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第34話 亡者の邂逅

境界面を通り抜ける際に、僕の鬼神ボディにも金色の光の帯が発生した。頭部の角は様々な感知能力が備わっているが、この境界の中と外には、温度も圧力も変化を感じない。ただ中心部に入った瞬間、今まで阻害されていた感覚が解放されたことだけは確かだ。光も電気も磁気もパウダーで妨害されていた先程の暗闇の中ではエーテルボディの感知能力だけで周囲を認識していたが、この中で妨害するものは何もない。この空間では生身の人間でも問題ないはずだ。


地面も、周辺の建物も、これまで見てきたマザー地表とはまったく異なっていた。地球のコンクリートよりもきめ細かい見た目の素材で地表は整地され、道路や建物が壊れていない。あの惑星ミヌエトに墜落していた宇宙船と同じような黒い素材の低い壁が道路を仕切るように立っている。そして何より人工衛星都市マヌエアリーフと違って、この空間は自然が満ち溢れていた。首都中心部という事でリーフのような近代的なビル街かと想像していたけれども、見る限りはまるで避暑地にある高級別荘地のような場所だ。


この空間は外からだと大きさは全く分からなかったけど、中にはいると予想以上の広さだった。空間の形は見る限りでは円柱か半円球のようだ。というのも空間の最上面は白い光でぼやけていて、天井が平面なのか球面なのか全然わからない。空間の側面も地面から天井に鉛直に立ち上がっているように見えるので、円柱形状のような気がするが……


しかし天井はともかく、面積としては思ったより広かったというのが僕の感想だ。パウダーが蔓延するマザー地表において、今もこの首都中心部が無傷というのは、パウダーを除去するためのエネルギーが必要になる。もしかすると建物だけを防護するシステムかと考えていたが、見回す限り空間全体をまるごと防御している。相当なエネルギーとシステムがこの首都中心部には存在し、首都のインフラを保ちつつ、パウダーからもこの空間を守っているエネルギー源もどこかに有るわけだ。たしか地球ではまだ存在しない核融合炉がこの世界には有るというけど、見てみたいような……


多分、以前の僕だったら絶対に核融合炉を見たいと考えていただろう。でも今の僕は、このマザーの災厄を少しでも解決したい、それが最優先になってしまった。しかし人類を豊かにするための科学技術が、こうして災厄に使われているのは本当に悲しい。ガバナーの研究者たちは、なぜこんな事ができるのだろうか。


暫くの間、考えに耽ってしまっていた。まずい、注意されるかなとチームの4人を見ると、皆が皆、僕と同じよう沈黙し、周囲に見惚れているようだった。そりゃそうか。死の星になってしまったこの惑星で、30年間かかって到達した中心部は、今も人間が住めるような環境を維持している。この次元の人間にとって、今この風景はどんな風に感じるのだろうか。ミガディさんはまるで景色を目に焼き付けるように、いろんな方向を見回している。アイトさんは天狐ボディの感知能力で周囲を探っている様子だ。リオ氏は……どこかを向いている。いや、カンタル氏もだ。二人は同じ方角を見ているようだ。僕にはその方向には何も見えないけど……



しかしこの空間は、想像していた首都中心部とは全然風景が違った。マヌエアリーフと同様に、僕は日本の東京都内のビル街みたいな場所かと考えていたけど、見える範囲では緑豊かな公園といった感じだ。日本だと皇居周辺の景色が近いだろうか。いや、リゾートや高原の別荘地の方がより近い。あまりに人為的な自然環境が広がっているのだ。


道路は森林の中に作られた並木道のようになっているが、樹木は葉の色や木の高さを基準に配置されているようで、色とりどりの様々な形の葉や花の木がお互いを邪魔しないように生えている。そのため道路からそれら森林を見ると、どの方角をみてもまるで童話の挿絵や有名な絵画のような景色になる。地球の有名な観光地や避暑地でも、ここまで見事な光景は見られないだろう。


緩やかなカーブを描く道路を進んでいくと、右手に湖が見える。びっくりしたのが、青い水面の上にいくつかの建物が、まるで水面に浮かんでいるように見える。建物の下に見えない柱があるのかもしれないけど、この湖の風景だけでも地球なら観光資源になるだろう。ついその湖に浮かぶ建物に見とれていると、ミガディさんが声をかけてくれた。


「あれは自然管理施設かな?私も伝聞でしか首都の事は知らないから、確かめようがないんだけどね」


「そっか。ミガディさんが生まれる前の首都と同じとは限らないですもんね」


ミガディさんはマザー地表がパウダーに汚染された後に、マヌエアリーフで生まれた。なのでパウダー汚染前の首都中心部やマザー地表の事は何も知らない。マヌエアリーフには首都中心部の映像や資料は残っていたものの、そこから30年も経っているので、その間に変化している事もありえる。30年という年月は、それほどまでに重いのだ。


