第36話 天狐の最期
初めてサノさんに会ったとき、サノさんには「戦闘向けではない」と偽っていたけど、金狐の体だった私は、多分弱くなかった。いえ、誰にも言えなかったけど私は強かったと思う。
メデューサを唯一撤退に追い込んだとき、私はヘリオスチームと一緒にその戦闘に参加していた。私の攻撃はすべてメデューサには通じなかった。でもメデューサの攻撃も私には一回も当たらなかった。私がメデューサの注意を引き付け、ヘリオスチーム全員が全力で攻撃を行った。最初にいた12人のうち、メデューサが撤退した時に五体満足で残っていたのは、私とリーダーのアーネイさんだけだった。
サノさんがマール様と対峙した時に、サノさんの不意打ちを受けて私は動きを完全に封じられてしまった。私が動けなくなった後のサノさんとマール様との戦いで、私は蚊帳の外に置かれて傍観者になってしまった。
悔しかった。あのときは言えなかったけど、サノさんにとって私は力になれないんだと思ってしまった。私は弱くないのに……サノさんの不意打ちも卑怯だと思ってしまった。それも悔しかった。そしてこの天狐ボディになってナーガを倒せるようになって、サノさんの鬼神より強く……… サノさん…… だれ? サノ…… 私を邪魔者にする………サノ……私とどちらが強い?…………悔しい………何も見えない……
◇
ニコオーレグの声が響く。「エーテルボディの魂が汚染されたようだね。さあ、暴走の始まりだ!」
◇
なに?この体中が燃え上がるような感覚。私の中の天狐が叫ぶ。暴れたいと叫ぶ。目が冴える。見える。どこまでも見える。敵は?敵はどこ?私の敵は、私が倒すべき敵は? サノ?だれ?私の敵は……眼の前にいる!灰色の鬼!お前は……敵・敵・敵。敵!!!!
◇
アイトさんが暴走した。あれか?以前、宇宙船で遭ったあのカツモトさんと一緒だ。まずい、早く止めないと。長くエーテルボディに魂が入っていたカツモトさんは、魂の融着が取れず、医療室で廃棄されていた。アイトさんも早くエーテルボディから魂を出さないとまずい……
目が真っ赤に染まり、甲高い悲鳴をあげながらアイトさんが両手を地面につく。アイトさんの動きを封じようと飛びかかるが、全身に白い雷を纏った天狐は、爆発音を奏でて僕の視野から消えてしまった。そして僕の腹部には、アイトさんが放った短弓の矢が突き刺さっている。さらに次々と矢が僕に撃ち込まれる。
焦る僕。しかし変幻自在に周囲を動き回るアイトさんの動きが見えない、というかつかめない。……あの体毛、光るだけじゃなくてすべての感覚を惑わせるのか…… すごいな。
アイトさんは僕の周りを恐ろしい速さで動き回る。あまりに速いので、アイトさんの体と周囲の空気との間で騒音や振動がすごい。新幹線が至近距離で何本も通過しているようだ。そして僕の死角から矢が何本も襲いかかってくる。エーテルボディに痛覚は無いし、かろうじて内部にまで貫通してないけど、矢を受けると僕の動作が一瞬止まってしまう。アイトさんを捕らえるどころか、何とか急所である頭部を守るのに精一杯だ。このままでは僕の頭部に矢が刺さるのも時間の問題だろう。いや、これ以上アイトさんとの戦いを長引かせてはダメなんだ。仕方ない、無力化させる……僕にできるのか?……いや、やらないとダメなんだ!
