第42話 タマモの初陣
「地下三階にネクト一隊が進入しました。エネルギーラインの監視映像を拡大します」
計画通りに地下3階の第一格納庫に到達したネクトは、いまいち困惑を隠せなかった。ビル内に到達してからここまで、逃げ惑う職員らしき人間は遠くに見えたが、自分が進んできた経路上には誰も妨害する人間が居なかったのだ。おかげでほぼ無人の通路を進むことになり、なんの障害もなく目的地に着いた。最初は段取りが完璧なのだと考えていたが、本当にそうだろうか。自分たちには軍の情報部や警備部の一部も協力している。そいつらがうまく事を運んだとしても、ここまで簡単でいいのだろうか。
不気味な違和感を感じつつも地下3階まで到達し、さらに格納庫の扉が普通に開くとさすがに不信感が膨らむ。重要な拠点なのにロックが掛かっていない? ただトニーロやダランイーバの高級将校らが仲間で有ること、そして偉大なるニコオーレグの加護によるものだろうとネクトは都合よく考えることにした。
格納庫が開くとまずアプス5体に入口を警備させる。残った45体を引き連れ、ネクトは最大限に注意を払いながら、部屋の奥へと進む。そこにはエーテルボディが保管されているカプセルがずらりと並んでいる。
「45個あるな……よし、アプスども。カプセルを破壊してエーテルボディを侵食しろ」
アプスは人間型の侵食型エーテルボディで、人間だけでなくエーテルボディすら侵食して中にいる魂を食らう。その姿は胴体が異様に膨らんだ人間に似ている。アプスは形こそまともに見えるが、膨らんだ腹部は真っ赤だがそれ以外の皮膚は紫色をしており、まともな人間であれば目をそらすようなおぞましい色彩をしていた。しかしアプスの最もおぞましい点は、腹から被食物を丸ごと飲み込み、その魂を喰らうことにある。最終的にアプスは食らった魂を暴走させ、味方識別の無い生き物に襲いかかるのだ。
魂を侵食する前であってもアプス自体には仮想の人格が埋め込まれており、味方識別を持った人間の命令をこなす。そしてアプスの身体はナーガ以上の戦闘力を有しており、第5世代エーテルボディすら凌駕する。その恐ろしい怪物アプス45体が、第5世代エーテルボディの格納されているカプセルに一斉に飛び掛かった。
力任せにカプセルをこじ開けるアプスを尻目に、ネクトは自分のボディの索敵を最大限に広げ、周囲を探る。
「さて、ここまでは順調だが……こんなにすんなりでいいのか?」
どうも嫌な予感が消えず、そしてその予感は現実となる。
アプスたちが獲物に飛び掛かって数分も経っていないだろう。突然辺りに空気が漏れるような甲高い音が響き、視野に白い霧のような物が入ってくる。音は格納されていたエーテルボディの容器からだ。見ればカプセル周囲から霧が吹き出している。
「何だ?トラップか?」
しかし重要な戦力であるはずのエーテルボディごと罠に掛けるか?その一瞬に満たない逡巡の末、ネクトは背後から首を締め上げられる。
「バカな!何も気配は無かった!」
そう思うのも無理はなかった。完全に後ろを取られて首まで決められているのに、ネクトの使うエーテルボディ『ファランクス』は、敵の姿をまだ把握できていなかった。濃密なパウダーの中でも認識できる第5世代の索敵や周囲感知ですら、今自分の背後にいる何かをまったく把握できない。その信じられない事実に、ネクトは混乱する。羽交い締めにされたのか、腕が動かない。エーテルボディは呼吸をしないため、首を絞められてもすぐには致命傷にならない。そう考えて強引に背後の敵を引き剥がそうと、壁に向かって思いっきり背中から衝突する。頑強な格納庫の壁は壊れなかったが、ビリビリと振動音が響き渡るほどの勢いでネクトは背中を打ち付けた。が、ここで不可思議な事に気付く。
自分は背中から壁に向かって突進したのに、目の前の光景がまったく変わっていないのだ。
「体だけが突然後ろに駆け出してびっくりしました」
突然、自分の後頭部あたりから女の声がする。なんだ?壁にぶつけたのにまだ背後に居る?いやそれより、さっきから自分の感覚がおかしい。声もするのに敵の気配がまだ感知できない……それどころか自分の体がまったく動かない。この背後にいる女の能力か?しかし第5世代の感覚を麻痺させるようなヤツが居たか?
