第38話 裏切りの始まり
「まさか敵がニコオーレグ本人とは……」
「まだ生きているとは……天才は寿命でさえ克服するのか……」
「革命的発明を次々と成し遂げた偉人が、今度は人間に対して牙を剥くとは……」
「勝てるわけがない……このエーテルボディを構成するエーテル体も、元はあのニコオーレグが考案したもの。すべてあの大天才から産まれた物だ………」
「あれほど人類に貢献したニコオーレグが、なぜ人類の敵に……」
「ニコオーレグを越える者なんて居るわけがない……あの天才をどうやって越えるというんだ……」
人間の身体に戻った後、僕とミガディさんは最も有力な敵拠点の情報を掴んで生還した。30年ぶりにマザー首都中心部に到達したという結果は朗報だったはずだ。軍本部ビル最上階にて、政府,軍,研究の三部会が開かれ、そこで拠点内での報告を行った。立体映像を介してだがニコオーレグと名乗る老人との邂逅と僕たちの捜索の顛末が伝わると、あちこちから驚嘆と悲嘆の声が響いた。
ブラックパウダーによって第5世代エーテルボディ『天狐』が暴走し、『鬼神』『パラディン』が受けた被害も報告されると、あちこちから悲鳴や嘆きが聞こえてくる。さらにチームメンバーだったカンタルとリオの2人の大尉にアーネイの裏切り行為は、天狐と同様に暴走によるものではないのか?と何度も審問された。ミガディさんは極めて低姿勢で「暴走ではなく自らの意図だった」と説明していたが、僕は心の中で毒づいた。裏切り者が大尉2人で済むはずがない。そもそもその2人を僕らチームに入れた軍の偉い誰かもガバナーに与する人間だろう。そしてアーネイだけでなく政府機関ヘリオスそのものがガバナー派だ。こうなると軍も政府も100%信用できない。
この後、どうするのだろうか?全滅に近い第5世代エーテルボディの復旧を待つ間、マヌエアリーフにおける裏切り者を洗い出さなければ、次の捜索も同じ轍を踏むのは明らかだ。
待てよ?裏切りは確かに精神的には効果があった。しかし何のためにこの時点で裏切る必要があったんだ?
それまでカンタルとリオ、そしてヘリオスがガバナー側だと皆が知らなかった。言うなれば彼らはスパイであって、それが露呈していない事は最大の利点であるし、今後もリーフ内でスパイ活動を継続していた方がガバナーにとって有利なはずだ。
死んだと思われていたニコオーレグが生きていた。ブラックパウダーによって虎の子の第5世代エーテルボディがあっさりと使用不可能にされてしまった。この2つだけで充分にこのマヌエアリーフ側の士気も戦力もガタ落ちだ。リーフ側が精神的にも大打撃を受けているのに、さらにスパイがわざわざ自分から正体を表す必要は何なのだろうか? 正体を表したことに意味があるはずだ。
何だ?考えろ……スパイが正体を表した理由が、何かある。他にもリーフの中にスパイが居て、それを隠すためか?それともスパイ自体が不要になったのか?まだ何かあるはずだ。
◇
場所は軍本部ビル内の本会議室、ここには大勢の関係者が集まっていた。
「想定していた中で、もっとも厳しい状況です」 開口一番、タウズン博士が重い事実を述べる。
「さすがというべきでしょうか、ニコオーレグと研究機関ガバナーは、第5世代のエーテルボディに対する致命的な攻撃方法を用意していました。今回受けた攻撃はボディを汚染し、頭部中央核にある魂の感情を著しく狂わせる効果があります。浸食型エーテルボディの応用でしょう。さらに人間だけではなくエーテルボディそのものを浸食してしまうアプスという怪物まで出てきてしまいました」
人間の体に収まっている魂は、五感を通して制御する。エーテルボディにも五感に近い感覚神経はあるが、生身の人間と違って、痛みがない。すると生身の人間なら痛みを予見して躊躇してしまう状況に対しても、エーテルボディは躊躇しなくなり、中にいる魂は自制が利かなくなってしまう。それを増長させる神経毒的なパウダーを受けたと診断された。
