第39話 ガバナーの反撃
グランドスイーパー作戦の失敗を受け、軍本部ビルの最上階では連日に渡って対策会議が行われていた。4日目となった今日はスピルダラー首相は会議に遠隔で参画し、研究部の最高責任者であるロヴァルはエーテルボディの調査チームから現状報告を受けている。作戦参謀だったダランイーバは、悔しさを滲ませながら軍からの対応を提案する。
「汚染攻撃の対策、およびその除去が確立するまでは第5世代エーテルボディは全面的に使用禁止、それでよろしいかな?研究部の諸君」
「はい、現在は帰還したボディはすべて氷晶液に付けて汚染の進行を止めております。汚染のメカニズムについて、早急に調査を行っております」
可能な限り早く完了せよとダランイーバは回答しながら、次の指示を軍側に通達する。
「現在、帰還している第4世代についても、汚染されているものについては同様に魂を人間の体に戻したあと、氷晶保管。汚染されなかったものについては、帰還出来ていない作戦参加者の探索のためにマザー地表に派遣する。これは急を要する。また汚染攻撃を受けた者については、本人のためにも一時休養としたいが、よろしいか?」
周囲からとくに反対もなく、ダランイーバは会議を進める。
「今回の失敗は仕方がない事だ。しかし諦めるわけにはいかない。時間をかけてもいい。第5世代が再び活用できるように全力を尽くしてもらいたい」
軍内部への指示を行うためと称し、ノルメック幕僚長に許可を取った後にダランイーバは会議室から出て行った。
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「軍部が掛けているセーフティゲノムについての解析が終わりました。すべて解除済みです」
「パラスティックエーテル『アプス』60体、準備完了です」
「『ナーガ』30体も待機済み、いつでも出撃できます」
宇宙から太陽の光が届かない惑星マザーの地表に、光りに満ちた宮殿があった。風光明媚な人工湖には遊覧目的の河川が繋がり、周囲には森林が連なる。光輝く建物があちこちに整然と建ち並ぶ。最大の建物は研究棟ではあるが、居住区や商業区といった都市だけでなく、カジノハウスやダンスホールといった娯楽施設さえ完備されている。ここはニコオーレグ個人が所有している別荘地で、通称を『白の王宮』といい、今も2万人のニコオーレグを信奉する者たちが住まう。この別荘地は惑星マザーの首都から遠く離れた避暑地にあり、ニコオーレグが権利を持つ様々な研究や技術から得られた利益を元に、この白の王宮は築き上げられていた。ニコオーレグは、マザー史上で最も財産を持つ男でもあったのだ。
しかもこの白の王宮は、ニコオーレグ固有の資産だけでなく、ガバナー研究所が活動していた時の融資や予算も横流しという形で費やされていた。結果、個人の持つ領地としてもマザー史上で最大の広さを誇っている。
白の王宮の地下奥深くには核融合炉が建設され現在も稼働している。そもそも核融合炉自体は個人ではなく研究所単位で所有や建設が許可される。つまり政治部もまた癒着する事で、50年の歳月をかけてニコオーレグの別荘地はニコオーレグ帝国へと変貌していた。当然、このニコオーレグ帝国に協力した見返りは大きく、政府関係者にとってはガバナー派の選挙票が何よりの魅力だった。そしてニコオーレグは自分の信奉者たちにのみ、この領地に住むことを許可し、自分は皇帝として君臨していた。
そうした軍・官・研究の禁じられた蜜月によって、ニコオーレグは研究部だけでなく政治部にも大きな影響力を持っていた。当時、マザーでは核融合炉は20台が建造されたが、そのうちの2基が首都のガバナー研究所とこのニコオーレグ別荘地に設置されたのもその証左である。今やニコオーレグ個人の持ち物といっても差し支えがない2基の核融合炉は一度も休むこと無く稼働し続けており、首都のガバナー研究所にある融合炉が、パウダー発生源と首都を覆う反物質シールドのエネルギー源に使われている。そして別荘地の融合炉が、ニコオーレグとその一派の贅沢な生活を守り支えていた。
核融合炉はそれ1基で、10億人の国民の生活基盤を支える。その融合炉は30年前からマザー地表で約2万人のニコオーレグ信奉者のためだけに稼働していた。首都とは大きく離れた場所にあるニコオーレグの広大な別荘地は一つの都市すら含んでおり、遊園地や歓楽街まで備わっている。本来10億人を支える核融合炉は、現在3万人の選ばれた人間の、マザー地表での豊かな生活を支えていた。今のマザーは大空と夜空を失ってはいるが、それ以外においてニコオーレグ帝国は贅の極みにあったのだ。
