第40話 本国の戦い
宇宙都市マヌエアリーフの軍本部ビル地上2階に、マザーからゲートを使って帰還するための到着エリアがある。逆に同じビルの地下3階に、リーフからマザー上のマゼランポイントに向かう転送ゲートエリアがある。ゲートは一方通行のため、行きと帰りが別々の場所に配置されているのだ。
2週間ほど前に、総勢150名の地表探索部隊が、地下3階からマザーに向かって皆の期待を背負って進軍した。しかしその期待は早くも裏切られる。出立してから2日後に、最初の離脱者である第4世代の一人が、ビル2階の到着エリアに見るも無残なボロボロの状態で戻ってきた。それからもマザーの地表から、命からがらの脱出者が続いた。
それから3日後、とうとう一人目の第5世代エーテルボディが、全身を真っ黒に汚染された状態で地上から離脱してきた。その後も凶報は途切れることなく、第4と第5の損傷したボディが帰還エリアの床を汚していった。その中でも地表で汚染を受け発狂したボディが悲惨だった。発狂者は敵味方関係なく暴れまわり、それを無力化させるために仲間の手によって無力化された。誰もがボディだけでなく精神的にも重い傷を負っており、精神的に再起不能になったものまでいた。
そして5日ほど前に、首だけになった天狐と、その首を大事に抱えた鬼神が地上から戻ってきた。ほんの一ヶ月前に未発見のマゼランポイントを探し当て、英雄として帰還した2人のあまりに凄惨な状態にオペレータ達は目を疑い、掛ける言葉を失った。銀色に輝いていたボディは真っ黒に煤け、鬼神の体には天狐に射られた矢が何十本も刺さった状態だった。天狐に何が起きたのか、そしてその天狐を止めるために鬼神が何をしたのか、オペレータ達は否応なしにそれを察した。
悲壮な帰還を終えた鬼神ボディのサノから、すぐさま天狐の魂の救出をと大声で訴えられた。待機していた医療班は、魂が入っている天狐の首をメディカルルームに運び込む。また汚染と腐食が止まらない鬼神ボディに対しても、凍結剤を掛けて少しでも進行度を抑える処置を行った。しかし鬼神ボディも含めて、どのエーテルボディも、汚染は止まらなかった。
グランドスイーパー作戦の不成功を受けて、作戦本部では早急に対策会議が行われていた。秘密兵器の第5世代エーテルボディが汚染攻撃で致命傷を受けた事に軍全体の落胆は大きく、現在もなお対策や治療がわからないという有様だった。今は氷晶状態で汚染の進行を止めて時間を稼ぎ、研究部全体で原因調査と対策に取り組むという通達が関係者に届けられるのみであった。
そこに、マザー地表より、ガバナーからの侵略部隊が到着した。裏切り者とともに。
軍本部ビル2階の到着エリアに、新たなエーテル固有振動が到達した。エーテルボディは転移ゲートを使った際に固有の振動を持つので、それによって誰がゲートに帰還したかがオペレータ側が把握できるようになっている。
「ゲートに帰還者あり。識別からイザイア、リオ、アーネイ、ネクトの4名です。未帰還者4名が戻ってきました!」
到着エリアのゲート監視役のアネッサは、マザー地表に向かった後に行方不明となっていた2名の無事を喜んだ。他の帰還者のように負傷した状態だとは思うが、それでも戻ってこれただけでも良い。マザーとは完全に情報が絶たれているので、地表で何が起きたのかリーフで把握することは出来ない。
行方不明となっていたヘリオスチームのメンバーが帰還した事は、アネッサを含めてオペレーション側に吉報と受け止められた。しかしオペレータたちには知らされていなかったが、ヘリオスチームは高い確率でガバナーへの密通者である事も上層部には伝えられていた。
転移を管理するオペレータ室では、チーフだけがこの部屋で唯一その事を知っており、その裏切り者がこうして堂々とマヌエアリーフに戻ってきた事に驚愕する。それでも表面上は落ち着いた様子のまま、緊急回線を開いて上層部に通報しようとした時だった。アネッサが驚きの声を上げる。
「ま、まって下さい。新たにゲート帰還者あり。その数、大勢です。10…20…40…90!? おかしいです、識別不能の固体が90体、同時に転送されてきます。チーフ、どうしたら良いでしょうか?」