「今回の地上捜索でエーテルボディが受けた汚染攻撃は、エーテルボディを侵食し、感覚を狂わせ、魂を興奮させる、いわば強制的に中毒状態にしてしまうものです。たとえ魂が耐えたとしても、侵食されたボディはどんどん変調してしまい、機能の喪失やバランス欠如と言った障害を引き起こします。とても厄介です」
ブリーフィングルームではグランドスイーパー作戦から帰還したメンバーで無事だった人たちを集め、本作戦の統括が行われていた。第5世代のエーテルボディ50名を中心とした10チームによる、地表のガバナーおよびパウダー発生源の拠点を確認、そこまでは良かった。しかし1つを除く9箇所の拠点で待ち伏せを受け、そこに侵入したメンバーのほとんどがエーテルボディを汚染するブラックパウダーの攻撃を受けた。判明しているだけで、被弾した人数は第5世代が43名、そのうち暴走状態に陥ったのが6名、その中にはアイトさんも含まれる。暴走した6名のうち4名は、チーム員が無力化して地表から脱出し、今は治療中である。暴走後、取り押さえることが出来なかった2名は今も地表に残った状態だ。
そして現在、ある進路を担当していたチームが、未だ誰一人として帰還していなかった。チーム構成員は第5世代の5名と第4世代15名、チームメンバーは全員がヘリオス、そしてチームリーダーはアーネイである。
結局どのような状態であれ、リーフに帰還した43人の第5世代はすべて汚染されていた。そして今もボディは汚染が進み、除去できないでいる。最新鋭の第5世代エーテルボディだったが、その九割近くが使用不可能な状態となってしまった。
「今回のブラックパウダーが有効だとガバナー側は認識しただろう。さらにアプスというエーテルボディごと取り込んでしまう怪物の存在。以降の地表活動では、この2つが全面的に使用される事を前提に考えなければならない」
作戦担当のダランイーバが淡々と状況を説明する。その後、タウズン博士が汚染攻撃の概要とそれを受けたエーテルボディについて説明を続ける。そして最後に、再び最初に言ったセリフを繰り返した。
「想定していた中で、もっとも厳しい状況です」
聞いていた全員が沈黙する。虎の子といえるエーテルボディすら封じられてしまったのだ。
次の発表者はエーテルボディの整備班責任者で、汚染進路の説明から話が始まる。汚染の浄化方法がまだ見つかっておらず、逆にウィルスのように黒いパウダーがボディ内部に侵食しながら増殖しているとの報告だった。僕を含め多くの人が重苦しい顔でその報告を聞いていたが、モニタに首のない天狐のエーテルボディが映し出された時、僕の心臓は飛び跳ねた。そうか、地上から回収されていたのか……
「侵食されてしまったエーテルボディで大問題なのは、自己修復や復元機能が無くなってしまう事です。これは今回の攻撃で暴走し、頭部切断によって無力化されたボディですが、頭部とまったく癒合しません。これは異常事態です」
「エーテルボディを使い捨てるか、汚染対策を急ぎ開発するか。どちらにせよ、厳しいな……」
軍の偉い人がため息混じりにそう零す。まさに八方塞がりというやつだろう。
今回の地表大捜索において、本拠地かパウダー発生源のいずれかを突き止めるはずが、逆にガバナーの反撃を受けてマヌエアリーフの捜索部隊は壊滅してしまった。物資に限りがある中、ようやく第5世代エーテルボディを創り出したのに、それらが通用しなかった。しかも地表で待ち受けていたのが、何十年も前に死んだと思われていたニコオーレグだったという事は、さらに聞いた全員の心胆を寒からしめた。