すると自分の意に反して光景が動き出した。まるで映像を早送りするように、その動きの速さや起きている内容に理解と感覚がついていけなくなる。見えない何かが、自分を掴んだまま、カプセルにしがみついたアプスを、次から次へと背後から首を狩り始めたのだ。
不可解な事に、アプス達はただの1体も背後に何も注意を払おうとしない。自分を掴んだ何者かが、まるで木になる果実を落とすかのように簡単にアプスの頭を床に落としていく。
「おい、おいおい、アプス!反応しろ!敵だ!敵がそばにいる!反撃だ!」
急いで命令を大声で伝えると、ようやくアプスが作業を止めてこちらを振り向く。しかしそれ以上反応しない。いや、反応はしているが、その反応よりも首を斬られる方が速いのだ。なぜだ!なぜアプスより早く動ける?ちょっと待て、アプスの体は頑丈なはずなのに、なぜ簡単にその首を斬り落とせるんだ?
50体のアプスが何の抵抗もなく、すべて地面にだらしなく首を失った形で這いつくばった。あまりの呆気なさと、その信じられない光景に、ネクトは未だに状況が理解できなかった。
すべてのアプスを倒した女は、ネクトを床に下ろした。顔以外まったく動かせなくなったネクトは、それでも眼球を動かして敵を見つける。自分のそばに立っている脚が見えるが、それはエーテルボディではなく人間のもののようだった。まさか、生身の人間がエーテルボディを倒せるわけがない。ネクトは頭が混乱しつつも、観察を続ける。はっきりとは見えないが、そばに立つのはボディスーツを着た女のような形状だった。ただ肩や腰から、尾羽根のような長い板状の物が何本も垂れ下がっている。顔も隠れてしまっているが、髪の毛は長いようだった。ネクトはまったく知らなかったが、そのそばに立つ人間はエレメントボディの『タマモ』であった。
「お疲れ、アイトさん。もう完全に忍者だね」
こちらに近づいてくる誰かが、自分に……いや、背後の女に向かって声を掛ける。敵がもう一人いやがった。アイト?地球から来た女か!暴走して死んだんじゃなかったのか?待て、入口にもアプスが5体居たはず。そいつらも倒されたのか?
「はい、ネクトさんと変な怪物は完全に無力化しました。しゃべらずにトドメを刺すのって、結構緊張しますね」
「こっちも玄関に来た奴らは全部始末した。じゃあ上に行こうか」
男が喋った内容に驚いて声を再びあげる。
「バカな!玄関も始末しただと!何だ、お前ら!何をやった!」
ネクトはとうとう冷静さを失って声を荒げると、近くに居た誰かがこちらを振り向く。その男だけは姿が見えた。6本腕の、奇妙な姿の男だった。
「あれ?首から下が無くても声が出るんだ。人間みたいに声帯がなくても喋れるのか……そっか、呼吸がいらないから仕組みが違うんだ」
「さっきから何を言ってる!……首から下が無い? おい、まさか俺のことか? ……まさか、俺も、首を狩られた後なのか?」
「はい、気付いてないようですけど、最初にアナタの首を落としました。まだ意識があるんですね。ちょっとびっくりです。私は意識を失っちゃいましたから」
「アイトさん、それを言わないでよ……」
「あ、ごめんなさい。サノさんを責めている訳じゃないです。でもネクトさんはどうします?もう何もできないと思いますけど」
「いや、意識があるし、なにするかわからない。氷晶に浸けちゃおう」
そう言うと、自分に近づいてきた男が髪の毛を掴んで持ち上げる。視野が大きく動く中で慌てて周囲を見回すと、無様な格好で壁にもたれ掛かった首のないファランクスボディが目に入る。そのボディは、まさにネクトの胴体そのものだった。
「お、おい、いつの間に俺の首を斬った?なんだ?なんでそんな事ができる?おかしいだろ?今は俺たち以外に第5ボディはないはずだろ!いやそもそも、なんでアプスや第5ボディがこんなに簡単にやられるんだ?」
「答えてやらない。ただあんたはアイトさんにやられた、それだけ。じゃあせいぜいいい夢を見なね。次に起きたら悪夢のような現実に直面させるからさ」
流れ落ちる氷晶液の中に放り込まれたネクトの頭部は、一瞬で氷晶に包まれて意識を失った。