「ミガディさん、僕がアイトさんを無力化させて、そのままここを脱出します!」
返事を待たずに僕は動き出す。ミガディさんが頷いたように見える。
僕は両手を地面について四つ足の全速力でその場を逃げ出した。そしてアイトさんの攻撃を一切無視してジグザグに疾走しながら、ある場所に向かう。体に何本か矢が刺さり、さらにまるで槍の穂先のようなアイトさんの鋭い蹴りも受ける。が、お互い走りながらなのでクリーンヒットにはならず大きなダメージにはならない。そして障害物のない広い場所に移動すると、鬼神ボディが出せる最大の跳躍を行った。
周囲を頭部のツノのセンサで探れば、予想通りアイトさんも僕と同じ様に跳躍していて、すでに僕の背後を捕らえようとしている。それどころか下手な刃物よりも斬れる脚を引き絞っていて、僕の首を斬り落とす間際だった。
僕は頭部を左手でかばいながら、右手のブロウガンを真上に向けて何度も放つ。ブロウガンは圧縮空気を噴出させる武器で、本来なら針を飛ばすものだ。今は針を抜いているので、圧縮空気そのものを打ち出す。そして鬼神ボディのブロウガンは威力が高い分、発射時の反動が大きい。この反動を利用してほんの僅かだけ空中で姿勢を変え、アイトさんの蹴りを紙一重で躱す。いや、首の付け根を抉られた。ただ致命傷だけは避けられた。
アイトさんが普通の状態であれば、跳躍した獲物を空中まで追いかけなかったと思う。いくらエーテルボディでも、空中を自由自在に移動できるわけはなく、体勢が不自由になるからだ。でも完全に僕を敵とみなして暴走していたアイトさんは、僕を捉えようと空中にまで着いてきてくれた。そこに勝機があった。
ブロウガンの反動で、瞬きする間もないほどの微細な時間だけど、僕はアイトさんより早く着地した。そしてアイトさんが地面へ着地する場所に向かって、全身の刺毛を伸ばす。女の子、それも大事な人に向かって攻撃するのがこんなに苦しいとは思わなかった。でもここでアイトさんを止めないと、彼女の魂が最悪消えてしまう。僕は歯を食いしばってアイトさんを串刺しにした。
アイトさんは空中ですでに全身の体毛を使って防御形態となり、僕の刺毛を防ごうとする。ほとんどの刺毛がアイトさんの体毛防御で止められてしまうが、アイトさんは刺毛を受けて姿勢を崩す。僕は向かっていった勢いのまま腰に備えていた刀を一閃し、アイトさんの防御していた右腕ごと、彼女の首を斬り落とした。その時、僕の魂は張り裂けんばかりに軋んだ。
空中に舞うアイトさんの頭部……いや、魂の入った天狐の頭がスローモーションのようにくるくると舞う。その頭部が地面に落下する前に、太刀を捨てて両手で大切に掴もうとする。その時に気付いたけど、僕の左手にはアイトさんから受けた矢が4本も刺さっていた。
その時だった、天狐の頭部が誰かに奪い去られた。いや、誰かではない、同じチームのカンタルだった。感情が煮えたぎるのを抑えながら、何とか僕はアイトさんの魂を持つカンタルに話しかけた。
「カンタルさん、その頭部を渡して下さい」
「断る、と言ったら?」
カンタルのこちらを小馬鹿にしたような態度とセリフに、僕は完全にキレた。カンタルはきっと汚染の影響で暴走しているのだろう、そうに違いない。カンタルを敵と認識、斬る。
一気に全身のバネを弾くように、カンタルに突っ込み胴体を太刀で横一閃する。完全に相手の不意をついた上、同じ第5世代ボディ同士でも適合度は20%以上も高い僕は、カンタルのガーディアンボディすら切り裂くことができた。残念ながらカンタルに足掻かれて胴体を真っ二つにはできなかったが、それでも胴体の半分以上を掻っ捌いた。上半身の支えを失ったカンタルは次の動きが取れない。
一方で僕も踏み込んだ時の勢いがつきすぎてカンタルから大きく離れてしまった。振り向いてもう一度カンタルに斬りかかろうとするが、その前にさらに割り込んできた奴が居た。それは別のチームを率いて僕たちとは別の突入経路を使っているはずの、ここに居るはずのないヘリオスチームのリーダー、アーネイだった。アイトさんの攻撃や汚染で鬼神ボディの感知能力が下がっているのか、カンタルもアーネイもその接近に気付けなかった。僕のイライラは最高潮に達していた。
アーネイのエーテルボディ『ドラグーン』はまるで爬虫類のように、全身が硬い鱗で覆われている。まさに特撮作品で出てくるトカゲ人間のような姿だ。ムカデのような虫よりマシだけど、僕だったら絶対に使いたくないエーテルボディだ。そんな生理的嫌悪の塊であるドラグーンボディが、僕とカンタルの間に立っている。なぜアーネイがここに居る?そしてなぜ僕の邪魔をする?