「何言ってるの!セキュリティ最大!識別不明者のゲート使用は異常事態よ!ゲートを緊急停止!全部署に警報!急いで!」
地上では500を越える人数のエーテルボディが活動している。それが同時に帰還する事もあり得るかもしれない。しかしゲートを使えるのは特別に設定されたエーテル振動を持つボディだけであり、地上で活動するボディにはすべて備わっている。なのに今、識別がない固体が90体も転移してくるという。ありえない、異常事態だ。
しかしアネッサの努力も虚しく、転移制御室のセキュリティは一向に作動しなかった。そもそもオペレータが操作しなくても転移制御システムには識別のないボディがゲートを使えないようにするセキュリティが自動で備わっている上に、万が一ゲートが使えても転移到着直前に識別のないボディの転移遮断を行う二段階の安全機能が働いている。
しかし今回、なぜかその2段構えのセキュリティがどちらも動作しないどころか、異常を検知すらしていない。さらにオペレータが手動で緊急操作を行っているが、システムは終始一貫して異常ではないと判断し、転移停止を受け付けない。それに加えて、チーフが裏切りの疑いがあるヘリオスチームの帰還を伝えようと緊急回線を開こうとしているが、それもまったく反応がない。最終手段として部屋のエマージェンシーを押したが、それすら反応しない。
軍のスタッフは次々に異常を報告し対処しようとするが、システムはまったく反応せず異常を受理しない。状況が一向に改善せず打つ手がなくなったチーフを、オペレーションルームのメンバーが不安の目で見つめる。監視モニタから送られてくる到着ゲートの映像には転移を終えたヘリオスチームの3人が銀色の体のまま悠然と立つ姿が見える。しかしもう一人、軍人のリオは見知ったパラディンボディではなく、見たことがない異様な体形のボディとなっていた。さらにその4人も見つめている到着ゲートには、軍用エーテルボディでは決して存在しない赤黒いヘビのようなシルエットが、続々と実体化を始めている。
地上で働いているエーテルボディのどれとも似ていない異形のエーテルボディを見ながら、ヘリオスチームたちはなぜ慌てていないのか。なぜ転移ゲートのセキュリティは一切異常を感知せず、異形のエーテルボディを地上からマヌエアリーフに到着させてしまうのか─────そしてとうとう、頭が人間で体が巨大なヘビの怪物達が、完全にその姿を現した。初めて見るナーガのおぞましい姿にオペレーションルームは今にも錯乱する直前だった。
「みんな、落ち着いて。大丈夫、あれは想定内です。はいみんなー、落ち着いたかな? チーフ、今この部屋はセキュリティが正常動作しない事態になってます。でもシェルタ機能は生きてるから、まずはそれを起動して下さい。大丈夫、全然間に合います。強い味方も居ますよ」
突然、緊張感のない声で部屋に入ってきた人間がいた。軍服を着ておらず、また軍の人間ではないため、それが誰か知っているオペレータ室の人間は居ない。なのにその声を聞いた途端に、不思議とそこにいた全員が落ち着きを取り戻した。
「ほら、チーフ。シェルタを動作させて下さい。今からこの部屋が作戦本部室になります」
「わ、わかりました。アネッサ、異常事態の発生により、転移制御室のシェルタを発動させて!」
部屋にいるのはみな軍人であり、冷静であるように鍛え込まれている。アネッサと名前を呼ばれた女性は、わかりましたとハキハキした声で答え、緊急シェルタ機能を作動させる。部屋の中からは見えないが、すべての壁に高発泡圧縮材が充填され、外部からの攻撃を防ぐ擁壁が形成される。
そして制御の系統が非常時系統に切り替わる。そこに、続けて部屋に入ってきたもうひとりの老人が、身分証明書である腕輪を系統承認端末に押し当てる。この身分証明書によって役職権限が受領される事で、非常モードにおける転移制御室の権限が決定される。
チーフが制御端末に表示されたメッセージを、皆が聞こえるように読み上げる。
「司令権限が認識されました。今からこの転移制御室は、一時的に作戦本部室と同等の権限を有します……作戦本部室!?」