核融合炉という金の卵を産む鶏をニコオーレグが独占する事で、誰も逆らう事ができない。マザー地表において暴力とエネルギーを独占する一人の天才が、過去50年に渡ってあらゆる贅と権力を集め続けた結果が、このニコオーレグ帝国の正体でありガバナーの裏の顔であった。
マヌエアリーフすら凌駕する広さのニコオーレグ別荘地だが、その中心部には白亜の宮殿を思わせるようなひときわ壮麗で権威がかった建物がある。陸上競技すらできそうな巨大な正面玄関とホールを抜けた先には、1段作るだけで一日の研究予算と同じ費用が掛かったと言われる白金の中央階段が続いている。その階段を登った最上階の会議室に、ニコオーレグ本人が佇んでいた。立体映像と変わらぬ顔に、100歳を越えたとは思えないほどの身体は、今もこの白の宮殿を自由に歩き回る。自分の体を融合型エーテルボディで完璧に保全するニコオーレグは、50年前とほぼ変わらぬ姿を見せる。その生ける伝説ともいえる天才が、独裁者として手に入れた暴力もまたマザー史上最大であった。惑星マザーにおいてニコオーレグ帝国以外の人類を滅ぼしたその独裁者は、いよいよマヌエアリーフもその手に掛けようとしていた。
ニコオーレグは部屋の中心で、建物にも負けぬほどの豪奢な椅子に座っている。ニコオーレグの前には同じ意匠の豪華なテーブルが置かれており、テーブルを挟んだ反対側には、本来ならマヌエアリーフに居るべきはずの4人が整列していた。
掃除をする人間の事を一切鑑みないほど高い天井から贅を凝らした照明灯が光をもたらす部屋の中で、4人の男が中央に座るニコオーレグに向かって恭しく現状を報告する。テーブルの上には最高機密であるはずの軍本部ビルの詳細な立体地図が浮かび上がっている。そして4人の中で最高齢であるダランイーバが、軍内部の状況を詳細に告げる。
「先生の想定通りに順調に計画は進んでおります。現在すべての第5世代エーテルボディは魂を抜かれ、使用できない状態です。汚染の有無に限らず、すべて検査のために第一格納庫に待機しています。魂が入っているボディは一体もありません」
報告の前後には巧言が織り交ぜられる。ニコオーレグは満足そうに頷き、質問を続ける。ダランイーバはニコオーレグにとって最もお気に入りの軍官であり、マヌエアリーフ陥落後に総帥の地位を約束されていた。
「リーフに居る第4世代は?」
「今回の探索で汚染された第4世代もすべて魂が抜かれて第二格納庫に待機中です。汚染されなかった残るボディは第4世代の初期モデルのため、脅威は少ないと考えます。が、万全を期すためにマザー地表の行方不明者を捜索させるため、すべてマヌエアリーフから出払っております。また第4と第5の搭乗者たちも、私の指示に従い休養と検査のためメディカルセンターや自宅待機となっております。この後の2時間、軍内部は空白状態です」
もろい、もろいなぁ。ニコオーレグは総崩れとなったリーフ陣営を嘲笑する。
「はい、これも先生が開発されましたエーテルボディを汚染するブラックパウダーのおかげです。すでにマヌエアリーフ側にこちらの侵攻を止める手立てはございません」
1時間前までマヌエアリーフの軍本部ビルで行動していたダランイーバは、用件を作って部屋を出ていった。そしてその足で特殊ゲートを使い、直接ニコオーレグ達が待機しているガバナー本拠地に転移してきたのである。ゲートを使うとその転移履歴が残ってしまうが、その担当員もダランイーバの息が掛かっており、何の問題もない。こうして軍内部にエーテルボディの空白時間と奇襲経路を作り上げてきたダランイーバは、恭しくニコオーレグに機が熟した事を告げる。残る3人もダランイーバに追従する。
「マヌエアリーフへの転移が可能となる固有振動も解析済みです。今こそリーフ制圧の絶好の機会です」
「今回の第5世代の第4世代との差分、およびダランイーバ様から持ち込まれた振動データを『アプス』と『ナーガ』に移植しました。これでマヌエアリーフにこちらから転移が可能となりました」
「トニーロ少佐より、軍本部ビルの警備について掌握したとの連絡を受けました」
部下たちの報告を受け、満足そうにニコオーレグは頷く。ニコオーレグは地上探索に第5世代が投入される事を長く待ち望んでいた。
(本国の愚か共は、虎の子の第5世代を投入すれば、探索は一気に進み自分たちが有利に立つと予想していたはず。
バカが!本当に救いがたい愚か者たちだ!