「カンタル、その首を持って逃げろ。そうすれば面白い事になる」
これでハッキリした。カンタルもアーネイも暴走ではない。自分の意志で敵対している。その証拠に2人のエーテルボディは黒く汚染されずに銀色のままだ。コイツらはガバナー側の人間であり、最初から裏切る計画だったのだろう。この地上捜索プロジェクトに、果たしてどれだけ裏切り者が参加しているのか、考えるだけで嫌になりそうだ。
しかし今はアイトさんを取り戻すことだ。僕は自分の左手にブロウガンの針を刺すと、肘を刀で切断する。僕のこの行動にアーネイは一瞬だけ驚いたようだが、その隙をついて切り取った左腕を今にも逃げ出そうとしているカンタル目掛けて撃ち込んだ。狙い通り鬼神の左手はカンタルの顔に当たると、そのまま意志を持つようにカンタルの顔面を絞め始める。頼む、鬼神の中にいた魂。僕を助けてくれ。
「なんだ?この手は?あ?うわぁぁぁああ!!」
僕の必死の願いを聞き入れてくれたのか、首をつかまれていたカンタルは悲鳴を上げて突然その場に崩れ落ちた。鬼神の手の平がもつ干渉能力で、カンタルの魂を直接攻撃したのだ。
「俺との決闘の最中に、女の事を気にしてんじゃねぇよ!」
アーネイは鱗を立てたまま僕を掴もうとしてくる。ここまで卑怯な状況を作り上げておいて決闘とは本当にフザけた相手だ。
「燃えちまいな!」
アーネイの突進を躱した次の瞬間、掛け声とともにアーネイのドラグーンボディから灼熱の炎が噴き出し、僕の全身を包む。
が、遅い。僕は全身の刺毛をアーネイに向かって打ち込む。刺毛はアーネイの硬い鱗に当たって当然弾かれるが、しかしその刺毛の反動を使いアーネイから一気に距離を取った。バーカ、高熱が伝わるには時間が掛かるんだよ。お前の炎が僕の体を燃やすより、刺毛の方がよほど早い。さらに炎を出している間、アーネイは周囲を自分が発した熱で状況を細かく把握することが出来ない。
それは僅かな隙だろうけど、僕にとっては最大のチャンスだった。灼熱の炎と熱風を周囲に巻き散らかすアーネイを放置し、脱出ゲートを取り出しながら倒れているカンタルのそばに駆け寄る。アイトさんの頭部を奪い返すが、それを離そうとしないカンタルの腕を足で思いっきり踏み抜いてそれを砕くと、ようやくその汚い手を離した。そのまま僕は口に噛んでいた脱出ゲートを作動させる。裏切り者のカンタルも一緒にリーフに連れて行く。
火炎放射を止めてようやく僕の動きに気付いたアーネイがこちらに全速力で駆け寄ってきているが、もうお前の相手をする意味はない。アーネイに根性があればヤツも脱出ゲートを使ってリーフまで追ってくるだろうが、多分してこない。アーネイは卑怯な裏切り者であり、自分が有利な条件でなければ勝負を仕掛けて来ないはずだ。脱出ゲートを噛んだまま、僕はアーネイに「バーカ」とだけ伝えておいた。最後に見たのはアーネイの歪んだツラだった。
◇
ゲートでの転移は一瞬だった。マヌエアリーフの到着ゲートに降り立つと、右手にあった天狐の頭部を自分の胸に押し当てる。痛覚のない体のハズなのに、自分の首が斬り落とされてしまったような痛みを感じてしまう。目の前がぼやけて、声にならない自分の叫び声が、鬼神ボディの中から何度もこみ上げる。頭のどこからか、どす黒い何かが溢れてくる。ダメだ、冷静になれ!
右足を大きく上げ、そのまま足元に這いつくばっていたカンタルの背中に踏み降ろす。足の形に陥没した胴体を一瞬だけ見つめる。よし、急げ。アイトさんを救うには時間との勝負。僕は医療班に天狐の頭部からアイトさんの魂を救うように嘆願した。




