第28話 地中の追跡者
「ナイショ話は済んだのかな?」珍しく軽い冗談を口に出したミガディさんに、この後の作戦を伝えることにした。
「ええ、ナイショ話は完了しました。まず一点、アイトさん説明してもらえる?」
アイトさんは頷いて、ミガディさんに近づいて小さな声で伝える。アイトさんは僕が気付けなかった地中に居る何かが放つ音や振動を感じ取った。という事は地下の何者かも、こちらの声を聞き取れるかもしれない。なので僕も2人に近づき、長巻の柄や足で地面を何度も叩いて雑音をばらまく。
「わかりました。先程サノさんにも伝えましたが、このマザーに来てからずっと、地下に何か小さな物が私たちを追跡しています。ミガディさんはお気づきでしょうか?」
エーテルボディなので表情の機微がわからないが、ミガディさんの顔が少しだけ動いた。
「……いや、気付いてなかった。というか今も分からない。地下?私のボディだと地下までは感知出来ないようだ」
アイトさんの話を聞いた後に、僕も必死で地下の何かを知覚しようとしているが、どうにも感知できない。ミガディさんも予想通り気付いていなかったようだし、僕の言葉を聞いて地下に感覚を集中しているようだけど、やはり気付けないようだ。
ミガディさんの使うパラディンボディは軍部の人達が多く使用している。ミガディさんが気付けないという事は、これまでも地下の何かに気付いている人がいないと考えて良いだろうか。ミガディさんが裏切り者でない、という条件が必要だけど。
「どうやらアイトさんだけが気付いていたようです。ただ地下にいる何かを捕らえるための方法が思いつきませんので、今は放っておくしかないと思います。とりあえず中心部に向かって進みながら手を考えましょう。あと地下の追跡物について、タウズン博士以外にに伝えないほうが良いと思います」
「……できれば地下の追跡物が何か知りたいけど、確かに今は手がないね。わかった。今は中心部に向かって進もう」
小さい声での会話を終えると、荷物を整理しながら進む準備をする。持ってきた武器や道具に、地面を掘るのに適したものは……無いな。ただ地下の追跡物がガバナーのものであれば、僕たちの位置を常に把握しているわけだから、中心部に進んでいこうとすればそれを妨害してくるだろう。
しかし戦略にあたって敵の情報を得るのは基本だけど、ここまで完璧に対応されているとは思わなかった。首都に居るであろうガバナーは、地表はパウダーを使ってこちらの通信やセンサを完全に妨害しつつ、自分たちは安全なエネルギー源を確保し、さらに敵対する僕たち捜索隊は地下から追跡する。ガバナーの対応は理想的であり、状況は圧倒的に僕たちが不利……この状況で首都のガバナー関連施設にたどり着けたところで、向こう側はさらに対策しているはず。一方でマヌエアリーフ側はマザー捜索に精一杯。どうみても現状では勝負にならない。気が滅入るなぁ。
結局、地下の追跡者について対策できないまま、マザーの首都に向かって荒野のような地表を歩き続けた。地形は変わったような変わってないような、長時間に渡って景色に変化がないとこんなに気が滅入るのだと思い知った。そしてバルログとの戦闘も続く。まだマザーに下りて一週間程度しか経っていないのにも関わらず、どれだけ地表捜索が大変なのか想像できてしまう。
そんな変化がない時間が過ぎていく中で、地表に降りて10日目だと思うが、初めて大きな変化が訪れた。それも2つ。まず先発捜索部隊が残した杭の情報から、どうやら目的地である首都にかなり近づいてきた事がわかった。それだけでも嬉しい情報だ。ただこの先に大きな防衛ラインがある。杭を残した先発隊は、記録にそのように刻んでいた。
そしてもう一つの変化、それはバルログとは異なる存在との遭遇だ。先発隊の残した防衛ラインの一つなのだろう、アイトさんが強大な敵の存在を察知した。僕が待ち望んでいたナーガだ。
「気をつけて下さい。こちらに何かが高速で向かってくる音がします。……メデューサ……いえ、ナーガだと思います。え?ナーガが3体?!」
アイトさんの声に驚きと恐れが混ざるのが分かる。以前、惑星ミヌエトで探索していた僕たちにとって、メデューサとは恐怖の象徴だった。みんなが束になってもメデューサには敵わなかった。1体でも敵わなかったメデューサと同じ種類の怪物が3体も近付いてくるというのは、悪夢に近い出来事だ。
しかし僕たち3人も、第5世代エーテルボディによって戦力は著しく増強されている。前の第4世代ボディであれば一も二もなく撤退すべき状況だが、僕にとってナーガは待ち望んでいた相手でもある。同時に3体というのは想定外ではあるものの、逃げるのは最後の手段だ。そして前もって決めていたように、僕を真ん中にアイトさんとミガディさんが両隣に立って横一列の陣形を取り、武器を持って待ち構える。
アイトさんの警告から数秒後、僕の感知範囲もナーガを感じ取った。ナーガはヘビの怪物であり、その姿に違わず地面を蛇行してくるが、その独特の振動が伝わってくる。そして待つことしばし、とうとう肉眼でもナーガの姿を捉える距離にまで接近してきた。明らかにバルログとは違う、圧倒的な存在感と強者特有のオーラを持つ。それはかつての宇宙船でメデューサさんと初めて相対した時に感じたものと同様だった。
あれがナーガ…… 確かにメデューサさんと同じように、巨大なヘビの胴体に人間の頭と肩をもち、また肩から腕の代わりにヘビが2匹という、名前通りのヘビの怪物だ。いや、よく見るとメデューサさんとシルエットこそ似てるが、いろいろ違う点がある。メデューサさんは頭部が女性だったけど、ナーガは男か女か分からない中性的な顔つきをしている。髪の毛がなく、胴体や両腕のヘビも鱗がない。バルログのように表面がのっぺりしていて、生物的だったメデューサさんに対して、ナーガはいかにも人工的な見た目をしていた。
ナーガの表情を読み取ろうと顔をよく見ると違和感がある。ナーガは鱗や髪の毛だけでなく、口もなかった。口が有るべき場所が少し凹んでいて、影で口のように見えていただけだ。メデューサさんから、戦闘に必要な機能以外をすべて省いて量産化したような……
3体のナーガは僕たちと50mほどの距離を挟んで一旦停止した。そして僕たちと同じように、3体が横に並ぶ。地球のヘビには、獲物を狩るときには集団行動を取るものもいるらしい。目の前のナーガも果たして協力してくるだろうか。
僕が合図すると、事前の打ち合わせ通りにアイトさんとミガディさんがゆっくりと僕との距離を広げていく。するとナーガたちもこちらの動きに合わせるように、左右の2体がアイトさんとミガディさんをそれぞれ睨みながら追従するように動く。1対1で戦う事をお望みらしい。こちらにとっても好都合だ。
「ミガディさん、アイトさん。目の前のナーガの相手をお願いします。作戦通り、時間稼ぎ優先で。無事を祈ります」
「ああ、大丈夫だ。君も目的を果たしてくれ。無理はするなよ」
「私も大丈夫です。任せて下さい」
左右からの力強い声で、僕のやる気が漲る。さあ、僕の鬼神ボディ、最初から全開で行くよ。