私はとうの昔に第5世代を無力化させる技術をもっていたのだ。
それどころか逆に第5世代すら侵食して私の指示に従わせる新たな浸食型エーテル体『アプス』も開発済みだ。
逆に私は待っていた。リーフへ攻撃を仕掛ける絶好のチャンスを待っていたのだ!)
マヌエアリーフにあるゲートとマザー地表のマゼランポイントを使った転移は、小賢しくも許可された素粒子を有するエーテルボディのみ使用可能であった。そのためガバナー側が開発した寄生型エーテルボディは、これまで本国に繋がるゲートを使う事が出来なかった。
しかし今回、グランドスイーパー作戦にまぎれてダランイーバはゲートが許可する固有振動を盗み出し、ガバナーに持ち帰った。その許可振動を寄生型エーテルボディに導入したことで、いよいよマヌエアリーフにあるゲートにマザー側から攻め込む経路が構築されたのだ。
(なぜ私が、マザー地表に転送されるマゼランポイントをこれまで無傷のまま放置していたと思っている?お前たち本国が、「転移は安全だ」と思わせるためだ。
まったく本国の連中は愚かだ。起死回生の策である第5世代の投入とゲート転移が、そのまま自分たちに跳ね返るのだ。これでやっと、あの忌々しい宇宙都市も陥落させる事ができる。このニコオーレグから逃れる手はない。マヌエアリーフよ、君たちの最期の時だ。喜びたまえ。君たちが滅んだ後に、マザー地表のパウダーを停止させてあげよう。もちろん、我々のためにだがね)
「さて、私の計算通りマヌエアリーフはこれで裸同然だ。さあ、今度はこちらから攻めようかな」
ニコオーレグはゆっくりと右手を挙げると、それを机に叩きつける。
「さぁ、あの愚かな本国を陥落させよう。ダラン、作戦を」
名前を呼ばれたダランイーバは、3人の第5世代エーテルボディの人間に命令を下す。
「イザイアはリオとアプス10体を連れて、本部ビルの中央玄関を占拠せよ。占拠後そこを死守し、内部からの脱出者と外部からの侵入者を防げ!」
「了解しました。命をかけて実行いたします」
「ネクトはアプス50体と同時に転移後、第一格納庫に突貫。第5世代のエーテルボディをすべてアプスに侵食させろ!侵食したアプスは味方識別のない生命体に攻撃を開始する。中央玄関を守るイザイアと合流を図りながらビル内を地下から制圧し、軍本部ビルの防衛機能を完全に停止させろ!」
「は!この身にかえて必ず成功させます」
「アーネイはナーガすべてを引き連れ、転移室から中央エレベータを使い、最上階の軍本部を攻めよ!」
ドラグーンボディのアーネイは慇懃にお辞儀する。
「トニーロ少佐とその部隊が経路を空けて待っている。ターゲットは3人。ノルメック少将、ロヴァル局長、タウズン参与だ。この3人は最上階の本部室にて会議を行っている最中だ。本部室の警備員はすべて私とトニーロ少佐の配下であり、部屋から誰も出さないように命令済みだ。すみやかに本部室を占拠、3名を捕らえよ。その3名以外は殺しても構わん。ナーガを好きなように暴れさせろ。大丈夫だ、こちらの味方にはすべて識別を持たせてある」
「はっ!先生はここで成功の一報をお待ち下さい。必ず仕留めてご覧にいれます」
「ロヴァル以外の2人は、最悪殺しても構わないよ。私の狙いは、最終的にはロヴァルだけだからね」
嫌らしい笑みを浮かべながら、ニコオーレグは口をはさむ。そして心の中でほくそ笑む。
(あのロヴァルには何の実力もない無力で愚かな人間だと、本人だけでなく周囲にも知らしめてやらないとね)
「アーネイ、先生のありがたい忠告に感謝しろ。そして3人の同時攻撃の間に、私の配下が軍のゲートセキュリティを完全に撤去する。そうすれば地上にいる数万のバルログもすべてリーフに転送可能となる。軍本部ビル内のリミッタは解除済みだ。さあ!出陣だ!偉大なるニコオーレグ様に勝利を届けよ!」
4人が自分に頭を下げる。ニコオーレグは口角を上げながら呟く。
「さあ、リーフを枯らしに行こうか」