「だから言ったでしょ。今からここが作戦本部室だって。あ、そうだ。ロヴァル局長が座る椅子を用意してもらえるかな?」
局長……研究部の最高地位! チーフは冷静さを保とうと必死だった。
「あ、あの。私の膝の上でどうでしょうか?」
「何を言っているのだね君は?」
「あ、いえ!違います!間違えました。私の椅子を使って下さい!」
あたふたと慌てるチーフと気難しそうに相手をしているロヴァルをよそに、最初に入ってきた男はオペレーションモニタの前に立つ。
「アネッサさん、でしたね。私はタウズンと言います。役は参与で、この緊急時に置いて軍本部ビル内での司令権を有します。これからこのビルで戦闘が始まりますので、補佐をお願いします」
「は、はい。わかりました。って、戦闘ですか?そんな!大丈夫なんですか?」
さすがに焦って声が上ずるアネッサだが、タウズンは部屋に入ってきたときから変わらない、ちょっとのんびりした口調で答える。
「この本部ビルを囮にした、大捕物が始まるだけです。裏切り者と売国奴を一網打尽にします。安心して下さい。じゃあみなさん、いつもと同じ作業を開始して下さい。転移ゲートのフロアはどうなってますか?今転移してきたヘリオスチームと識別不明の物体はすべて敵です。敵は現在何人ですか?状況を逐次報告して下さい」
その声で、フロア全員が自分の作業に戻る。皆が安心してしまう、本当に不思議な声だ。それを見ていたロヴァルも感心する。
「タウズン君はオペレータにもなれそうだな。さて、被害を最低限に留めるように努力せねば……ところでチーフ、君は何をやっているのだね?」
「いえ、権限をお渡ししましたので、私の役は一時的に無くなりまして…… 肩をお揉みしましょうか?」
「何を言っているのだねさっきから君は?なら私の補佐をしてもらう。名前は?」
「は、はい。モランといいます。年齢は29歳、地位は……」
「そこまで聞いておらん。モラン君、現在屋上にノルメック君をはじめとした主要メンバーを緊急退避させておる。屋上にいる彼らに避難指示を頼む。これからこのビルは戦場になるのでな」
「……なるほど、ノルメック幕僚長とロヴァル局長が別行動なのは、権限とターゲットの分散を図っているのですね。わかりました。では屋上から緊急エアチューブを作動させ、本ビルから安全に脱出を行えるように誘導いたします」
冷静ならすごく有能なんだけど、慌てると途端におかしくなるのよねチーフ…… アネッサは頼りになるけど不安のあるモランを一瞬だけ見ると、自分の任務に集中した。
◇
「識別不明の軍団、3つに別れて進行しています。一隊はアーネイに従って上層部へ、一隊はイザイアとリオに従って一階の中央玄関へ、もう一隊はネクトに従って地下に向かっている模様」
軍本部ビルは地上20階、地下5階で構成されている。地下にはマザーに行くための出立ゲート以外、格納庫のみとなる。メディカルルームは地上3階にあるが、そこはターゲットではないようだ。とりあえず一番恐れていたメディカルルームへの攻撃が除外となり、タウズンは胸を撫で下ろす。
となると、地下の狙いはエーテルボディかマザー向けのゲート。前者ならボディを盗むか破壊して、こちらの戦意と戦力を削るのが目的か。後者なら今後、マザーへの進行が停滞することになる……が、こちらはフォロー可能だ。ここまではほぼタウズンの想定内である。あとは彼らがぶっつけ本番の状態で侵食型エーテルボディ達を制圧できるかだ。
「アネッサくん、緊急回線20番を使って、司令を伝達。予定通り中央玄関と地下3階の第一格納庫で待機している味方に向かって敵の数を伝達して」
「はい、緊急回線20番を使って連絡します。……中央玄関にはイザイアとリオの2名に加え正体不明の10体が向かっています。地下3階にはネクトおよび正体不明の40体が向かっています」
同じ内容を2回繰り返し、ふとアネッサは気付く。誰が今の連絡を聞いているのだろうか?そもそも敵は第5世代のエーテルボディとそれに匹敵する怪物の大軍である。軍部の第5ボディは汚染されすべて凍結状態、こんな最悪の状況で、誰がどうやって敵の軍団を止められると言うのか…?