道路にはゴミなど何もない。マヌエアリーフでは床が自動で動くシステムだったけど、このマザー中心部では普通の道路に見える。ただ乗り物らしき物が周囲に何も見当たらない。いや、それより人間が誰も居ない。明らかに今も整備されて、都市として生きているはずの中心部なのに、ゴースト都市のように住民が誰も居ないのだ。湖に浮かぶ建物の壁は一面の窓になっているようだけど、そこにも人の影は映っていない。


「アイトさん、何か生命反応はある?」


「いえ、何も。この空間に入ってから感知を最大にしていますが、人らしきものは見つかりません。ただエネルギーの流れだけは感じます」


このマザーは大気圏を光が通さないパウダーですべて覆われてしまっているため、太陽の光は届かない。なのにこの中心部の空間には光がある。上空を見上げると、天井全体が白い光を放っているように見える。なので日中のように明るいけど、逆に天井までの高さはわからない。空や雲がなく、ここはまるで巨大な室内空間のようだ。天井の向こう側には、パウダーが充満する常闇の空間があるはずなのに、この中からはその暗闇がまったくわからない。自然あふれる空間なのに、明らかに不自然な空間である。


乗り物がないのでガードレールや歩道などもない。ただの平坦な道だけど、ゴミも塵もない。この道は森林に囲まれているので、エントロピーを考えれば、枝葉が落ちていなければならない。それが一切無いという事は、何か清掃する仕組みがあるはず。惑星ミヌエトに墜落した宇宙船内部にも、定期的に内部を清掃する仕組みがあったが、それは狭い宇宙船の中だから必要だった。しかしこの空間で、ここまで偏執的に道路を清掃する必要はあるのだろうか?なんだろう、この空間を管理している組織が、気持ち悪く感じてしまう。自然を受け入れられないというか、自然すら自分の気にいるようにしたいというか、人間の傲慢さが見え隠れしているように感じるのは、僕の気のせいだろうか。



今まで塵芥だらけで砂漠のような場所を歩いてきてたので、あまりに整地された道路を歩くのが落ち着かない。そしてこれだけ機能が生きているという事は、この空間に入った僕たちを見張る事も簡単だろう。なのに誰も居ない。怪物も防衛装置も出てこない。このグランドスイーパー作戦の際に配布された首都中心部の地図を見る限り、この道を進んだ先にターゲットであるガバナー研究所がある。そこに行けば、生きている人間に会える。なんだかそんな予感がした。



僕たち5人は、なにかに導かれたように道を進む。この中心部に入るまで、いろいろな障害や襲撃があったのに、今は至って平和だ。30年前の災厄をまったく受けていないこの空間は、あまりに違和感がありすぎる。いや、ガバナーはこの空間を作るために今も活動している。それが気持ち悪いし、とても不愉快だ。なぜこれだけの科学技術をこんな事に使っているんだ……


どれくらい歩いてきただろうか、道の先が途切れている。その先に見えるガバナー研究機関の本拠地と思われるが、道路からは一面の壁に囲まれていて、建物らしきものは何も見えない。本拠地を囲う外壁の高さは5メートルくらいだろうか、多分僕のエーテルボディの跳躍でも届かない高さだ。それが左右に何百メートルも整然と連なっている。森林の中に現れた塀に囲まれた本拠地は、あまりに異質な風景だ。


外壁の中央には、黒い複雑な形状の模様が描かれた分厚い2枚の板状の正門が閉じていた。大理石のような重厚で艶のある素材で、縦よりも横のほうが長いという巨大な門扉だ。さすがのエーテルボディでも、力尽くで動かすのは不可能だろう。


これは外壁をよじ登って侵入するのかなと考えていた時だった。その正門が突然、開き出した。想像以上に重い音を奏でながら、2枚の巨大な板が左右に開き始める。見れば板の厚みも2メートルはある。これだけの重量物を動かしてしまう動力が信じられないし、それがこの退廃した地表で30年経ってもまだ正常稼働していることにも驚く。


門扉が開き終わって中を見ると、守衛のような建物はまったくない。ただ大きな道路と、門扉と同じ素材らしき柱がその道路に沿って規則正しく並んでいる。この門からもガバナー研究所の本拠地と言われる建物が見えない。どれだけ奥に広い敷地だろうか。


