丈だぜ……隙を見て逃げるのか? それとも隠し武器でもあるのか? さあ、どう出る?)
まったく隙を見せず、部屋の中央までアーネイはにじり寄る。四脚による全方向への飛びかかりに加え、軽く強靭な鱗で頭部を中心に全身の防御を固める。すると意外にも、ミガディもまたこちらに歩き出した。しかも歩き出す前に手に持っていた槍をその場に捨て、歩幅も速度もごく自然で、まるで隙だらけ。
「何だ?諦めたのか? ――――いや、違うな。諦めた目つきじゃねぇ。何か隠してるな。まあいい。俺のブレスで溶かしてやるぜ」
ミガディとアーネイは、ほぼ同じ速度でゆっくりとお互い近付いて行く、アーネイは四本脚でにじり寄りながら、鱗を立て体内に超高温の熱を蓄積している。一方のミガディは人間そのものの歩き方で、徒手空拳で手に何も持たずボディにも何も変化がない自然体。あまりに対照的な二人が、静かに距離を縮めていく。
「この歩調ならあと3歩で射程だ。3・・・2・・・1・・・行け!ナーガ!」
アーネイの命令が届くや否や、左右のナーガ達がまったく同時に飛びかかる。蛇の体をバネのように引き絞っていたナーガは、命令を受けた瞬間、その体を一気に引き伸ばし、まるで弾丸のような突進でミガディに掴みかかる。その速度は瞬間的ならアーネイより早い。そしてナーガの攻撃にあえて時間差を設けて、さらにアーネイも飛びかかる。
感知能力を全開にしていたアーネイの目には、両手を伸ばしたナーガ4匹がスローモーションのように見えていた。ミガディには全く変化がなく、もう逃げられまい。ナーガごとまとめて燃やそうとブレスを吐き出だした瞬間、アーネイの前からミガディだけがまるで抜け落ちるように消えていた。4匹のナーガはミガディが居たはずの場所に飛びかかったが、獲物を見失って空を切っている。時間差で飛び込んでいるアーネイは、急いでブレーキを掛けるため足を地面につけようと伸ばす。しかしその前に、アーネイは何かにぶつかった様に逆向きの大きな力を受けた。まったく認識できないダメージに視界が何度も歪む。まるで天と地がひっくり返ったような、急激な変化。何が起きたのかわからない。ただ自分は宙に浮いている……いや、浮かされている。何だ?何かにぶつかった?見えない攻撃を受けた?カウンター?急いで体勢を立て直せ……
顎にアッパーカットを食らったボクサーのように、アーネイの視界は正面から天井が映る。自分と天井の間に、キラキラと煌く物が飛び跳ねている。それが自分の鱗だと、アーネイは最後までわからなかった。
おそらく自分は感知できなかった攻撃を受けひっくり返された、とアーネイは推測した。床に後頭部からぶつかり、大きな音をたてる。急いで体を起こそうとするが、手足の反応がない。それどころか、床に勢いよく落下した後、またアーネイの頭が音を立ててバウンドし、さらに床の上をゴロゴロと転がる。当然、視線は天井から横、床へとメチャクチャに変わる。勢いを失って、床に突っ伏した状態でようやく動きが止まる。自分では気付かなかったが、アーネイは首を切断され、頭部だけになっていた。
アーネイが検知できる反応速度よりも更に高速で動いたミガディは、手刀だけで鱗ごとドラグーンボディの首を刈り取った。そして返す刀でナーガ4匹の首もすべて一刀のもとに斬り落とす。この時、アーネイの首はまだ宙を舞い、床に付く前だった。
頭部だけになったアーネイの頭部が床にぶつかり、軽く跳ね返りながら床を転がっていく。その首を掴むと、ミガディは細長い針のような何かを後頭部に挿し込んだ。
ちょうどその頃、部屋に誰かが入ってくる。一瞬身構えたミガディだが、それがサノと分かると相好を崩す。
「アイトさんが非常階段の蛇たちを始末してます。中央階段の方は終わりました」
「お疲れ様、こちらも今ちょうど終わったところだ。そちらも問題ないようだね」
ミガディの問いに、エレメントボディ『アスラ』は頷く。アスラの手にはカンタルとネクトの頭部が掴まれていたが、そこにミガディの渡したアーネイの首も加わった。
「じゃあアーネイの首を持っていきますね」
こうして裏切り者たちによるリーフ侵攻は防がれた。しかし全ては始まったばかりだった。




