第41話 アスラの初陣
ロビー先にある透明な玄関ドアの向こうにマヌエアリーフの街並みが見える。そのロビーの手前中に、6本腕の男が立っていた。玄関のあるロビーは広い空間となっており、集団で待ち伏せるには絶好の場所だ。しかし6本腕が立っているのは、周囲から援護が期待できない廊下の出口。なぜだ?まさか1人だけで守り通せる自信があるとでも言うのか?
しかしイザイアがいくらエーテルボディの感知能力を広げても、ここから中央玄関までの空間にはその6本腕だけしか見当たらない。中央玄関に向かって駆け足で進み、とうとう肉眼でもその6本腕が認識できるまで近付いた。玄関ロビーに背中を向けてこちらを待っている男は、ただただ悠然としている。周囲にはだれもおらず、本人は長い柄のついた刃物を握っているだけ。しかしそれを構えておらず、傍目にはただの像にしか見えない。
イザイアは足を止めた。アプスやリオも動きを止め、イザイアの命令を待つ。その6本腕は逃げようとする気配もなく、どうやら本気でこちらを相手するつもりらしい。しかもたった一人で。あまりに無謀だとしか思えないが、とはいえマヌエアリーフを陥落させる為に自分は全力で任務を遂行するのみである。
「リオ、アプスども。奴は敵だ」
魂を侵食されたリオは、この中で最高の戦闘能力を持ち、それは第5世代エーテルボディすら上回る。そのリオと自分が6本腕を相手にしている間に、アプスたちが玄関を制圧する。それがイザイアの立てた戦闘プランだった。
「奴は敵だ。今から全員で突撃を開始する。リオ、合図をしたら先陣を切ってあの6本腕の男を無力化しろ。殺しても構わん。俺がサポートする。アプスども、リオが飛び出したら奴のそばをすり抜けて玄関を制圧しろ。いく・・・」
合図をしようとした瞬間に、イザイアの右目と左鎖骨下に矢が2本同時に突き刺さった。まったく予期できなかった突然の攻撃の上、あまりの衝撃と威力に、イザイアは大きく吹き飛ばされた。確かにリオやアプスたちに命令をしていた最中だが、その6本腕からひと時も目を離していない。それどころか射抜かれた後だというのに、イザイアはいつ攻撃されたかすら分からなかった。
「リオ!全力でやつを攻撃しろ!アプスもリオの後に続け!やつを殺せ!」
地面に倒れながらも、反撃のためにイザイアはリオに攻撃命令を出す。これが一番の失敗だった。最善手は、一度体勢を立て直してから、最初の計画通りイザイアがリオと同時に攻撃すべきだったのだ。イザイアを不意打ちした射手は、手の内を見せないために敢えてイザイアだけを先に狙ったのだ。その意図が読めなかったイザイアは見えない射撃を受けたことに動揺し、状況を正しく把握する前にリオとアプスを突っ込ませてしまった。しかしリオは第5世代エーテルボディに侵食型エーテルボディが組み合わさった、単体では最強の駒である。敵も1人であれば、リオ1人で十分……イザイアがそう考えてしまうのも仕方が無かった。
自分に突き刺さった矢が思ったより大きな物だった事に驚きつつ、無理やりそれを引き抜きながら、イザイアはリペアキットを持ち出す。右目の快復を待ってからリオを援護するか……?そう考えた時に、その選択はすでに意味を失っていた。
リオが飛び出したのに続いて、命令どおりにアプス10体も玄関に向かって突進を始めた。リオはミガディに破れた後にアプスに侵食され、そのまま侵食型エーテルボディとして一部の人格を失った状態となった。こうしてリオは味方識別を持つ者の命令に従うだけの存在と成り果てたが、戦い始めれば半暴走状態となり、融合によってボディとの適合度は98%を越え、第5世代エーテルボディの潜在能力を余すことなく使いこなす。地下に進んだアプスがマヌエアリーフ側の所有する第5ボディを侵食してしまえば、リーフ側に手駒はなくなる上にガバナーは最強の戦力を作り出すことが出来るのだ。そのためのアプスであり、そのためのマザーからリーフへの襲撃であった。
自分たちの中で最強戦力であるリオが、全身を武器にして6本腕に突き進む。パラディンボディだったミガディすら速度と威力の両方で上回った侵食リオは、いまやナーガをも越える最強のエーテルボディである。そして勝負はあっさりと決まった。
矢のダメージから快復しつつあるイザイアが前方を見ると、あれほど獰猛に突進していったアプス達の動きが止まっていた。巨大なアプス達が前に並んでいるせいで、イザイアからは6本腕やリオの様子が見えなくなっていた。
イザイアが感知している限りでは、先頭にいるはずのリオも動きを止めている。リオに追従していたアプス達も動きが止まっている。アプス達はエーテルボディを取り込んではいないものの、この状態でも戦闘力だけはナーガと匹敵する。さらにもし6本腕がエーテルボディであれば、アプスは自分の体にそれを取り込んでしまう。リオとアプス10体が動きを止めている理由が、イザイアにはまったく想像できなかった。
(なんだ?あの位置に何か罠でも設置してあるのか?しかしリオやアプスを止めてしまうような物を、事前に用意できるものなのか?そもそもあの6本腕は俺が感知する限りではさっきからほとんど動いていない。そもそも俺を射抜いた矢は、本当にあの6本腕が射ったものなのか?)