「それより階上に進んでいるもう一隊の様子は?各フロアの映像は回せるかい?多分、狙いは本部室だと思うけど……」
「ビル内、常時映像回線および非常映像回線、両方ともダウン。駄目です、復旧しません」
「やはり、かなり上位の将校が敵に協力しているようだね。僕がここに来るまでに、通常通路から非常通路は完全に封鎖されていたし手際がいいな。どうしようか?」
「アネッサ、映像回線ではなく、エネルギーケーブルの監視映像を回しなさい。少し情報は粗くなるけど周囲の映像が確認できるわ」
モランのアドバイスを受け、アネッサはビル内のエネルギーを送信するケーブルに点検用の監視カメラが付いている事を思い出す。定期点検用の簡易的なカメラのため、軍の重要な映像回線を使っていないのが幸いした。カメラ映像をモニターに回すと、ちょうど8階と9階をつなぐ階段を、ヘビに似た怪物が駆け上っているのが見える。そしてその怪物の先頭を走っているのは……画像があまり鮮明ではないが、一人はエーテルボディの人間、おそらくアーネイだろう。もう何人か、軍服の人間もいる。あれは……
「トニーロ少佐、だな。あと映像回線が完全に止められているという事は、現在このビルに残っている軍情報部の人間もグルか……」
「正面玄関およびロビーに、イザイアの一隊が入りました。エネルギーケーブル監視カメラからの映像を送ります」
サブオペレータから悲鳴に近い報告が上がる。もしマザーから異形の怪物を引き連れてきたヘリオスチームが裏切り者であれば、彼らはこのビル内で暴力行為を行うのは目に見えている。マヌエアリーフの所有する第5世代エーテルボディはすべて使用不可能となっており、第4世代も全員マザー地表にいて、今この軍本部ビル内に動かせるエーテルボディは一体もいない。マヌエアリーフは宇宙に浮かぶ人工都市のために、過度な重火器は基本的に建物内に備わっていない。この状態で敵のエーテルボディに対抗できるわけがないのだ。
そもそも軍本部ビル内では、エーテルボディの出力を制限させるセキュリティが常時働いているはずだが、モニタで確認する限り、その制限すら解除されている。つまり、ビル内で怪物やヘリオスチームを制圧できる戦力がまったくない…… もしこれがクーデータであれば、だれもそれを止められないのでは……? 心臓がバクバクと聞いたことがないほど大きな鼓動を立てながら、サブオペレータは正面玄関の映像を見る。
あの玄関を抑えられれてしまったら、私たちはこのビルから脱出できない────こちらがマザーに送り出したエーテルボディがボロボロにされてしまった現時点で、更にマザーから敵があんなに襲ってくるなんて────だめ、玄関の人たち、早く外に逃げて!そして外から助けを呼んできて! ─────見ている映像はエネルギー供給システムの監視カメラからの一方通行であり、音声信号は当然ないしこちらの声も届かない。でも、何とか玄関施設にいる人だけでも無事に外に脱出して、助けを呼んでくれれば…… そう思ってサブオペレータは映像を睨むように見ていたが、ふと気付く。玄関に誰か居る……たった一人、玄関ロビーの真ん中にいる?なぜ1人だけ?そういえばこの映像を確認したときから、たった一人だけしか映っていなかった?
オペレータルームが気付いたように、中央玄関のある一階は今はだれも居なかった。元々、トニーロ少佐やダランイーバ配下の軍人が階段エリアから中央玄関に続く道に待機しており、イザイア部隊と一緒に中央玄関を制圧する予定だった。しかしイザイアは知る由もなかったが、少し前に彼ら内通者はこのフロアから一掃されていたのだ。今このフロアに立っているのは、腕が3組6本ある不思議な一人の男だけだった。
正面玄関につながるロビー中央に立っているのは、肌色の恵体に銀色の筋が何本も巻き付いており、ゆったりとした法衣のような服をまとったエレメントボディ『アスラ』である。優しそうな男の顔には額から角が3本生え、髪の毛は獅子の鬣のように後ろにたなびく。そして両肩には3組6本の腕を持っていた。最も太くて逞しい一組の腕が長巻を持ち、残る細い4本の腕は何も持っていない。いや、よく見ると左右それぞれの腕同士が糸のような物を引っ張っている。
中央玄関を目指して突貫してきたイザイアも、1階に来て当然その異常さに気付いていた。到着ゲートのあった2階からここまで味方識別を持ったビル内の協力者が道を先導してくれたが、1階に降り立った途端にだれも居なくなったのだ。始めはすでに協力者が制圧を進めていたのかと考えたが、そもそもフロアの先に誰も居ない時点で妙だと気付く。しかしまず大目的である中央玄関の制圧を実行しようと駒を進めていくと、ようやくこの階に来て初めて人間を見つけた。────人間?腕が6本ある人間が居るわけがない。なんだあれは?