「今回の僕たちの調査について完全に情報を掴まれてますね。どうします?敷地の中に入りますか?」


開いた門扉を見ながら、僕はリーダであるミガディさんに尋ねる。アイトさんも不安そうにミガディさんを見つめている。リオとカンタルは何も発言せず、ミガディさんの判断に従うようだ。


「動力が生きているとなると、建物の機能全体も生きているのだろうね。まだ確定では無いし、先入観は持ちたくないけれど、待ち伏せされていると見ていいだろう」


もうこちらの訪問はバレている訳だし、当然待ち伏せされているだろう。こうなると可能な限り情報を引き出して離脱するのが得策なのかな。それに待ち伏せするならわざわざ門を開けなくてもいいはず。なのにわざわざ門を開けたという事は、待ち構えている事に意味があるんだろう。


「サノくんの考え通りだろうね。……今は誘いに乗るしかなさそうだ。いつでも離脱できるようにゲートを準備して、異常を感じたらすぐに離脱。アイトくん、近くに動くものは感知できるかな?」


「いえ、動いた門扉以外はまったく動きがありません。私が感じ取れる範囲において、人間や他のエーテルボディは居ないようです。ただ、電気のようなエネルギーが敷地内全体に行き渡っているように感じます。この門から先に、何か見えないエネルギーが集まっている。そんな感じがします」


ここまで誰も人間やエーテルボディを見ていない。しかし機械や建物だけが無人で何十年も動く事はないわけで、管理する人間が今もいるはずだ。そういえばあの墜落宇宙船もロイヤルガードやメデューサさんとか居たわけだしなぁ。


覚悟を決めて、脱出ゲートをすぐに起動できるように準備する。武装を固めて、アイトさんを先頭に、右をミガディさんと僕が、左にリオさんとカンタルさんが三角形フォーメーションを保ちながら敷地内に足を踏み入れる。しっかしこの敷地のあちこちから特権意識が感じ取れて無性に腹が立ってくる。


門を通り過ぎてしばらく進むと、非常にリアルな人間の胸像が中央に飾られている。台座の文字は読めないけど、この研究所を立ち上げたニコなんとかという人物だろう。ただ以前、軍本部でみた映像よりも若く凛々しい見た目だ。おいおい、虚飾しすぎだろう。この次元の人間であるミガディさん達3人は、その胸像をじっと見つめている。この次元の世界において最も著名な研究者かぁ……


ただ敷地内の歩道は日本の4車線道路なみに広いのだけど、その道のど真ん中に胸像が設置されている。普通、こういう像は道の脇に飾るものだろうが。正直、この胸像を壊したくなってしまう。そんな僕の心を察したのか、アイトさんがダメですよと小声で叱ってくれた。



広い正門から広い通路を歩いて中に進む。道は緩やかにカーブしていて木々が整然と立ち並んでおり、正門からは建物が何も見えない。90度に曲がるカーブを歩いてしばらくすると、ようやく白を基調としたこれまた巨大な建物が見える。多分、東京ドーム数個分の大きさってやつだろう。


「あの建物、明らかにものすごい量のエネルギーを持っています。何か居るようなのですが、私の感知能力だと揺らいでしまって何も見えない。何かがあるのは確かなんですが……」


歩きながらアイトさんが不安げに語る。この空間には金属や重火器を使用不可能にしてしまうモノポールやアンチパウダーがないため、ガバナー側はそうした兵器が使える事になる。こちらは当然それら兵器など持っていない。エーテルボディでどこまでそうした兵器に対抗できるのだろうか? 


そう思いながら道を進むと、建物の手前に突然、なにかが映し出された。平面モニタではなく、3次元の立体映像のようで、だんだん色彩と輪郭がはっきりしてくると、老人の頭部が映し出された。やっぱり、正門にあった胸像は虚飾しすぎだった。



「はじめまして、ようやくここを訪れたか。待ちくたびれたよ」


立体映像の老人は大きく映し出され、ものすごく解像度の良い立体映像が空中に浮かぶ。冗談抜きに巨大な人間の顔そのものが浮かんでおり、生理的に受け付けない。たとえキレイな女性であっても、顔だけ巨大化されるとそりゃ気持ち悪いと感じるのも仕方ない。それが今、僕らの目の前にあるのは、ムカつく顔の爺さんの顔なのだから。なんで顔だけ拡大して映すのだろうか?等身大の全身像でいいじゃないか。


そんな気色悪い巨大な老人の顔は、僕たちを見つめる。え?立体映像なのにこっちを認識している? そしてその老人の口が動くと、その口から声も聞こえてくる。本当に目の前にその老人が居るような気分だ。


「私の名前は語るまでもない。君たちは当然知っているのだから」


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