リオとアプスを突撃させながら一向に戦線が前に進まない状況に、イザイアは混乱し始める。リペアキットによる右目の修復が完了すると、長槍を構えつつ、ジリジリと用心深く玄関に向かって歩く。その途中途中で、周囲で止まってしまったアプス達やリオに声を掛ける。
「どうした?アプス。無事なら攻撃を続行しろ。玄関周囲に展開し、もし隠れている敵がいたら殲滅しろ。おい、リオ。なぜ動かない。その6本腕の敵はどうなった?なぜだれも動かない?おい!どうした!」
アプスは一体一体が巨体のため、あまり広くないフロアの通路に並んでしまうと、視野や攻撃範囲を狭めてしまう。イザイアが前に出ようとしても、先行したリオやアプスが動かないため、それが壁となってしまって他のアプスや自分が前に出られない。仕方なく、一旦戦闘場所を整理するため、イザイアは後陣のアプスを後ろに下がらせた。
ようやくリオとさらにその奥に6本腕の姿が見えるが、しかし2人とも一向に動かない。さらにリオの後に従っていたアプスのうち、先頭から6体も動かない。イザイアの命令どおりに後ろに下がったアプスは4体だけだった。イザイアは自分が突然に矢を食らった事を含めて、今の状況がまったく理解ができないでいた。
しかしそこでイザイアは異常に気付いた。10体いるアプスのうち、まったく動こうとしない6体のアプスには首から上が無くなっていたのだ。いったい、いつの間に?いや、それより第5世代よりも強靭な肉体を誇るアプスの首が刈られた?しかもアプス6体すべての首を、だ。
イザイアはゾッとする。体温変化のない自分のエーテルボディが、一瞬で凍りついたように寒気を感じる。いや、寒気ではない。これは……恐怖だ。
イザイアはゆっくりと視線を首のないアプスから、一番前にいるリオに移す。リオのエーテルボディには頭がある。よかった、リオはどうやら無事らしい。
「おい、リオ。何が起きた?なぜアプスが首を刈られている?目の前の6本腕がやったのか?」
気丈に大声を出すものの、あまりに理解できない状況にイザイアは膝や顎が震えるのを抑えられない。
(いつ、自分は矢を射られたのか。いつ、6体のアプスが頭部を失ったのか。いや、まだ自分にはリオがいる。自分の後ろには4体のアプスがいる。6本腕の仕業だったとしても、同時に攻め込めば何とかなる……)
イザイアは気持ちを奮い立たせ、最初の予定通りに最強戦力であるリオと同時攻撃を仕掛けようと命令を下した。しかしその命令を受けたリオは動こうとしない。
「リオ、返事をしろ。リオ、命令だ。その6本腕を無力化しろ。俺がサポートする。攻撃を仕掛けろ。リオ。どうした?リオ!リオ!返事は!」
まったく反応を示さないリオにしびれを切らして、長槍の柄でその胴体を叩いた。するとリオの巨体は頭部を中心に2つに割れ、それぞれがゆっくりと床に沈み落ち始める。驚愕するイザイアの目に映ったのは、自分のエーテルボディに、刃物があっさりと真横に通過していく光景だった。柔らかく煮込まれた野菜によく切れるナイフを通したくらいに、何も抵抗なく刃物が自分の体をキレイに通り過ぎていく。
イザイアが2本の矢を受けて後ろに吹き飛んだ間に、アスラはリオを縦一文字に斬り裂いていた。そしてイザイアが床に倒れていた間に、アスラは6体のアプスの首を刎ねていた。イザイアが起き上がってリオ達の異変に気付いた隙に、アスラはイザイアの胴体を横一閃に斬り裂いた。そしてイザイアがその不意打ちに混乱している間に、アスラは最後に残ったアプス4体の首もすべて刈り落としていた。
「お、おい。おい。なんだ今のは?幻か?」
しかしイザイアが見たのは幻でもなんでもなかった。イザイアのエーテルボディは、すでに人間で言えば心臓の辺りを真横に切断されている。自重に負けたイザイアの両腕が槍ごと地面に汚い音を立てて落下するが、胴体は立った姿勢のままだった。しかし斬られた胸から下は何も反応せず、イザイアに許された可動部は首と顔だけ。そして前にいたはずの6本腕が居ない。首を動かして後ろを振り向くと、6本腕はいつの間にか自分をすり抜け、背後に残っていたアプスたちの止めを刺していた。10体のアプスはすべて頭部を失い、力も失ってその場に立ち尽くしている。誰も彼もまったく反応できずに一刀両断され、まるで時間が止まってしまったかのように動かなく、いや動けなくなっていた。やはり犯人は6本腕だったのだ。
「こんなバケモノが玄関を守ってるなんて聞いてない、何なんだコイツは……」
6本腕がこちらに向かって歩いてくる。その顔はどこかで見た事が……ああ、あの地球人に似ている……そう気付いたときには、イザイアもまた首を刎ねられ、意識を失った。




